こんな文章から始まる書籍が、8月13日に日本文芸社から発売される。以前にもmonokakiで紹介した『プロの小説家が教える クリエイターのための能力図鑑』の著者であり、現役の小説家である秀島迅氏による『プロの小説家が教えるクリエイターのための語彙力図鑑 場面設定編』。
冒頭にはプロローグとして「PROLOGUE 1 登場人物が「どこにいるか」で物語の印象は大きく変わる」「PROLOGUE 2 場面設定は立地・季節・時間帯が超重要」「PROLOGUE 3 見せ場をつくるには場所ごとの役割や機能を明確に」というページがある。ここでは本書の構成内容と活用について説明されており、本書を読むと理解できるテクニックを簡単に紹介している。
この書籍は「PART.1 視界に広がる情景を言語化する 「自然環境」の場面」「PART.2 リアルな描写が求められる 「現実世界」の場面」「PART.3 曖昧な舞台の解像度を上げる 「ファンタジー」の場面」と全部で3パートに分かれている。各PARTの終わりには著者が書いたコラムもそれぞれ収録。また、最後には「クリエイターのための場面設定シート」も掲載されている。
日々創作に悩む作家さんたちにこそ読んでほしい! と思い、monokaki限定で、特別に一部掲載の許可をいただいた。
今回掲載箇所として編集部が「PART.1」「PART.2」「PART.3」から四つずつ選出し、最後に「クリエイターのための場面設定シート」から「STEP.1 「見えるもの」について書いてみよう」を選んでみた。まずは記事を一読してほしい。読んでみて気になった人は本書を手に取り、ご自身の創作に活かしてもらいたい。
PART.1 視界に広がる情景を言語化する 「自然環境」の場面
PART.1では、
「本章のPOINT 環境や天候を変えてより鮮明なシーンを描く」
「海」
「温泉」
「川」
「砂漠」
「ジャングル」
「草原」
「空」
「滝」
「田園」
「洞窟」
「沼地」
「湖」
「無人島」
「森」
「山」
が取り上げられている。
ここでは、「海」「砂漠」「空」「山」を紹介する。
NO.01 海 【うみ】 [英:Ocean]
非日常を演出しやすくジャンルを問わない万能場面
叙情的なおもむきや特別感を物語に醸し出したいとき、「海」がそばにある町を舞台とすれば、まず間違いありません。
なぜなら、象徴的なワンシーンを描きやすいからです。
穏やかな春の浜辺で、ふたりの高校生が海を眺めながら会話すれば、互いが素の気持ちをつづる、青春劇らしい場面が成立します。
夏の終わりを告げる台風が海沿いの町に迫れば、激しい哀しさや寂しさを伴って、展開が大きく変わろうとする予兆となります。
一般的に平凡極まりないシーンからはじまる物語というのは読者うけせず、文芸賞の一次選考で必ず落ちるといわれています。そうした観点を踏まえるなら、海という場面設定は非常に有効。雄大な自然が舞台となっているだけに非日常を簡単に演出でき、海の状態や季節の移り変わりを印象的な小道具として活用できます。
さらに海という場所は、ミステリー、群像劇、パニックホラー、ファンタジーと、ジャンルを選ばず使い勝手がいいのも魅力的です。
NO.04 砂漠 【さばく】 [英:Desert]
過酷なリアリティが欠落すれば〝おいしい設定〟が台無しに
個人的に、「砂漠」という設定が大好物でなりません。
渇き、空腹、孤独、灼熱(昼)、極寒(夜)、毒虫、毒蛇、砂、ほこり、熱風、砂嵐、絶望、睡眠不足、徒労など――ありとあらゆる辛苦と危険が詰まりに詰まった極限の舞台装置だからです。
主人公が広大な砂漠に放り出されて四苦八苦する姿が小説や映画で描かれていれば、「ああ、今の自分はなんて快適なんだろう」と、思わず歪んだ快感に打ち震えてしまいます。これぞ物語創作における場面設定の妙味であり、真骨頂といえるでしょう。
ただし、読者や観客に快感を与えるには、書き手としての高度な技巧と筆力が必須です。何より過酷なリアリティが欠落してしまえば、せっかくの〝おいしい設定〟が台無しになってしまいます。
成功の秘訣は、極限状態での人間の思考や行動を描き切る語彙力と想像力。自分が危機的状況に放り出されたとイメージして切迫する気持ちを高め、五感を駆使して取り組むことが大切です。
NO.07 空 【そら】 [英:Sky]
文章で直接つづらなくても空模様で気持ちを表現できる
心情の余韻を、無言の間で表現する際に有効なのが「空」です。〝行間を読む〟といわれるように、時として文章にはない真意や意図を汲み取ることが、小説ならではの楽しみとなります。
一例を挙げて説明しましょう。
何事かに腐心する「僕」がやるせなくなってため息をついたあと、特に続く説明も言葉もなく、ただシンプルに空を見上げます。けれども「僕」の心情はなんとなく読者に届きます。ある種の虚無感や無力感がじんわりと伝わってくるのは、六月の物憂げな梅雨の曇り空という茫漠とした対象を見つめることしかできない、茫然自失の状態を描写しているからです。
一方で、空はネガティブな印象だけでなく、ポジティブな余韻を与えることもできます。以下の例文をご一読ください。
前向きな決意を胸に秘めた「私」の気持ちが、空を見つめながら強く固まっていく雰囲気が醸し出されています。
このように空に視点を置く間を使うことで、文章をつづるよりも印象的に、多様な心の在り方を代弁するシーンとして活用できます。
NO.15 山 【やま】 [英:Mountain]
〝登って下りる〟という暗黙のミッションが発生する
起用する「山」の種類によって、あらゆる描写が変わってくる点をまずは理解してください。たとえば、登頂困難な世界最高峰の山、砂漠地帯の荒涼とした山岳、高温多湿で危険な動植物が生息する山――それぞれが厳しい環境を備え、入山する人間に対してさまざまな試練を与えます。これらを突破する過程が読者を惹きつける箇所となるため、豊富な語彙力、想像力、筆力が求められます。
また、山を描くなら、当然〝登って降りる〟という暗黙のミッションが発生します。その目的が重要となります。クライマーとしての登頂なのか、敵前からの逃走なのか、はたまたロードムービーの一端なのかで、山が担う役割が大きく変わってくるからです。
本章で取り上げた自然系の場面すべてに当てはまりますが、リアリティの描写が疎かになってしまうと、読者は物語から心を離します。山を登場させるなら、モチーフとなる対象を十分にリサーチし、特色や特徴を理解したうえで書き進めることが大切です。
PART.2 リアルな描写が求められる 「現実世界」の場面
PART.2では、
「本章のPOINT 実際になくてもOK 大切なのは”本当っぽさ”」
「学校」
「映画館」
「駅」
「オフィス」
「カフェ」
「カラオケボックス」
「空港」
「クラブ」
「軍事施設」
「警察署」
「刑務所」
「ゲームセンター」
「結婚式場」
「建設現場」
「公園」
「工場」
「コンビニ」
「裁判所」
「ショッピングモール」
「書店」
「水族館」
「大学」
「動物園」
「図書館」
「バー」
「繁華街」
「病院」
「ファストフード店」
「プール」
「牧場」
「墓地」
「ホテル」
「漫画喫茶」
「遊園地」
「レストラン」
「路地裏」
が取り上げられている。
ここでは、「学校」「工場」「繁華街」「レストラン」を紹介する。
NO.01 学校 【がっこう】 [英:School]
ほぼすべての人にゆかりがあるとても身近な場所
学校は舞台設定の王道です。青春ものはいうに及ばず、あらゆるジャンルの物語において、学校に通う児童や生徒、学生は登場人物として欠かせません。そんな彼らが日々通い、集まる場所こそが学校であり、その描写は避けては通れません。そして、じつのところ学校というのは非常に難儀な存在です。
なぜなら、設定すべき項目があまりに多岐にわたるからです。さらには読者のほぼ全員が通い、あるいは卒業するとても身近な場所であるがゆえ、描写に手を抜くことが許されません。
一番手っ取り早いのは、ネットでさまざまな学校を調べ、規模、制服、立地、校風といった自分のなかにあるイメージに近い実在校を探し出し、参考にすることです。もちろん、すべてが合致するわけではないでしょう。よって個別要素をピックアップし、独自のアレンジを施しながら、設定にふさわしい学校をつくっていきます。
次頁に設定リストの一例を挙げました。参考にしてみてください。
物語中の学校は自分で建てるつもりで詳細まで描こう
設定情報を固めてイージーミスを回避
え、ここまで設定する必要あるの? と、リストを見て感じた方もいるはずです。
もし、プロの作家を目指すのなら、やるべきでしょう。これは私自身の経験からいえる、確かな答えです。
厳しいことをいうようですが、仮に出版社が主催する新人賞に応募するとして、この程度の下準備を怠るようであればまず通りませんし、プロデビューも叶いません。なぜなら審査員サイドは〝落とす理由〟を探す目線で、応募作品を読み込んでいるからです。
学校が舞台となる小説で、内容やスペックの食い違いが見つかれば、まずその時点で落選となります。
一方、しっかりと下地となる設定情報を固めておけば、確実にイージーミスを回避できるでしょう。ちなみに私の場合、主要な登場人物の履歴書、通学電車の時刻表、主人公の家の間取り図は必ず書いてから執筆するよう心がけています。備えあれば憂いなしです。
NO.16 工場 【こうじょう】 [英:Factory]
意外な設定で人情やドラマ性を浮き彫りに
ひと昔前の「工場」といえば、暗い印象だったことは否めません。虐げられた労働者が直面する、厳しくて辛い現実を彷彿とさせました。これはプロレタリア文学と呼ばれる、1920〜 1930 年代に流行った文学スタイルの名残でしょう。ですが今は違います。日本の〝ものづくり〟文化が見直され、その技術力や開発力、製品クオリティの高さから、世界的に注目を集めています。
当然、物語における工場のポジションは様変わりしました。
『下町ロケット』(池井戸潤著)のように、大企業を相手に果敢に闘うほどの存在となり、多くの人に夢と希望と感動を与えています。本作品の特筆すべき点は、既存の価値観を打ち破る下町の中小企業の強みにスポットをあてたことでしょう。しかもテーマとメッセージ性は王道中の王道。意外な設定だからこそ、そこに息づく人情やドラマ性が鮮明になります。作家の視点とはかくあるべき、という見本であり、こうした時代の潮流を読み込む感性はとても大切です。
NO.26 繁華街 【はんかがい】 [英:Downtown]
表裏一体の別側面を描いてリアリティを生む
都市の中心に位置し、百貨店や飲食店といった商業施設が多く立ち並び、人の集まるエリア――これが「繁華街」の定義です。もちろん、繁華街については誰もが知っているものの、物語で描く際は享楽的な一面のみを捉えないようにしましょう。いわゆる〝光と影〟的な表裏一体の別側面を描いてこそ、リアリティが生まれるからです。
買い物やデートといったポジティブなファクターだけではなく、犯罪やトラブルといったネガティブなファクターを取り入れることで、ストーリーに起伏が生まれ、読者の感情移入が促されます。
現実世界において繁華街にはある種のダークサイドがつきもののように、物語の場面設定として舞台に選ぶなら、風雲急を告げる展開で次々とスリリングな見せ場を用意しましょう。
楽しんだあとに予想外の落とし穴が待ち受けてこそ、読者を没入させるハラハラドキドキの展開が成立します。
NO.35 レストラン 【れすとらん】 [英:Restaurant]
食事のシーンは記憶に残りやすい
食事するシーンを描いた作品が多いのは理由があります。
以下に主だった狙いや意図を挙げてみました。
① キャラの趣向や好み、生活スタイルを如実に映し出せる
② 食べ方やマナー、店の雰囲気で人物の内面を描写できる
③ 席をともにする相手との関係性や親密度をさりげなく伝えられる
④ お酒を取り入れることで本音の会話を自然に引き出せる
⑤ 善人キャラはおいしそうに食べるという定義を利用できる
⑥ 食べる所作を描くことで作品のイメージを印象的に残せる
上記で特筆すべきは⑥ではないでしょうか? 実際に思い浮かべてください。記憶のなかに食べる場面がいくつも残っているはずです。作品名を思い出せなくても食事のシーンだけは覚えていたりします。そういう意味では、レストランからはじまる食事のシーンを描くことは、作品に重要な意義をもたらす場合があります。ぜひトライしてみましょう。
PART.3 曖昧な舞台の解像度を上げる 「ファンタジー」の場面
PART.3では、
「本章のPOINT ファンタジーは世界観のつくり込みで出来が決まる」
「遺跡」
「市場」
「海底都市」
「カジノ」
「鍛冶屋」
「騎士団詰所」
「ギルド」
「漁村」
「劇場」
「酒場」
「城郭都市」
「娼館」
「城」
「スラム街」
「世界樹」
「大聖堂」
「ダンジョン」
「地下鉄」
「闘技場」
「忍者の里」
「廃村」
「船」
「魔法都市」
「宿屋」
「牢獄」
が取り上げられている。
ここでは、「遺跡」「城郭都市」「世界樹」「大聖堂」を紹介する。
NO.01 遺跡 【いせき】 [英:Antiquities]
現世とつながる因縁や因果を明確化することが重要
過去の人々がつくり上げ、暮らしていた場所。それが「遺跡」です。砂漠、海底、ジャングルなど、さまざまなロケーションに眠る遺跡ですが、物語の序盤で発見された瞬間から、展開が大きく動くトリガー的な役割を果たすと考えましょう。
はるか昔の都市や集落であった遺跡には、死者を葬る墓地、神を奉る祭祀、さらには宗教的意義を備える神殿が含まれます。遺跡を発見して晒す行為は、数百万年眠り続けた念や魂の覚醒と解放を意味します。そうして呼び起こされた念や魂は、現世で新たな姿を象って跳躍跋扈し、主人公たちの命運を左右するのが王道の流れです。
ここで重要なのは、なぜ都市とそこで暮らす人々が破滅したのかをひも解き、現世とつながる因縁や因果を明確化すること。
時空を超越した冒険やアクションはファンタジーの醍醐味であるものの、説得力ある世界観が確立されていなければ、読者は物語に没入できません。加えて、深淵なテーマやメッセージもお忘れなく。
NO.11 城郭都市 【じょうかくとし】 [英:Walled city]
食料と物資の対価として主人公が町を守る王道の展開
防衛都市の形態のひとつ「城郭都市」は、外敵の侵略を防ぐため、堅固な城壁でまわりを囲ってあります。そして内部には商人や職人が住み、自立した経済活動を行っています。城内の人々にとって、城壁は平穏な生活を送るための要です。そのため城郭都市を守る城壁と城門は堅牢なつくりで、要所には塔が立てられて見張り役を配置するなど、防備の工夫が随所に施されています。
ファンタジー系の主人公は旅人の設定が多く、食料と物資の補給のため、しばしば城郭都市を訪れる必要があります。ところが〝よそ者〟である彼らに城主はなかなか心を許しません。食料と物資を与える代わりに、凶暴な悪者の襲撃から城郭都市を守るよう命じます。
必然的に一戦交える運びとなる、こうした場面は、ロードムービー的な流れを汲む物語では王道の展開。城を襲う悪者が共通の敵であり、目的の共有が図れるからです。そしてもちろん、主人公は城主や町民の協力によって敵を撃破し、新たな旅へと向かいます。
NO.15 世界樹 【せかいじゅ】 [英:World tree]
物語に神秘性が生まれる世界を支える一本の樹
読んで字のごとく、「世界樹」とは世界が一本の大樹で成り立っているという概念です。宗教観によって諸説あり、各国の神話では多様な解釈で登場します。大樹を基軸とした世界観には、大自然、人類愛、地球、宇宙、摂理、平和と、多彩なメタファーが含まれるものの、根底に流れる生命の神秘性や神聖性は揺るぎません。
ファンタジーにおいてもしばしモチーフとされる世界樹は、同様にさまざまな形で起用されます。確かに、世界を支える一本の樹という概念は象徴的であり、物語創作の核として魅力的な逸材です。
一方、こうしたメジャーな世界観を起用する際は注意が必要です。シーンの描写に傾倒するあまり、訴求すべきメッセージが曖昧になり、小手先の模倣に終始してしまうことが多々あるからです。物語を構成する場面設定とテーマの描写は、リンクする部分がありながらも担う役割は異なります。「結局、作者は何がいいたかったんだ?」とならないためにも、執筆前のプロットを精査しましょう。
NO.16 大聖堂 【だいせいどう】 [英:Cathedral]
神は唯一無二の絶対的存在で大概の問題は解決する
天下無双のヒーロー(あるいはヒロイン)だと物語が成立しません。時には敗北を喫し、満身創痍になってこそストーリーに緩急が生まれ、胸スカの大どんでん返しがラストで実現します。
よって、起承転結における「承転」部分で、主人公が一度ボロボロ状態になるべきですが、着目すべきは復活を遂げる場面転換です。ただ、時間の経過とともに普通に元気になるのでは不十分で、説得力がありません。ではどうすべきか ?
神の出番です。ファンタジー世界でも神は唯一無二の絶対的存在。ありがちとはいえ、神に委ねればおおむね万事が解決します。大切なのはそのシチュエーションです。場面設定としてうってつけなのは神々しい雰囲気に満ちた「大聖堂」でしょう。荘厳な建築様式、巨大なステンドグラス、神秘的な宗教画や聖壇と、ビジュアル的に申し分ありません。そこに聖なる力を代行する司祭がいれば、満身創痍の主人公を癒し、ふたたび奮起させる舞台の設定が完成します。
書き込み式 クリエイターのための場面設定シート
書き込み式では、「「見えるもの」について書いてみよう」「「聞こえるもの」について書いてみよう」「「におい・香り」について書いてみよう」「「その他」について書いてみよう」が取り上げられている。
ここでは、「「見えるもの」について書いてみよう」を紹介する。
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