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神話の時代から(この数十年で誕生したものも)語り続けられる「怪異」図鑑|monokaki編集部

 子どもの頃、誰もが抱いてきた「怪異」への飽くなき好奇心。それは、その先に広がるさまざまな創作作品への探求心のルーツ的な役割を果たしていると、私は自身の経験から感じます。
 というのも、あらゆる怪異がその時代のその場所に存在したとき、必ず出生から終焉までの確かな物語があり、悲喜こもごものドラマが介在しているからです。
 怪異がなぜこの世に生まれたのか、どうして成敗されたのか、といった衝撃的なストーリーに私は心を引き寄せられ、ドキドキハラハラしながら解説文を貪るように読んだ記憶があります。

 さらにもうひとつ、強い関心を持ったのは怪異の際立った個性です。誰ひとりとして被ることのない強烈な妖力や特徴に、憧憬と恐怖が入り混じった気持ちを昂らせながら見入っていました。本書では朝里先生の概要解説によって、鮮明に蘇っています。

 こう考えると、怪異にはストーリーと個性という屋台骨がしっかりと組み立てられ、伝承されている点に改めて気づかされます。そこには現代の物語創作と通じる、じつに多様な造形ノウハウや描写テクニックやエンタメ性をも埋め込まれているのです。
 ぜひ新たな視点で、怪異の新しい魅力に触れてみてください。

 創作セオリーを学べる数々の技巧が、この一冊にあります。

 こんな文章から始まる書籍が、9月20日に日本文芸社から発売される。以前にもmonokakiで紹介した『プロの小説家が教えるクリエイターのための語彙力図鑑 場面設定編』の著者であり、現役の小説家である秀島迅氏による『プロの小説家が教える クリエイターのための怪異図鑑』。
 冒頭にはプロローグとして「PROLOGUE 1 怪異の知見を深めてあらゆる創作の血肉に」「PROLOGUE 2 怪異とは秀逸なキャラ立ち軍団」「PROLOGUE 3 計71種もの多彩なキャラクターを」というページがある。ここでは本書の構成内容と活用について説明されており、怪異の魅力やどう物語に活かすことができるかということも紹介している。

 この書籍は「PART.1 人型の怪異」「PART.2 鬼・神」「PART.3 怨霊」「PART.4 動物の怪異」「PART.5 巨大な怪異」「PART.6 の怪異」と全部で6パートに分かれている。各PARTの終わりには著者が書いたコラムもそれぞれ収録。また、最後には「書き込み式 怪異表現練習シート」も掲載されている。
 日々創作に悩む作家さんたちにこそ読んでほしい! と思い、monokaki限定で、特別に一部掲載の許可をいただいた。

 今回掲載箇所として編集部が「PART.1」「PART.2」「PART.3」「PART.4」「PART.5」「PART.6」から二つずつ選出し、最後に「書き込み式怪異表現練習シート」から「STEP.1 怪異の特徴について書いてみよう」について書いてみよう」を選んでみた。まずは記事を一読してほしい。読んでみて気になった人は本書を手に取り、ご自身の創作に活かしてもらいたい。


PART.1 人型の怪異

PART.1では、
「本章のPOINT 人間に近い存在として親近感や感情移入を誘う」
「雪女」
「のっぺらぼう」
「座敷童子(ざしきわらし)」
「口裂け女」
「一本だたら」
「清姫(きよひめ)」
「小刑部姫(おさかべひめ)」
「笑う女」
「ぬらりひょん」
「山本五郎左衛門(やまもとごろうざえもん)」
「火車(かしゃ)」
「川姫」
「木霊(こだま)」
「産女(うぶめ)」
「ヒダル神」
「閻魔大王(えんまだいおう)」
「吸血鬼」
「COLUMN1 人間を感じさせる容姿は読者の没入感を生みやすい」
が取り上げられている。
ここでは、「口裂け女」「ぬらりひょん」を紹介する。

NO.04 社会問題にまで発展した伝説の女
口裂け女

別名
口割れ女(くちわれおんな)

概要
大きなマスクで顔を隠し、赤いコートを着た女性の姿をしたお化け。1980年頃から噂が出回りはじめた比較的新しい都市伝説。全国各地で小学生を中心に目撃情報が続出し、一時は社会問題にまでなった。

特徴・能力・弱点
・顔の下半分を覆うマスクを外し、 耳元まで裂けた口を見せる
・赤いロングコートを着ている
・すらりとした長身で、一見する と美しい女性の姿
・長いハサミやメス、鎌といった 刃物を所持している
・ 「私、きれい?」と訊ね、「きれい」 と答えると「これでも?」とマスクを外して口を見せる
・ 「きれいじゃない」と答えた者を刃物で刺し殺す
・足が非常に速く、逃げようとする者を瞬時に捕まえる
・ 「ポマード」(油性の整髪剤)が大の苦手で3回唱えるとひるむ
・ニンニクも苦手で、弱み
・好物のべっこう飴に目がない
・三姉妹という噂もある
・整形手術に失敗したという説も

怪異の特徴を表現する文例
きれいかと突然聞かれ、黙り込んだ。次の瞬間、何が起こったか、すぐにはわからない。ただ腹部に激痛が走り、血まみれだった。女はすでに消えていた。あれが噂の――気づいたときは手遅れだった。

※書籍ではここにそれぞれの怪異のイラストが入っており、怪異のポイントが書かれている。
Point 赤いロングコート、耳もとまで大きく割けた口

ある意味、承認欲求の塊のような怪異
 「口裂け女」が衝撃的なのは、背の高い容姿端麗な女性が「私、きれい?」と、道端で訊ねてくるアプローチです。いかにも日常で起こりそうなリアルさから、本当に存在するのでは、と恐怖させる説得力があります。ある意味、承認欲求の塊のような怪異ですが、口が裂けてしまったがため化け物扱いされて凶行に走る短絡的な行動には、どこか同情の余地があります。そして注目すべきは、口裂け女が誕生したルーツに確定的な情報がない点です。「なぜそうなってしまったのか?」と彼女の過去を深掘りし、美しさを否定する男性を惨殺する行動原理まで踏み込んでキャラ造形すれば、悲哀に満ちたドラマが生まれるでしょう。さらには恨みや怨念を明らかにすることで、読者に感情移入させるツボを創出できるかもしれません。


NO.09 ぬらりと現れ、ひょんと消える妖怪
ぬらりひょん

別名
ぬうりひょん、滑瓢(ぬらりひょん)

概要
捉えどころのない、老人姿の妖怪。全国各地に伝承が残されており、その知名度は非常に高い。数多くの漫画やアニメで主要キャラクターとして起用されている。

特徴・能力・弱点
・世にはびこる妖怪たちを統べるボス的な存在
・夕方頃になると姿を見せる
・勝手に人家に上がり、お茶を飲んだり煙草をふかしたりしてく寛いでいる
・適応力が高く、入り込まれた家の住人も気づかないほど
・存在感を消して、どこにでもうまく潜入できる
・一見すると庶民的な雰囲気で威圧感はない
・神出鬼没でいつの間にか現れ、気づいたらいなくなっている
・高い回避能力を持ち、のらりくらりと攻撃を躱す
・正体や攻撃力は底知れず、謎めいている
・マイペースで、いかなるときもつねに落ち着いている頭脳派

怪異の特徴を表現する文例
帰宅すると居間に誰かいた。番頭に聞くと、お茶を飲んでいるという。
「旦那様のお知り合いですよね?」私は首を振る。客人の予定などない。
だが落ち着いたそのうしろ姿は、盗人や不審者には見えない。

※書籍ではここにそれぞれの怪異のイラストが入っており、怪異のポイントが書かれている。
Point ニヤリとした表情 うしろに大きく突き出た頭部

気がつけばキャラ立ちしていた好例
 物語の登場人物リストやプロットも完成し、いよいよ執筆に入りました。と、書き進めるうち、当初はサブキャラ以下であるはずの脇役 A がなぜか存在感を放ちはじめ、気がつけば主要な役どころのひとりとしてキャラ立ちしていた――書き手も想定外なそんな珍事がごく稀ですが起こります
 「ぬらりひょん」こそまさに脇役 A です。怪異として並外れた妖力があるわけではなく、背丈は人間と同じくらいで、神様系の血筋でもありません。特技といえば勝手に人の家に上がり込み、お茶を飲んで寛ぐこと。
 それでいて気がつけば妖怪の総大将として君臨しています。実際のところ知名度は高く、姿形を知らなくても、ぬらりひょんの名を知らない人はいないでしょう。つまり役得なキャラとはかくありたい、という好例です。


PART.2 鬼・神

PART.2では、
「本章のPOINT それぞれの持つストーリーが個性的で面白い」
「酒呑童子(しゅてんどうじ)」
「茨木童子(いばらきどうじ)」
「鬼童丸(きどうまる)」
「鈴鹿御前(すずかごぜん)」
「百々目鬼(どどめき)」
「羅刹(らせつ)」
「大嶽丸(おおたけまる)」
「両面宿儺(りょうめんすくな)」
「夜叉(やしゃ)」
「天逆毎(あまのざこ)」
「天邪鬼(あまのじゃく)」
「天魔雄神(あまのさかおのかみ)」
「三吉鬼(さんきちおに)」
「橋姫(はしひめ)」
「温羅(うら)」
「須佐之男命(すさのおのみこと)」
「COLUMN2 神の領域まで高めると味方の勝利が見えなくなる」
が取り上げられている。
ここでは、「鬼童丸」「羅刹」を紹介する。

NO.03 酒呑童子を親に持つ邪悪な鬼
鬼童丸

別名
鬼同丸(きどうまる)

概要
酒呑童子の子。酒吞童子を討ち取った 源頼光の弟・頼信にわざと捕まり、仇討ちを狙う。運よく頼光が訪れる場所の情報をつかみ、先回りして殺害した牛のなかに潜伏するも、あえなく首をとられた。

特徴・能力・弱点
・京都府の雲原で生まれ、母親の名は桜御前という
・退治された父親・酒呑童子の仇討ちに執念を燃やす
・かなりの乱暴者で、暮らしていた山から追放された
・並外れた怪力の持ち主
・10 歳に満たないうちから獣を狩り、その肉を食らっていた
・市原野(京都府)の洞窟が住処
・幼少期に妖術を学んだ
・巨大な毒蛇を呼び出し、操ることができる
・鳥天狗を使役する
・鷲を召喚してその背に乗り、空中から攻撃を放つ
・大雨を降らせて火属性の攻撃を無力化する
・首を落とされてもなお、胴体を動かすことができる

怪異の特徴を表現する文例
鬼童丸にとって生きる証とは、父を殺害した源頼光に復讐を果たすこと。ただ、それだけだった。しかし頼光は無双の剣豪だ。それゆえ鬼童丸はあえて敵側に掴まって奇襲を仕掛けることにした。

※書籍ではここにそれぞれの怪異のイラストが入っており、怪異のポイントが書かれている。
Point 仇討ちに燃える瞳 あふれ出る力

役どころを世襲させればシリーズ化が叶う
 酒呑童子にまつわる鬼伝説の面白さは、茨木童子のような配下キャラの広がりに加え、2代にわたる物語が続く点です。「鬼童丸」は酒呑童子に捕らわれた女性が産んだひとり息子。幼少から並外れた力を持ち、いつしか父親を討ち取った源頼光の殺害に執念を燃やします。ところが百戦錬磨の侍、頼光の策に落ち、あえなく返り討ちにされてしまいました。
 キャラクターが育ち、人気に手応えを感じたとき、さらなる展開を計画的に案じるのは書き手としての戦略的一手です。その際、有効な手立てとして役どころを世襲させれば難なくシリーズ化が叶います。とはいえ、初代のオリジナルキャラ以上のインパクトと魅力をつくり出すことは難しく、相当なクリエイティビティが求められます。胸に留めておきましょう。


NO.06 インド神話がルーツの獰猛な鬼
羅刹

別名
羅刹天(らせつてん)、涅哩底王(ねいりていおう)、羅刹鬼(らせつき)

概要
インド神話に登場するラークシャサに由来し、悪を極めた鬼神だった。のちに仏教へ取り入れられると、改心して善神となり、それまでと一転して人々を守る存在へと変化する。

特徴・能力・弱点
・破壊と滅亡を司る神
・力が強く、パワーを活かした猛攻で敵に迫る
・すばやさに優れ、俊敏な動きで攻撃をかわす
・空を自在に飛んで移動する
・人を惑わし、さらにはその血肉をむさぼる
・夜になると墓場に現れ、死体や供え物を漁る
・犬や梟、人など、さまざまな姿に変身する
・獄卒と同様に、地獄に落ちた亡者をいじめる
・火を噴き出しながらあとを追いかけてくる
・毘沙門天の配下で、仏教の守護神である十二天のひとつ
・手に持った剣で信仰の邪魔となる煩悩を断ち切る

怪異の特徴を表現する文例
羅刹は自らの心を支配する邪悪な狂暴性を制御できなかった。腹が減れば夜の墓場で死体を貪り、お供え物を盗んで食らう。仏法と信者を守る神の側となる前は、完全に鬼としての性分が勝っていた。

※書籍ではここにそれぞれの怪異のイラストが入っており、怪異のポイントが書かれている。
Point 獰猛なまなざし 使い慣れた刀

所業は仏の道に従う守護神とは思えない
 日本の怪異に属しながら、インドをルーツとする鬼がいます。仏教の守護神である毘沙門天の配下の鬼神「羅刹」もそのひとつ。仏の教えと信者を守る鬼神でありながら、一方でその性格は獰猛かつ邪悪。羅刹は破壊と破滅を司る鬼神といわれます。それゆえ墓場で死体を貪ったり、生まれる前の子を殺したりと、その所業は仏の道に従う守護神とは思えません。
 このように善悪が表裏一体となったヒーロー像というのは、古くから存在します。普段は勧善懲悪をモットーとして悪者と戦いながら、何かのトリガーによって悪の側に転じてしまう危うい設定は、読者をハラハラドキドキさせるための常套手段なのです。同時に、そうした人間らしい脆弱さが読者の感情移入を促すスイッチとして機能し、展開を盛り上げます。


PART.3 怨霊

PART.3では、
「本章のPOINT ゾッとするようなリアルさを演出できる」
「菅原道真(すがわらのみちざね)」
「平将門(たいらのまさかど)」
「崇徳上皇(すとくじょうこう)」
「井上内親王(いのえないしんのう)」
「平知盛(たいらのとももり)」
「後鳥羽上皇(ごとばじょうこう)」
「COLUMN3 まさしく呪いがかった負の連鎖ですが....」
が取り上げられている。
ここでは、「菅原道真」「崇徳上皇」を紹介する。

NO.01 死後も祟りが続いた最強の怨霊
菅原道真

別名

天満大自在天神(てんまんだいじざいてんじん)、日本太政威特天(にほんだじょういとくてん)、火雷天神(からいてんじん)、北野天満宮天神(きたのてんまんぐうてんじん) 、実道権現(じつどうごん)

概要
異例の出世を遂げるも、いわれのない罪で大宰府へと左遷。無念のまま死去する。その後策略に加担した者たちが次々と亡くなり、また天変地異が続き、道真の祟りだといわれた。その後、雷神になり復讐を果たした。

特徴・能力・弱点
・中級貴族の学者の家に生まれる
・学問に秀で、難関を突破したエリート中のエリート
・和歌を詠むのもうまく、芸の才能があった
・宇多天皇の右腕として活躍
・遣唐使制度の終了を提案
・学者から役人へと異例の出世
・出世により周囲から妬まれ、敵が多い状態
・藤原氏に貶められ、無実の罪で左遷されたのちに死去
・霊となって青龍の姿に変身
・仇を変死させる
・雷を朝議中の御所に直撃させ「清涼殿落雷事件」を起こす
・日照り続きにして渇水を招く
・大雨を降らせて大洪水に
・疫病を流行させる
・今では学問や芸能の神様に

怪異の特徴を表現する文例
宮廷内では不穏な噂ばかりが蔓延した。菅原道真が絶命した翌年、未曾有の干ばつ被害が日本各所を襲ったかと思うと、疫病や天変地異が連続した。さらに藤原時平が病死した。これは祟りに違いない。

※書籍ではここにそれぞれの怪異のイラストが入っており、怪異のポイントが書かれている。
Point 並外れた学問の才 何かと関係の深い牛

執拗な復讐劇を終焉させるべく神社に祀る
 幼少より学問の才を発揮して神童と呼ばれた「菅原道真」。今では〝学問の神様〟として敬われますが、伝承では神とはほど遠い最強怨霊でした。
 事の発端は無実の罪を着せられ、囚人同様の扱いで左遷させられたこと。2年後に非業の死を遂げ、以降、さまざまな災いが続発します。各地で干ばつが発生、疫病が大流行し、道真を死に追いやった藤原時平は39歳の若さで死亡。さらに宮廷に雷が落ちて左遷に関与した貴族たちが絶命。ついには醍醐天皇まで病死し、執拗な復讐劇を終焉させるべく神社に〝学問の神様〟として祀り上げました。天才は紙一重といわれますが、キレたらヤバいキャラを死んでも実践した道真の執念はまさに神的。生前と死後のギャップの激しさも、ある意味、怪異ストーリーとしては完璧な展開です。


NO.03 自らの意思で怪異になった皇族
崇徳上皇

別名

顕仁(あきひと)、崇徳天皇(すとくてんのう)、崇徳院(すとくいん)、讃岐院(さぬきいん)

概要
鳥羽天皇と藤原璋子の子として生まれるが、不義の子という説もあり父親である鳥羽天皇からは好かれていなかった。保元の乱の首謀者として捕らえられ、讃岐国に流される。

特徴・能力・弱点
・最恐といわれる怨霊
・和歌の才能に恵まれ、詠んだ歌は百人一首にも選出
・じつは鳥羽天皇の祖父である白河院の子だとされ、〝叔父子"と呼ばれて疎まれた
・親兄弟との関係は破綻し、冷遇されっぱなし
・もとは優しい性格で攻撃性は見られない
・指を傷つけ、その血で写経
・自らの舌をかみ切り、流れ出る血で恨みごとを書き足す
・死に際に自らの意志で怨霊となって復讐することを決意
・生きながら天狗と化す
・怨霊となり、京都の3分の1が焼けるほどの大火事を起こす
・洪水と飢饉を立て続けに引き起こし苦しめる

怪異の特徴を表現する文例
戦の犠牲となった仲間の供養と自らへの戒めのため、崇徳上皇は 5つの写本を仕上げた。だが後白河上皇は受け取らなかった。崇徳上皇は怒りのあまり、己の舌を噛み切った血で呪いを写本に書き綴った。

※書籍ではここにそれぞれの怪異のイラストが入っており、怪異のポイントが書かれている。
Point 伸びた長い髪 自ら望んで天狗化

生きながら自らの意思で怪異に変容
 振れ幅が大きい両極端なキャラは何をしでかすかわからない恐ろしさを秘めます。読者からすればハラハラドキドキを与えてくれる見逃せない要注意人物といえるでしょう。「崇徳上皇」はまさにそんなお人。もとは優しい性格で、和歌の才に恵まれた文人でした。ところが弟の後白河天皇との権力争いに敗れ、歯車が狂います。自ら綴った写本を拒否されて逆ギレ。
 「妖怪になって無念を晴らす」と、爪と髪を伸ばし続け、天狗に生まれ変わりました。つまり、成仏できずに怪異になったわけではなく、生きながら自らの意思で怪異に変容したのです。その後は呪いによって天皇家と日本を震撼させる事件を続発させました。天皇から天狗となった崇徳上皇の生き様は、悪役へと堕ちていく哀しくも激烈なテンプレを体現しています。


PART.4 動物の怪異

PART.4では、
「本章のPOINT 動物なら特徴的で創作しやすい」
「九尾の狐」
「隠神刑部狸(いぬかみぎょうぶだぬき)」
「かまいたち」
「猫又」
「千疋狼(せんびきおおかみ)」
「鵺(ぬえ)」
「河童」
「天狗」
「白澤(はくたく)」
「獏(ばく)」
「土蜘蛛(つちぐも)」
「鉄鼠(てっそ)」
「人魚」
「蟹坊主」
「COLUMN4 言い伝えやことわざから動物キャラを生み出す」
が取り上げられている。
ここでは、「鵺」「土蜘蛛」を紹介する。

NO.06 さまざまな動物で彩られた妖怪


別名

鵼(ぬえ)、夜鳥(ぬえ)、恠鳥(ぬえ)、奴延鳥(ぬえ)

概要
顔は猿、胴は狸、手足は虎、尻尾は蛇でできている妖怪。雷獣として扱われることも。「ヒョーヒョー」と、鳥のトラツグミの声に似ている不気味な声で鳴いたという説もある。

特徴・能力・弱点
・空を黒雲で覆いつくし、不穏な 空気にする
・黒煙を出してそのなかに身を潜め、敵の目をあざむく
・不吉なことが起こる前兆として捉えられている
・夜更けに「ヒョーヒョー」と不気味な鳴き声を発する
・人を不安な気持ちにさせ、病にまで至らしめる
・雷を伴って現れる
・時間をかけてじわじわと相手を追いつめる戦法が得意
・攻撃性は低いが、複数の動物の集合体であるため、戦闘のポテンシャルは高い
・獰猛な虎の爪で襲いかかられればひとたまりもない
・尾の蛇は体と独立して動き、獲物を瞬時に仕留められる

怪異の特徴を表現する文例
夜更けに奇妙な鳥の鳴き声が聞こえるようになってからというもの、旦那さまの体調が思わしくない。日に日に痩せ細り、言葉数も少なくなっていく。かくいう私まで一昨日から高熱が下がらない。

※書籍ではここにそれぞれの怪異のイラストが入っており、怪異のポイントが書かれている。
Point 複数の生き物の集合体 自在に動く蛇

キャラ造形の暗黙のルールを大胆に無視
 発想の転換を図りたいとき、参考になる怪異が「鵺」でしょう。顔が猿、手足が虎、胴体が狸、尻尾が蛇と、複数の動物が合体し、単体の生き物をモチーフにキャラ造形するという暗黙のルールを大胆に無視しているからです。しかも鳴き声は鳥で、空を自由に飛び回ることができます。
 奇異な姿形からどんな妖力を駆使するのかと思えば、寂しげな鳴き声で人間を病気にして弱らせるだけ。鵺が存在したという平安時代、人々は夜に鳴く声色に不吉なものを感じて怯えたそうですが、どうも決め手に欠けます。実際、掴みどころのない人を「鵺のようだ」と揶揄する常套句があり、やはり謎の多い怪異です。とはいえ複数の生き物を組み合わせれば自由な発想でオリジナル怪異をつくることができ、創作の楽しみ方が広がります。


NO.11 千筋の糸で獲物を絡めとる
土蜘蛛

別名
山蜘蛛(やまぐも)

概要
巨大な蜘蛛の妖怪。 源頼光が土蜘蛛を退治する話が有名で、歌舞伎や能の演目として人気を博している。また古代には、大和朝廷に従わない一部の民族のことを土蜘蛛と呼んでいた。

特徴・能力・弱点
・細長い足で体を支える
・大きさはさまざまだが、大きいものだと 60m にも及ぶ
・土のなかや洞窟に巣をつくり、住処としている
・疫病をもたらす 法師や美しい女に化け、人間の目をあざむく
・人間の姿に変身しても影は蜘蛛の姿のまま
・弱点はないが刀や矢で退治可能
・大きな牙でかみつき、敵の体を毒で侵す
・千筋の糸を繰り出し、身動きをとれなくさせる
・人間を狙って襲いかかり、まるまる食べてしまう
・傷口から白い血を流す
・おびただしい数の子蜘蛛を身の内に飼っている

怪異の特徴を表現する文例
怪奇狩りの達人、源頼光が怪しい屋敷を張っていると、夜明け前に奇妙な女が現れた。頼光が一刀両断すると女は消え、血の跡が残った。その先にいた巨大蜘蛛もまた頼光は斬りつけ、一太刀で退治した。

※書籍ではここにそれぞれの怪異のイラストが入っており、怪異のポイントが書かれている。
Point 人を惑わす容姿 器用に動く足

物語世界では悪を象徴する禍々しい存在
 アラクノフォビアをご存じでしょうか。蜘蛛恐怖症の学術的英名です。世には蜘蛛に異常な恐怖感を抱く人が多数います。重度の人は蜘蛛の巣を見ただけでパニック発作を起こし、最悪の場合はショック死に至ります。そのような恐ろしい症状があることを知ってか知らずか、ファンタジー作品の悪の側には、必ずといっていいほど巨大な蜘蛛の怪異が登場します。
 そして日本の怪異にも「土蜘蛛」という、人食いの恐ろしい巨大蜘蛛が存在します。妖術を駆使して2000人以上もの人間を食べたそうです。
 現実世界で蜘蛛は益虫だともいわれますが、物語世界では間違いなく悪を象徴する禍々しい存在。生き物をモチーフにした怪異を考える際、蜘蛛をベースにつくり込めば、恐怖の嫌われ者キャラを生み出せます。


PART.5 巨大な怪異

PART.5では、
「本章のPOINT 大迫力の規模感で畏怖の念を抱かせる」
「龍」
「八俣大蛇(やまたのおろち)」
「濡れ女」
「海坊主」
「見越入道(みごしにゅうどう)」
「がしゃどくろ」
「だいだらぼっち」
「三目八面(さんめやづら)」
「大百足(おおむかで)」
「大首(おおくび)」
「COLUMN5 戦う相手の描写を含めて収集がつかなくなる」
が取り上げられている。
ここでは、「龍」「だいだらぼっち」を紹介する。

NO.01 壮大な力を誇る神獣


別名
竜(りゅう)

概要
もっとも古い神獣のひとつで、海底や湖、川などの水のなかに棲む。自然を操る強い霊力を持ち、水神として古代から信仰の対象にもなっている。ひとたび暴れだすと大災害を招く。

特徴・能力・弱点
・首~腕のつけ根~腰~尾、それぞれの長さが同一
・角は鹿、耳は牛、頭はラクダ、目は兎、鱗は鯉、爪は鷹、こぶしは虎、腹はみずち、うなじは蛇に似る
・銅盤を強く打ったような激しく 勇ましい咆哮
・神通力で雨の恵みをもたらし、土地を潤す
・際限なく雨を降らせ、大規模な水害を引き起こす
・すさまじい嵐や雷雲を呼び寄せ混乱を招く
・鐘の音のような、癒される自然な音を好む
・鱗は全部で81枚あり、順番に並んでいる
・あごの下に1枚だけ逆さに生えている〝逆鱗"という鱗が弱点

怪異の特徴を表現する文例
干ばつ被害が続き、この村もいよいよ終わりだと思った、そのときだ。急に暗雲が立ち込めてきた。荒々しい風が吹きすさぶ。「龍だ!」村人の誰かが叫んだ。ほぼ同時だった。雨だ。雨が降ってきたぞ

※書籍ではここにそれぞれの怪異のイラストが入っており、怪異のポイントが書かれている。
Point 鹿のような角 鱗に覆われた体

読者の心に刺さる強烈なインパクトを
 伝説の怪異としてその名が知れ渡っている「龍」。日本では『古事記』や『日本書紀』においてその存在が記録されています。龍は突如として現れ、人間を苦しめ傷つけるという説がある一方、純粋で優しい者に力を分け与えるともいわれます。悪なのか神なのか、判断がつきにくい存在です。
 物語で龍を起用する際は、その善悪を問わず、最強ボスキャラとして象徴的な意味合いを与えて描くべきです。さらに登場した瞬間、読者の心に刺さる強烈なインパクトを演出しましょう。神の使徒、というような安直な役柄は不十分で、面白味に欠けます。誰もに知られ、しかも多くの既存作品に登場する著名な怪異だけに、原型のアイデンティティを活かしつつ、どれだけ独創的な特徴や存在感を持たせるかが勝負となります。


NO.07 温厚で心優しき働き者 
だいだらぼっち

別名
大太法師(だいだらぼうし) 、だいだぼっち、でいだらぼっち、でーらん坊(ぼう)

概要
山のように大きな体を持った力持ちの巨人だ。土を積み上げて山をつくったり、穴を掘って沼をつくったりする。人間に悪いことはせず、むしろ協力的で、難しい土木作業を手伝ったという伝説も各地に残っている。

特徴・能力・弱点
・近江(滋賀県)の土を掘り、その跡が琵琶湖になった
・掘った土を盛り上げ、富士山を形成した
・長野県の青木湖、中綱湖、木崎湖はだいだらぼっちの足跡
・赤城山に腰かけ、利根川で足を洗った
・かなりの力持ちで重労働をものともしない
・人間に優しく、穏やかでとても友好的な性格
・手のかかる大変な土木作業をいともたやすくやってのける
・大きすぎて体長がどれほどあるのか測ることができない
・人間の子どもを手のひらに乗せて歩く
・働き者で人間の作業をよく手伝ってくれる

怪異の特徴を表現する文例
先日の土砂崩れで山道が通れなくなった。村人たちが懸命に岩や木を運んでいるものの、埒が明かない。近隣の山々が揺れ、鳥の群れが羽ばたいたのは直後のこと。だいだらぼっちが助けにきてくれた!

※書籍ではここにそれぞれの怪異のイラストが入っており、怪異のポイントが書かれている。
Point 山や湖をつくり出す巨体 穏やかさのにじむ顔

誰も知らない素顔をイメージして文章化する
 「だいだらぼっち」は、富士山を背負おうとした逸話を持つ伝説の巨人。それくらい巨体の力持ちでありながら、性格は温厚。人間に危害を加えることはありません。恐ろしい怪異が多いなかでは珍しい存在です。
 と、ここで話は変わります。物語創作におけるキャラクター造形でもっとも大切なのは、ある人物に激怒、悲哀、驚嘆といった激しい感情を抱かせ、その瞬間、どんな反応や言動に出るかを徹底的に空想すること。だいだらぼっちのように穏やかな巨大怪異が、突発的な不幸で我を忘れる状況に陥れば、どのように変貌するでしょうか。普段とは真逆の姿を描写できる想像力と筆力を鍛えてこそ、書き手はスキルアップします。誰も知らないだいだらぼっちの素顔をイメージし、文章化してみてください。


書き込み式 怪異表現練習シート

書き込み式では、「怪異の特徴について書いてみよう」「怪異の能力について書いてみよう」「怪異の弱点について書いてみよう」が取り上げられている。
ここでは、「怪異の特徴について書いてみよう」を紹介する(ここまで紹介できなかったイラストだが、こちらのシートにあるようなものがそれぞれの怪異のページには描かれている)。
また、書き込み式のあとには「朝里樹が選ぶ! 物語創作でオススメしたい 最恐怪異ランキング」も紹介されているので本書を手にした人はそちらも読んでみてほしい。


『プロの小説家が教える クリエイターのための怪異図鑑』
著:秀島迅、朝里樹
日本文芸社(2024/9/20)
A5判・192ページ/定価:1,980円(税込)

小説・ライトノベル・マンガ・シナリオ……物書き全般で使える『怪異』の特徴や雰囲気を表現できるようになる『語彙力』がこれ一冊ですべて身につく!

『怪異』が登場する小説、ラノベ、マンガは、クリエイターの中でも人気のテーマです。
しかし、怪異が登場する小説、ライトノベル、マンガなどを書きたくても、身体的な特徴をどう文章で表現していいかわからない、
あるいはどのように怪異の能力などを活用しながらストーリーを作ればいいかわからない、という悩みを持つクリエイターは多くいます。
そんな人に向けて、本書では日本の怪異を厳選しておよそ70体紹介。
怪異の特徴や雰囲気を、恐ろしくも臨場感たっぷりに描く文章表現などの技法を、具体的な文章例とともにプロの小説家が解説します。
また、怪異そのものの身体的特徴や能力も美麗イラスト付きで専門家がわかりやすく紹介。
主人公の中に内包されている“妖の力”として、もしくは強大な敵や、頼りになる味方として。
怪異が登場するストーリーを作りたいと考えているクリエイターにはぜひ手に取ってほしい一冊です。

担当者コメント
妖怪や怪異が登場する小説、ライトノベル、マンガなどを書きたくても、特徴をどう表現していいかわからない、あるいはどのように怪異の能力などを活用しながらストーリーを作ればいいかわからない、という悩みを持つクリエイターは多くいます。本書ではそんなクリエイターに向けて、専門家が約70体の怪異の紹介。さらにプロの小説家がその怪異を文章表現で描くコツをオリジナルの文例とともに解説します。

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