2000年代後半のウェブ小説書籍化(前編)|飯田一史
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2000年代後半のウェブ小説書籍化(前編)|飯田一史

第二次ケータイ小説ブーム 『天使がくれたもの』『恋空』『赤い糸』

 今回から全3回にわたって2000年代後半のウェブ小説書籍化の動きを追っていくが、今回と次回は第二次ケータイ小説ブームについて扱う。
 おそらく第二次ケータイ小説ブームがなければ、2010年代のウェブ小説書籍化ブームはなかっただろうと思われるほど、実はこのふたつのムーブメントはつながっている――そのつながりについては本稿後半と次回見ていくとして、まずは第二次ケータイ小説ブームの動きを改めて辿ってみよう。

 第一次ケータイ小説ブームは、2000年にYoshiが『Deep Love アユの物語』を5月から「iモード」上の自分のサイト「zavn(ザブン)」で連載したことに始まったものだった
 2002年頃から日本ではガラケー(フィーチャーフォン)からアクセスするモバイル・インターネットが急成長しはじめる。 総務省の発表では 2005年には約6900万人、06年の約7086万人がケータイからウェブを見ていた。
 こうした背景をもとに、2000年代半ばからは「第二次ケータイ小説ブーム」が起こる。

 第二次ブームは、魔法のiらんど上に書かれたChaco『天使がくれたもの』が05年10月にスターツ出版から刊行されて『Deep Love』以来の大ヒット作(シリーズ累計115万部超)となったことが起点だ。
 魔法のiらんどは、株式会社ティー・オー・エス(TOS)が99年12月にiモードとインターネット向けに展開したホームページ作成サービスであり、小説を執筆できる「BOOK機能」は00年3月にリリースされた。
 当時のメインユーザー層は10~20代前半で、女性が6割(つまり、意外にも思えるが男性が4割いた)。このBOOK機能への投稿から生まれた作品が書籍化されてヒットし、ケータイ小説に対するユーザーニーズが高まると、小説投稿用に06年3月に「魔法の図書館」をオープン(のちの「魔法のiらんどNOVEL」)。
 魔法のiらんどへの登録数は07年時点で600万弱、ケータイ小説の数は100万タイトル以上で、書き手は20代の女性が中心だった(杉浦由美子『ケータイ小説のリアル』中公新書ラクレ、08年、21p)

 第一次ブームのときのYoshi作品は大人の男性が女子高生への取材を元に執筆したものだったが、第二次ブームは若い女性が「実話を元にした」と謳って、主人公と同じ名前の書き手が綴ったことが特徴だ。両者の読者は「重なっていない」と『ケータイ小説のリアル』34pは書いているが、第二次ブームの書き手にはYoshiを読んで書き始めた者もいたし、ケータイサイト上では重なっていないことは多かったものの、書籍の読者は一部重なっていた。

 Chacoは04年から魔法のiらんど上に開設していた個人サイト「語りの場」にて自らの体験を綴ったものとして小説を公開。同年7月に魔法のiらんどのプロデューサー伊東おんせんがコンタクトを取ったことと、スターツ出版に『天くれ』読者から切々と1時間にもわたって「本にしてほしい」と涙ながらの電話があったことをきっかけに、書籍化が決まる(魔法のiらんど監修、伊東おんせん著『ケータイ小説家になる魔法の方法』ゴマブックス、2007年、17~18p)。

 Yoshiの成功があったとはいえ、Chacoはまったくの新人である。また、魔法のiらんど発で書籍化した例もなかったことから、スターツ出版内でも本にすべきか、初版部数はどのくらいにするか議論があったという。

『天くれ』に続いて、05年11月頃にはゴマブックスが魔法のiらんどですでに注目されている作品のみならず、埋もれている作品も含めてすくい上げて一冊の本にするという『ケータイからあふれたLOVE STORY』の企画が固まり、12月には刊行される(スケジュール的に不可能なように感じるが、伊東の著作の記述ではそうなっている)。

 伊東は魔法のスタッフに依頼しておすすめ作品をピックアップしてもらい、そこにアクセスランキングやユーザーの声、コミュニティ動向、読んで心に響く・引っかかるかどうかという判断基準で作品を選び、それをさらにゴマの編集者が4作に絞って収録作が決まった(前掲書21~23p)。
 Chacoが完全に読者の支持から出版が決まったのに対し、こちらは「編集者が選んだ」という従来型の出版業界のやり方の度合いも色濃い。言うまでもなくChaco型出版の方が大きな反響を呼び、ケータイ小説書籍化の主流になっていく。

 同05年末には美嘉『恋空』が「魔法のiらんど」にて連載開始され、公開10日で魔法のiらんどのBOOKランキングでトップになり、160日間1位に君臨魔法上の累計読者数は延べ2000万。10社から書籍化のオファーがあったが、06年10月にスターツから書籍化されると発売1ヶ月で100万部を突破し、07年末時点でシリーズ累計409万部にも及んだ(同28-29p)。
『恋空』の購買層は6割弱が10代女子とその親である40代女性(娘の要望で買う母親)、3割が20代女子、残り1割強がその他だった(『ケータイ小説のリアル』39p)。

 これらの流れに、次々と後続作品のヒットが加わっていく。
 06年7月連載開始、07年1月ゴマブックスから書籍化されて1週間で100萬部を売り上げたメイ『赤い糸』、作品公開から約2か月で書籍化されたべあ姫『teddybear』(06年8月ゴマブックスから刊行)、男性作家であるSINKA『また会いたくて』(双葉社)……等々。「わずか1年の間に発売されたこれらのほとんどが発行部数10万部以上、最低でも5万部のラインを超えています」(伊東おんせん『ケータイ小説家になる魔法の方法』9p)。
 そして2007年の文芸書の売上1位は『恋空』、2位は『赤い糸』、3位は美嘉『君空』となる。


角川による魔法のiらんど買収とスターツ出版「野いちご」の誕生

 06年4月にはTOSが「魔法のiらんど」に社名を変更し、06年6月には角川グループ(当時。現KADOKAWA)傘下のアスキー・メディアワークスと業務提携を開始。07年10月に「魔法のiらんど文庫」が創刊され、そして10年3月のアスキー・メディアワークスによる魔法のiらんど買収につながる。
 そしてこの業務提携の加速に伴い、魔法のiらんどはスターツやゴマブックスとは袂を分かつ。出版条件(印税等)がアスキー・メディアワークス以外の版元に対して厳しくなり、また、魔法のiらんど文庫にて人気作品が優先的に書籍化される体制となったことが理由ではないかと推察される。

 角川歴彦がユーザーが投稿・生成する作品(User Ganerated Content、UGC)で収益化するCGM(Consumer Ganerated Media)にTRPG(テーブルトークRPG)創生期の頃から関心を向けていたことは大塚英志『日本がバカだから戦争に負けた 角川書店と教養の運命』(星海社新書)などに詳しいが、同じ06年に始まったドワンゴの動画投稿サービス「ニコニコ動画」にて、TVアニメ化とともに大ブレイクしていた角川スニーカー文庫発の『涼宮ハルヒの憂鬱』のMAD動画(二次創作動画)などが多数投稿されていたことが2010年10月の両者の業務提携および2014年10月の合併につながる

 もっとも、一方で魔法が業務提携と買収のあと目に見えて失速していったことが、2010年代に存在感を強めた著名小説投稿サイトを運営する企業(または事業)の買収や業務提携には二の足を踏ませ、カクヨムの自社運営(開発ははてな)につながったと見る向きもある。

 ともあれ話を第二次ケータイ小説ブームに戻すと、スターツ出版は自社で投稿サイト「ケータイ小説サイト 野いちご」の運営を07年5月に開始。8月には早くも同サイト発の幸『Rain』を第一弾書籍として刊行している。

 スターツと魔法の共催だった「ケータイ小説大賞」はスターツ単独の賞となり、投稿先は「野いちご」とジョイサウンドのケータイサイト「Legimo」に変更された。
 一方の魔法は新規に「ケータイ小説アワード」を立ち上げ、協賛に双葉社、メディアワークス、主婦の友社、ライブドアパブリッシング、アニプレックス、ぶんか社が名を連ねている。

 ケータイ小説の投稿プラットフォームとしてはほかにオリコン、ゴマブックス、サクセスネットワークスが共同運営する「おりおん☆」(07年12月ローンチ)やGocco運営するGoccoブックス(06年12月ローンチ)などがあり、おりおん☆やGoccoからは書籍化作品も生まれている。
 また、テレビ東京は07年4月~9月まで深夜番組「うぇぶたまww(ワールドワイド)」を放送、そのなかで「ケータイ小説・ブログコンテスト」を開催して書籍化、映像化の企画を募集するなど、映像業界からのアプローチもあった。


第二次ブームの沈静化とジャンルとしての定着

 版元に目を向けると、第二次ブーム時にはスターツ出版、ゴマブックスにくわえて双葉社、講談社、河出書房新社、主婦の友社らも参入した。
 双葉、主婦友は2010年代にはなろう書籍化への早期参入組となる。また河出はのちにエブリスタと組んだ「5分シリーズ」や、蒼井ブルーなどのTwitter/インスタポエム書籍化を手がけている。これらの出版社は、この時期にケータイ小説に目を向けていたからこそ、2010年代にウェブ発コンテンツを本にすることにも抵抗がなかったのだ。

 しかし一方でケータイ小説の書籍化に関して文芸関係者からは「中身がないものを本にするな」などといったヒステリックな批判が噴出した(『ケータイ小説のリアル』25-28p)。
 90年代から2000年代前半にかけては純文学では川上弘美「神様」、大西巨人『深淵』といった事例があり、エンタメでも市川拓司や新潮ケータイ文庫、角川デジックスの「文庫読み放題」などが月額会員数万人を集めるという成功が同時代にあった。
 にもかかわらず、この第二次ケータイ小説ブームに対するアレルギーと、電子書籍市場が小さいがために「携帯サービス上で『売れる』って言っても紙の本より全然儲からないじゃないか」といった感覚がおそらく原因となって、以降、文芸関係者にはケータイ発、ネット発の小説や電子書籍を蔑視・敵視・軽視する空気が醸成されていく。

 これが2010年代にスマホ時代に入ってなおウェブ小説サービスの可能性が一般文芸の関係者からは軽視され、中国や韓国と比べて日本ではモバイルの課金を伴う小説サービスが立ち上がらない(文芸関係者がそうしたサービスに非協力的な態度を10年代後半に入るまで続けた)ことにつながったのではないかと筆者は見ている。そうでなれければ、2010年代より2000年代のほうが、文芸業界がモバイルデバイスでの小説サービスへの積極的だった理由の説明がつかない。

 話を戻すが、多数の会社が群がるころには、めぼしい作品は刈り取られているのが常である。
 スターツ出版のIR(投資家向け広報)ページで「平成20年12月期 決算短信(非連結)」を見ると、2009年には市場成熟・競争激化によって100万部単位のヒットが出ず、業績が悪化したことがわかる。
 つまり第二次ブームは2008年を境に落ち着いていく
 しかしスターツは09年4月に新レーベルとしてケータイ小説文庫を創刊し、現在に至るまでこの事業を継続している(魔法のiらんど文庫とケータイ小説文庫の存在により、ケータイ小説書籍化の主戦場は単行本ではなく文庫となっていく)。

 2010年代には世間的には「ブームは終わった」と見られながらも、「ジャンル」としては完全に定着し、小5から中2までを核として野いちごユーザーを毎年新規に獲得、そこから上の年齢層にも広がる作品も生まれ毎年10万部単位のヒットを継続的に輩出する体制につながっていった
 ケータイ小説プラットフォームは数あれど、2010年代以降もヒットを生み続けたのはほぼ野いちごだけになる。2010年代半ばに起こった「ライト文芸」のジャンル的確立に際してはケータイ小説出身作家も一翼を担うようになるが――それはまた別の話だ。

 一方の魔法のiらんどは、AMWを版元とする「魔法のiらんど文庫」創刊、AMWによる買収と、AMWとの距離が近づくほどに、他社からの出版が徐々に難しくなっていった。
 不可能ではないが、人気作の書籍化交渉の優先権は事実上メディアワークス側にあり、のちには他社から刊行する場合は魔法のiらんど発であることを宣伝で謳ってはならず、魔法上の著者ページでの宣伝も規約で禁じられるようになる。
 結果、小説家になろうやエブリスタ、アルファポリス発の作品が目立つようになった2010年代以降に、書店での魔法発の作品の存在感は第二次ブームの沈静化もあいまって急速に衰え、ついには2018年3月をもって魔法のiらんどは出版事業(魔法のiらんど文庫)から事実上撤退する。

 魔法とスターツ出版は2000年代初頭から半ばすぎまでは盟友関係にあり、その後はライバルとしてケータイ小説シーンを彩ってきたが、2010年代には明暗が分かれることになる

 次回は、このように展開された第二次ケータイ小説ブームという現象、あるいは第二次ケータイ小説ブームをめぐる「語り」が、2010年代に起こる「なろう」書籍化ブームとそれに対する語りと相似していること、言いかえれば、「なろう」書籍化ブームはある意味では第二次ケータイ小説ブームの反復だったことについて見ていきたい。


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