自分だけの文体を見つける方法|「文藝賞」坂上陽子&矢島緑
「創刊号以来、86年ぶりの3刷」「大増補の上、単行本化決定」――昨年、こんなニュースをネットで目にした読者も多いはずだ。河出書房新社が年4回刊行する「文藝」。1933年創刊の老舗文芸誌が、2019年4月のリニューアルを期に、稀に見る快進撃を続けている。
同誌が主催する新人賞「文藝賞」は、山田詠美『ベッドタイムアイズ』から長野まゆみ『少年アリス』まで、綿矢りさ『インストール』から若竹千佐子『おらおらでひとりいぐも』まで、ジャンルも著者の年齢もさまざまなベストセラーを世に送り出してきた。いま最も勢いのある文藝編集部が、いま求める作家とは? 坂上陽子・矢島緑の両氏に聞いた。
ジャンルの境界線にあるもの
――リニューアル後、初の「文藝賞」が作品募集中です。求める作品像はありますか
坂上:第一回受賞作、高橋和巳の『悲の器』から田中康夫さんの『なんとなく、クリスタル』、堀田あけみさんが16歳で受賞された『1980 アイコ 十六歳』など、文藝賞は常に既存のものを壊すような、新しい作品を文学シーンに提供しています。どういう作品が欲しいかと問われると、編集部も見たことがないもの。スピリットはこれまでと変わらず、おもしろいものを求めています。変わったのは、今回からウェブ応募が可能になったところですね。
――ウェブ応募を可能にした経緯などあれば教えてください
坂上:カクヨムさん、エブリスタさんといった小説投稿サイトからどんどん新しい才能が出てきています。「プリントアウトして綴じて郵送する」のひと手間で応募を敬遠されるより、その手間をなくして応募数が増えてくれるならと始めました。最近だとそもそもスマホで書いている人も多いですよね。ウェブ応募は文藝賞にとって初めての試みになるので、どういう作品が集まってくるのか楽しみです。
――どういったものを書いている人に応募してほしいですか
坂上:自分が書いている小説がどのジャンルにあたるのか、迷っている人は向いているかもしれません。「ミステリーを書いてるつもりがミステリーじゃなくなる」とか、「SFを書いてるつもりなんだけど、なんか違うっぽい」とか。いわゆる「ジャンル小説」の境界線にあるもの。特に文藝賞はジャンルを明確に掲げて募集しているわけではないので、自分がどこにいるのかわからない方はぜひ応募してほしいと思います。
矢島:あとは自分の文章がしっかりできている人。「書いていることがめちゃくちゃおもしろければ、文章の質はまったく問いません」というのはほぼないですね。すごく上手な、美文じゃなくてもいいんです。自分らしい文章を摑んで書いている作品には惹かれます。
自分の「声」がある人は書き続けられる
坂上:よく言われることですけど、自分の「声」がある文章が、読み手にとっては一番惹きつけられる。自分の声がちゃんと響いているかどうかは、デビュー作以降も作品を書いていくうえで大事なポイントになる部分だと思います。
――どうすれば自分の声、文体を見つけることができるでしょうか
矢島:全然本を読まずにそれができる人はあまりいないと思います。読書量が多くなくてもいいですが、「強烈にこの一作が好き」でも「この作家をずっと読んでる」でもいいので、まずは読む体験を重ねてほしい。そうすると「どういうものを書きたいか」という発想が出てきて、実際に書いていくことで、徐々に文体ができていくのかなと思います。
坂上:「書きたいもの」と「声」が離れていると全然いい作品にはならないので、読んでは書く。文藝賞授賞式の講評でも「デビューしてからがスタートです」とよく選考委員の方がおっしゃるんですが、デビューしてもゴールではない。読んで書く、読んで書くことの繰り返しです。
矢島:「このテーマをこう捉えて、これほど新鮮に見せることができるのか」という視線の独自性がある人は、「テーマが変わってもまた面白く書いてくれるんだろうな」「見たこともないものを次も見せてくれるんだろうな」と期待に繋がります。
坂上:あとは一作書けても、二作目以降を書けないといけない。わたしたちも「いい作品」一作だけで終わってほしくないですし、新人賞は「この作品が今回の応募作の中で一番優秀です」という賞ではありません。これからも書き続けていってほしい人を選ぶのが新人賞。選考委員の方々も「これから書き続けられる人かどうか」を見て、受賞者が決まっている印象があります。
神輿に乗せて担ぐ勢いで押したい
――最終選考に残る作品と、それ以外の作品を分かつものはなんですか
矢島:だいたい1,700~1,800作ほど応募があって、最後に残った100作品はどれも小説として成立しています。でも最終候補に残る作品には、強烈に惹かれるものがある。なかなか言語化は難しいんですが、「なんだこれは!?」とぐいぐい読まされてしまうんです。
坂上:編集者も人間なので、それぞれに好みや読み方もあります。一回応募してだめだったり、この賞がだめでもほかで評価されることはあるので、諦めないでほしいですね。文藝賞でデビューし、去年芥川賞を受賞した町屋良平さんも受賞までに何回も応募されてますし、新潮新人賞を受賞し、同じく昨年芥川賞を受賞した上田岳弘さんも新潮新人賞受賞前は文藝賞に応募していただいたこともあり、最終選考一歩手前まで残っていらっしゃいました。山崎ナオコーラさんの『人のセックスを笑うな』は白岩玄さんの『野ブタ。をプロデュース』と同時受賞でしたが、編集部でも意見が分かれて、選考会でも分かれて、最終的に二作同時受賞という形になりました。
――意見が分かれたときはどうやって決められるんでしょう?
坂上:編集部内で作品について、かなり突っ込んだところまで徹底的に議論して決めます。どういう小説なのか、おもしろいのかおもしろくないのか、この小説で作者は何を達成しようとしているのか。誰かが強く「この作品は最終候補に残すべきだ」と言って、他の編集部員を説得できたら、残します。
矢島:私たちも「これが新しい才能です! この人が書くものにぜひ今後ご注目ください!」と言いたいんです。神輿に乗せて担ぐ勢いで押したいので、「上手だけど、すでにたくさん巧みな作家がいて、いい作品があふれているなかに投じても個性が光るだろうか」と迷ってしまうと難しい。
――「神輿を担ぐ」ってすごくいい表現ですね。実際にそうですし
矢島:新人賞は「文藝」の一年の編集サイクルの中でもすごくウェイトを置いてやっていて、編集部にとっても楽しみであり、苦しくもあり、それでもやっぱり楽しいことです。
小さな声にこそきちんと耳を傾けよう
――逆に「こういったものは通らない」という作品はありますか
坂上:小説は「小さな声」にこそ、ちゃんと一対一で対峙しないといけない。社会の中の小さな個人の声を粗雑に扱う作品は通らないですね。反社会的なことを書いてもいいんです。現代の倫理的にアウトなことを書いてもいい。ただしそれが作者の都合のよいように作られていたり、作品からそれがただ無自覚ににじみ出ているものに関してはどうしても評価が厳しくなります。なぜそれを書くのか、どうしてその書き方を選んだのかは常に自問自答してほしいところです。そういった姿勢自体はデビュー後に編集者が一気に正していくことはなかなかできません。
矢島:書き手の姿勢そのものが問われます。なかなか編集者が教えられるものではないですよね。
坂上:難しいんですけど、本当にストーリーや語り口はおもしろいのにそこだけダメな作品はかなりあります。ものすごくおもしろいし、完成度は高いから、他の賞だったら受賞するかもしれないけど。そういったものは、今の文藝賞だときびしいです。
――教わるものではないとわかるのですが、それでも学びたい場合どうしたらいいでしょう
坂上:社会にはいろんな問題がありますよね。大きな主語で事実を切り取ったニュースだけでなく、そこに生きている人間、無名の個人の思いが書かれている本もぜひたくさん読んでほしいです。フィクションでもノンフィクションでも、名著はたくさんあるので。観察眼と想像力を鍛えることは、作品執筆にあたってとても重要なことです。あと、いわゆる「古典」を読むことは強くおすすめします。青空文庫にもたくさん名作があって無料で読めますし。
矢島:あとは、ミランダ・ジュライやアディーチェやハン・ガンなど、多様な背景を生きる海外の作家の作品を読んでみるとか。映画にも今だからこその問題意識が反映された作品がたくさんありますね。現代的なテーマを、小説を書くために都合よく用いてしまっているのか、しっかり向き合って必然として書いているのかは、すぐにわかります。一ページ目でわかる……というと大袈裟ですけど、不思議なほど伝わってきますね。
坂上:もちろん、流行のテーマが悪いわけではないです。「家族テーマは流行っているから今回はいいです」とか、「異世界転生ものだからダメです」ということもないし。ただ、多くの人が書くテーマだからこそ、どう再構築するかが問われます。
あとは、書いたものを周りの人に読んでもらうのはいいことだと思います。noteに書いたり、ZINEを作って文フリに出したり。そしてまずは感想を聞いてみる。日本文学には昔から同人誌文化がありますし、それがもう一度蘇っているように思います。やっぱり、批評なきところに新しいものは出てこない。これもよく言われることですけれど、誰かが読むことによってはじめて小説が小説として成立するんです。そして互いの切磋琢磨がないといい小説も生まれない。カクヨムもエブリスタもそうですね。
社を挙げて全力で売り出します
――最後に、他社の新人賞と比べて文藝賞ならではの売りがあれば教えてください
坂上:応募規約が400字詰めで100枚以上、400枚(約15~16万字)までと、比較的長い作品も受け付けています。芥川賞候補になることが多いいわゆる五大文芸誌の中ではいちばん上限の枚数が多い。でも、「純文学の賞」とは謳っていないんです。芦原すなおさんの『青春デンデケデケデケ』は、文藝賞受賞作でありながら直木賞も受賞しています。
矢島:あと、受賞作は必ず本になります。
坂上:うちの売りはとにかく社を挙げて受賞作を全力で売り出すこと。秋に「文藝」誌上で発表したらすぐに単行本にして、年内に出版しています。毎年、今年の受賞作はどういう売り方をするか、といったことを営業部と熱く話し合います。熱が冷めないうちに本にする。今だと、雑誌に発表された作品がすべて本にできるわけじゃないし、雑誌掲載だけだとなかなか読んでもらえない。どこの会社も事情は同じだと思います。でも、文藝賞受賞作品はいまのところ必ず書籍になるので、デビュー自体を書店店頭でいろんな人に知ってもらえる。応募していただくメリットだと思います。
――プロ志望の書き手に向けて、メッセージがあればお願いします
坂上:書くって本当に体力と精神力が必要なので、力をつけて書き続けてください。体が資本です。目と耳と心を鍛えてください。続けることがいちばん大切です。めげないで書き続けることは、本当に大変なことですが、きっといろんなよろこびに繋がると思います。あとこれは基本中の基本ですが、応募する前にひと呼吸おいて、一度は読み返してほしいです。
矢島:もうこれ以上直せないってぐらい、推敲して練り上げてください。デビュー作は一人で書かないといけないけれど、二作目からは編集者も並走します。私たちもそれを楽しみにしていますので、ぜひ「これこそは」という一作をお送りください。
――「直せる人かどうか」もプロの方は見られますよね
矢島:直すのが上手い人はほんとうに伸びるし、直し方でわかるものもあります。編集者が指摘したり疑問を持った箇所を受けて最小限の範囲で直す、というのではなく、なぜそれが指摘されたかを考えた結果、ほかの部分にも有機的な変化が起きる、というふうに解釈を深めてもらえると、作品が見違えることがあります。
坂上:第一線の作家さんはすごく目と耳がいい。よく観察しているし聞いているし、自分の作品に対しても柔軟でいらっしゃる。でも編集者の意見に対してただそのまま修正するのではなく、その作品に対してなにがいちばん大切かと思っているか、ということは突き詰めて考えて、そこは譲らないようにはしてほしいです。
編集者は創作はできません。あくまで自分の経験値、見知ったことでしかものを語れません。でも作家さんは突然これまで見たこともないものを書いてくる、そこに才能は出ます。編集者をやっていてその出会いがいちばんしびれる瞬間です。
(インタビュー・構成:monokaki編集部、写真:鈴木智哉)
第58回 文藝賞
対象:ジャンル不問
応募枚数:400字詰原稿用紙100枚以上400枚以内
選考委員:磯﨑憲一郎、島本理生、穂村弘、村田沙耶香
締切:2021年3月31日(水)(郵送の場合は当日消印有効)
発表:雑誌「文藝」2020年冬季号誌上
賞:正賞 万年筆、副賞 賞金50万円(雑誌掲載の原稿料含む)
詳細:http://www.kawade.co.jp/np/bungei.html#script
*本記事は、2020年01月17日に「monokaki」に掲載された記事の再録です。