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代名詞や接続詞を多用すると読みにくい理由|逢坂千紘

 こんにちは、あいさかちひろです。

 今回は「指示語、代名詞、接続語」が読みやすさにどう影響するか、相談者さんの疑問点から考えていきます。

今月の相談者:七ノヒト
執筆歴:3年
作品:なし
お悩み:日本語の小説を執筆する場合、「指示語や代名詞、接続語を多用すると読みづらくなる」とよく耳にする気がします。これらのことばは、どの程度使っていいものなのでしょうか。

 七ノヒトさんは、代名詞(指示詞)や接続詞についてのアドバイスを見かけたけど、実際はどの程度のものなのか知りたいとのこと。もっともらしいアドバイスを鵜呑みにすることなく、より実際にちかいところまで理解しようと試みているのが感じられますね。

 「代名詞や接続詞を多用すると読みにくい」というのは、結果論としてそうなる場合がけっこうあるよ、という話です。すこし込み入った話でもあるので、ゆっくり結論に向かっていきたいと思います。

文は早く先に進むべきだし、後戻りもするべきだから書き手は困る

 そもそもかつごくごく当たり前の話からになりますが、情報伝達はとても難儀なものです。伝えたかった内容と、受け取られた内容のあいだには大小のズレがいつだって生じていて、綱渡りみたいで、かんたんではないです。伝言ゲームの「伝わらなさ」の衝撃は、幼いころからずっと続いています。

 代名詞(指示語・指示代名詞・人称代名詞)や接続詞は「文の意味を修復しなおすとき」に入ってくるとちょうどいいなと思います。

 というのも、文章は前から前からことばを積み立ててリニアにつながっていくため、途中途中でうまいこと処理して、書き手(テキスト発信者)は最後まで意味を保守しようと試みます。よほどのことがない限り、冒険に連れていかれることも飛躍されることもありません。地道に、前の文と次の文を引き継がせていくものです。

 情報を伝えるための文は新情報めがけて進歩したほうがよい一方で、ことばは伝言ゲームなので理解のための文は何度か逐語的に後戻りしたほうがよいです。「ひとつ前で言ったこと」を照らしながら、「次に言うこと」をあたらしく案内しなければなりません。この機微に代名詞や接続詞が関わってきます。


逆説じゃない「ガ」が怒られるわけ、多機能な接続詞

 一時期、「逆説じゃない『ガ』」が厳しくとがめられました。以下のようなものです。

・私は野球も好きですが、サッカーも好きです。
・今日の授業では何ページか多く進みましたが、ここで終わりにしたいと思います。
・私の小説ですが、午後には公開します。

 上は並列、真ん中は順接、下は主題化でしょうか。「ガ」は多機能ですね。私はぜんぶ「前置きの『ガ』=プロミネンスの『ガ』」だと思っています。プロミネンスというのは目立たせるということです。

 一方で、「『ガ』が来たらふつうは逆説だと思うから読みにくい」という指摘がなされてきました。一理あります。「こう来たらこう」と一対一対応しておいたほうが前後を照らし合わせる必要がないので速読に向いています

 そういう事情があって、「ガ」は逆説を優先させないと「読みにくい」と感じるひとがいるということです。とくに論文を読むひとや速読派のかたは「こう来たらこう=標識(ディスコースマーカー )」を本格的に利用します。その文章をオーディエンスするかたが速読を強いられていたり好んでいる場合は、前置きの「ガ」が負荷になって煙たがられることもよくある話です。たとえば選考の下読みするひとが速読しなければならないときは、優先的な対応関係で書いておくのもひとつのテクニックだと思います 。

 以前に「表記は美意識の問題」という話をしましたが、あわせて言えば「接続は思想の問題」と言えるかもしれません。接続詞のどういった機能をつかって、どういうふうに前後をつなげたいか、という書き手の答えが随所にあわらるということです。

 私自身の話をすれば、「端的に言えば」の直後でしっかり端的になっている文章と出会ったときは小躍りします。ハッピーです。「端的に言えば」で端的になっていないと「読みにくい」です。


ニュアンスをつける指示詞は多用されない

 指示詞は「指示」という行為をともないます。もとの英語では「はっきり示された」という意味の「デモンストレイティブ(demonstrative)」ということばです。指示詞を用いることは、はっきり示すことですそれは読み手や受け手をガイドすることであり、ナビという演出によるニュアンスが生じます

小説を書くなんて絶対に無理だと思っていました。そんな私がいまでは何編も書いています。 

 たとえば上記の例文では、「書けないと思った小説をいまは書いている」という内容を演出しています。文飾としては強調とか印象付けと言えますが、ニュアンスとしては「自己像の崩壊」です。書けないと思っていたじぶん、そういった自己像がなにかのタイミングでぶっこわれて、書けるじぶん、書ける自己像に変わっていったというサブテキストが読み取れますね。

「おい、お前ひとりか、あいつは……あいつはどうした!」
「それが……」 

 こちらの例は指示詞だけでぜんぶ言い包めています。技法名としては「黙説」や「想起」です。三点リーダーだけで示してもいいのですが、指示詞をのっけることで「ただならぬ事情とやりきれない思い」をニュアンスとして含めることができます

あれもこれも欲しい、でもほんとうは真に欲しいものが欲しい。

 逆に、これはとくになにかを指示しているわけではない指示詞です。「あれ」も「これ」も野放しにすることで、取捨選択できない溺れた感じが出ています。

 これらのニュアンスありきの指示詞は多用するほうがむずかしいので今回は紹介だけにとどめておきます。


使い途を意識できれば数は問題ない

 「指示語の多用」といってもどのぐらいなのかわからない、という七ノヒトさんにおすすめしたい作家さんは吉本ばななさんです。まず引用します。

また朝になってゼロになるまで、無限に映るこの夜景のにじむ感じがこんなにも美しいのを楽しんでいることができるなら、人の胸に必ずあるどうしようもない心残りはその彩りにすぎなくても、全然かまわない気がした。
(吉本ばなな『白川夜船』)※太字著者

 あえてものすごく大雑把に言えば、この一文のなかに「コ系」が二回、「ソ系」が一回でてきます。数として考えたら多いかもしれませんが、数なんてどうってことないですね。読者のイメージを誘ったりセーブしたりするために不可欠なものです。

 前半は夜景に対する情意を「この」「こんなにも」でダイレクトに指示して手元で語っていて、描写されているものへの没入を誘ってくださいます。一方で後半は、「その彩り」とふわっとさせます。漠然とさせたうえで読者に委ねています。だれもが抱えている心残りと呼べるにじんだ夜景の色彩についてはあなたが決めていいよ、というコミュニケーションです。この描写に参加してね、という指示詞の置きかただと解釈させてください。

 作品に入ってきてほしい、想像してほしい、という気持ちのこもった配慮や工夫が、吉本さんの作品のいたるところから感じられます。その底力になっているのは代名詞(指示詞)の研ぎ澄まされた技術ではないでしょうか。

 多用ではなく乱用を避けるために指示詞に注目して推敲してみること、あるいは指示詞ひとつをしっかり読み込んでくれる編集者や校正者、物書き仲間、読者を持つことも大事だと思います。


文の意味を修復しなおすときの指示語

 最後になりますが、冒頭で「文の意味を修復しなおすとき」に使うとちょうどいいという話をしました。代名詞(指示詞)は、ひとつ前の話をセーブして次の文脈であらためてロードしてくれます。接続詞は、ひとつ前の話に対して次にどんな話をするかガイドしてくれます。これを駆使することで、文を区切ってたくさんつなげても、前後が結びついて意味が破綻しないようにしています。

 複雑なものや煩雑なものを書こうと思えば、それだけ修復のタイミングは増えるはずで、指示詞や接続詞に頼る機会もおおくなります。和訳にありがちな「彼は彼女がその男を知っていると信じている」みたいな代名詞が引っ張りだこになるケースもあり得ます。このあたりの具体的な処理はまた別の機会に。

 最後に私の好きな口上をご紹介します。薬を売っている役で、あえて話をあちこちに飛ばしながら、「この薬は」と指示詞で帰ってくる構成が魅力的です。ひとつの物を紹介するにしても、コ系の指示詞で何度も積極的に修復できているよい例だと思います(薬を売りたいから当たり前と言えば当たり前ですが)。

元朝(がんちょう)より大晦日(おおつもごり)まで御手に入れまする此の薬は、昔、珍の国の唐人外郎(とうじんういろう)と云う人、我が朝へ来たり。帝へ参内(さんだい)の折から此の薬を深く込め置き、用うる時は一粒(いちりゅう・ひとつぶ)ずつ冠の隙間より取り出だす。依ってその名を帝より「透頂香(とうちんこう)」と賜る。即ち文字(もんじ)には頂き・透く・香(におい)と書いて透頂香と申す。只今では此の薬、殊の外(ほか)、世上に広まり、方々(ほうぼう)に偽看板を出(い)だし、イヤ小田原(おだわら)の、灰俵(はいだわら)の、さん俵(だわら)の、炭俵のと色々に申せども、平仮名を以って「ういろう」と記せしは親方圓斎(えんさい)ばかり。
(「外郎売(うりろううり)」)※太字・ふりがな著者 

 母語というのは「既にわかってしまう」ものだと思います。それがアドバンテージになることもあれば、文法やことばを深堀りしていくときにアタリをつけにくいこともあるでしょう。

 文法事項ひとつとっても、ことばや執筆とむすびつけてハウツー化・言語化できることもたくさんあります。

(タイトルカット:西島大介

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