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文章力があっても、市場でニーズがない作品の出版は難しい|三軒目〔後編〕|黒澤広尚

「創作居酒屋」そこは編集者・作家・書店員・漫画家・イラストレーター・サイト運営者・読者など分け隔てなく、書籍業界にかかわる人々が集まり、創作論を語り合う居酒屋である。

どうも皆様お疲れ様です。黒澤です。
現役取締役と編集長のコメントが聞けるとあって、前回はたくさんのご閲覧をいただき、ありがとうございました。


後編となる今回は、「編集者が作家にしてほしくないこと」「そもそも編集者の仕事とは?」「書籍化作家を目指す方に具体的なアドバイス」などなどをお届けいたします。

実は私も、もともとは作家を目指していました。しかし、受賞できずにこういった仕事をしておりますが、文章の世界にかかわりたい、編集を目指される方にも耳よりの情報が入ってきております。

前回に引き続きゲストのご紹介をいたします。

一二三書房の代表取締役の「辺見正和」さんと、一二三書房で「サーガフォレスト」「ブレイブ文庫」「一二三文庫」といった複数レーベルの編集長をつとめられている「遠藤毅一」さんのお二人です。
お二人の略歴は以下をご参照ください。

■今回の来客
辺見正和 様(現一二三書房代表取締役社長。元々は某大手電信会社関係の硬い本を展開していたが、5年前に電子書籍の担当に。そこから小説やキャラクターグッズなどを展開するエンタメ系の部署に本格的に異動となり主に営業を担当。その後、サーガフォレストの創刊チームに参加。経営企画もやりつつ現在に至る。)
遠藤毅一 様(一二三書房の複数レーベルを取りまとめる編集部長。女性向けIPの書籍、グッズの企画、制作、ライトノベルレーベル「桜ノ杜ぶんこ」の編集を経て、入社3年目で新レーベル「サーガフォレスト」を当時の代表と2名で立ち上げる。代表編集作に『転生貴族の異世界冒険録 ~自重を知らない神々の使徒~』『レジェンド・オブ・イシュリーン』『チート薬師のスローライフ 〜異世界に作ろうドラッグストア〜』がある。)

Web小説なら簡単に作家になれる、作家でい続けられるというのは大きな勘違いだと思います(辺見)

――さて、それでは河豚も食べたことですし、次の質問にうつってまいりましょう。「作家さんライターさんに一番やってほしくないことはなんですか? 締切りを破る以外で」とご質問をいただきましたが、いかがでしょうか?

遠藤:……やっぱり今はSNSですかね。

――一軒目の大東さんに続いて、SNSですか。やはり作家さんのメンタル的なところですかね

遠藤:今の出版業界は、作家さんのセルフプロデュースが必須になってきている面もありますから、できるにこしたことはないですし、いいツールであることは間違いないのですが。同時に発信しやすすぎるがゆえに、間違った使い方をしてしまうと意図とは違うことが広がってしまうリスクもあります。
例えば質問にあった「締め切りを破る」ですが、締め切りを守ってもらうにこしたことはないですが、締め切りを守らせるのも編集者の仕事です。内容と同様に、出版サイドで舵取りは可能なんですよね。ただ、そういった自分たちの努力が届かない範囲にSNSはありますので。

辺見:Twitterでも作家としてのキャラクターを演じて、周囲をうまく巻き込んでくれればいいんですが、なかなかそれほどできる方もいないですからね。やってほしくないという考えもありますが、うまくやれば大きいんですよね。

――デビューするまででも相当大変ですが、デビューしてからもSNSの活用などで作家の方は悩ましいですよね。私は昨今、「Web小説家になるのは簡単」という風潮が流れているのがちょっと違うと思っているんですよね

辺見:実際そうだと思いますよ。Web小説なら簡単に作家デビューできる、作家でい続けられるというのは大きな勘違いだと思います。まずあれだけコンスタントに更新することがどれだけ難しいか。人気が出るか出ないかわからない作品に、執筆というコストを使うことはとても大変です。特に一度デビューされた方ですと、書籍が出るか出ないかわからない状態で書き続けるのは相当大変だと思います。SNSもそうですが、小説のためにどう活用するか、しっかりと考えてやってほしいですね。


どんなに文章力があっても市場でニーズがない作品の出版は難しい(遠藤)

――次の質問にいきましょうか。「書籍化作家を目指す人に具体的なアドバイスを!」とのことです。これは気になる方も多いと思います

遠藤:書籍化デビューを目指すとなると、やはり出版社を認めさせるところがスタートになります。「書籍化される」ことは、言い方を変えると「出版社にこれは売れると認められる」ということですから。そこで大事なのは市場の中で売れる作品を研究することだと思います。書きたいものと市場のニーズが一緒であればいいですが、違う場合はその差を埋めるのが近道ではないでしょうか。

――書籍化というと、まず文章力が必要と思いがちですが、ニーズの方が重要なのでしょうか?

遠藤:多くの方が陥りがちなのは、文章力ばかり向上して、市場研究を怠ってしまうことだと思います。厳しい言葉になってしまいますが、商業である以上、どんなに文章力があっても市場でニーズがない作品の出版は難しいですよね。市場のニーズを理解した作品に、一番の強みがあると考えています。

辺見:特に今、ジャンル人気のうつりかわりが早いですからね。読者のニーズを肌感覚で感じられる作家はデビューできるし、長く続いていきますね。好きな作品でデビューできるのが一番なんですが、商業作品なので、読者のニーズは満たさなければいけません。

遠藤:Web小説はニーズが見えやすく、見えているニーズに対して真摯に向き合えることにメリットがあると思っています。デビューを目指す方は、文章力をやみくもに追い続けるだけではなく、読者の求めるニーズも追いかけるといいと思います。

――Web小説の流行ジャンル外のヒット作も出ていますけどね。例えば『君の膵臓を食べたい』については、「小説家になろう」ではそれほどメジャージャンルではなかった気がしますが

辺見:『君膵』は「Web小説の定番」というハードルを破った作品ではありますが、小説市場では定番ジャンルですよね。……なんといってもタイトルがいいですよね。市場研究だけではなく、いかに良作を認知させるかという、タイトルのパワーも必要です。

――ボーイミーツガール大賞でもそういった作品を募集されているでしょうか?(※既に応募期間は終了しています)

辺見:「ボーイミーツガール大賞」という名前をつけさせてもらいましたが、ボーイミーツガールは、映画や小説などで一般的にとられている王道の手法です。そういった王道をおさえつつ、うつりゆくニーズを押さえていくことがWeb小説でも必要であると考えています。流行を追えば商業化できるというわけではなく、変わりゆく何かを埋めることも大切ですね。
社会人はよく「仕事をすることが目的になってはだめだ」といわれますが、作家さんも同じだと思うのです。書くことが目的になってはいけないというか、デビューを意識されるのであれば、惰性で書くのではなく、頭を使って書かないといけないと思いますね。


今風の世界観のミステリーやSFをWeb小説で見ていきたい(辺見)

――先ほど「頭を使って執筆する」とありましたが、お勧め作品などがあれば教えていただけるとありがたいんですが

辺見:ベタですが、今だと『天気の子』じゃないですかね。映画二回みて、小説も読んで、ビジュアルブックも買いました。いやーー、いい作品ですよあれは。

遠藤:ただのファンじゃないですかw

辺見:ボーイミーツガールが好きなんですよ。そいう王道作品があってもいいと思います。まさに王道のボーイミーツガールだと思います。

遠藤:私は三谷幸喜作品が好きですね。人間がどうすれば一番楽しめるかを考えて設計しているのが伝わってきます。小説で「三谷作品をそのままつくれ」と言われると難しいんですが、面白さがつまっているので、勉強にもなると思いますよ。

辺見:マニアックなところでいくと、12年ぶりに復活する『時効警察』が好きです。監督・脚本の個性が出ている。個性という意味では、Web小説も「大喜利」などといわれていますが、「王道の中で作家の個性を出している」という点では、個性が見えて面白いですね。

(※ちなみに一緒に聞いていたスタッフAはミュージカル『キンキーブーツ』がおすすめのようです。創作活動の参考になるという意味で私、黒澤のお勧めは、やはり『異世界居酒屋のぶ』ですね。本当に読んでいて、著者の方のこだわりを感じる作品です)

――さて、そろそろいいお時間となってまいりましたが、今後のWeb小説に期待することを教えてください

辺見:今定番と呼ばれるジャンルがあることは承知していますが、Web小説は常に新しいジャンル、文化を創出してほしいと思っています。最近Web小説でも学園ラブコメ等が増えてきていますが、これからミステリーや今風のSF等がもっと出てきてくれるとさらにうれしいですね。
私は伊藤計劃が好きなんですが、それまでのSFはひと世代上の人達がつくったイメージがどうしてもあるので、今の世代がつくったSFを見ていきたいですね。今風の世界観のミステリーなりSFって、わくわくしますよ。

遠藤:編集者としては、今までのものを壊して、新しいものが出てくる時はわくわくしますね。自分としても新しいものは好きですし。

――編集部長にせっかくお越しいただいていることですし、私のように「作家になれなかったので、せめて近い業界で働きたい」という方もいるかもしれませんので、最後に編集者として重要な資質について、教えていただいてよろしいでしょうか

遠藤:……編集者とは雑用だと思っているんですよ。クリエイターさんがいい作品を生み出す、それを商業流通に乗せるために動くのが編集者だと思っています。
編集者の仕事のメインはクリエイティブなものではなく、作品を世に送り出すためにある、過程の中のひとつの仕事であると考えているんですよね。派手なものではありません。かなり気苦労の大きい仕事ですし、大変なこともありますが、それを買ってでもやれるひとが編集者だと思います。苦労を買ってでもする。編集者は雑用のスペシャリストといえると思いますね。そういった意味で、気配りができる人は、やりやすい職業だと思います。

本日のお店は能登美 本店です。豊富な日本酒と新鮮な鮮魚がおいしい、酒飲みにはたまらないお店です。東京水道橋近くにお越しいただく機会があれば、ぜひ一度ご来店くださいませ。


*本記事は、2019年11月07日に「monokaki」に掲載された記事の再録です。

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