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「締切」って何ですか?|王谷 晶

アンタ、背中が煤けてるぜ……王谷晶である。
さて、この連載で毎月取り上げる「○○って何ですか?」の○○の中身だが、これは私から出したネタが通ることもあるし、担当編集のI本氏が読者諸君のニーズをリサーチして提案してくれることもある。今回はI本氏からのお題である。商業作家が締切をどのように考えているかどうやってタスクに組み込んでいるか、そのへんのところに興味を持っている読者がたくさんいるというのである。なるほどね~なるほどですね~うんわかるわかる。気になるよね締切。まあ大変ですあれはいろいろと。ところで話は変わるけど諸君は年金問題についてどう思う? 今回はちょっと趣向を変えてみんなと一緒にこの社会の仕組みについて考えてみたいな!

極道よりもシビアな修羅の業界

えー、なぜこのお題に対して歯切れが悪いのかというと、それは私の過去に起因している。この業界には「王谷晶が締切に関して偉そうな口を一瞬でもきいたら即座にゴルゴを雇う」と考えているであろう人々が確実に存在しているからである。そう、私は昔、締切に関して言い訳不能なアレをアレしたことがある。今も当時の事を悪夢に見て汗びっしょりで飛び起きることがあるが、その倍くらいのアレを私に発注したクライアントはアレしていたと思うので、ほんとアレです。とにかく納期は守ったほうがいいです。締切について言えることはもうそれしかない。腹かっさばこうが指詰めようが原稿ができてなきゃ意味がないですからね。「けじめ」すら付けさせてもらえない、極道よりもシビアな修羅の業界なのである。

言い訳めいたことを言わせてもらえば、最近はそういったやばい締切破りはしていない。じゃあ全部納期に間に合わせてキッチリ入れてるのかというとそうではなく、Web連載仕事なんかはちょくちょく休ませてもらってしまったりしている。これはちょっとでもやばいと思ったら即クライアントに相談し策を講じた末の結果であり、ギリギリまで待ってもらったけど出来上がらなかったいわゆる「落とす」状態とはちょっと違う(と思う)。あと紙媒体の原稿は死んでも納品している。Webはちょっと融通が効くので、甘えさせてもらうこともある。


とにかく早めの報連相を

完璧に全ての原稿を納期に間に合わせることが基本的には理想だし、もちろんそれを目指し全力で努力すべきである。でも作家も人間なので、いきなり体調を崩したりメンタルの具合を悪くしたり痔が悪化したり単純にどう頑張っても文章が浮かんでこなくて書けないというアクシデントが起こる可能性は、ゼロではない。そうなっちゃったときに大事なのは、とにかくできるだけ早くクライアントに相談すること。現状どういう状況かつまびらかにし、今できることとできないことを明確に話すこと。その結果「じゃあ一回休みで」「いや出来てるとこまででいいからください」「ふざけんな死んでもあげろ」になるかは先方との話し合いによるが、とにかく相談だ。向こうも仕事なので、これこれこういう理由があって書けませんと素直に言えば、問題解決のためいろいろアドバイスしてくれる。相談しないでギリギリまで時間が迫っちゃうのが一番ヤバい。それさえ避ければ締切はクリティカルな問題には(ほぼ)ならない、と思う。

じゃあ具体的に締切というのはどう守ればいいか。どう管理するか。とりあえず参考として私の現状を書くと、まず書き下ろしの小説二冊(長編と短編集)を同時進行でやっていて、これらの刊行予定が今年の春と夏。Webの週刊連載一本、月刊連載が本稿含めて二本、合間合間に雑誌やWebメディアからの単発の依頼(主にコラム)や今後の打ち合わせ作業が入ってくるという塩梅である。ヒマではないが死ぬほど忙しいというわけでもない仕事量だが、小説のほうがいよいよ納期迫りまくりスティとなっており、Webの連載はちょくちょくお休みを頂いている。

この全ての仕事が大切な仕事なわけだが、そこをあえて優先順位をつけるなら、やはり装丁装画、校正など自分以外の人の作業も関わってくる小説単行本の仕事がトップに来る。なので起きている時間はだいたい小説の事を考えたり書いたりし、コラム系の仕事は締切日三日前くらいから都度作業に入るという塩梅でこなしている。が、起床時間も毎日まちまちなようなだらしない生活をしているので、時間管理は全てスマホのアプリに頼り切りになっている。依頼を受けたらリマインダー機能に納品日を入力し、その三日前、二日前、前日にアラームがスマホとPCに表示されるように設定しておく。じわじわ追い詰められる感じがあるが、それくらいのプレッシャーが(私には)必要だ。


完璧をめざさず、完成をめざそう

しかし締切というとなんとなく特別な響きがあるが、だいたいどんな仕事にも納期というのはある。学生さんだってレポートや課題の提出期限があるし、人はだいたい締切にまみれて暮らしているものだ。そして日々締切のプレッシャーに肩を重くしている私だが、それでも締切は絶対に必要だと断言できる。こういうだらしない人間に期限を与えなかったら、永遠に書き始めないか永遠に書いたものをチマチマ手直しして完成させないかのどちらかになるからだ。趣味の物書きでも締切は絶対設定しておいたほうがいい。完成させるために。

暴論を言うと、締切というのは「うまく諦める」ためにあるものだ。小説に限らず何か創作をする人は、どうしたって自分の理想の完璧な作品を作ろうとしてしまう。もちろんそれは尊い志なのだが、完璧なものは作れない。完璧を目指すと、永遠に作品は出来上がらない。そこを「ま、このへんで切り上げて」といなしてくれるのが締切だ。締切がある限り人は完璧な芸術を作れない。しかし締切がなければ、芸術は永遠に完成しない。世の中完成したもんが全てである。締切を作ろう。そして作品を完成させよう。

また、駆け出しの私がなぜヤバい締切破りをしてしまったかだが、原因は今ならわかる。己の技量を過信していたからだ。自分ならこの内容、この分量をこの日までにこなせるという目算が、間違っていた。めっちゃ間違っていた。経験不足と傲慢さが招いた失敗である。この時はたくさんの人の信用を失い、恨みも買い、経済にダメージも受け、精神的に立ち直るのにも時間がかかった。仕事として創作をするなら、自分が何をどれくらいどの時間までに出来るのか、正確に把握しておこう。そのためにも、新人賞応募でも同人活動でもいいので、アマチュア時代から締切のある創作をたくさんするのがよいと思う。

今回のレコメンド本はそのものズバリ、『〆切本』(左右社)だ。古今東西の作家たちの締切に関する文章、日記や出版社への手紙、コラムやエッセイなどを大量に集めたとんでもない本である。アクロバットな言い訳から身を振り絞るような謝罪、大胆な開き直り、大ボラなどなど、物を書くプロがその技術を駆使して〆切という巨大な無情と戦う姿がぎっしり詰まっている。こんな大作家もこんな言い訳をするんだな……とか、こんな人でも書けなくなるときがあるのか……とか、辛い時に読んで心の慰めにしてほしい。(締切を一度も破ったことがない怪物作家たちの「は? 締切なにそれ美味しいの?」な文章も収められているので注意)

(タイトルカット:16号


今月のおもしろい作品:『〆切本』

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著:夏目漱石、谷崎潤一郎、江戸川乱歩、川端康成、稲垣足穂、太宰治、埴谷雄高、吉田健一、野坂昭如、手塚治虫、星新一、谷川俊太郎、村上春樹、藤子不二雄A、岡崎京子、吉本ばなな、西加奈子ほか(全90人) 左右社
追いつめられて苦しんだはずなのに、いつのまにか叱咤激励して引っ張ってくれる……〆切とは、じつにあまのじゃくで不思議な存在である。夏目漱石から松本清張、村上春樹、そして西加奈子まで90人の書き手による悶絶と歓喜の〆切話94篇を収録。


*本記事は、2019年02月14日に「monokaki」に掲載された記事の再録です。

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