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「デビュー」って何ですか?|王谷 晶

新生活! 王谷晶である。四月といえばフレッシュな季節ということになっているが、頭に入っている歳時記は二月の確定申告のみ、月どころか曜日も時間も曖昧に過ごしているフリーランスとしては「最近なんか妙にあったかいな」くらいの感慨しかない。だらしない生活である。しかしこのだらしなさを堪能できるのも、作家の特権のひとつなのだ。ちなみにもう十日くらい家の外に出ていないぞ。羨ましかろう。羨ましいと言ってくれ。

今回のお題は「デビュー」である。諸君の中にもいつか華々しく商業作家としてデビューし、プール付きのマンションに純白のメルセデスの浜田省吾的生活を夢見る者がいると思う。この出版不況の中そんなことはプロになった上で宝くじに三回くらい当たらないと無理なのだが、夢を持つのは自由だ。まあプールはビニール製でもいいからとりあえずプロになりたい、という堅実派もいっぱいおろう。というわけでその「なりかた」のお話である。

「賞に合わせて書く」ではなく「合う賞を探す」

小説家のなりかたには、現在おおまかに分けて二つのコースがある。
①公募新人賞に投稿する
②Web小説投稿サイトに作品をアップし書籍化のスカウトを待つ

まず①だが、これは大昔からある王道ラインだ。純文学からライトノベル、詩歌やエッセイまで世の中にはたくさんの公募賞がある。これに投稿しテッペンを獲るのが最も分かりやすく華々しい作家デビューの方法だ。どうやればテッペンが獲れるかというのはそれが分かれば誰も苦労はしないので書けないが、個人的には「賞に合わせて作品を書く」とかいっぱしのベテランぶったいやらしいことをせずに、自分の作品に合わせて応募先を探すくらいの気概で挑むのがよいと思う。編集の要望とか会議の結果とかスポンサー都合とか流行とかコンプライアンスとか社長が最近ハマッてる占いとか(←実話)、あらゆるものに合わせて全身の毛が抜けそうになりながら執筆するのはデビューしてからいくらでもできるので、まずは自分の自由な発想を信じよう。

そして②のほうは、エブリスタユーザー諸君ならすでにやっている方法である。エブリスタでどうサヴァイヴしていくか、どうすれば書籍化されるのかというのも、これこれこうですという「正解」はなかろう。ただ、書籍化されたり人気のある作品はやはりもれなくページターナーである。字の通り、続きが気になって次々とページをめくってしまう小説という意味だ。つまりヒキが強い。ほぼ一ページごとに「次はどうなるんだ?!」となる要素を入れている。これはWeb小説というフォーマットで独自に進化した手法だと思う。


プロ作家だって仕事はチーム制

デビューできる小説というのはこうだ、というのは一概には言えない。それでも最大公約数的なことを言うと、「他人に読ませる/読まれることを意識している小説」が最低限の条件になるだろう。商業ラインに乗せるというのは、「ウチはウチの味が分かるお客さんだけ来てくれりゃいいんでね!(腕組み)(バンダナ)(背中に筆文字で格言が書いてある黒Tシャツ)」というこだわりのラーメン屋みたいな態度でいることは基本許されない。
誰かに、それもなるべく多くの誰かに読まれないとそれは儲けにならず、自分だけでなくチームを組んで本を出した担当や校正さんやデザイナーさんや版元の稼ぎにもならない。商業作家は個人事業主ではあるが、仕事はチーム制だ。そのへんは他の仕事と少しも変わらない。

売上とか賞とかは眼中に入れず、己の芸術のみを追求する作家ももちろん尊い。実家が屋久杉みたいに太かったり貯金がいっぱいあったら私もそっちに行く可能性があるが、今は昔元カノに借りた金を返しながら毎日うどんを啜って生き延びているような塩梅なので、売れること、読まれることを考えながら仕事をしている。また、そっちのほうが水が合っている。


第三の道 書いたものはどんどんアップしよう

ちなみに私がどうやって「なった」かというと、上記のいずれでもない「③コネと営業」である。編集プロダクションでバイトをした時に知り合ったエロゲー会社(現在倒産済)の社長にシナリオを安値で頼まれる→それを実績に掲げメールやブログで営業、いくつかゲームシナリオの仕事をいただく→来た依頼をこなす→こなしつつオリジナル小説や同人小説をWebにあげてポートフォリオとして誰でも読める状態にしておく→ゲームの仕事やSNSをやっているうちに知り合った編集者がそれを読んで小説も依頼してくる→こなす→の繰り返しである。

新人賞に投稿した経験もあるが、実は二次以上に上がったことはない。正直今なんで仕事の依頼をいただけているのか自分でも不思議なのだが、「時の運」「口のうまさ」「酒の強さ」「度胸」「腕力」などの要素も多大に絡んでくるのが営業によるデビューだ。私の場合は強いて言えばブログや個人サイト(昔は持ってた)などに大量に文章をアップして、どんなものがどれくらい書けるのかを参照できるようにしておいたのが功を成した。
というのも、本連載を読んでいる諸君はまさかそんなことはないと思うが、世の中には「作家志望です! お仕事ください!(←※一作も書いたことがない)」というエキセントリックな人が、実はけっこういるのである。マジで。自分はそういうタイプのアレではないことをポートフォリオによって証明するだけでも、営業の成功率は上がる。

今回のおもしろ本はピューリッツァー賞作家マイケル・シェイボン著『ワンダー・ボーイズ』。しかしこれ申し訳ないけど絶版なんですよね。文庫にもなってるけどそっちも絶版。ほぼ忠実に映画化されているがそっちもDVD絶版。配信はされてるっぽいな……。たやすく入手できる本を選べやとお思いでしょう。すまん。図書館とかTSUTAYAで探してみてほしい。面白いのでどうかせめて電書化してください>ハヤカワさん。
「新作をいつまでもいつまでも書き終わらせることができなくてどんづまりなベテラン作家、才能があり素晴らしい初小説を書き上げたがコミュニケーションに難がある変人学生、会社をクビになりそうなトラブルメーカー編集者」という作家業にまつわるバラエティ溢れるキャラクターが三人も出てくる話で、作家というのは全員根性曲がりだしデビューするのも大変だし続けるのはもっと大変、という物語である。そう、大事なのはなった後なんです。私も来年の自分がどうなってるかとか少しも分からん。でも、書くしかないし、書くのはやめられないんである。

(タイトルカット:16号


今月のおもしろい作品:『ワンダー・ボーイズ』

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著:マイケル・シェイボン 訳:菊地よしみ 早川書房
書きかけの原稿が2500枚を越えてもいっこうに収拾がつかず、途方にくれている作家のグラディ・トリップ。彼の長年の編集者でありながら、出版社のリストラでクビ寸前のテリー・クラブツリー。才能はあるがどこかズレてる、創作クラスの生徒ジェイムズ・リアー。
三人の神童たちがスラップスティックに繰りひろげる、夜ごとのワイルド・パーティのはてに、一体どんな小説が書きあがるのか?


*本記事は、2019年04月11日に「monokaki」に掲載された記事の再録です。

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