「これでダメだったら編集者辞めてもいい」と思えた作品|一軒目〔後編〕|黒澤 広尚
『創作居酒屋』そこは編集者・作家・書店員・漫画家・イラストレーター・サイト運営者・読者など分け隔てなく、書籍業界にかかわる人々が集まり、創作論を語り合う居酒屋である。
どうも皆様お疲れ様です。黒澤です。
先日会社の20周年記念パーティーがありまして、ドリンクと軽食が配っていたので参加がてらに食べたのですが、餃子とビールの合うこと合うこと。肉汁がこぼれすぎないように配慮されながらも、味が濃く染みついた餃子の濃厚な油を、ビールやハイボールで清めるように流し落とすという行為の贅沢に酔いしれました。こりゃ飯もの小説、マンガは流行るわけですね。
美味しさがテキストやイラストから想像できますからね。
今の会社に私が入社したのは2018年の10月からです。早いもので半年が経過しようとしていますが、『転職』とはいわば再チャレンジともいえるわけです。こと文筆業においては一度デビューすると、なかなか再デビューに挑む気力がわかない、そもそもどうすればいいかわからない、出版社に連絡を取ると怒られるんじゃないかといった不安を持たれているかたもいらっしゃると思います。
だが、実は、そんなことはなかったぜ。
ということで、今回のヘッドライン。
・再デビューするためにはどうすればいい?
デビューされて大ヒット! ひっきりなしに仕事がくる方は別として、シリーズ完結後になかなか次のオーダーが来ないといった方はどうすればいいのか? まだデビューされていない方も今のうちにチェックしましょう。
・編集者が編集人生を賭けたい作品とは?
読んで字の通り。なんと今回は具体的な作品までセットでご提示させていただきます。
・編集者になってよかったこと
『編集の大変さ』といったことはネットで見ることも多いですが、飲み会の席で愚痴が多くなってしまってはせっかくの料理の味も色あせるということ。「編集者」といった仕事の楽しさを語らってもらいました。
今回は後半戦ということで、ゲストの方のお酒も少し進んできた中で、前半戦よりもざっくばらんにお伝えさせていただきます。
なお、前編はこちらからお読みいただけます。未読の方はぜひ前編からどうぞ。
■今回の来客
荒田英之 様(代表担当作:『君の膵臓をたべたい』『宝くじで40億当たったんだけど異世界に移住する』)
大東厚司 様(代表担当作:『監獄実験』『必勝ダンジョン運営方法』)
「落ちた企画が別の会社で通ることもあります」(荒田)
――プロであり続けることの難しさが先ほど話題として出ましたが、現在Web小説分野では、毎週のように新しい作家の方がデビューされている一方、『二作目の壁』にあたっている方も多いと思います。再デビューするためにはどうすればいいのでしょうか?
荒田:難しいところですが、本を出されていたなら出版社への接点はもうあるわけですよね? それで通らないとなると、ほかの編集部に企画を持っていくしかないんじゃないでしょうか?
――接点がない編集部に企画を持っていくことは迷惑ではないんでしょうか?
荒田:そんなことはないでしょうけど……(大東さんの方を見ながら)。
大東:事前に公式フォームやTwitter等でアポはもらえる前提なら、それほど失礼ではないですよ。やはり再デビューとなると、著者さん自身の営業力が重要になりますね。もちろん必ずお力になれるとは限らないのですが、とはいえ一度は出版社に文章力を認められているわけですから、そう悲観的になる必要はないかと。
例えば当社から出ている藤まるさんの『時給三〇〇円の死神』はおかげ様で10万部ほど動いていますが、そんな藤まるさんでも、デビューした出版社で中々新刊を出せずにいました。案外出版社を変えるとスルっと通ったりするものですよ。
――勝手な認識で申し訳ないのですが、持ち込み文化はかなり廃れた印象もありましたが、そういった考えの出版社様があるようで、心強いですね。持ち込みの際は、やはり作品が完成していた方がいいのでしょうか?
荒田:すでにデビューされている作家さんに限っていえば、必ずしも新作が完成している必要はないと思います。ただ、これまでどんな作品を書いてきたのか、これからどんな作品を書きたいのかは教えてほしいです。たとえ、その場ではすぐにお仕事に繋がらなくとも、「あっ、あの時会った作家さん、こういうジャンル書きたいって言ってたよな……」と思い出したときに仕事に繋がる可能性がありますよ。
――持ち込みは文章力に自信がない方は難しいでしょうか?
荒田:そうですね。作品ありきの場合は別として、どうしても再デビューとなりますと、一定の文章力は必要になってきますね。思い出した時に、というのをもう少し具体的に言うと、その時編集部で持ち上がっている企画や、編集者がやりたがっている企画をご依頼するケースですので、書下ろしになる場合も多くなります。そういったときに執筆に時間がかかってしまったり、クオリティに不安があったりすると、大変ですからね。あと、できればなんですが、締め切りを守ってくれる方がいいですね(笑)。
「ダメだったら編集の仕事をやめてもいいと思えた作品があります」(大東)
――編集にとって「いい作品」「苦しい作品」といった話題が前回出ましたが、逆に「これはとてもいい、絶対いける」と思う作品に出会うタイミングはあるんでしょうか?
大東:実はちょうど今、進めている作品がそうでして……それこそ、売れなかったら編集者の仕事を辞めてもいいと思いました。やはり編集者になったからには、大ヒットを狙ってますし、自分の好きな作品を少しでも多くの方に読んでもらいたい。それが望める作品だと思います。
――おぉっ、まさかの具体的な作品があるんですね。どういった経緯で発掘されたんですか? それとも書下ろしですか?
大東:もともとはWeb小説投稿サイトに掲載されていた作品なんですが、文章、構成、キャラ造形……すべてのレベルが高くて、とにかく圧倒的でした。200万文字もある作品なんですが、読んでいてほとんど止まる部分がなかったです。ジャンルとしては下火の和風伝奇ものですが、書籍化に向けて迷いはありませんでした。
――選ばれた決め手のようなものは何かあったんでしょうか?
大東:作品の内容ももちろんなんですが、レビューや感想など、ファンの方の熱量を感じられるものの盛り上がりも重要でしたね。編集部の同僚に薦めたら、仕事そっちのけで徹夜で読んだそうで、それも決め手でした。自分にとって、一生をかけられる作品がこの世に出せるといったところは、この仕事のとてもいいところだと思います。
――そういったジャンル、かつ200万文字をこえている作品でも編集者の目にとまり、これだけ熱量を注がれるというのは夢がありますね。
ちなみに、おそらくNGでしょうけど、その作品の名前って教えていただくことはできますでしょうか?
大東:すいません、現時点ではちょっと……。ヒントというわけではないのですが、鬼と人の物語です。
荒田:ちなみに黒澤さんはそういった、一番好きな作品などはないんですか?
――ええっ、一番といわれると困りますが……、双葉社さんの作品でなくて大変申し訳ないんですが、自分としては『田中 ~年齢イコール彼女いない歴の魔法使い~』ですかね。とても王道とは言えない話なんですが、主人公が精神的に大人な不細工という、この一点をとてもおいしく料理している作品ですね。
人生に疲れた、頭をからっぽにしたいけど、ハーレムが現実に存在しないことなどわかっている、かつ表向きはきちんと社会生活を営んでいる人間が感情移入しやすいという、ちょっとわがままで変化球が好きな大人にとってはとても楽しめる作品だと思います。
荒田:語りますね(笑)。でも、実際にWeb小説の魅力のひとつに、大東さんの和風伝奇や、黒澤さんの『田中』じゃないですけど、自分の好きな作品に会いに行けるというところはあるでしょうね。
書店の本棚のスペースには限界がありますが、Web小説にそれはないので、自分の好きな作品に自発的に会いにいくことができます。そして読者がついて、実際にこうして書籍化まで進むということはいいことですね。
「少人数で自分たちの価値観を世に問えること」(大東)
――そろそろいいお時間になってきましたが、本日、ぜひこの場で「編集者・出版社の仕事のいいところ」を聞いてみたかったんですよ
荒田:逆に答えにくい質問ですね(笑
――飲み会の最初の頃でも話題になりましたが、SNSが一般化してくると、特定の仕事のしんどさみたいなものが表に出てくるじゃないですか。ただ、エンタメ業界の末席にかかわらせていただいているものとして、新しい方にはぜひ夢を持ってこの業界に入ってもらいたいなという気持ちもありまして。
実際に成功されているお二人だからこそ、出版社業務のいいところをぜひ聞かせてください。
大東:自分は最初、営業から入りまして、そのあと編集者になりました。営業は書店さん等の現場の空気を知れるという意味でやってみてよかったですね。かかわる人も多くなって、たくさんの人と会えましたし。
荒田:編集のいいところといえば、仕事中に漫画を含めて本が読めることですかね。本好きにはたまらない環境です。
あとは、かかわることができるジャンルの広さにあるんじゃないかなと思います。例えばゲームであれ、アニメであれ、商業として勝負できるジャンルは限られていると思うんですが、書籍は1冊あたりにかかる単価が低めなので、幅広いジャンルに挑戦しやすいんですよね。
自分の興味によってかかわるジャンルを変えることもできますし、取材もできることはとてもいいことですね。
大東:少人数で自分たちの価値観を世に問えるのは強みだと思います。アニメやゲームが大企業だとしたら、漫画や小説はベンチャー企業的なところがあるイメージです。少人数だけで作れるのでエッジが効いたものをつくりやすいですし、スピードも速くなりますよね。うまく軌道に乗って自分が手がけた作品が大きくなっていくと仕事の幅も広がりますし、いろいろな仕事ができるので楽しいです。
――自分のかかわった作品が数年で映像やゲームになっていくというのは、自分もコンテストを通してではありますが、たしかにとてもやりがいがあった認識があります。それでは、双葉社という会社の魅力はどういったところがありますか?
大東:そうですね。双葉社はあまり殺伐とはしていないところはいいことですね。他人を蹴落とそうとか、そういった文化はないことがまずはいいですね。他人が編集したものでも、面白い作品を素直にほめ合うことができるところもいいことだと思います。あとは先ほども申し上げましたが、作家さん含めていろいろな方とお会いできましたし。例えば……
(※詳細は省きますが、ここでmonokaki編集長の親族と大東様が知り合いであったことが発覚。大東様の人脈の広さが伺えました。楽しいお話はこのほかにもいろいろとしたのですが、オフレコも多く、宴もたけなわではございますが、今回はこちらでお開きとさせていただきます。また来月、二軒目にてお会いしましょう。)
*本記事は、2019年03月11日に「monokaki」に掲載された記事の再録です。