見出し画像

時間は連続しているのか、世界はほんとうにあるのか|早瀬耕 インタビュー

 個人的な話から始めたい。「2017年、一番おもしろかった国内小説はなに?」と問われたら、『未必のマクベス』と迷わず答える。同書との出会いは秋、書店の文庫棚に平積みされている淡い夕景の装丁と、「22年ぶりの新作」というポップの文言が目をひいた。

 作者の名前は早瀬耕。不勉強ながら、初めて知る名前だった。ページを繰ると、定型的な表現になってしまうが移動中も食事中も時間を惜しんで夢中で読み、ほぼ一晩で読了した。香港、ホーチミンを舞台に繰り広げられる躍動感あるストーリーと、思春期の初恋をしのぶような繊細な文体が同居する、エンタメと純文学のおいしい部分を両方掬って、ぎゅっと煮詰めたような小説だった。

 ネットで調べると本作が第2作、しかし早くも次の短編の刊行と、デビュー作の再刊が控えているという。ぜひ直接話を聞きたくなり、北海道在住の氏が上京するタイミングでお時間をいただいた。香港やホーチミンで撮影された、物語の「原風景」ともいえる魅力的な写真たちとともにお送りする。

知らないところで原稿が早川書房に……

画像1

――デビュー作『グリフォンズ・ガーデン』(4月20日にハヤカワJA文庫より再刊)は大学の卒業制作で書かれたと伺いました。執筆の経緯からお聞かせいただけますか

早瀬:大学のときに取っていた金子郁容教授のゼミがきっかけです。毎週、専攻とはあまり関係のない書籍が課題図書として指定され、読んでレポートを出す形式の講義で、レポートに加えて短編小説やエッセイも書いて出してたんです。その頃から小説は書いていたのですが、恋愛小説だとあまり本を読まない友人に読んでもらうのも難しくて……。母以外で自分の書いた小説を読んでくれたのは先生くらいでしたね。

――たしかに、友人にいきなり恋愛小説を読んでもらうのはハードルが高いですね……

早瀬:卒業論文では、専攻にとらわれず「学内で、『このテーマであれば自分が一番である』ことを選びなさい」と言われたんです。「自分が好きなことをやりなさい」と言われたようなものですよね。課題書として読んできた本の中に『世界と反世界―ヘルメス智の哲学』や「独我論」があったので、世界は自分しかいないんじゃないか、他者が存在するのかというデカルト由来の話について、小説という形で書いて提出しました。

――それが『グリフォンズ・ガーデン』なんですね。ではその時点で、ボリュームも書籍1冊分くらいあったと

早瀬:1992年に刊行された単行本ぐらいの分量はありましたが、今回文庫化するにあたって削ったんです。一節まるごと削ったりもしています。人によっては「削られてしまったこのセリフがよかったのに」ということもあると思うので、楽しみにしていただいたのに却って申し訳ないな……と、不安な気持ちがあります。『グリフォンズ・ガーデン』は、僕が知らないところで金子先生から編集さんに渡していただいたみたいなんです。入社2年目の4月に「早川書房さんで書籍化してくれるよ」とご連絡がきました。

――会社員になられてからも、小説は書かれていたのでしょうか?

早瀬:いえ、就職してからはずっと会社員です。『未必のマクベス』を書くことになる2014年までは、まったく書いていませんでした。


休日ごとアジアに飛んだ会社員時代

画像2

――『未必のマクベス』が本当に実質二作目なんですね。『未必のマクベス』はどのくらいの期間で書かれたんですか?

早瀬:1年ぐらいですかね。それまでずっと働いてきて、40歳を過ぎたときに、一度会社を辞めて大学にでも入り直して、ゆっくりしようかなと考えてたんです。文学や神学、哲学の勉強がしたくて。辞めることにしたときにはもう書いてましたが、こんなに早く本になるとは思ってませんでしたね。

――『マクベス』をモチーフにという構想が最初にあったんですか? こういった恋愛小説を書きたかったのか、あるいは中井優一というキャラクターなのか、どういう順番で発想されたんでしょうか

早瀬:最初は『マクベス』ですね。『マクベス』には様々な意訳というかバージョンがあり、いろんな人が書いているんですが、日本の会社ではほんのちょっとのきっかけで上に行けたり、逆に左遷されたり、本当に『マクベス』みたいな状態になりますよね。お客さんに「この人、気に入らないから外して」と言われて部署が変わってしまったり……。「『マクベス』と会社の話、仕事の話にしよう」と最初に決めて、それなら舞台は日本より香港の方がいいかな……という順番です。

――香港やマカオの街の描写が生き生きとしていて、都市が大変魅力的に描かれているのが印象に残りました

早瀬:会社にいた30代後半ぐらいから、少しでも休みがあれば国外に旅行に行っていたんです。もう三連休でも逃げ出したくて、香港や台北、足を延ばしてホーチミンシティなどアジアを中心に。香港だけでも4、5回は行きました。でもそうやって逃げるように旅行を計画しても、仕事の予定を入れられたり……チケットをキャンセルしようと航空会社に電話すると、「ご存知かと思いますが、キャンセル料として二万円かかります」と言われたり。履歴を見て、よくキャンセルしているのがわかったんでしょうね。

――創作のためにというより、実際に何回も足を運ばれてたんですね

早瀬:街の風景は思い浮かべながら書いていますね。『未必のマクベス』は作中で雨が降らないんですよ。それは僕が旅行中にあまり雨に当たったことがないか、覚えてないからかもしれません。ホーチミンシティとかバンコクにはスコールが降る時間帯があるんですが、物語の中には出てこないんです。傘を全然差さない。


性格設定は地の文には書かない

画像3

――登場人物も多く、現在と過去が響きあうような構成になっています。書きだす時点で全体の構成はある程度はできているんでしょうか?

早瀬:僕はプロットは作りません。『未必のマクベス』でいうと、ラストのホテルでのシーンが中井(=マクベス)にとって重要なので、先にそこを決めて。あとはラストに向かって帰納的に書いてます

――中井がダイエットコークを使ったキューバリブレが好きだったり、物語を動かしていく効果的なアイテムについてはいかがでしょう

早瀬:健康に気遣うならそもそもお酒を飲まなければいいのに、ダイエットコーク、今だったらゼロコークをわざわざ指定してまでお酒を飲むのは、変なことだけ気にしてる中井の性格設定ですね。
バンコーが雲呑麺ばかり食べているのは、粘着質的なところを表しています。雲呑麺の話がなければ、バンコーって最後の最後まで明るい男なんですけど、実は彼はあまり新しいものが好きではない。ほんとうに快活なだけの男なのかという部分を出したくて、小道具を使っています。

――『グリフォンズ・ガーデン』にもそういった部分がありますね。『未必のマクベス』を読んでから再読すると、違っている部分と共通している部分が明確にあって、おもしろいなと思いました

早瀬:『グリフォンズ・ガーデン』を書いたのは大学の時で、社会のことを知らなかったので、この作品の中ではほとんどお金の話がでてこないんですね。何円のものを食べたとか、支払いは誰がしただとか、大学の学費は誰が支払っているかさえ気にしてない。
よく「人は誰でも一冊は小説を書ける」と言いますが、23歳までの一冊が『グリフォンズ・ガーデン』『未必のマクベス』は、22年経って今度は会社の話で一冊。小説として、想像力で書いて本になったのは『プラネタリウムの外側』が初めてかもしれません。


無について、存在について、時間について

画像4

――『プラネタリウムの外側』を書く際に『グリフォンズ・ガーデン』の世界観と双子関係にあるような、並行するものを書こうと思われたのはどうしてだったんですか?

早瀬:会社を辞めて大学に行こうかなと思っていた頃、哲学の私塾に一年半ぐらい参加してたんです。それで「無」についてとか、時間は本当に進んでいるのか、「他者」とはなにか、そういうものを書いてみようと思いました。一番最初に書いた「有機素子ブレードの中」を編集長に渡したときには、各短編に「無について」「存在について」「時間について」といった副題がついていたんです。

――記憶や記録についても、『グリフォンズ・ガーデン』から一貫しているテーマですね

早瀬:時間が連続しているか、未来が本当にあるかというのは常に疑ってます。本当に他者はいるかというと、いないかもしれないと思うし、自分の思考がなくなったら、あとの世界はないかもしれない。「めんどくさいからお葬式なんかしなくてもいい」っていうタイプなんです。

――『プラネタリウムの外側』で、研究室に机を運び込んだこと自体を忘れるというシーンがありました。データを消すことで何となく記憶の方も「思い込みかな?」と改竄されていく様子がサラッと書かれていて、背筋がヒュッと冷えるようなこわさがありました

早瀬:たとえば、僕が高校・大学の頃のカメラには「加工」という考え方がなかったんです。今だったら、写真を撮る時点で目を大きくしたり、肌を白くしたりできますよね。今の高校生がそういう写真ばかり撮っていたら、十年後の同窓会とかで「あっ目小っちゃくなったね」と、逆に「整形したの?」と言われるような時が来るんじゃないかなって。僕たちでも「昔のほうがかわいかったね」とかサラッと言って傷つけてしまうことがあるけど、そうじゃなくて、疑う余地もなく多少補正された写真が真実だと思ってしまうということがありえるんじゃないかとって思ってしまいます。

――記憶と記録に齟齬があったときに、記録の方が正しいと思ってしまうんですね


「明るくて退屈しない話」を書きたい

画像5

――技術面でいうと、22・3年前と現在ではAIを取り巻く環境も違ってきています。作品を書かれる上で感じる難しさはありますか?

早瀬:「論理的な考え方をつき詰めていけばAIができるんじゃないか」という当時のアプローチに対して、全然違うアプローチをしたのが『グリフォンズ・ガーデン』でした。『プラネタリウムの外側』になると、尾内はAIを信じていない。南雲は工学者として「できるかもしれない」と思ってはいるんですが、最後の方で「もしかするとできないのでは」と、少し変わっていってますね。

――早瀬さんご自身はAIに対してはどうお考えですか

早瀬:できないと思ってますね……うーむ、なんだろうな。専門家ではないので何とも言えないのですが、AIに「遊び」はできないんじゃないかと思うんです。たとえば言葉遊びについて、星新一のショートショートを解析したAIに短編小説を書かせることや、今までにないパターンをズラしたりすることはできると思うんですが、それは「遊び」じゃないから面白くないんじゃないかな。人間と同じような感情的なものにはならないんじゃないかと思います

――最後に、新刊が出たばかりなんですが……今後こういうものを書きたいという方向性や、今構想されている作品があれば教えてください

早瀬:本当に今は次のことを考えてなくて……。書いてみたいものは、明るくてサラッと読める話でしょうか。それぞれ登場人物には悩みがあってもいいんですが、人があまり死なない話。『未必のマクベス』も『プラネタリウムの外側』も読む人にとってはつらいところがあるから、誰も傷つかない話。『プラネタリウムの外側』も、ハッピーエンドと言えばハッピーエンドなんですけどね。

――オープンエンドですよね、読者によってどういう風にも解釈できますし

早瀬:最後の一文から最初のところに戻って、第一話のセリフに戻す意図はあるんですが、そこから実在の世界に入っていくなど、いろんな受け取り方があって。「僕はハッピーエンドとして書いている」作品なんですが、そうではなくて「誰が見てもハッピーエンドだな」というハッピーエンドも書きたいです明るくて退屈しないもの。でも、明るくて退屈しない話って大変だと思いますけどね。

(インタビュー・構成:有田真代/碇本学、写真:早瀬耕)


画像6

IT系企業Jプロトコルの中井優一は、東南アジアを中心に交通系ICカードの販売に携わっていた。同僚の伴浩輔とともにバンコクでの商談を成功させた帰国の途上、澳門の娼婦から予言めいた言葉を告げられる――「あなたは、王として旅を続けなくてはならない」。やがて香港の子会社の代表取締役として出向を命じられた優一だったが、そこには底知れぬ陥穽が待ち受けていた。1992年に『グリフォンズ・ガーデン』でデビューした早瀬耕氏が22年ぶりに上梓した異色の犯罪小説にして、痛切なる恋愛小説。


画像7

北海道大学工学部2年の佐伯衣理奈は、元恋人で友人の川原圭の背中を、いつも追いかけてきた。そんな圭が2カ月前、札幌駅で列車に轢かれて亡くなった。彼は同級生からの中傷に悲観して自死を選択したのか、それともホームから転落した男性を救うためだったのか。衣理奈は、有機素子コンピュータで会話プログラムを開発する南雲助教のもとを訪れ、亡くなる直前の圭との会話を再現するのだが――。デビュー作『グリフォンズ・ガーデン』の後日譚でもある連作集。


*本記事は、2018年05月10日に「monokaki」に掲載された記事の再録です。

みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!