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動物もののヴァリエーション:ドラゴンは動物ですか?|三村 美衣

 ファンタジーは、人の社会や現代社会に囚われず、広い視点から世界を見直すことができるジャンルだ。動物を登場させ、その動物の視点や考え方を描くことで、そんな異化作用を物語に導入することができる。
 というわけで、今回は動物ものへのアプローチを考えてみよう。

動物の習性や動きを観察しよう

 動物の登場するファンタジーには、様々な種類がある。
 まず、ごく普通の動物が主人公や仲間の支えとなるもの。犬、馬、鷹などがそれに当たる。また話したりはできなくても、ロイド・アリグザンダー『プリデイン物語』の未来を予知するブタのような特殊な能力を持たせれば、物語の重要な鍵として動物を導入することもできる。登場させる動物を観察し、動物の習性や動きの描写を文中にしのばせれば、ぐんとリアリティが増すし、動物個体の個性も表現できる

 次に、動物社会が舞台のものや、動物視点のファンタジーだ。
 たとえばウサギ社会を描いたアダムス『ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち』、ネズミ版『七人の侍』ともいうべき斎藤惇夫『冒険者たち』(アニメ『ガンバの冒険』)。こういったファンタジーの場合は、動物の本能や習性をしっかり調べることが大切だ。人間的な感情や損得勘定のまま描き、物語が人間社会の縮図や単純化に陥らないように注意したい


どうやって人と話しているのか

 『赤ずきんちゃん』の狼をはじめ、おとぎ話には人語を使う動物が登場する。童話やおとぎ話に「なぜ」というツッコミは不要だし、幼年向けでなくとも、『ナルニア国物語』のように異世界ものであれば、それも自然に受け入れることができる。
 しかし、これが一般向けのファンタジーとなるとそうはいかない。あえて現代ものに取り入れ、シュールな非現実感を際立たせたることは可能だが、どんな時代設定であろうと、読者を納得させる工夫が必要となる。意思の疎通だけであれば、人の言葉を使う必要はなく、心話でも良く、内容を文字化せずに受け取った人間側の反応だけで進めることもできる。
 また「人語を使う動物」と「人語を使わない動物」の両方が登場する場合、その区別や、「人語を使う動物」の同種族内での立ち位置についても考えておく必要がある


人化と獣化

 動物が人の姿をとったり、人が獣になるときは、外見と思考のギャップを意識すると面白くなる。
 人化/獣化によって目線の高さが変わったり、手で物をつかめなくなるのは、不便だったり便利だったりするだけでなく、考え方そのものを左右する。人間と動物のどちらに軸足があるのか。切り替えは可能なのか。嗅覚や聴覚や味覚などの五感は、姿形にあわせて変化するのかしないのか

 たとえばル=グウィン『ゲド戦記』で鳥になったゲドは、飛んでいるうちに自分が人間であることを忘れ、もとに戻れなくなってしまうところがリアルだ。一方、ビーグル『最後のユニコーン』の、魔法で乙女の姿にされてしまったユニコーンは、人間になろうとも瞳は豊かな緑を写し、手足や首の動きには、森を駆けるユニコーンの優美さを残す。乙女が人間の情愛を知ることなく、もとのユニコーンに戻ってほしいと読者に願わせる描写がすばらしい。
 人間の感性を持ったまま動物の姿形に慣れていく過程を描く転生ものとしては、(動物ではないが)馬場翁『蜘蛛ですが、なにか?』の意外性と細かな生態の描写が参考になるだろう。


ドラゴンは動物に含めますか?

 この世界のどの動物園にもいない、実在しない動物を登場させてもよい。そんな幻獣の中でも最も扱いに注意が必要なのはドラゴンだ。
 ファンタジー世界におけるドラゴンとは、大自然や摂理の象徴であり、神に準ずる存在と考える人もいる。ファンタジー界のゴジラなのだ。

 決まった形があるわけではないので、外見、色や大きさや姿形を決めなければならない。
 中国や日本の龍のような長いタイプか、翼の生えた恐竜のようなものか、もっと独自の姿をしているのか。手足はあるのか、歩行したり、物を掴んだりできるのか体表は鱗なのか、皮膚なのか触ったらどんな感触で、冷たいのか熱いのか。空を飛ぶのに翼を使うなら、その形状と広げたときの大きさ、滑空姿勢、畳んだときの姿も考えておこう。

 姿がイメージできたら、次に考えるのは生活と歴史だ。
 寿命は一般的にどのくらいあり、世界には現在どのくらいの数が存在し、個体数はどう推移してきたのか。棲息場所と分布や、食性や睡眠時間なども重要だ。知性はどの程度で、人間や他の種族と会話や意志の疎通はできるのか? 繁殖力はどの程度で、家族や群れ、社会や国家を形成しているのか。現在、もしくは過去に、ドラゴン同士で争ったり、他の種族と争った歴史はあるのか。神や人間や動物などその世界を構成する他の存在とドラゴンの関係、またドラゴン自身の死生観といったことも考えておきたい。


ドラゴンの作例

 ドラゴンの設定で多いのは、「太古の世界においては陸と空の支配者であったが、今は人が踏み込めない火山に棲む年老いた龍を残すのみ」のような、黄昏パターンだ。失われた知識や魔法などを求めて冒険者は龍を訪ね、『ホビットの冒険』では破壊の化身、RPG的世界では象徴的ラスボスとして扱われる。最近書籍化されたルーシャス・シェパードの連作『竜のグリオールに絵を描いた男』には、大昔に魔法使いによって封じ込められ、動くこともできず朽ち果てているにもかかわらず、人の精神に干渉を及ぼし続ける暗黒の存在として巨大な龍が登場する。

 一方、ドラゴンを動物として描いたものの代表格がナオミ・ノヴィクの『テメレア戦記』。ドラゴンがいるもう一つの世界で、ナポレオン戦争時代にドラゴンを使った空軍が組織される。戦闘シーンの迫力、人語を話すドラゴンと人間とのパートナーシップが読みどころな歴史改変ものだ。ドラゴンの知性が高くなり、彼ら自身が自分たちの権利について目覚めて行く過程も描かれている。

 ファンタジーに登場する動物について、「もともとの習性や動き」「人語の理解」「人化/獣化」「架空の動物(ドラゴン)」 などをキーワードに考えてきた。いずれにせよ、まずは動物として生き生きと描くことが大切だ。そしてその上で、人語を解したり、特殊な能力や高い知性を持つことが、その種族や個体、さらには周囲にもたらしす影響を考え、それを上手に作品に取り入れていきたい。

(タイトルカット:ゆあ


ファンタジーコンテスト「動物」大賞受賞作『若馬よ、海原を駆けろ
著者:戸川桜良
チフォ島。それは、ムルガ諸島の中でも群を抜いて名高い傭兵「水馬兵」の住まう島であった。水馬兵とは、海をおよぐ異形の馬「水馬」に乗って槍を揮う、水上の猛者である。
だがある日、大国イゼの艦隊がチフォ島侵略を開始。圧倒的な兵力差により、水馬兵は劣勢を強いられた。そしてついに、出陣した精鋭たちが消息を絶つ。
戻ってきたのは、たった一頭の、血まみれの水馬のみ。
水馬兵たちは戦況を探るべく、偵察を出すことを決断する。だが、偵察として選ばれたのは、まだ成人していない、十五歳の少年であった――。


*本記事は、2018年11月16日に「monokaki」に掲載された記事の再録です。

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