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「記号」に絶対ルールはない!あるのは便利な互換性|句読点記号編①|逢坂 千紘

 こんにちは、逢坂千紘(あいさかちひろ)です。

 おかげさまで当連載「ことばの両利きになる」は中盤の三回目を迎えました。

 前回までのおさらいとして、まず初回は「重言」や「重複表現」について取り上げました。なりふり構わず指摘されがちな重複表現ですが、ことばが重なることで生まれる変容や含み、あるいは重ねないことで手に入る経済性などを見比べました。

 二回目(前回)は、書いているうちにツギハギになってしまう文章について、なにに着目すれば修正しやすいか、そもそもの原因と思われるものについて取り上げました。物語とマッチする文体をじぶんなりに考えるきっかけになればさいわいです。

 そして今回は「記号」について考えてゆきます。

記号に絶対のルールはないけれど、便利な互換性を使わない手はないと言いたい

 記号に絶対ルールはありません。一方で、非常に豊富な慣例があります。会話であることを鉤括弧(かぎかっこ)「」 で示したり、沈黙していることを三点リーダー…… で表現したり、記号を用いた表現方法にはどこか規則的な部分がありますね。

 タイトル名や作品名は二重鉤括弧『』、鉤括弧のなかで鉤括弧を用いるときは二重鉤括弧「『』」とか、こういったもろもろは印刷業界や出版業界が長年かけて生み出した発明です。

 校正者のなかには、業界人ならこれら規則に従って文章を書くべきだ、というイズムを持っているかたもいます。それくらい偉大な慣例があると思ってください。あまりに偉大なので、ときにそれを偉そうに掲げて「誤用だ」「非常識だ」と振りかざしてしまいそうになることもあります。巷間で「道具の法則」と言われているやつですね。

 あらためて言っておきますが、そんな絶対ルールは存在していません。鉤括弧のなかで鉤括弧を用いてもいいですし、会話文に鉤括弧をつける必要もありません。ただ、記号ルールは印刷業界・出版業界が労力をかけて舗装してくれた道でもあります。

 その道は、物書き個人だけではなく、編集、組版、校正、印刷、製本、流通、読者(エンドユーザ)にいたる書籍づくりの諸工程における関係者全員が参照しています。そんな便利な互換性、利用しない手はないです、と強調しておきたい気持ちもあります。

 もしその互換性と創作性がかち合ってしまったとき、どちらをとるのか考えることもあるでしょう。そのトレードオフを考えてゆくなかで、たとえば疑問符? と感嘆符! を一文字に組み合わせたインテロバング1) を多用する作家(しかもそのリズムが心地よい!)みたいな特異ポジションを狙っていこうとなって、発明的な慣例よりも創作的なアイデアを優先させることは決して悪いことではないと思います。むしろ、そのデザイアパス(けもの道)を応援してくれる出版社、校正者、印刷会社もあるはずです。


世界観づくりは升目と原稿との付き合いからはじまる

 記号というテーマで最初に取り上げたいのは「升目」です。業界の発明としてはすでに意識されなくなっている気もしますが、だからこそ今回は、物書きのあなたにとって「升目」ってなんですか、というところから考えていただきたいのです。

 Microsoft WordやiPhone標準メモアプリなどで執筆をしていると「原稿用紙」の感覚からは離れて、升目を意識することもなくなると思います。しかし、できあがった原稿は升目を用いた縦書きレイアウトに「並び替え」されるものです。もちろん文章の印象は変わります。たとえば、私自身、Evernoteで書いていた文章をIndesignで升目ありの縦書きにしたら、丸括弧 ()がひどく野暮ったく感じられて、二倍ダッシュ ―― に書き換えなきゃいけないなんてこともありました。

 それ以来、私にとって「升目」というのは、記号や符号を飛び越して大地や地面であることを認識しました。わかりやすく部屋でたとえれば「床」です。部屋で床を意識することはほとんどないですが、床がなければ立つことも動くこともできません。すべての基礎、すべての土台、陸生生物である私の陸生生物らしさを実現してくれているプラットフォームです。

 床だけでは活動できないので、テーブル、イス、ベッド、タンス、キッチンなどが活動のために必要になります。それを「家具」といい、英語では「ファーニチャー furniture」と言います。

 ファーニチャーというのは、もとはフランス語で「備える・供給する」という家具とは無縁の意味でした。「家具=ファーニチャー」というイメージの源は、「床しかない空っぽの空間にインストールしたい使える物たち2) 」という感覚だと思われます。環境を支える床、環境をつくる家具という関係があります。

 つまり、升目は原稿空間を支える床、文字や升以外の記号は原稿活動のためにインストールすべき家具です3) 。その家具のなかでも、記号は特殊な家具だと言えます。なぜなら、その原稿における記号の用法をみれば、その原稿がどんな部屋に住んでいるのかが明確にわかるからです。原稿の住環境が明け透けになるわけです。


どんな記号を、どんなふうに用いるかが原稿の住環境を示す

 「升目や記号が原稿では重要だ」と言われてもむずかしいので、記号の具体的なルールの話に触れてゆきます。おもしろいストーリーを書くのも大事だけど、記号をどのように用いているかだけでけっこういろいろなものが伝わるというイメージをつくってもらえたらさいわいです。

 たとえば、印刷出版業界には、「……」(二倍三点リーダー)や「――」(二倍ダッシュ)のようにわざわざふたつつなげて書くというルールがあります。もともと組版における諸般の事情からダッシュをふたつでひとつとして扱っており、それを三点リーダーにも応用したかたちだと言われています(参考URL)。

 いまのところ二倍や四倍など偶数だけ重ねるのが伝統として残っているので、それを守った原稿がもっともしっくりきやすいわけです。ただ、ルールを守ったから偉いという加点や減点に直結するというより、出版業界で礼儀正しいとされている様式にのっとった応接間を用意できるぐらいの話です。行くところに行けば、二倍とか分割禁止とか関係なく、「・・・」(ナカグロ三つ)という表記のほうが礼儀正しかったりもします。新聞では紙面が狭いので、二倍にすることは多くないです。

 ほかにも、「!」「?」といった区切り記号のあとには全角アキ(全角スペース)を入れるというルールもありますが、これは区切ってることをわかりやすくするために行われます(なので段落の最後などの明らかに区切れているところではむしろ不要です)。こういった原稿ワークに美学を抱いている編集者のかたもそこそこいるので、出版業界で書きたいときは振る舞いを身に付けておくとよいかもしれませんね。

 また、区切り記号といえば、句読点や鉤括弧なども区切り記号の一種です。本来であれば句読点や鉤括弧にもアキをつくることになっているのですが、さいわいこちらは自動で二分アキが入るようになっています。句読点や括弧類はアキを入れるべきかどうか気にせず運用できるということです(参考URL)4) 5) 。また、このあたりが自動化されているのも、「升目」を意識しなくなる要因かもしれないなと感じます。400字詰めの原稿用紙で書いてみると、句読点や括弧類にも1マス必要なんだということが――それだけ記号も重要な存在なんだということが――あらためてはっきりわかるのでおすすめです。

 こういった印刷業界の昔ながらの都合に合わせた記号使用が「原稿の伝統的な住環境」をつくるのに役立ってくれます。


まとめ

 記号の用法はそれほど多くはなく、覚えてしまえばむずかしいこともありません。そもそもが自由ですから。それでも実際の使われかたを知りたいときは、さまざまな作家さんの本を読み込んだり、用例検索でサクッと把握したりすればだいじょうぶでしょう。ローテクとハイテクのちがいこそありますが、どちらでも知りたいことにたどり着けるはずです。

 その上で、私としては「記号ってなんなのか」「升目ってなんなのか」といったところまで考えて、文章や原稿と向き合ってもらえたらうれしいなと思います。

 次回は記号のなかでもさらに苦戦する「句読点」に焦点を当ててゆきます。おたのしみに。


1. ↑ ちなみにインテロバングというのは、「!」と「?」を1マスに合成したような記号です。よく見かける「!?」は感嘆符疑問符、「?!」は疑問符感嘆符でそれぞれ2マスで記します。

2. ↑ 余談ですが、”furniture”がいつも単数形なのは、すでに複数のものを想定しているという都合によります。

3. ↑ ちなみに空気が用紙、施工が印刷、装飾がデザインという印象です。編集者は家具の配置や導線の設計士、校正者は設計と配置のチェッカー、小説家は家具をつくるひと、という印象です。

4. ↑ 逆にWeb上では、区切り記号の終わり約物についてくる自動アキ(二分アキ)が気になるデザイナーのかたもいて、実際にQrac(クラク)さんというかたが「Noto Sans Japanese」というフォントを土台にして、約物(区切り記号)だけを半角でキレイに表示できる「Yaku Han JP」というWebフォントを制作しています。

5. ↑ 段落の最初のマスは全角アキ(字下げ・インデント)をするのはおなじみのルールですが、段落最初の文字が鉤括弧などの区切り記号だと、自動で「二分アキ(半角スペース)」がついてくるので、実際は全角+二分アキになってしまいます。いろいろな書籍をながめてみると、全角+二分アキのママにしているものもあれば、わざわざ半角スペース分の圧縮処理をしてちょうど全角アキに見えるようにしているものもあります。たとえば、Adobe Indesignという組版ソフトでは「アキ量設定」をすることができ、字下げの括弧類をちょうど全角アキにしたいというときに「段落1字下げ(起こし食い込み)」という設定を選べば、ほとんど自動で全角アキになるように処理してくれます(裏の計算が複雑、かつフォント側にも独自の規格があり、かつそもそも海外発のソフトなので、必ずすべてがイメージ通りになるわけではありませんが)。


*本記事は、2019年09月24日に「monokaki」に掲載された記事の再録です。

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