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「振仮名」の振仮名は何を与えますか? ルビについてあらためて考える|逢坂千紘

 こんにちは、逢坂千紘(あいさかちひろ)です。

 ルビについての質問がいくつかあったようなので、第三弾は意外と奥が深い「ルビ」や「ふりがな」について触れていこうと思います。

 ただ、その前に「ルビ」と「ふりがな」の微差について簡単に明示して、今回はどちらもおなじ意味として統一します。

ルビとふりがなのちがい

 「ルビ ruby」というのは、宝石のルビーのことです。

 宝石がどうして原稿のうえで輝いているかというと、英国では活字のおおきさ(ポイント)を宝石の名前や宗教的な名前などで呼んでおり、「5.5ポイント(5&1/2 point)」にルビーが割り当てられていました。ポイントについての説明は割愛します。

 一方で、日本の公文書では五号活字(10.5ポイント)が主流で、ふりがなには半分のサイズの七号活字(5.25ポイント)を用いていました。七号活字に相当するルビーからとって、「ルビ活字」としていたのが定着したと言われています。(https://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000132617)

 ルビが活版印刷の名残であるのに対して、「ふりがな」は漢字や外国語の読みかたや意味を示すためにつけられた仮名のことです。そのため「ルビを組む」あるいは「ふりがなを振る」という表現が好まれがちですが、ふりがなのことを指して「ルビを振る」と表現するのは浸透していることとして、この記事では細かい違いを分けずに用います。


ルビは作品探求の入り口にもなる

今月の相談者:ノンネーム(38歳)
執筆歴:未記入
作品:なし
お悩み:難読漢字・複数の読み方がある漢字は、意図通り読んで貰いたいのですが、ルビを振るのと平仮名で書くのと、どちらが親切でしょうか?

 ノンネームさんは、難読漢字・複数読みの漢字があって意図したように読んでほしい場合に、ルビがいいのか仮名にするのがいいのか、どちらが親切なのかというのが疑問なのですね。

 この疑問が出てくるということは、ノンネームさんが読者に向けて親切な文章を書きたい、配慮をしたいと日頃から思っているんだと思います。まずそのことがひとつ素晴らしいことです。

 その上でひとつおことわりしなければいけないこととして、ルビにおける親切や配慮、ケアの心やサービス精神など、ここに唯一の「正解」はありません

 それぞれの解法のダイナミズムがあって、だれかの正解はだれかの不正解になります。なので、いただいた二択に答えはありません。しかしながら、この二択からはじまる探求はあります。それについてすこし触れていきます。


漢字のルビにおいて親切とはどういうことなのか

 たとえば、NHKの調査によると、2009年の高校生の漢字認識は「脚絆」は2.2%、「葛餅」は18%、「閉塞」は18.5%、「真摯」は28.8%、「憧憬」は36.8%、「傲慢」は52.8%、「嗅覚」は87.1%、「嫉妬」は98.1%でした。パーセンテージの幅はあるものの、どれも読めない高校生がいる漢字です。

 過半数が読めていればルビはつけなくていいとか、最終的になにかしらの基準を決めることになると思います。かつて、新聞では総ルビ(すべての漢字にルビを組む手法)にしているものがおおかったようです。常用漢字との兼ね合いから「交ぜ書き」といって難読とされる漢字を協議で定めてできるだけひらがなにしたり、媒体によっては積極的なイイカエの基準や慣習をつくったりしています。

 交ぜ書きの例としては、「破たん」(破綻)、「補てん」(補塡)、「じ石」(磁石)、「う回」(迂回)、「払しょく」(払拭)などがあって見たことあるひともおおいでしょう。言い換えというのは「躊躇(ちゅうちょ)」を「ためらい」にしたり、「押捺(おうなつ)」を「印を押す」にしたりすることです。

 こうした工夫もありつつ、一方でルビを「邪魔な黒い虫」と考えるひともいますし、余裕で読めるものにルビが組んであると「馬鹿にされている」と感じるひともいます。

 読めるようになっていることは開かれていることですが、デザイン上の難点、思わぬ手入れへの失望や傷つきもゼロにはできないでしょう。どちらに寄ってもやりきれないなかで、いまの書籍の技術ではひとつの答えを出さなばなりません。そのためのガイドライン、レギュレーション、ハウスルールなどがあります。そういったものを参照したり自作したりしてもよいと思います。それ自体が創作を深くしてくれる探求だと思います。


漢字表記への思いも大切にする

 もうひとつの判断軸として、漢字で表記したい物書き側の思いも大切です。文豪から引用します。

(...)新学年がはじまると、山桜は、褐色のねばっこいような嫩葉(わかば)と共に、青い海を背景にして、その絢爛(けんらん)たる花をひらき(...)
太宰治『人間失格』

 嫩葉は漢語で「ドンヨウ」という読みを持ちますが、この時代の作家はルビに「わかば」を付けがちでした。

 何も振らずに「ドンヨウ」読みでもいいし、あるいは読みやすい「若葉」もあるし、開いて「わかば」でもよいかもしれませんが、「嫩葉(わかば)」という漢字とルビを選んでいるところに作家らの表現への意思を感じます。やわらかくて瑞々しい和語を使いたいけど、文語らしい漢字も使いたい、という思いを突き詰めていったのだと思うんですよね。

少年(こども)の歡喜(よろこび)が詩であるならば、少年の悲哀(かなしみ)も亦(ま)た詩である。
国木田独歩『少年の悲哀』

 これも「少年(こども)」「歡喜(よろこび)」「悲哀(かなしみ)」という和語に、じぶんのしっくりくる漢字をもってきている例です。

 当て字の文化に顕著であるように、「読み」というのは多様なものです。どのように書いてもいいし、どのように読んでも構いません。

 それでも書き手として読みをひとつにしぼりたいと思ったり、意図したとおりに読ませたいと考えたりすることもあります。以下の太宰の例では、(手書き原稿を見ていないので)太宰のルビなのか編集者のルビなのかわかりませんが、読みをしぼっていますね。

聞いて下さるか、とやはり眠たそうな口調で自分のいままでの経歴をこまごまと語って聞(きか)せた。
太宰治『ロマネスク』

 「聞(きか)せた」は、文頭に「聞(き)いて」の読みがあるから混同しないようにルビを組んだと思われます。


自問自答、探求していこう

 ルビをどうするのが親切なのか、これは奥の深いテーマです。考えるに値することだと思いますし、直線的な理解では太刀打ちできないものです

 技術が進んださきにルビの個人最適化もあり得るかもしれませんそのときにまたなにが親切でなにが不親切でという情報も変わるでしょう。作家のつけたルビは表示しないとか、編集者のつけたルビは表示しないとか、そういう選びかたもできるようになるかもですね。

 いろいろな状況、さまざまな条件によってダイナミックに移ろいゆくものを読者のために掴もうとする気概が、圭さんにはあると思います。今回の記事がヒントになるかわかりませんが、これからも読者や作品のための自問自答や探求を続けていってください。


効果的なルビをルビの効果から考える

今月の相談者:大塚由宇(38歳)
執筆歴:10年
作品:なし
お悩み:ルビの効果的な振り方や、お手本になるような作品などがあれば教えてください

 大塚さんは、ルビを振ることで作品や読者の読みによい影響を与えたいと思っていて、その方法を知りたいとのこと。手本にできる作品があればそれも知りたいのですね。

 効果的なルビと聞いて私がまず思いつくのは、筒井康隆さんの『トーチカ』、冲方丁(うぶかたとう)さんの『スプライトシュピーゲル』、円城塔さんの『文字渦』です。引用しやすい前二作を引用いたします。

 薄緑色(クロレラ)色の耐熱膜(ネツサマシ)がイガ栗型の長距離(アベベ)用散弾(アラシ)でボロボロ破(ズタ)れてしまい、それが速射式光線砲(エロクエントリ・クラクラ)の標準孔(ガン・ホール)からもまる見え。トーチカの外壁(キモノ)と膜の間の真空部(バキューン)に火星(おマル)の空気が渦巻(トグロ)いて流れこんでるのだ。
筒井康隆『トーチカ』
 最終要撃地点に先回り——計算された待ち伏せ(サプライズ)。
 右手に握りしめたどでかい機銃を掲(かか)げる/構(かま)える/狙(ねら)う。
 その残弾表示(ひようじ)=〈30000〉
「さ——ぁ!! ご奉仕(ほうし)させて頂(いただ)きますわよーーっ!!」
 掃射開始(ダダダダダダダ!)=ミサイル群が全て炸裂(ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ!)=爆風(ダダダ)。
冲方丁『スプライトシュピーゲルI』

 これらのルビが効果的と思えるのは、
 (1)ルビ自体が世界観をさりげなく案内しているのと、
 (2)漢字に対していまだかつて読んだことのない読みが導かれているのと、
 (3)ハイコストな版面のある意味での余剰性(過剰性)の三つかなと思います。

 ルビは読者に読みを与えるものですが、「読みを与える」という行為を通じて「世界観の案内を与える」ことも可能です

 たとえば『トーチカ』では、世界観に関連している漢語に「ネツサマシ」「アラシ」「キモノ」など和語をカタカナでルビに入れていて、この世界のただならなさとどこか知り得た気がする気のせいが重なり合って理解されるようです。

 簡単に言ってしまえば、心地のよい「異化」がルビによって実現されています。ある意味でテクニカルなルビと言えるかもしれません。


既存の漢字が出会ったことのない読みに還元されるよろこび

 また、ここまでルビ組みが拡張されている版面のなかでは、次にどんな読みと出会えるのだろうかというほのかな期待も生じます。

屋外(やぐわい)は真ッ闇(くら) 闇(くら)の闇(くら)
夜は劫々(こふこふ)と更けまする
落下傘奴(らくがきさめ)のノスタルヂアと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん
中原中也『サーカス』

 小学生のときだったか中学生のときだったか、「闇(くら)の闇(くら)」と出会えたときは、びっくりしたしうれしかったのを覚えています。

 大人たちが言っているように読まなくてもいいというか、「正解の読み」という常識だけがすべてではないことを教わった気がしました。ひらがなで開くのではなく、漢字にルビをつけることで「こう読んでもいいんだ」という拡がりや奥行きが生まれるのが効果的だと感じます

 漢字の「誤読」を教養の無さにつなげたがるインテリのノリもありますが、誤読という懲罰的な発想から解放されて、より自在な表現を探求する道を歩み始めることができます。何年生までに何の漢字のどの読みを習う、と標準化されている日本だからこそ、はみ出すことの解放感にひとつ魅力が感じられるのかもしれません。

 「やりすぎ」は、エンタメのなかで高評価に直結することもあります。書き手にとっては必要だから組んでいるかもしれない大量のルビも、受け手には「これでもかこれでもか」という圧に変換されるということです。

 とくにルビはほぼ手作業です。作業者になってみるとわかるのですが、総ルビはほんとうに面倒くさいです。しかもルビが入ることで、文字の詰まりかたが微妙にヘンになることもあります(たとえば「魂」に「たましい」を組まないといけないので、魂という字の前後が空いてしまったりします)。ルビ内や段落内にアキをとってデザインのわずかな違和感をなくす作業もあります。

 さらに言えば、ルビの組みかたにもいろいろあって、文字の真横につけるのか、ちょっと右上につけるのか、熟語のときは漢字ごとにつけるのか、熟語全体にきっちり収まるようにつけるのかなど臨機応変でさまざまです。
 私はじぶんでつくるときはじぶんでやっていますが、より著名なかたとして京極夏彦さんのルールが公開されているので共有しておきますね(『京極夏彦氏が一挙公開、ルビと禁則処理の法則』)。

 このような途方もない手作業を大量ルビに対して行います。読者の違和感をすこしでもなくせるようにアキ量を調整したり、ルビの組みかたを試行錯誤したり、そのすべての手作業にお金と時間がかかっていて、これはハイコストです。リッチとか贅沢と言ってもいいし、余剰とか過剰と言ってもいいと思いますそれが作品の圧や魅力につながっていきます


ルビで世界観を伝えることができる

 「効果的なルビの振り方」というのは、ダイレクトに教えることができません。なので、ルビの効果について作品の引用とともにお伝えしました。

 特殊な読みを与える行為自体が、世界観を伝えることにもつながるというのがひとつ。正解や常識だけじゃない読みの世界をつくれるというのがひとつ。ルビはコストが高いのでおおくすることで過剰性のおもしろさを演出できるというのがひとつでした。

 「大塚さん(あなた)」とルビを振ってみてもよいですし、「振仮名(きょうのテーマ)」と書いてもよいでしょう。日本語の自由な表現をこれからもますます身につけてもらいたいと願います。

おわりに

 知識ベースでならまっすぐお答えできることもあるかもしれませんが、ルビの実際の場面は、どうしても正解がないとお答えするしかありません。

 でもそれはネガティブなことではなく、それだけ探求できるスペースが豊富に残っているということでもあります。

 この記事を読んでくれたひとが、ひとりでも「ルビっておもしろいな」とか思ったり、じぶんの使いたい表記の探求に目覚めたりしてくれたらうれしいです。

(タイトルカット:西島大介

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