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「ホラー」って何ですか?|王谷 晶

箸が転んでもビビり場合によってはチビったりもする三国一の怖がりやさん、王谷晶である。夏といえばホラー、ホラーといえば夏だ。ホラー小説というのは一定数のファンがおり、たまに映画化等メディアミックスも含めたメガヒットも出てくるジャンルである。となればたとえチビりながらでも市場に参入するのが商売人の道。今回は小説で描く恐怖表現について語りたい。

ホラーには二種類の「こわい」がある

怪談、サイコスリラー、スプラッタ、幽霊譚……怖い話もいろいろあるが、ざっくり分けると二種に分類できる。すなわち「おばけこわい」か「にんげんこわい」だ。前者は幽霊やモンスター、悪魔など超自然的存在が主人公をビビらせまくり、後者は殺人鬼や税務署職員などのただの人間が執拗に主人公を付け狙うことで生まれる恐怖を描く。「おばけこわい」グループはおばけなので物理法則を無視して密室の中や主人公の布団の中にも現れることができる。予測不可能、どこから何が来るのか分からない恐怖が盛り上がる。一方「にんげんこわい」グループは物理的には基本ただの人間だが、そのぶん法律やマスコミ等を使って主人公を追い詰めてくるタイプもおり、生々しい恐怖を味あわせてくれる

日本の小説で「おばけこわい」の代表的なものと言ったらやはり鈴木光司『リング』、「にんげんこわい」は貴志祐介『黒い家』などになるだろうか。海外小説ならばおばけ部門はシャーリィ・ジャクスン『丘の屋敷』、にんげん部門はジャック・ケッチャム『オンリー・チャイルド』あたりを推したい。実はビビリでありながら恐い小説が好きなので、語らせるとこの原稿が全部書名で埋まってしまいそうなのだが、しかし人はなぜ夜中にトイレに行けなくなるのが分かっていながらそこまで「恐いもの」を求めるのか? それはやっぱり、感情の根本的なところをグイグイ揺さぶられるのが楽しいからだろう。


大切なのはキャラクターと伏線

では、小説で読者の恐怖心を揺さぶるにはどういうテクニックが必要か。実はホラーというジャンルは他のジャンルよりキャラクター小説の側面が強いと私は思っている。名だたるホラーの名作・ヒット作にはだいたいアイコンとなっているキャラクターがいる。ドラキュラ、ゾンビ、貞子、ジェイソン、フレディ、エイリアン、パトリック・ベイトマン、座敷女……ホラーの主役は、追われる側より追う側である。おばけでもにんげんでもどれだけ恐ろしいキャラクターを作れるかにホラー作品の輝きは掛かっていると言ってもいい

別にヒト的な形をしていなくても、屋敷、惑星、爬虫類、サメなどが襲いかかってくる話もある。魅力的な恐怖の対象を作り上げることができれば、ホラーの勝負は半分決まったようなものだ。何にどこでどのように襲われたら一番イヤか、恐いか、自分の心によ~く問うてみることで、誰でもオリジナルなホラー・アイコンを生み出せる可能性を秘めている。私もいつかスカイツリーくらいに巨大化した奈良漬が東京を蹂躙するパニックホラーを書きたいと思っている。

サスペンスやスリラーは「この先何が起こるか分からない」話運びで読者をハラハラドキドキさせるが、ホラーは「何が起こるか分かっているのに恐い」というパターンもある。来るぞ来るぞ来るぞ……やっぱり来たー!というあの感覚である。絶対来てほしくない「なにか」が徐々に近付いてくる、その「なにか」に絶対会いたくないのに逃げられない……そういう緊張感をじわじわと盛り上げるのは、おそらく小説が一番適した表現手段だ。

なのでホラー小説はミステリなみに伏線が大切なジャンルとも言える。予感、予兆の部分をしっかりと描写し「来るぞ……来るぞ……」というバイブスを高めてから、クライマックスで読者を恐怖のどん底に叩き落とす。古典的なパターンだが、シンプルゆえに普遍の恐怖を演出できるはずだ。とりあえずホラー小説に挑戦してみたいという諸君はこの「予感・予兆・クライマックス」を意識して書いてみてほしい。


「怖がらせたもん勝ち」というエンタメ精神

ちなみに映像ホラーの世界では「ジャンプスケア」という言葉がある。いきなりでかい音を出したり、突然オバケが飛び出してきたりして観客をビックリさせるテクニックのことである。現在このジャンプスケアは「こけおどし」「驚いてるだけで恐怖とはいえない」「品がない」となかなか評判が悪い手段なのだが、これは小説でもやろうと思えばやれる。ページめくったら恐い挿絵とか。邪道と思う向きもおろうが、そういうビジュアル的な仕掛けのあるホラーやスリラー小説というのも、実はそんなに珍しいものではない

例えば渡辺浩弐『謎と旅する女』はWebの特性をフルに利用したハチャメチャに恐い小説であるし、インターネット以前のものならグレゴリー・マクドナルド『ブレイブ』(新潮社刊・絶版)の最後のページに印刷されている「手書きのメモ」など、これはホラー小説ではないのだが凡百のホラーが太刀打ちできない恐怖と絶望を演出している。

小説なんだから文字だけで勝負つかまつる!という気概も尊いが、「怖がらせたもん勝ち」というエンタメ精神もまた表現者として正解のひとつだ。電子書籍やWeb、アプリなど小説を発表する場にもバラエティが生まれている現代なので、ホラー小説の怖がらせ方もどんどん新アイデアを発明していきたい。ホラーはファンも常に新しい刺激、新しい恐怖を求めているからだ。

今回のおすすめ作品はいま最も注目されている若きホラー・スター、アリ・アスター監督の長編デビュー作『へレディタリー/継承』である。これは「おばけこわい」と「にんげんこわい」のどっちが真に恐いのか?という問いに「どっちも出したら二倍恐いでっしゃろ」というアンサーを出した特盛ホラー映画である。人間関係のイヤさ、おばけの怖さ、心理的恐怖、ビジュアル的恐怖、ビックリ恐怖といずれも全力のてんこもり。手加減なし。イヤなことにイヤなことがどんどん積み重なっていく怒涛の脚本は小説書きにも参考になると思う。人によっては具合が悪くなるくらいコワいので気をつけて鑑賞されたし。

(タイトルカット:16号


今月のおもしろい作品:『ヘレディタリー 継承』

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*本記事は、2019年08月08日に「monokaki」に掲載された記事の再録です。