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物語の屋台骨を支える語彙力「場面設定編」|monokaki編集部

 おかげさまで早くもシリーズ3冊目となる『語彙力図鑑』です。
 今回は場面設定をテーマに、物語創作で必要不可欠な場所とシチュエーションについて、基礎から応用に至るまで余すところなく徹底解説しています。
 ところで書き手であるみなさんは、場面設定に対してどれくらい意識を向けて日々の執筆に取り組んでいますか?
 おそらくプロットを考える段階では、起承転結(あるいは三幕構成)とキャラ立ちに主眼を置き、場面に関してはストーリーの状況に応じてあとづけで設定している方が多いのではないでしょうか。それはそれで間違いではないものの、いつも同じパターンで着想を形として組み上げていけば、どうしても似通った展開になりがちです。そうしたジレンマを抱える書き手の方もきっといるかと思います。
 その点、場面設定ありきで物語を着想するコツを掴めば、ワンパターンに陥りがちな自身の創作手法を抜本的に変えられます。ビジュアルシーンを付加することで発想の転換が図られるため、創作テクニックの引き出しが必然的に増えていきます。
 では具体的に、場面設定ありきの物語とはなんなのでしょう。
 一番わかりやすい例は、ソリッドスリラーです。
 主人公が未知の惑星に取り残されたり、危険な状態で拉致監禁されたり―というアレです。幕開け早々、スリリングなシチュエーションではじまり、息をつかせぬ怒涛の展開で進む作品は、今や高い人気を博すジャンルとなりました。支持される最大の理由は、固有の場面設定が持つパワーと意外性のギャップにほかなりません。
 場面設定から着想してアイデアを紡いでいけば、おのずと登場人物たちが置かれる状況と心身の動きに敏感となり、クリエイターとしての俯瞰的視点が鍛えられるというメリットがあります。
 考えてみれば小説はもちろん、映画やドラマも、ストーリーがはじまった瞬間から場面設定のなかで物語が始動します。つまり場面設定とは物語を徹頭徹尾支える屋台骨といえるのです。本書ではそうした観点で多様なシーンを象る場所とシチュエーションを抜粋し、語彙力アップとともに、創作テクニックの飛躍的な向上を叶えます。
 この一冊で、書き手のあなたの新たな扉が開くに違いありません。

 こんな文章から始まる書籍が、8月13日に日本文芸社から発売される。以前にもmonokakiで紹介した『プロの小説家が教える クリエイターのための能力図鑑』の著者であり、現役の小説家である秀島迅氏による『プロの小説家が教えるクリエイターのための語彙力図鑑 場面設定編』。
 冒頭にはプロローグとして「PROLOGUE 1 登場人物が「どこにいるか」で物語の印象は大きく変わる」「PROLOGUE 2 場面設定は立地・季節・時間帯が超重要」「PROLOGUE 3 見せ場をつくるには場所ごとの役割や機能を明確に」というページがある。ここでは本書の構成内容と活用について説明されており、本書を読むと理解できるテクニックを簡単に紹介している。

 この書籍は「PART.1 視界に広がる情景を言語化する 「自然環境」の場面」「PART.2 リアルな描写が求められる 「現実世界」の場面」「PART.3 曖昧な舞台の解像度を上げる 「ファンタジー」の場面」と全部で3パートに分かれている。各PARTの終わりには著者が書いたコラムもそれぞれ収録。また、最後には「クリエイターのための場面設定シート」も掲載されている。
 日々創作に悩む作家さんたちにこそ読んでほしい! と思い、monokaki限定で、特別に一部掲載の許可をいただいた。

 今回掲載箇所として編集部が「PART.1」「PART.2」「PART.3」から四つずつ選出し、最後に「クリエイターのための場面設定シート」から「STEP.1 「見えるもの」について書いてみよう」を選んでみた。まずは記事を一読してほしい。読んでみて気になった人は本書を手に取り、ご自身の創作に活かしてもらいたい。

PART.1 視界に広がる情景を言語化する 「自然環境」の場面


PART.1では、
「本章のPOINT 環境や天候を変えてより鮮明なシーンを描く」
「海」
「温泉」
「川」
「砂漠」
「ジャングル」
「草原」
「空」
「滝」
「田園」
「洞窟」
「沼地」
「湖」
「無人島」
「森」
「山」
が取り上げられている。
ここでは、「海」「砂漠」「空」「山」を紹介する。


NO.01 海 【うみ】 [英:Ocean]

見えるもの
・浜辺に打ちつける白い波
・海原のはるか遠くにぼんやりと浮かぶ島々のシルエット
・波打ち際の黒く濡れた砂浜
・潮風でざわざわと揺れる海面
・空と海を分かつ一本の水平線
・上空をゆったりと舞うカモメ
・海面近くで魚群を狙う海鳥たち
・キラキラ光るシーグラス
・盛り上がるショアブレイク
・漂流して浜へたどり着いたゴミ
・無数に浮かぶサーファーたち
・目が痛くなるほど海面を鮮やかに照らす太陽光の反射
・沖を進んでいく白いヨット
・砂利や小石の交ざったビーチ

聞こえるもの
・波が岩にぶつかる音
・飛び交うカモメの鳴き声
・砂浜を歩く足音
・寄せては返すさざ波の音
・浅瀬で遊ぶ若者たちがバシャバシャと水しぶきを上げる音
・波間を割いて進む船の汽笛
・轟々と響きわたる海鳴り
・浜辺から届く明るい話し声
・凪いだ海の静けさ
・ときおりそよぐ浜風の音
・海に潜ったときの、こもったような鈍い波音
・潮風に揺れる葉っぱの音

におい・香り
・ほのかに漂う磯の香り
・肌を滑る日焼け止めのにおい
・海の家から香る料理のにおい
・浮き輪から発せられる塩ビ臭
・水着の人工的なにおい
・熱く蒸された砂のにおい
・波に冷やされた岩肌のにおい

その他
・飲み込んだ海水のしょっぱさ
・意図せず口に入った砂のじゃり
・じゃりとした触感
・肌を焦がす太陽の熱
・くっきりと残った水着の跡
・冷たく心地いい水のなか
・空気の詰まった浮き輪のハリ感


非日常を演出しやすくジャンルを問わない万能場面

 叙情的なおもむきや特別感を物語に醸し出したいとき、「海」がそばにある町を舞台とすれば、まず間違いありません。
 なぜなら、象徴的なワンシーンを描きやすいからです
 穏やかな春の浜辺で、ふたりの高校生が海を眺めながら会話すれば、互いが素の気持ちをつづる、青春劇らしい場面が成立します。
 夏の終わりを告げる台風が海沿いの町に迫れば、激しい哀しさや寂しさを伴って、展開が大きく変わろうとする予兆となります。
 一般的に平凡極まりないシーンからはじまる物語というのは読者うけせず、文芸賞の一次選考で必ず落ちるといわれています。そうした観点を踏まえるなら、海という場面設定は非常に有効。雄大な自然が舞台となっているだけに非日常を簡単に演出でき、海の状態や季節の移り変わりを印象的な小道具として活用できます
 さらに海という場所は、ミステリー、群像劇、パニックホラー、ファンタジーと、ジャンルを選ばず使い勝手がいいのも魅力的です。

海そのものを舞台にする物語も多種多様ある



NO.04 砂漠 【さばく】 [英:Desert]

見えるもの
・赤褐色の細かい砂粒に覆われた
・大地と空気中に舞う砂塵
・毒々しい尻尾を震わせるサソリ
・ボロボロに乾燥しきって、無残に朽ち果てた倒木
・砂丘の上でちょこまかと動き回る耳の大きな小動物
・灼熱で霞んで揺らぐ地平線
・視界いっぱいにみるみる迫りくる、黒くて不穏な砂嵐
・白骨化した巨大な動物の残骸
・夜空に広がる無数のまばゆい星
・青々と茂る樹木やパームツリー
・をぼんやり映し出す蜃気楼
・砂の上でとぐろを巻く毒ヘビ
・丘陵に埋もれかけた車輪

聞こえるもの
・砂がサラサラと舞う音
・乾いた風が吹きすさぶ音
・唸るようなスナネコの鳴き声
・砂を踏みしめる詰まったような音
・かすかに樹木がそよぐ音
・広大な砂漠を人や荷物を乗せて
・移動するラクダの足音
・オアシスから届く水音
・しんと静まり返った砂丘
・集落に住む人々の声や生活音
・バサバサと鳥が空を飛ぶ音
・フェネックの軽快な足音
・自身の荷物が揺れてこすれる音
・暴れるような砂嵐のノイズ

におい・香り
・焼けた砂のにおい
・乾燥したほこりっぽいにおい
・青臭さのあるサボテンの香り
・照りつける太陽の灼熱のにおい
・オアシスに茂る植物の香り
・肌ににじむ汗のにおい
・ゆったりと歩くラクダの獣臭さ

その他
・靴のなかに積もる砂の感触
・焼けつくような熱風
・したたり落ちる大粒の汗
・手の隙間から瞬く間にこぼれていくきめ細かな砂
・みるみる渇いていくのど
・夜に襲ってくる急激な冷え込み


過酷なリアリティが欠落すれば〝おいしい設定〟が台無しに

 個人的に、「砂漠」という設定が大好物でなりません。
 渇き、空腹、孤独、灼熱(昼)、極寒(夜)、毒虫、毒蛇、砂、ほこり、熱風、砂嵐、絶望、睡眠不足、徒労など――ありとあらゆる辛苦と危険が詰まりに詰まった極限の舞台装置だからです
 主人公が広大な砂漠に放り出されて四苦八苦する姿が小説や映画で描かれていれば、「ああ、今の自分はなんて快適なんだろう」と、思わず歪んだ快感に打ち震えてしまいます。これぞ物語創作における場面設定の妙味であり、真骨頂といえるでしょう。
 ただし、読者や観客に快感を与えるには、書き手としての高度な技巧と筆力が必須です。何より過酷なリアリティが欠落してしまえば、せっかくの〝おいしい設定〟が台無しになってしまいます
 成功の秘訣は、極限状態での人間の思考や行動を描き切る語彙力と想像力。自分が危機的状況に放り出されたとイメージして切迫する気持ちを高め、五感を駆使して取り組むことが大切です。

砂漠には〝おいしい設定〟を盛り上げる要素がたくさんある



NO.07 空 【そら】 [英:Sky]

見えるもの
・雲ひとつない、どこまでも青く
・透き通った晴天の青空
・継ぎ目のない灰色の雲にびっしりと覆われた陰鬱な曇天
・赤トンボが舞う初秋の中空
・まっすぐに伸びる飛行機雲
・雲と雲のわずかな隙間からのぞく遠慮がちな太陽
・暴風に押し出されるようにぐんぐん流れゆく雨雲
・ピカッと鮮やかに輝く雷光
・雨上がりの直後にくっきりと空に描かれる七色の虹
・豆のように映る小型飛行機
・西から東へ渡っていく鳥の群れ
・真夏の象徴にふさわしい入道雲

聞こえるもの
・迫力のある飛行機のエンジン音
・パタパタというヘリコプターのプロペラが回る音
・ざあざあと降る大雨の音
・ポツポツと地を濡らす小雨の音
・猛スピードで移動する雲に連動した激しい風の音
・そよそよと吹く風の音
・振動とともにとどろく雷鳴
・夕暮れどきに一斉に飛び立っていくカラスの鳴き声
・群れをなすスズメの鳴き声
・上空へと飛んでいく虫の羽音
・吹き荒れる嵐の轟音

におい・香り
・カビ臭さを感じる雨のにおい
・真夏に容赦なく照りつける太陽のカラッとしたにおい
・夕方に漂ってくるおいしそうな
・晩ごはんのにおい
・周囲に咲く草花の香り
・清涼感のある朝のにおい

その他
・雲がつくり出す大きな影
・じりじりと肌を焼く日差し
・夕日の朱色に染まった顔
・朝の冷たく澄んだ空気
・夜の空にキラキラと輝く星
・灰色にくすんだ雨雲
・まとわりつく雨の日の湿気


文章で直接つづらなくても空模様で気持ちを表現できる

 心情の余韻を、無言の間で表現する際に有効なのが「空」です。〝行間を読む〟といわれるように、時として文章にはない真意や意図を汲み取ることが、小説ならではの楽しみとなります。
 一例を挙げて説明しましょう。

 僕は声なくため息をつく。世の中、そんなうまくいかないな。
そう思いながら、何気に六月の物憂げな空を仰いだ。

 何事かに腐心する「僕」がやるせなくなってため息をついたあと、特に続く説明も言葉もなく、ただシンプルに空を見上げます。けれども「僕」の心情はなんとなく読者に届きます。ある種の虚無感や無力感がじんわりと伝わってくるのは、六月の物憂げな梅雨の曇り空という茫漠とした対象を見つめることしかできない、茫然自失の状態を描写しているからです。
 一方で、空はネガティブな印象だけでなく、ポジティブな余韻を与えることもできます。以下の例文をご一読ください。

 彼は私を好きだといってくれた。それ以上の言葉は今必要ない。私は新しい一歩を踏み出せたのだ。
 「よし、がんばってみよう!」自らにいい含め、私は雲ひとつない夏空のはるか一点を見つめる。

 前向きな決意を胸に秘めた「私」の気持ちが、空を見つめながら強く固まっていく雰囲気が醸し出されています。
 このように空に視点を置く間を使うことで、文章をつづるよりも印象的に、多様な心の在り方を代弁するシーンとして活用できます。


NO.15 山 【やま】 [英:Mountain]

見えるもの
・真冬の空を優雅に飛んでいく真っ
・白なタンチョウヅルの群れ
・モンスターのごとき樹氷
・視界のはるか先に鋭くそびえる
・冠雪した山の頂
・猛然と襲いかかる怒涛の雪崩
・地球の裂け目のように深く割れた不気味なクレバス
・石と砂だけの荒れ果てた山肌
・岩山の陰に潜むガラガラヘビ
・落石で行き止まりになった獣道
・腹をすかせたハイエナの親子
・ツタが絡み合った木々
・身がすくむほどの切り立った崖
・昨夜の豪雨で増水した沢の濁流
・虫に食われて腐りかけた松林

聞こえるもの
・鳥が羽ばたいていく音
・ヘビが地を這うかすれた音
・勢いよく流れる沢の水音
・枝が踏み折られる音
・揺れとともに重く響く落石の音
・視界を奪う凄まじい吹雪の音
・獲物を狙う動物の呼吸音
・土砂が急斜面を滑り落ちる音
・草木を吹き抜ける風の音
・登山客が交わすあいさつ
・登山ガイドが解説する声
・トレッキングポールをつく音
・小石が山の斜面を転がる音
・こちらに返ってくる山びこ

におい・香り
・ふわりと漂う甘い花の香り
・ふっくらとした土のにおい
・酸味の効いた果実の香り
・鼻腔を突き抜ける雪のにおい
・鼻をつくような野性的な獣臭
・よどみのない水のにおい
・山道に舞い上がる砂のにおい

その他
・息が上がるほどの険しい山道
・恐怖を感じて身がすくむ標高
・救助を待つ遭難者の絶望感
・ゆるやかに感じる時の流れ
・負荷に悲鳴を上げる両脚
・酸素が薄くなっていく山頂付近
・登りきった瞬間の達成感


〝登って下りる〟という暗黙のミッションが発生する

 起用する「山」の種類によって、あらゆる描写が変わってくる点をまずは理解してください。たとえば、登頂困難な世界最高峰の山、砂漠地帯の荒涼とした山岳、高温多湿で危険な動植物が生息する山――それぞれが厳しい環境を備え、入山する人間に対してさまざまな試練を与えます。これらを突破する過程が読者を惹きつける箇所となるため、豊富な語彙力、想像力、筆力が求められます
 また、山を描くなら、当然〝登って降りる〟という暗黙のミッションが発生します。その目的が重要となります。クライマーとしての登頂なのか、敵前からの逃走なのか、はたまたロードムービーの一端なのかで、山が担う役割が大きく変わってくるからです。
 本章で取り上げた自然系の場面すべてに当てはまりますが、リアリティの描写が疎かになってしまうと、読者は物語から心を離します。山を登場させるなら、モチーフとなる対象を十分にリサーチし、特色や特徴を理解したうえで書き進めることが大切です。

山で発生するお約束の過酷な試練
「滑落」「遭難」「熊との遭遇」


PART.2 リアルな描写が求められる 「現実世界」の場面

PART.2では、
「本章のPOINT 実際になくてもOK 大切なのは”本当っぽさ”」
「学校」
「映画館」
「駅」
「オフィス」
「カフェ」
「カラオケボックス」
「空港」
「クラブ」
「軍事施設」
「警察署」
「刑務所」
「ゲームセンター」
「結婚式場」
「建設現場」
「公園」
「工場」
「コンビニ」
「裁判所」
「ショッピングモール」
「書店」
「水族館」
「大学」
「動物園」
「図書館」
「バー」
「繁華街」
「病院」
「ファストフード店」
「プール」
「牧場」
「墓地」
「ホテル」
「漫画喫茶」
「遊園地」
「レストラン」
「路地裏」
が取り上げられている。
ここでは、「学校」「工場」「繁華街」「レストラン」を紹介する。


NO.01 学校 【がっこう】 [英:School]

見えるもの
・広々としたグラウンド
・朝練に励む野球部員たち
・登校中の生徒の服装を厳しく
・チェックする学年主任の教師
・よく手入れされた校庭の花壇
・築50年近くになる木造の校舎
・新しく増築された特別校舎
・正門から校舎へと延びる桜並木
・賑わう購買のパン売り場
・屋上でさぼっている不良生徒
・放課後のがらんとした教室
・体育館で練習しているバスケ部
・水しぶきが上がる屋外プール
・落ち葉が舞う誰もいない校舎裏
・音楽室でピアノを弾く生徒
・図書館で勉強する受験生

聞こえるもの
・授業のはじまりと終わりを知らせるチャイムの音
・授業を進めていく先生の声
・休憩時間の生徒の会話
・黒板にチョークで文字を書く音
・教科書のページをめくる音
・放送部によるお昼の校内放送
・ノートをとるシャーペンの音
・ガチャッとロッカーを開ける音
・ベランダで黒板消しをはたく音
・グラウンドから届く体育の授業を受けている生徒の声
・運動部の気合いの入ったかけ声
・音楽室のきれいなピアノの音色

におい・香り
・教室の床のワックスのにおい
・グラウンドの砂のにおい
・正門近くに植えられた桜の香り
・更衣室の汗のにおい
・美術室にこもる絵の具のにおい
・夏のプールの塩素のにおい
・戸車がついた校門の金属臭

その他
・制服のサラリとした手触り
・制汗剤のスーッとした爽快感
・慣れないローファーの窮屈さ
・厳しく生徒を縛りつける校則
・教科書の入ったかばんの重み
・受験を控えた生徒たちの緊迫感
・和気あいあいとした教室内


ほぼすべての人にゆかりがあるとても身近な場所

 学校は舞台設定の王道です。青春ものはいうに及ばず、あらゆるジャンルの物語において、学校に通う児童や生徒、学生は登場人物として欠かせません。そんな彼らが日々通い、集まる場所こそが学校であり、その描写は避けては通れません。そして、じつのところ学校というのは非常に難儀な存在です
 なぜなら、設定すべき項目があまりに多岐にわたるからです。さらには読者のほぼ全員が通い、あるいは卒業するとても身近な場所であるがゆえ、描写に手を抜くことが許されません。
 一番手っ取り早いのは、ネットでさまざまな学校を調べ、規模、制服、立地、校風といった自分のなかにあるイメージに近い実在校を探し出し、参考にすることです。もちろん、すべてが合致するわけではないでしょう。よって個別要素をピックアップし、独自のアレンジを施しながら、設定にふさわしい学校をつくっていきます。
次頁に設定リストの一例を挙げました。参考にしてみてください。

物語中の学校は自分で建てるつもりで詳細まで描こう


設定情報を固めてイージーミスを回避

 え、ここまで設定する必要あるの? と、リストを見て感じた方もいるはずです。
 もし、プロの作家を目指すのなら、やるべきでしょう。これは私自身の経験からいえる、確かな答えです
 厳しいことをいうようですが、仮に出版社が主催する新人賞に応募するとして、この程度の下準備を怠るようであればまず通りませんし、プロデビューも叶いません。なぜなら審査員サイドは〝落とす理由〟を探す目線で、応募作品を読み込んでいるからです。
 学校が舞台となる小説で、内容やスペックの食い違いが見つかれば、まずその時点で落選となります。
 一方、しっかりと下地となる設定情報を固めておけば、確実にイージーミスを回避できるでしょう。ちなみに私の場合、主要な登場人物の履歴書、通学電車の時刻表、主人公の家の間取り図は必ず書いてから執筆するよう心がけています。備えあれば憂いなしです。

校舎の階数や大きさに矛盾があれば、その時点でアウト



NO.16 工場 【こうじょう】 [英:Factory]

見えるもの
・自動車用の精密部品を切削加工する特殊な旋盤機
・黒光りする溶接用の防塵マスク
・倉庫に置いてある巨大な製造機器を操る年老いた職人
・小さなネジを量産する機械
・シャッターが下りたままで人気のない地味な平屋の建物
・煙突から立ちのぼる灰色の煙
・オイルで黒ずんだ作業着を身にまとって働く若い工員たち
・火花を散らしながら金属をみるみる切り裂いていくカッター
・歴史を感じさせる古びたトタン屋根と風雨で劣化した外壁
・高温の炎を放つガス溶接機

聞こえるもの
・機械が作動する固い音
・製品を運ぶベルトコンベアの音
・工場見学する子どもの話し声
・菌を落とすクリーンルームの風
・若い工員たちへの工場長による的確な指示
・フォークリフトが走行する音
・談笑する作業員たちの声
・縫製工場に響くミシンの音
・プレス機で圧縮される音
・材料をかき混ぜる音
・休憩時間を伝えるアナウンス
・バチバチと火花散る溶接の音
・部品が机に転がる音

におい・香り
・パン工場の香ばしいにおい
・出来たてのお菓子の甘い香り
・大量に生産される衣服のにおい
・涙目になる化学薬品の刺激臭
・溶接時の金属が熱されたにおい
・積まれた段ボールのにおい
・作業員が使う消毒液のにおい

その他
・食品工場のクリーンな空気
・着用したマスクの息苦しさ
・手袋越しの製品の感触
・繰り返しばかりの退屈な作業
・集中力を切らせない工程
・溶接作業で火照った体
・流れるような慣れた手つき


意外な設定で人情やドラマ性を浮き彫りに

 ひと昔前の「工場」といえば、暗い印象だったことは否めません。虐げられた労働者が直面する、厳しくて辛い現実を彷彿とさせました。これはプロレタリア文学と呼ばれる、1920〜 1930 年代に流行った文学スタイルの名残でしょう。ですが今は違います。日本の〝ものづくり〟文化が見直され、その技術力や開発力、製品クオリティの高さから、世界的に注目を集めています。
 当然、物語における工場のポジションは様変わりしました。
 『下町ロケット』(池井戸潤著)のように、大企業を相手に果敢に闘うほどの存在となり、多くの人に夢と希望と感動を与えています。本作品の特筆すべき点は、既存の価値観を打ち破る下町の中小企業の強みにスポットをあてたことでしょう。しかもテーマとメッセージ性は王道中の王道。意外な設定だからこそ、そこに息づく人情やドラマ性が鮮明になります。作家の視点とはかくあるべき、という見本であり、こうした時代の潮流を読み込む感性はとても大切です。

視点を変えると正反対に見えるもの



NO.26 繁華街 【はんかがい】 [英:Downtown]

見えるもの
・天に向かってそびえる、いくつもの巨大なタワービル
・車道いっぱいに観光客があふれ返る日曜日の歩行者天国
・うっそうと緑が生い茂る街路樹
・地下鉄の出入り口から続々と吐き出される無数の人々
・集客力が衰えない老舗百貨店
・歩道で立ち止まってスマホを見入る外国人カップル
・目抜き通りに立ち並ぶ世界各国の高級ブランドショップ
・猥雑な空気に様変わりする区画
・夕暮れどきになるとネオンが煌々と灯りはじめる飲食街
・ひっそりと薄暗くなる裏通り

聞こえるもの
・行き交う人々の足音
・仲睦まじげなカップルの会話
・そばを絶えず走る車の音
・店先での従業員の呼び込み
・立ち並ぶ店の扉の開閉音
・大型ビジョンに流れるCM
・はぐれた子どもを探す母親の声
・発光するネオンのジーという音
・通行人をナンパする軽々しい声
・混んだ道で人がぶつかる音
・大声でしゃべる若者の会話
・ゴミ捨て場に群れるカラスの声
・酔っぱらった人の叫び声
・タクシーの扉が閉まる音

におい・香り
・さまざまな飲食店のにおい
・裏通りにあるゴミ箱の異臭
・熱された照明器具のにおい
・卵が腐ったような下水の悪臭
・行き交う車の排出ガスのにおい
・人混みで混ざり合う体臭
・強くあとに残るバニラの香水

その他
・夜でも明るいネオンのまぶしさ
・窮屈に感じるほどの人の多さ
・華やかで都会的な街の雰囲気
・急かされるように流れる時間
・さまざまな娯楽にあふれた空間
・人と人が交流し、つながれる場
・裏通りのダークな雰囲気


表裏一体の別側面を描いてリアリティを生む

 都市の中心に位置し、百貨店や飲食店といった商業施設が多く立ち並び、人の集まるエリア――これが「繁華街」の定義です。もちろん、繁華街については誰もが知っているものの、物語で描く際は享楽的な一面のみを捉えないようにしましょう。いわゆる〝光と影〟的な表裏一体の別側面を描いてこそ、リアリティが生まれるからです。
 買い物やデートといったポジティブなファクターだけではなく、犯罪やトラブルといったネガティブなファクターを取り入れることで、ストーリーに起伏が生まれ、読者の感情移入が促されます。
 現実世界において繁華街にはある種のダークサイドがつきもののように、物語の場面設定として舞台に選ぶなら、風雲急を告げる展開で次々とスリリングな見せ場を用意しましょう
 楽しんだあとに予想外の落とし穴が待ち受けてこそ、読者を没入させるハラハラドキドキの展開が成立します。

路地裏に踏み込むと一気にスリリングな展開に



NO.35 レストラン 【れすとらん】 [英:Restaurant]

見えるもの
・白いクロスの上に整然とセッ
・ティングされた皿やシルバー
・開店前のミーティングでシェフの話に聞き入る全スタッフ
・賑わって満席になった店内
・客の好みに合わせておすすめの赤ワインの説明をするソムリエ
・芸術的に盛られた前菜プレート
・店内のすべての卓に灯された美しいキャンドルライト
・オープンキッチンでてきぱきと料理をつくる調理師たち
・サーブされる焼きたてのパン
・ドレスアップした装いでゆっくりと食事を楽しむ老夫婦
・ワインリストを見入る男性客

聞こえるもの
・いそいそと店内をめぐる足音
・ジューッと肉が焼ける音
・包丁で食材をテンポよく切る音
・客の呼び鈴に反応する店員の声
・料理の完成をホールスタッフに知らせるシェフの声
・ワイワイとしたグループ客の声
・カップルの穏やかな会話
・カトラリーが床に落ちる音
・パタンとメニューを閉じる音
・店員による注文の復唱
・ワインをグラスにそそぐ音
・提供された料理への感想
・誕生日のサプライズをする声

におい・香り
・入り口に飾られた植物のにおい
・肉が焼ける香ばしいにおい
・熟成された芳醇なワインの香り
・パートナーが身につけた香水
・食欲をそそるスパイスの香り
・食後のコーヒーの香り
・安らぐアールグレイの香り

その他
・とろけるような肉の弾力
・好きな人と食べる幸せな食事
・ピリッとした辛口のワイン
・猛スピードで減っていく料理
・シャキシャキとした新鮮な野菜
・磨かれたカトラリーの光沢
・ほろ酔い気分のふんわり感


食事のシーンは記憶に残りやすい

 食事するシーンを描いた作品が多いのは理由があります。
以下に主だった狙いや意図を挙げてみました。
① キャラの趣向や好み、生活スタイルを如実に映し出せる
② 食べ方やマナー、店の雰囲気で人物の内面を描写できる
③ 席をともにする相手との関係性や親密度をさりげなく伝えられる
④ お酒を取り入れることで本音の会話を自然に引き出せる
⑤ 善人キャラはおいしそうに食べるという定義を利用できる
⑥ 食べる所作を描くことで作品のイメージを印象的に残せる
 上記で特筆すべきは⑥ではないでしょうか? 実際に思い浮かべてください。記憶のなかに食べる場面がいくつも残っているはずです。作品名を思い出せなくても食事のシーンだけは覚えていたりします。そういう意味では、レストランからはじまる食事のシーンを描くことは、作品に重要な意義をもたらす場合があります。ぜひトライしてみましょう。

キャラの性格や育ちは食べ方で描き分けられる
「上品」「早食い」「野菜嫌い」


PART.3 曖昧な舞台の解像度を上げる 「ファンタジー」の場面

PART.3では、
「本章のPOINT ファンタジーは世界観のつくり込みで出来が決まる」
「遺跡」
「市場」
「海底都市」
「カジノ」
「鍛冶屋」
「騎士団詰所」
「ギルド」
「漁村」
「劇場」
「酒場」
「城郭都市」
「娼館」
「城」
「スラム街」
「世界樹」
「大聖堂」
「ダンジョン」
「地下鉄」
「闘技場」
「忍者の里」
「廃村」
「船」
「魔法都市」
「宿屋」
「牢獄」
が取り上げられている。
ここでは、「遺跡」「城郭都市」「世界樹」「大聖堂」を紹介する。


NO.01 遺跡 【いせき】 [英:Antiquities]

見えるもの
・地中深くから現れた巨大な獣を象った謎の偶像
・海底深くに眠る神秘的な集落
・神殿と思しき建物跡に祀られている数十体ものミイラ
・掘削した岩盤から金銀財宝を発見して狂喜する探検隊
・点在する石づくりの住居跡
・緑深いジャングルの奥地に建立された岩のモニュメント
・切り立った崖を緻密にくり抜いてつくられた荘厳な宮殿
・黄金の仏像が置かれた洞窟
・大きな花崗岩を複雑に組み合わせてつくられた建造物
・人間には見えない奇妙な土偶

聞こえるもの
・回廊にカツーンカツーンと大きく響く固い靴音
・重厚な壁の円塔内部に増幅して反響する仲間の話し声
・靴裏で踏まれた石の破片がパキパキと割れる音
・コポコポという湧き水の音
・そびえ立つストーンサークルを見上げる旅人が漏らす感嘆の声
・石像の窪みに溜まった雨水に集まる昆虫たちの羽音
・岩壁に掘られたレリーフを隠すように流れる滝の音
・ぽたぽたと雨水がしたたる音

におい・香り
・乾いた土のにおい
・柱跡の穴に溜まる泥水のにおい
・王の墓室のカビ臭さ
・ぼうぼうに生えた草のにおい
・天井裏にびっしりととまっているコウモリたちの獣臭
・石碑に生えた苔のにおい

その他
・目に入った砂で痛む目
・滑空する鷲に日光を遮られて急に暗くなる視界
・祭殿内のひんやりした空気
・呪術をかけられた遺物の妖気
・息絶えた生け贄の怨念が漂うようなおどろおどろしい邪気


現世とつながる因縁や因果を明確化することが重要

 過去の人々がつくり上げ、暮らしていた場所。それが「遺跡」です。砂漠、海底、ジャングルなど、さまざまなロケーションに眠る遺跡ですが、物語の序盤で発見された瞬間から、展開が大きく動くトリガー的な役割を果たすと考えましょう。
 はるか昔の都市や集落であった遺跡には、死者を葬る墓地、神を奉る祭祀、さらには宗教的意義を備える神殿が含まれます。遺跡を発見して晒す行為は、数百万年眠り続けた念や魂の覚醒と解放を意味します。そうして呼び起こされた念や魂は、現世で新たな姿を象って跳躍跋扈し、主人公たちの命運を左右するのが王道の流れです。
 ここで重要なのは、なぜ都市とそこで暮らす人々が破滅したのかをひも解き、現世とつながる因縁や因果を明確化すること
 時空を超越した冒険やアクションはファンタジーの醍醐味であるものの、説得力ある世界観が確立されていなければ、読者は物語に没入できません。加えて、深淵なテーマやメッセージもお忘れなく。

遺跡におけるファンタジーの王道展開はこのふたつ!
「神や悪魔を手なずける」「金軍財宝をゲット」



NO.11 城郭都市 【じょうかくとし】 [英:Walled city]

見えるもの
・砂漠のはるか先に映る、石づくりの高い壁面に囲われた一帯
・城壁の四方に建てられた塔
・見張り台に立って四六時中城外を監視する弓兵の一陣
・いかにも頑強そうな城門が開き城内から出てくる数百の騎馬隊
・圧倒的な賑わいを見せる町
・新鮮な野菜や果物を売る露店
・町民たちで活況を呈する市場
・城内監視のため巡回する歩兵隊
・広大な城と敷地をぐるりと覆う壮大なスケールの城壁
・城内で穏やかに暮らす町民
・大量の水が湧き出る豊かな泉
・子どもたちが通う学校

聞こえるもの
・町に鳴り響く鐘楼の鐘の音
・広場を駆け回る子どもたちのはしゃいだ声
・連れ立って歩く修道女らの靴音
・井戸端会議のかまびすしい声
・民家の軒先から聞こえる賑やかで上機嫌な談笑
・広場のほうから流れてくる陽気で明るい音楽
・工房から届く作業音
・城門が開かれる重々しい音
・薪を割るリズミカルな音
・羊やヤギの鳴き声
・耳に心地よい小川のせせらぎ

におい・香り
・食事どきの民家から漂う食欲をそそる料理のにおい
・焼きたてパンの甘い香り
・裏庭に咲き乱れる花の香り
・厩舎から漂う獣のにおい
・放置された廃棄物の腐臭
・下水からこみ上げる臭気

その他
・広々とした中央広場の開放感
・早朝の目抜通りの静けさ
・そびえ立つ城壁の圧迫感
・城門を守る兵士の物々しさ
・しっとりとした夜道の風情
・町外れの廃れた雰囲気
・夕日を背にした塔のシルエット


食料と物資の対価として主人公が町を守る王道の展開

 防衛都市の形態のひとつ「城郭都市」は、外敵の侵略を防ぐため、堅固な城壁でまわりを囲ってあります。そして内部には商人や職人が住み、自立した経済活動を行っています。城内の人々にとって、城壁は平穏な生活を送るための要です。そのため城郭都市を守る城壁と城門は堅牢なつくりで、要所には塔が立てられて見張り役を配置するなど、防備の工夫が随所に施されています。
 ファンタジー系の主人公は旅人の設定が多く、食料と物資の補給のため、しばしば城郭都市を訪れる必要があります。ところが〝よそ者〟である彼らに城主はなかなか心を許しません。食料と物資を与える代わりに、凶暴な悪者の襲撃から城郭都市を守るよう命じます。
 必然的に一戦交える運びとなる、こうした場面は、ロードムービー的な流れを汲む物語では王道の展開。城を襲う悪者が共通の敵であり、目的の共有が図れるからです。そしてもちろん、主人公は城主や町民の協力によって敵を撃破し、新たな旅へと向かいます。

ファンタジーにおける城郭都市は敵の襲撃から守られた安全地帯



NO.15 世界樹 【せかいじゅ】 [英:World tree]

見えるもの
・天界、地界、冥界という区分で分けられた3階層の世界
・広大な地表を下から持ち上げる大樹の根幹
・天へと伸びて入道雲を突き抜ける大樹の幹と枝葉
・地の奥底に存在する地下世界に這う無数の太い根
・大樹の根もとから湧き上がる泉
・空を支えるうっそうとした新緑
・大樹のまわりにあふれる多種多様な動物たちの息吹
・幹の下を取り囲む人間の街
・夜になると幹の至るところから浮遊する神秘的な精霊
・大樹を祀り敬う司祭と信者

聞こえるもの
・こんこんと湧き出る泉の水流
・森の奥に集まる精霊の歌声
・天を駆ける馬車の音
・祈りをささげる巫女の声
・女神の優雅で威厳に満ちた宣誓
・大鷲の羽ばたきから生じた風が世界を吹き抜ける音
・繁る葉のざわめく不穏なノイズ
・大樹の頂に棲みつく黄金の雄鶏のけたたましい鳴き声
・オオカミが威嚇して炎を吐く音
・世界を駆け回るリスの足音
・4頭の牡鹿が樹皮を貪る音
・黒龍が大樹の根をかじる音

におい・香り
・深緑の森林のにおい
・咲き乱れる花々の芳しい香り
・女神たちが根にかける白く美しい土の神聖な香り
・木のうろに残された獣のにおい
・大蛇の吐く毒性のある息の異臭
・泉に投げ込まれた死体の腐臭

その他
・巨大な世界樹の影が落ちた辺り一帯の薄暗さ
・大地をつなぐ虹の幻想美
・青々と茂る大樹の雄大な佇まい
・巨人族が歩行する大振動
・海面を覆う巨大な生物の影
・黄金の神殿のまばゆい輝き


物語に神秘性が生まれる世界を支える一本の樹

 読んで字のごとく、「世界樹」とは世界が一本の大樹で成り立っているという概念です。宗教観によって諸説あり、各国の神話では多様な解釈で登場します。大樹を基軸とした世界観には、大自然、人類愛、地球、宇宙、摂理、平和と、多彩なメタファーが含まれるものの、根底に流れる生命の神秘性や神聖性は揺るぎません
 ファンタジーにおいてもしばしモチーフとされる世界樹は、同様にさまざまな形で起用されます。確かに、世界を支える一本の樹という概念は象徴的であり、物語創作の核として魅力的な逸材です。
 一方、こうしたメジャーな世界観を起用する際は注意が必要です。シーンの描写に傾倒するあまり、訴求すべきメッセージが曖昧になり、小手先の模倣に終始してしまうことが多々あるからです。物語を構成する場面設定とテーマの描写は、リンクする部分がありながらも担う役割は異なります。「結局、作者は何がいいたかったんだ?」とならないためにも、執筆前のプロットを精査しましょう。



NO.16 大聖堂 【だいせいどう】 [英:Cathedral]

見えるもの
・日曜礼拝のために長蛇の列をなす熱心な信仰者たち
・聖水で清めた手で十字を切り、神の祝福を祈る司祭
・天井に描かれた壮大な宗教画
・のぼりくる朝日を受けてキラキラと輝く聖堂のステンドグラス
・ミサで黙祷をささげる修道士
・聖壇横に立って声高らかに讃美歌を歌い上げる合唱隊
・典礼儀式で灯されるろうそく
・王の権力を誇示するかのように総大理石でつくられたゴシック様式の荘厳な大聖堂
・告解部屋で司祭に懺悔して涙ながらに神の許しを乞う母親

聞こえるもの
・心洗われるような讃美歌
・司教の厳かな説教の声
・窓の外から聞こえてくる耳に心地よい小鳥のさえずり
・体まで振動するような鐘の響き
・子どもに洗礼を授ける儀式の声
・司教の祭服がすれる音
・荘厳なパイプオルガンの音色
・大理石の床を歩く音
・大司教のつく杖が床を打つ音
・美しい装飾に思わず出るため息
・懺悔室から漏れ聞こえるひそひそとした話し声
・聖書をそっと祭壇に置く音

におい・香り
・聖堂内を満たす気持ちが穏やかになるようなお香の香り
・司教らの衣服から香るにおい
・祭壇に飾られた花から放たれる甘く安らかな芳香
・心落ち着くような石材のにおい
・どこか懐かしい木材のにおい

その他
・荘厳な大聖堂の佇まい
・ステンドグラスの光の神々しさ
・映画のワンシーンのように差し込む幻想的な光のまぶしさ
・頭上ばかり見上げ痛くなる首筋
・地下墓室のひんやりとした空気
・空間を満たす厳かな雰囲気


神は唯一無二の絶対的存在で大概の問題は解決する

 天下無双のヒーロー(あるいはヒロイン)だと物語が成立しません。時には敗北を喫し、満身創痍になってこそストーリーに緩急が生まれ、胸スカの大どんでん返しがラストで実現します。
 よって、起承転結における「承転」部分で、主人公が一度ボロボロ状態になるべきですが、着目すべきは復活を遂げる場面転換です。ただ、時間の経過とともに普通に元気になるのでは不十分で、説得力がありません。ではどうすべきか ?
 神の出番です。ファンタジー世界でも神は唯一無二の絶対的存在。ありがちとはいえ、神に委ねればおおむね万事が解決します。大切なのはそのシチュエーションです。場面設定としてうってつけなのは神々しい雰囲気に満ちた「大聖堂」でしょう。荘厳な建築様式、巨大なステンドグラス、神秘的な宗教画や聖壇と、ビジュアル的に申し分ありません。そこに聖なる力を代行する司祭がいれば、満身創痍の主人公を癒し、ふたたび奮起させる舞台の設定が完成します。

神ではなく堕天使や悪魔を登場させるのもアリ


書き込み式 クリエイターのための場面設定シート

書き込み式では、「「見えるもの」について書いてみよう」「「聞こえるもの」について書いてみよう」「「におい・香り」について書いてみよう」「「その他」について書いてみよう」が取り上げられている。
ここでは、「「見えるもの」について書いてみよう」を紹介する。


『プロの小説家が教えるクリエイターのための語彙力図鑑 場面設定編』
著:秀島迅 
日本文芸社(2024/8/14)
A5判・192ページ/定価:1,980円(税込)

担当者コメント
ラノベ、小説、漫画などの
創作活動で場面設定や情景描写をするときに役立つ、
現実世界とファンタジー世界でよくあるシーンを
厳選して収録した「場面」の図鑑です。

キャラクターやストーリーをより魅力的に表現するためにも
物語の創作において場面設定は超重要な要素のひとつ。
・見える景色や音をうまく言語化できない
・大事な場面だから、読者の印象に残る情景を書きたい
・学校のシーンを描いたけど、何かが足りない気がする
・異世界の酒場や宿屋ってどう書けばいいんだろう
などと、重要だからこそ情景描写をする際には
さまざまな悩みが出てくると思います。

本書はプロの小説家がよく使用する表現を厳選し、
ファンタジーや現代小説でありがちな風景、建物、イベントなどの
シーンを表現する語彙や文章例を豊富に掲載しています。

これ一冊読めば誰でもカンタンに頭の中にある“場面”を表現できる
クリエイターの方にはぜひ手に取っていただきたい一冊です。

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