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「青春小説」って何ですか?|王谷 晶

青春――何も怖いものなんか無かったあのころ。二月になれば無邪気にバレンタイン・デーを意識し、密かに胸をときめかせていた少女時代。あのときの私はまだ知らなかった。二月は甘いチョコレートの事だけ考えてればいい季節じゃない。大人の二月には、確定申告があることを――。

はい、というわけで王谷晶なんですけどね。本当に中学高校あたりで義務化しておいてほしい、確定申告のやり方と税金についての授業。フリーになってもう何年も経つがいまだによく分かってないし、かと言って税理士に頼めるほど儲かってないので大変に辛い。でもやらないと還付金が貰えないし、あーあーめんどくさい! 大人はめんどくさい! 女子高生に戻りてえなー!!

青春小説は「あまずっぱさ」だけではない

今日はそんな全国の女子高生に戻りたい人(過去に女子高生でなかった人含む)のために、「青春小説」について一席ぶちたいと思う。

しょうみな話、私はド田舎で勉強もスポーツもできないだっせえオタクとして暗ぁい学生時代を送っていたくちなのでアラフォーの現在のほうがよっぽど青春っぽい生活をしているのだが、ここでは「青春=ヤング」としておく。なぜなら現在の日本で広く一般的に「青春もの」とみなされるのは、ズバリ学生時代の物語だからだ。

下は十歳くらい上は二十〜二十五歳くらいまでの人物を主人公に据え、その悲喜こもごもを描くジャンルが一般的な青春小説ととりあえず定義しているだろう。ちなみに便宜上学生時代と書いたが、登場人物を絶対学校に通わせなきゃいけないわけではない。「物心はついてるが大人になりきれてはいない」くらいの年頃と考えてほしい。

ではそのくらいの若者が主人公な物語は全部青春モノになるのか?というともちろんそうではない。諸君は青春というキーワードで何を想像するだろうか。青春という看板に惹かれた読者は何を求めているだろうか。
人が「アオハルかよ……」と思わず呟いてしまう瞬間。そこには「あまずっぱさ」「ほろ苦さ」という概念があるはずだ。甘さだけでない、酸っぱさだけでない、苦いだけでない、それらがマーブル模様を描く若者の物語に人は青春を感じているのだ。


変化するエモーションを丁寧に書く

では具体的には「甘さ」と「酸っぱさ、苦さ」とは何を表し何で感じることができるのか? 今回はここで独断と偏見だがおそらく正しい青春小説の「キモ」をいきなり諸君にお伝えしたい。それはズバリ「挫折と成長」「出会いと変化」だ。ここさえ押さえておけば青春は諸君の手中に入ったも同然。

逆に言うと、これが入ってない青春小説は気の抜けたコーラみたいに締まらなくなってしまう。別に挫折と言っても生きるか死ぬかみたいな大げさなものでなくていいし、成長も偏差値ビリからハーバードに行くみたいな激しいやつでなくてもいい。友達と大喧嘩した、仲直りして人との付き合い方をちょっと勉強した。そんなミニマムな挫折と成長でもいい

出会いと変化は、文字通り新しい人物、趣味、目標等に出会って、その結果主人公が変化していくこと。それを青少年の主人公がやるだけで立派に「青春」になる。
物語、とくにエンタメ寄りのフィクションにおいては挫折と成長というのはセット売りである。挫折しっぱなしで終わるとカタルシスが得られないし、成長だけしてる話は他人が出してるパチンコを後ろで眺めているように味気ない。このセットをうまく取り入れることで物語に起伏が生まれ、面白くなる

青春小説を読む時、人は自分が何歳のどういう立場であっても主人公に寄り添っている。「いっちょう物語を俯瞰して冷静に全体を分析しながら読んでやろう」という心構えで青春小説を読む人は、職業評論家とひねくれ者くらいだ。青春小説ユーザーのコアゾーンではない。

だいたいの読者は主人公と一緒に小テストのめんどくささに頷き、好きな子の連絡先をゲットして小躍りし、部活で失敗して落ち込む。かつて経験した/したいけどできなかった/これから起こるかもしれない甘酸っぱいエピソードを味わうために読んでいる。そこが青春小説の醍醐味なのだ。
ゆえに、青春小説を書くにあたってないがしろにしてはいけない要素が「エモーショナル」だ。「エモい」というミームも最近あんまり聞かなくなったが、原義の通りの感情的、情緒的な描写を丁寧に書いてほしい

何も熱血ドラマティック物語を書けと言っているのではない。無気力でクールでやれやれな人物でも、そういう人なりのエモーションは絶対にある。そこを深く想像し、丁寧にすくいあげていってほしい。そうして読者に「こういう奴ほんとにいそう」「こいつは自分に似てる」と思わせられれば勝負はこっちのもんである。


挫折と成長の王道青春映画

しかしなんだかんだ言ったが、先に書いたように実際にはアラフォーの青春もアラカン(アラウンド還暦)の青春も、それ以上の青春もある
今や人生八十年、人間いつだって気の持ちようで現役。実際中高年の青春を描いた作品もジャンル問わずけっこうある。これからのハイパー少子高齢化時代を考えると、逆にそっち方面の需要を見込んだ中高年青春小説を書いていくのもテかもしれない

老人の物語だからと言ってしっとり地味にする必要もないし、青春アドベンチャーの主役を爺さん婆さんにしてもいいではないか。
今の七十代、八十代はビートルズや第一時ディスコブーム世代だし、初代パンクスだって還暦越してるのだ。老人といったら和装で民謡で煎餅食って「〜なのじゃ」喋り、みたいな記号的すぎる描写はいまだに見るが、もうその老人像も古い。今こそ新しい老人青春物語を作り出す時期なのかもしれない

今回のおもしろ作品は『酔拳』。言わずとしれたジャッキー・チェンの代表作だが、これは冗談抜きに青春物語のフォーマットが過不足なく収まっている素晴らしい作品なので未見の人はぜひ一度観てみてほしい。

未熟で調子こいてて、でもそこが魅力的でもある若者が自分よりはるかに強大なライバルにコテンパンにされ初めて挫折を味わい、周囲を傷つけやさぐれるものの、別の新たな出会いにより少しずつ成長。そして苦い別れを経験し大人になった若者がライバルとの決着に赴く。

『酔拳』の題材はもちろんカンフーだが、これを野球や吹奏楽やバンドや寿司職人や恋愛に置き換えてもアツい青春物語ができる。繰り返そう、青春物語の基本は「挫折」そして「成長」。さらに「出会い」そして「変化」。ワックスをかけて……拭き取る(それは『ベスト・キッド』)。

(タイトルカット:16号


今月のおもしろい作品:『酔拳 DRUNKEN MASTER』

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カンフー道場のドラ息子、ウォン・フェイフォンは真面目に練習しない、町に出れば悪戯ばかりという放蕩ぶり。見兼ねた父親は、息子を改心させようと、カンフーの達人、ソウ・ハッイーを呼び寄せた。厳しい修業で知られるソウ・ハッイーの元での修行を強いられたウォンは、酔えば酔うほど強くなる、という秘伝の拳法“酔八仙を受け継ぐために苛酷な修業に励む。そしてついに、奥義“酔八仙 を修得する!
Blu-ray(2,381円+税)/DVD(1,410円+税)
発売元・販売元:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント


*本記事は、2020年02月13日に「monokaki」に掲載された記事の再録です。

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