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これだけ押さえればOK! 和風ファンタジー設定の肝|三村 美衣

 今回のテーマは人気の「和風ファンタジー」。
 わかるようでわかりにくい漠然としたお題だが、今回は広めにとって日本の神話や伝承や習俗など和の要素を取り入れたファンタジー作品というくくりでアプローチを考えてみたい。

時代を選ぶ

 同じ日本が舞台でも、時代が変わればまったく別の物語になる
 たとえば古代であれば、『古事記』をベースにした神々の世界や、ヤマトタケルのような英雄伝説を描くことができる。社会構成などわかっていることが少なく、その後の時代に比べて余白が多いので自由に書けるが、生活も感性も現代人とは大きく異なるので、設定を詰めてその感覚を自分のものにしておかなければならない。

 平安時代になると、暮らし向きがわかるような資料も増える。人の行き交う京の都を舞台に選ぶこともできるし、安倍晴明や陰陽寮を使えるのも嬉しい。崇徳天皇、菅原道真、平将門という日本の三大怨霊の誕生を経て、社会は武士の時代へと移り変わり、そして時代劇などでお馴染みの江戸時代となれば町人文化が花開き、武士や職人や商人など、さまざまな立場・職業の人物を登場させることができる

 明治に入ると近代化や都市化によって、妖怪など幻想世界の住人は居場所を奪われていく。とはいっても現代でもなお、日本人は四季の移り変わりを楽しみ、地震や台風といった自然の脅威を畏れ、食事の際には手を合わせて恵みに感謝し、初詣に出かけて柏手を打つ。「宗教心が薄く、信仰に厚い」と言われる日本人の日常はファンタジーとの親和性が高く、そんな魔法の気配を手がかりにして、神話や伝承の世界を手繰り寄せることができる

 いずれの時代を選ぶにしろ、書き始める前に舞台となる場所や時代について調べなければいけないのは同じだが、ファンタジーの場合はその時代、その地域の土俗的な信仰、禁忌、生死感などについて記した民俗学系の本を必ず読んでおきたい。


日本の神様と魔法使い

 和の魔法要素といえば、まずは八百万の神様だ。日本は八百万の神様と言われるように『古事記』に記された天地創造から国作りに繋がる神様だけではなく、民間伝承として伝わる神もいれば、かまどや井戸など森羅万象あらゆるものに神様が宿るし、古い道具には付喪神が憑く。それ以外にも霊や悪霊、鬼や天狗や大蛇など物の怪、妖怪などさまざまな種族が日本には棲んでいる。

 シャーマンや魔法使い的なポジションを担うのは、祈祷師、陰陽師、修験者、巫女、僧侶などだろうか。日常と神話の世界を繋ぐ貴重な存在なだけに、設定はしっかり練り上げたい。陰陽師や巫女は使い尽くされた感があるかもしれないが、しかし奥が深い世界なので、深く知った上で描ければまだまだ魅力のある存在だ。
 たとえば巫女の役割や立ち位置も、時代や地域などによっても異なる。邪馬台国のヒミコのように女王となり政治に関わったり、神社や聖地で神事に携わったり。各地を放浪しながら弓を引き、浄化や呪術、死者の口寄せを行った梓巫女(あずさみこ)は、魔法使いのイメージにも近い。

 もし巫女を登場させるなら、その巫女は何に仕えているのか。何らかの組織に属しているか。所属しているのだとしたら、その組織はどのような歴史を持ち、どんな人によって構成されているのか。どんな装束をまとっていて、その装束には何か意味があるのか。どうして彼女は巫女になったのか、誰でも志願できるのか、誰かに選ばれたのか、巫女となる血統や特徴があるのか。性別や年齢、出身や身体的な特徴による制限はあるのか。日々の業務はどういったものがあるのか。特殊な力を持っているのか、力を使うには持って生まれた特殊な能力が必要なのか、それとも修行によって手に入れるのか。宗派や戒律があるのか、あたりまでは考えておきたい。巫女に限らず、祈祷師や陰陽師も同様だ


まだまだある! テンプレ脱出のための「和モノテク」

 和風にも、ファンタジーにも限らないが、宮中や貴族や遊郭など独特の言葉遣いを持つ世界は会話にも気を配りたい。現代的な言葉で会話させても良いが、要所要所に挟めば、リーダビリティを維持しつつ雰囲気を醸し出す事ができる。敬語の間違いは人間関係のミスディレクションを招くので、それだけは注意しよう。

 さらにテーマや魔法要素に「和」の真髄ともいうべき様式美や幽玄を絡めると、和モノならではの独特の雰囲気や世界観が生まれる。
 たとえば登場人物を、作庭家(庭を設計する人)や仏師、刀鍛冶、絵師、摺り師、水引細工師、といった職種や技術者にしたり、楽や舞や能、書道や香道、また「見立て」や、和歌などで用いられる言葉遊びを魔法や呪文と関連付ける。神秘的で美しい世界を描くのは筆力を要するが、気持ちよくなってやりすぎると耽美色が強くなり読者を選ぶため、引き算も大切だ。

 異文化との同居、たとえば陰陽師と錬金術師、エクソシストと巫女が協力したり、クトゥルフの半魚人と河童が戦ったり、妖怪と妖精が同居したり、いろいろなパターンが考えられる。ギャップによるユーモアも生まれるし、現代的な目線を導入することも出来て面白いのだが、それぞれの背景(力の源や糧や信仰や環境や移動手段など)を考え、同居出来るという説得力が欲しい。

 また、わたしたちが西洋文化への憧れから中世ヨーロッパ風の世界を作るように、日本をモデルにしたジャパネスクな異世界を創造したり、どこかで時間軸が分岐したもうひとつの日本を舞台にすることも出来る。史実という制約から逃れられるので、架空歴史や大きな物語を描きたいときに便利だ。ただなんとなく異世界にするのではなく、モデルとする時代の知識はもちろん、そこから逸脱する部分についてよく吟味して思いっきりジャパネスクな世界を創り出すのも楽しい。


おすすめ和風ファンタジー4作品

荻原規子『空色勾玉』(徳間文庫)
《勾玉》三部作の第一巻。輝の大御神の御子と闇の氏族とが争う戦乱の世を舞台に、闇の巫女姫と生まれながら光を夢見る少女の運命を描く。『古事記』の神産み神話のカグツチのエピソードから材を得た古代史ファンタジー
https://www.tokuma.jp/book/b503051.html

西崎憲『蕃東国年代記』(創元推理文庫)
牛車が行き交う日本海に浮かぶ架空の国・蕃東国を描いた説話文学を思わせる連作短編集。作り込まれたジャパネスクな異世界の様相が存分に楽しめる。 
http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488521066

香月日輪『大江戸妖怪かわら版』(講談社文庫)
妖怪が暮らすもうひとつの江戸を舞台に、現代から魔都江戸に落ちてきた少年が、かわら版屋として成長していく様子が描かれる。
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000205809

小林恭二『カブキの日』(新潮文庫)
もうひとつの近未来の日本。琵琶湖畔の巨大な船舞台世界座で、21世紀の歌舞伎界に君臨する覇者を決める世紀の顔見世興行が開幕。迷宮のような歌舞伎座の舞台裏や奈落を旅するジャパネスクな『不思議の国のアリス』。
https://www.amazon.co.jp/dp/4101478120?tag=note0e2a-22&linkCode=ogi&th=1&psc=1

(タイトルカット:moco


ファンタジーコンテスト「和風ファンタジー」大賞受賞作『倭流幻想奇譚 屍小町、まかりとおす
著:味志ユウジロウ
馴染みの客と心中したはずの花魁は、不気味な黒船によって『生ける屍』に。幕末を舞台に、屍小町(しかばねこまち)が妖や西洋妖魔と戦いを繰り広げる。
全ての元凶『黒い宝船』の七怖狂神(しちふくじん)を斃し、新時代の夜明けを迎えられるのか?
主人公は、生ける屍として黄泉返った哀しき『ゾンビの花魁』。花魁を護るのは、妖に好かれる若き『妖刀使いの脱藩浪人』。2人と運命が交錯する、村を全滅させられた『異能の巫女』。


*本記事は、2018年12月04日に「monokaki」に掲載された記事の再録です。

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