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今が狙い目!?「お仕事ファンタジー」を書いてみよう|三村 美衣

 仙人は霞を食って生きていけるかもしれないが、たいていの生き物は食事が必要で、自給自足が出来ない場合は、食事にありつくには対価を支払う必要がある。
 今回のテーマは生活の基盤を作ってくれる「仕事」だ。

 ファンタジーは事件に巻き込まれて日常から逸脱していく話が多いため、癒し系や人生やり直し系のお店ものをのぞくと、仕事を意識した小説はあまり多くない。少ないはチャンスということで、今回はお仕事ファンタジーへのアプローチを考えて見よう。

まず世界経済から考えてみよう

 仕事を描くのであれば、まずその世界の産業やお金の流れといったものを、ざっくりとでいいので把握する必要がある。

 農業や漁業といった第一次産業から職業は始まったわけだが、それ以外の職業は誕生しているのか。物々交換なのか、貝殻や絹のような代用物が使われているのか、鋳造された貨幣があるのか。個人が商売をすることは社会の仕組みとして可能なのか、その商売を支えるだけの資金の流通があるのか。村や町や都市など集落の規模によって産業にどんな違いがあるのか。流通はどうやって行われているのか。

 この手の分野に明るくない人は、モデルとなる時代や地域を選び、歴史解説書などから基本知識を学習しておくと良い。


個性的な仕事を見つけよう

 新潮社の日本ファンタジーノベル大賞の優秀賞受賞作に『糞袋』という作品がある。
 江戸初期。京都の鴨川に並行して運河・高瀬川が作られ、様々な物資が行き交うようになる。夜明け前、この運河を使って、宇治の茶畑や近隣の農地に大量の人糞が運ばれる。京の家々をまわり、人糞を回収する「肥えとりはん」の少年を主人公に、虚実ないまぜに京の風俗を活写するファンタジー小説だ。
 ネタが糞尿なので万人向けとは言い難いが、お仕事ファンタジーとしてのインパクトは絶大だ。珍商売とまでは言わないが、薀蓄を聞きたくなるような特色のある仕事が設定できると、手にとってもらえる可能性が上がる

 たとえば日本の江戸時代。1月2日には縁起の良い初夢を見るための宝船図を売る「宝船売り」が現れる。図には七福神や八仙が乗る帆船と「なかきよの とおのねふりの みなめさめ なみのりふねの おとのよきかな」という回文が印刷してある。魔術っぽさもいいのだが、しかし、宝船売りは残りの364日何をしているんだろうというサンタクロース的興味が湧く。

 マッチやライターのない時代には火種売りがいたらしいが、魔法使いなら火打ち石いらずだ。写本師、地図製作者、絵師・摺り師、作庭家、刀鍛冶、各種鑑定士なども魔法ファンタジーと相性が良さそうだ。また竜やガーゴイルを捕まえるハンターや、異種族間の揉め事を解決する調停人など、実在する仕事を元にファンタジーならではのアレンジを加えることも出来る。

 歴史上の仕事に関しては様々な研究書やガイドブックが刊行されている。ネット書店などで「中世」「江戸時代」「ヴィクトリア朝」といった単語と、「職業」「生活」をダブル検索してみると、実にたくさんのタイトルがあがってくる。トニー・ロビンソン『図説「最悪」の仕事の歴史』(原書房)や、グレゴリウス山田『中世実在職業解説本 十三世紀のハローワーク』(一迅社)などを見て妄想を膨らまして欲しい。


仕事の内容を深く知る

 職業を決めたら、その仕事の内容について深く知ろう。

 それは、具体的にどういうことを行う仕事なのか? 
 誰でも希望すれば従事することができるものなのか、それともある種族や血統や階級に限定されていたり、特殊な能力を必要としたりするのか。仕事に必要な知識や技術は、どうやって身につけるのか。徒弟制度や学校といった教育制度があるのか。仕事をするのに免許や許可証が必要か。必要ならその発行元はどういう組織なのか。組合や協会や上部団体はあるのか。

 村や街や国に同じ仕事をしている者はどのくらいいるのか。一年中同じ仕事をしているのか、季節労働のようなものか。材料や道具を使うのであれば、それはどんなもので、どうやって入手するのか。
 一日の仕事の流れ、一週間、一ヶ月の仕事の流れ、一年の流れ、十年、百年……。たとえば神殿の仕事や、巨大建造物の建築などであれば、世代を超えて受け継がれていくものもあるだろう。

 喫茶店や古道具屋や古書店といったお店ファンタジーは、いまや書店にもネット上にも溢れかえっている。溢れているということは、書きたい・読みたい人がいっぱいいるということなので、「多すぎるからもうダメ」というわけではない。しかし、そのジャンルには既に名作や人気作があるわけだから、工夫がなければ凡百として読まれることなく埋もれてしまう
 また、魔王や勇者を「仕事」と捉えた作品や、転生先で現実世界の経験を活かした開業ものなどもライバルが多いので、勝負するならそれなりの覚悟が必要だ。


おすすめお仕事ファンタジー4作品

藤田雅矢『糞袋』(惑星と口笛ブックス)
内容は本文参照。日本ファンタジーノベル大賞受賞作。長らく入手困難だったが、昨年、 惑星と口笛ブックスから電子版が発売されている。
https://www.amazon.co.jp/dp/B07GXKJNVC?tag=note0e2a-22&linkCode=ogi&th=1&psc=1

支倉凍砂『狼と香辛料』(電撃文庫)
ひょんなことから狼の化身の少女と旅をすることになった行商人の青年ロレンスを主人公にした異世界ファンタジー。為替や商取引きなどが絡む事件を描いた異色のライトノベル。
https://dengekibunko.jp/product/spice-and-wolf/312146600000.html

葦原青『遥かなる虹の大地 架橋技師伝』(C・NOVELSファンタジア)
歌を使った魔法で橋をかける「架橋技師」。人々を幸せにするために架橋技師となったフレイだが、実際の仕事は戦争の最前線で軍隊の進路を切り開く作業だった……。新人賞受賞作で物語の展開には不満が残るが、架橋技師の設定が秀逸。
http://www.chuko.co.jp/ebook/2009/07/513128.html

青木祐子『ヴィクトリアン・ローズ・テーラー』(集英社コバルト文庫)
19世紀のイギリス。ロンドン郊外の町リーフスタウンヒルにある仕立屋「薔薇色」のドレスは、恋が成就するドレスとして社交界に知られていた……。仕立て屋の少女を主人公に、華やかな社交界の裏に秘められた想いや、身分違いの恋をロマンチックに描いた傑作少女小説。
https://books.shueisha.co.jp/items/contents.html?jdcn=08600716943006000000

(タイトルカット:moco


ファンタジーコンテスト「お仕事」大賞受賞作『魂の書簡
著:猫目青
人々の回顧録を書くことを生業とする羊飼いのリアンノンは、とある鉱夫の回顧録を書き直してほしいと苦情を受ける。
苦情の相手は巨大な鉱石竜。
パーシヴァルと名乗る鉱石竜は『父』と慕う鉱夫との出会いと別れを、リアンノンに聞かせる。


*本記事は、2019年02月04日に「monokaki」に掲載された記事の再録です。

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