2010年のウェブ小説書籍化(前編) 「エブリスタ」「小説家になろう」「アルファポリス」が出そろう|飯田一史
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2010年のウェブ小説書籍化(前編) 「エブリスタ」「小説家になろう」「アルファポリス」が出そろう|飯田一史

↑以前の第六回までの「Web小説書籍化クロニクル」マガジン

 ウェブコンテンツ、ウェブ文化は日本では90年代中盤以降に勃興し、2000年代前半まではニッチなものだった。『いま会い』や『電車男』のような大ヒット作も生まれたが、それぞれはいわば「単発」のものだった。だが2000年代後半になるとモバイル発のケータイ小説が、無数の作家が参加するひとつの「ジャンル」として社会現象となった。そして2010年前後からは若い女性向け以外の領域でも、多様なジャンルのウェブ発の作品が大衆的な支持を恒常的に得るようになる

 2009年に続き2010年もウェブ小説書籍化の歴史上、重要な出来事があった年だ(2010年代前半には大きな出来事が毎年あった)。
 なろう法人化、エブリスタ開設、『ゲート』『まおゆう』がArcadia、2ちゃんねるという異なるプラットフォームから書籍化され、初の異世界転生ものの商業出版『リセット』が刊行された。順に見ていこう。

エブリスタ、なろう、アルファポリスが出そろう

 GREEとDeNA(Mobage)が牽引するガラケー(フィーチャーフォン)向けのソーシャルゲームがブームと化したこの年、SNSであるモバゲータウンの小説コーナーから独立した小説投稿サイト「E★エブリスタ」(現「エブリスタ」)が開設される。

 E★エブリスタはモバゲータウンから引き続き投稿小説サイトであると同時に、ガラケー向けの「新潮ケータイ文庫」と同様のビジネスモデルにもチャレンジしていた。「エブリスタ」内に月額有料課金コーナー「E★エブリスタプレミアム」(当初は月額税込210円。2021年現在は「エブリスタW」コースが月額税込330円、「エブリスタEX」コースが月額税込264円)を設け、開設初期には梁石日、片山恭一、香山リカらの小説・エッセイ、松本零士、江川達也などのコミックが読めた。開始時点での目玉は有川浩の新作小説『空飛ぶ広報室』の週次連載であり、同作が書籍化以前に読めたのはエブリスタプレミアムだけだった。

「小説家になろう」はユーザーが投稿した作品の書籍化は許諾しても、出版社に限らず、コンテスト開催と広告掲載を除けば基本的にあらゆる事業者に対してサイトの商用利用を禁じている(自社作品をプロモーションのために投稿する使い方は原則できない)から、同じ「小説投稿サイト」と言っても両社のスタンスの違いは対照的である。
 しかも、ガラケー時代にはいくつかあった月額定額でプロ作家の作品が読めるというサービスは、スマホ時代に入ると出版社系のものはことごとく姿を消していったため、エブリスタのこのサブスクリプションモデル(という呼び方を当時はしていなかったが)の有料サービスは2010年代以降のウェブ小説界隈では珍しいものになっていく

 先ほど名前を挙げた「小説家になろう」運営は、2010年3月に、それまでの個人運営から「ヒナプロジェクト」へと法人化を果たしている
 そして「小説家になろう」掲載作品からアルファポリスが佐野光音『EYES』(エタニティブックス・ロゼ)を7月に刊行、11月にはエタニティブックスの人気タイトルである広瀬もりの『片側の未来』を第1弾としてエタニティ文庫を創刊。
 また、同月に女性向けファンタジーレーベル「レジーナブックス」第1弾として如月ゆすら『リセット』を刊行。この『リセット』こそ「なろう」発の異世界転生ものの商業出版としては最初の作品だと思われる。不幸体質な高校生が異世界に転生してさまざまな男性に助けられ、見初められるというハートフルな恋愛ものファンタジー作品である。

 さらにアルファポリスは同年4月に、Arcadia連載作品である柳内たくみ『ゲート 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり 1.接触編』を刊行。09年2月に始まった川原礫『アクセル・ワールド』(電撃文庫)に続く、Arcadia発で書籍化されたヒット作となり、2015年7月からTVアニメが放映された。この『ゲート』などを最後発作品として、2010年7月には創業以来10年近く続けてきた「ドリームブッククラブ」制度を終了させ、以降、アルファポリスは読者から出版資金を募ることなく自己資金で出版事業を運営していく。
 日本で小説投稿サイトと言った際に真っ先に名前の挙がる小説家になろう、エブリスタ、アルファポリスは、2010年にそれぞれ区切りを付けて次のフェーズへ向けて再出発したのだ。


「ウェブから商業へ」「商業からウェブへ」の環流が初めて顕在化する

 投稿サイトではなく作品単位で注目すべき動きにはどんなものがあったか。まず言及すべきはエンターブレイン(当時。現KADOKAWA)から橙乃ままれ『まおゆう 魔王勇者』が12月に刊行されたことだろう。
 2ちゃんねるのスレッド上に投稿された作品を書籍化したものという意味では2004年10月刊の『電車男』(新潮社)や、いわゆる「やる夫スレ」をアスキーアートごとまとめた2009年9月刊の『やる夫①お仕事・業界編』(ワニブックス)などに続くものだが、この本ではアスキーアートやスレ主以外の投稿者の書き込みは省かれ、基本的に作者が書いた文字だけで展開する。つまり独立した「作品」として読めるものになっている。ただしTRPGの影響から「魔王」「勇者」とキャラクターに役割はあるが名前がなく、また、地の文がなく会話文のみで展開する形式になっている(本作を「戯曲」と解釈すれば「ウェブ“小説”書籍化」ではない)。

『まおゆう』は、2011年2月に刊行開始された和ヶ原総司『はたらく魔王さま!』(電撃文庫)と並んで「魔王勇者」「魔王」ブームを牽引し、2010年代以降のライトノベルやウェブ小説では驚くほど無数の魔王が登場するようになる。『はたらく魔王さま!』もウェブに投稿された作品を改稿して電撃小説大賞に応募して受賞したという、広い意味でのウェブ小説書籍化作品だった(米澤穂信『氷菓』と同様。なお2010年には米澤がかつてウェブに発表していた作品を原型とする異世界本格『折れた竜骨』も刊行され、高く評価される)。
 この「魔王」もの、魔王キャラの流行が、ウェブ小説から(ウェブ小説ではない)文庫ラノベへと波及した点が重要だと筆者は考える。なぜなら、それまでは『ゼロの使い魔』が二次創作経由でウェブ小説の異世界転生ものへ影響を与えるといった「ラノベ/商業出版からウェブ小説へ」の流れはあったが、逆に「ウェブ小説からラノベ/商業出版へ」の影響が爆発的に起こった事例はほとんど存在してこなかった。

 2003年2月に刊行された市川拓司のウェブ連載発の『いま、会いにゆきます』には、2001年4月に同じく小学館刊行された片山恭一『世界の中心で、愛を叫ぶ』が先行した作品が存在しており、『いま会い』が泣ける純愛小説ブームの起点ではなかった。また、2000年代後半の第二次ケータイ小説ブームを受けて、商業出版発で十代女子向けの恋愛小説が多数刊行されるようになったわけでもない。
 しかし2010年を前後して、魔王人気に加えて2009年刊行開始の川原礫『ソードアート・オンライン』は、2011年3月刊行開始の橙乃ままれ『ログ・ホライズン』(小説家になろうに2010年4月から連載)などと並んでVRMMOものの商業出版発作品も生み、やはり2010年の『リセット』書籍化から始まる異世界転生ものは「ウェブから商業へ」の動きのもっとも代表的なものになる

 さらに、2009年12月刊の岩崎夏海『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーを読んだら』が2010年代初頭に一大ブームを巻き起こすと、ビジネス書的な実用性を内包しているが従来の経済小説とは一線を画すキャラクター重視のパッケージと文体で書かれた「ビジネスライトノベル」が陸続と出版されるようになった
 当時『もしドラ』はウェブ小説発と形容されることは少なかったが、ブログサービス「はてなダイアリー」発の「ウェブ小説書籍化」のひとつであり、これも「ウェブから商業へ」の流れをつくった例と言える(なお、同書の編集者・加藤貞顕は2011年に株式会社ピースオブケイク[20年に「Note」に社名を変更]を設立し、12年にサブスクリプション型の記事配信サイトcakesを、14年にコンテンツ投稿プラットフォームNoteをリリースする)。

 文化人類学では、インド発祥のヨーガが欧米でヒンドゥー教色を抜かれて健康を目的としたプラクティスとして受け入れられて流行し、それがさらにインドに逆輸入されるといったような双方向性のある影響関係を「環流」という概念で捉えている(たとえば松川恭子/寺田吉孝編著『世界を漂流する〈インド〉』青弓社、2021年などを参照)。それに倣えば2010年前後から日本のエンタメ小説では「商業出版からウェブへ」だけでなく「ウェブから商業出版へ」の影響関係の環流が常態化していく。

 2010年はiPad登場とApple Storeによる電子書籍販売開始により(何度目かの)「電子書籍元年」として騒がれた年でもある。
 たとえば村上龍が文芸誌「群像」に連載していた新作小説『歌うクジラ』をiPad用アプリとして坂本龍一の音楽を付けるなどしてリッチコンテンツ化して刊行(紙の小説も講談社から刊行)したり、作家の堀田純司が発起人となって瀬名秀明や桜坂洋らが参加したiPhone・iPad用電子書籍「AiRエア」が「出版社を介さずに刊行」と銘打ってリリースされ、新聞などで取り上げられた。
 その一方でこの時期のウェブ小説書籍化の動きは、第二次ケータイ小説と比べればほぼ無風と言っていいレベルで主要メディアでは取り扱われなかった。「電子書籍」は新聞やテレビ、出版関連メディアで注目され、デバイスやアプリ/ソフトウェア、電子書店などの紹介記事が山ほど書かれたが、「ウェブ小説」にはほとんど注意を払われなかった。だが、それでもたしかにウェブ発コンテンツによるエンターテインメント小説業界の地殻変動が進行していたし、このころ注目されたiPad用電子書籍よりもはるかに大きな売上と広範な文化的影響をもたらすことになった


ボカロ小説とTwitter小説書籍化の登場

 ほかに注目すべき動きにはどんなものがあったか。狭い意味での「ウェブ小説書籍化」ではないが、2010年には悪ノP_mothyがニコニコ動画に投稿した、ボーカロイドを使用した物語性の強い楽曲を原作とした小説『悪ノ娘 黄のクロアテュール』をPHP研究所から刊行し、2010年代半ばまで続く「ボカロ小説」ブームの嚆矢となっている

 また、この時期には試みとしてはあまり成功せず、続きはしなかったが、Twitterを使ったさまざまな試行もなされている。2010年3月には、角川学園小説大賞優秀賞受賞作である高木敦史『“奈々子さん”の戯曲』がウェブ上で全文公開され、また、Twitter上にて連載された。これは『俺妹』以降、ラノベキャラの名義でのTwitterアカウントが急増し、キャラクターにつぶやかせるという動きと同時代のものであり、2010年7月14日にTwitter上で連載が始まるブラッドレー・ボンド、フィリップ・ニンジャ・モーゼズ著、本兌有+杉ライカ訳『ニンジャスレイヤー』にやや先行する、Twitterを連載や告知媒体とみなした小説業界の動きのひとつとして捉えられる。

 2000年代中盤には新潮ケータイ文庫などで活躍した内藤みかもこの時期、Twitter小説の可能性を探っており、新城カズマらと10人の作家の共著として『Twitter小説集140字の物語』(ディスパヴァー・トゥエンティワン)を2009年11月に刊行している。また、ラノベレーベルでは集英社スーパーダッシュ文庫がTwitter小説を書籍化した竹雀綾人『少女と移動図書館』を11年2月に刊行した。

 純文学作家の星野智幸も小説『俺俺』の外伝としてTwitter上にアカウント「@orex2」を作成し、ハッシュタグは #orex2を用いた読者参加型小説 「orex2」を2010年に展開(外伝の書籍化はされていない)。複数の書き手が参加して内容が分岐していくことを試みたという意味では90年代の『ペプシマン』の再来である
 ただし『ニンジャスレイヤー』を除けば、Twitter小説は2010年代後半になるまで目立ったヒット作は登場しなかった

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『リセット』
著者:如月ゆすら イラスト:アズ レジーナブックス(アルファポリス)
もしファンタジー世界で人生をやり直せるとしたら? 失恋、セクハラ、バイトの解雇……。不幸体質の女子高生・千幸が転生先に選んだのは、剣と魔法の世界サンクトロイメ。前世の記憶と強い魔力を持って生まれ変わった千幸ことルーナには、果たしてどんな人生が待ち受けているのか? 素敵な仲間たちも次々登場。心弾むハートフル・ファンタジー!

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『まおゆう魔王勇者 1「この我のものとなれ、勇者よ」「断る!」』
著者(C):橙乃ままれ KADOKAWA
ネットで話題騒然の『まおゆう』が遂に登場!
王道RPGにおけるオーソドックスな対峙---
片や、剣と魔法を自在に操つり、一人で一軍にも匹敵すという、勇者。
片や、魔界のすべてを統べる、魔王。
魔界にそびえる魔王城、その奥深くにある謁見の間。
魔王のあまりにもありがちな問いと、勇者のわかりきった答えから、全世界を巻き込んだ魔王と勇者の冒険劇が、いま始まる。

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