おもしろがらせたい、サプライズ精神が創作の源|八月美咲 インタビュー
配信開始後、さまざまな電子コミックサイトのランキングに彗星のように現れ、サイトによっては『鬼滅の刃』を抑えて1位を獲得したサスペンスコミックがある。『私の夫は冷凍庫に眠っている』。DV夫を殺したはずが、何事もなかったかのように主人公の前に現れてきて……という衝撃的な場面から始まるこのコミックは、エブリスタに投稿された作品が原作だ。原作者・八月美咲氏に、ヒット原作執筆の秘訣を聞いた。
「こうだったらおもしろい」と思った展開を書いていく
(c)八月美咲・高良百/小学館
――『私の夫は冷凍庫に眠っている』(以下『冷凍庫』)を書き始めたきっかけは何ですか?
八月:ひとりの人物に対して、深い愛情と激しい憎しみを感じる主人公の葛藤を描きたいと思ったのがきっかけです。そこからどんなストーリーにしようかと考えて、書きながらこの形になりました。
――夫を殺したはずなのに死んでいないというアイデアの着想はどのように思いついたのでしょうか?
八月:書き始めたのが2~3年前だと思うんですが、あまり覚えてなくて。書き始めた頃は結末も考えてなかったです。読者さんが驚いておもしろく感じてほしいなと考えていたら、「殺したはずの人が現れたら面白いよね」というところから最後はどう決着をつけるかを考えました。だから、結末は考えずに書き始めたんです。
――作家さんには「最初から展開を考えて書かれているのかと思ったら、実はそうではない。なのにつじつまが合っている」という方がいますが、八月さんはそういうタイプなんですね
八月:プロット通りに書いたことがない。全部書いてからアップしているので、途中つじつまが合わないところは書き直します。全部書いてから少しずつアップしていってますね。
――その方法だと読者さんの反応を見ながら書き進めているという書き方ではないですよね。その際には自分にとっての仮想読者に向けて書いている感じでしょうか?
八月:小説を書いているとだいたい煮詰まるんですよ。次どうしようかなと考えて、こういうふうになったらおもしろい、この人がこうだったらおもしろいと思ったことを書く。登場人物の××(編集部注:ネタバレのため伏せ字とします)もあのキャラクターのままで終わるとおもしろくないと思ったんです。自分もずっと××さんを最初の印象のままの人として書いていたので、あんなふうになると思わなくて、自分で書いているにもかかわらず驚きました。
――小説以外にもこうしたらおもしろがってくれるとか意識されていますか?
八月:人にサプライズして喜ばせるのが好きなんです。昔、コンテンポラリーダンスをしていて、舞台の演出にも凝っていてお客さんをびっくりさせるのが好きでしたね。コンテンポラリーダンスは自分もパフォーマンスとして自分も踊って振付をして、当時シンセサイザーとかを使って音楽を作ったり、友達がリトグラフをやっていたのでそれを使って、詩を書いて、誰かに朗読してもらったりした。今でいうヒップホップみたいなストリートダンスでは全然ないですけど。
ダンスと小説という表現欲
――ダンスはどのくらいされてたんですか?
八月:コンテンポラリーダンスをしている時にアメリカに留学してたんですよ。向こうには20歳から35歳まで15年いました。
――小説との世界観と共通する部分があるように感じますね
八月:小説とかモダンダンスが好きなんですよ、一番好きなのは創作で、小説もエンターテインメント性の強いものです。もともと文章が一番好きで、最初に書いたのは幼稚園の時に、死んだ鳩が幽霊になって出てくるみたいな話を書きました。小学生の時にも文集に『宇宙の果て』という作品を書いて、その続編を中学生の時に書いてました。その頃、いくつかの短編を書いては友達に読んでもらってました。大学で長編を一本書いた後はダンスを本格的にやり始めてから小説は書かなくなりました。思いついた詩や日記は書いてましたが。
――ダンスを始めて小説を書かなくなったというのはおもしろいですね。表現欲はずっと途切れなくあったんですね
八月:ダンスで小説を書いているような感じだったのかな。でも、自分にストレスがたまったときに必ず日記とか文章を書くんですよ。たぶん、私にとってのセラピーはお酒を飲むこともありますが、書くのが自分的なセラピーなのかな。悩んだときにとにかく書くと落ち着きますね。
女の人に喜んでもらえる作品を書きたい
(c)八月美咲・高良百/小学館
――最初に投稿サイトで書かれた時はどうでしたか?
八月:最初はベリーズカフェでした。ベリーズカフェさんは女性のための小説というのがあったので、女性の読者に喜んでもらいたいと思っていたのでベリーズカフェさんで書き始めました。徐々にエブリスタに移行していった形です。
――エブリスタで始めたきっかけは?
八月:オンラインで小説を載せるサイトを検索していて、「なろう」は有名だけど、「魔界」とか「異世界」とかでちょっと作風が違うかなって思って、いろんなサイトを見ている中でエブリスタを見たときにここいいなと思って、書いたやつを載せました。
『私の知らないあなた』という短編が特集で選ばれていて、自分で気付いてなかったけどすごいアクセス数が伸びたんです。自分でも好きな作品だったので、エブリスタさんでも読者さんにたくさん読んでもらえたのがうれしくて、書き続けるモチベーションがあがった。
作家志望のお友達にもすごく勧めています。みんな一般の従来の公募を目指してるけど、そういうのは難しくて運とかもある、今は書き続けていくやり方も違うし、読者層が高齢ではないならオンラインに載せたほうが絶対いいし、勉強にもなるよって。
一般の新人賞だと落ちても納得いかないことがあっても、オンラインであきらかにアクセスが低いとあきらめもつくというか。それが答えになるし、自分がプロになった時の実際の反応だと思うんです。書きたいものを書けばいいというのもあるけど、他人の反応でいえば小説投稿サイトの反応を見ることが一番自分で納得できますし、すごく自分のためになりました。わたしがメインで使っている中ではエブリスタさんが一番反応あります。
――作家のお友達はどんなところで出会われるんですか?
八月:山村教室という小説講座に行っていて、そこで知り合った方などです。
読み出したら止まらない面白さは、展開の速さで惹きつけている
――『私の夫は冷凍庫に眠っている』コミカライズが決まったときのお気持ちはどうでしたか?
八月:最初にエブリスタの担当さんからメールをいただいたとき、ぬか喜びはしてはいけないなって思って。でも、子供の頃に漫画はちょっと描いていて漫画家になりたかった時期もあったのでコミカライズのお話はすごく嬉しかったです。漫画も好きですし、漫画の良さもあるので素直に嬉しかったです。打診から正式に決まるまでは半年ほどかかりました。
――キャラクターデザインを見た時はどうでしたか?
八月:正直感動しました。亮が思い浮かべていたそのままのイケメンでビックリしました。夏奈は私の想像以上の色っぽい女性になっていました。お隣さんの孔雀にいたっては、想定外のルックスで楽しませてもらえました。最初、漫画家さんがどんな絵柄の人かは気になりました。それで全然違うものになるけど、最初に見せてもらった時に「わーすごい素敵だ」って嬉しくなりました。
――自分が書いたものが違う形で表現されているのはどういう感じでしたか? ここはイメージ通りだったとか違うとか
八月:この前、小説を誤字脱字チェックしようと一年ぶりぐらいに読み返したんです。書いている時はそんなこと思わなかったのに意外と夏奈って悪い女だなって、今読むとそう感じました。
良い意味で、コミックは自分の書いた物語なのに、自分が書いた物語じゃないような気がします。文字だけのイメージの世界に絵がつくとここまで違うのかと驚きもしました。登場人物の表情に、文字で書かれていない感情が書かれているので、漫画ってすごいなと思います。私はほぼ普通の読者感覚で『冷凍庫』を読んでいます。
――小説だと心情が書かれるから夏奈に感情移入して彼女はかわいそうだなって思いますが、コミックになると客観的になるところもありますね
八月:この作品は実はあまり心情を書き切れてなくて。実は憎しみと愛の葛藤を描きたいというのもあったんですが、もうひとつは中編の小説を書こうと思ってたんです。原稿用紙で長編400枚前後のものを書いていたのですがまとまりがつかなかったのもあって、その半分ぐらい、200枚ぐらいの量で書いてみようとして書いたものなんです。自分で納得のいくスタートからエンドまでのストーリー展開を書こうかなと思ったものが『冷凍庫』だったんです。だから、あまり心情を深くというよりも、展開を早く、ポンポンポンという感じになりました。
――展開のスピード感で読むのがやめられなくなりますね
八月:私は遠藤周作先生や吉田修一さん、垣谷美雨さん、百田尚樹さんの作品が好きなのですが、百田尚樹さんの作品って読み出したら止まらないじゃないですか。読んでいると他の作家さんに比べても展開がすごく速いんですね。「まだ10ページなのにこんなにも!」って思って。百田さんの読み出したら止まらないおもしろさの1つは、展開の速さで惹きつけているのもあると、私は思うので、それに挑戦したくて書いたのが『冷凍庫』です。それだと400枚だと難しいから、このぐらいの枚数になりました。
作家になりたくても書かない人が意外と多い
――番印象に残っているコメントなどはありますか?
八月:コミックから入った読者の方からのコメントがダントツ多いです。そうでない人もどちらとも「読み出したら止まらない」というコメントが多くて、普段小説を読まない人が読んでくれたことがコメントでわかってうれしかった。
――コミックから入った方も読んでくださっていてすごくいいですね。
八月:はい、コミックになってから来てくださった読者さんがかなり多いです。
――これからどういう作品を残していきたいですか?
八月:切ないお話が好きで。作品を読んだり観たりしたあとの数日間、その世界が自分から離れなかったりするものってありますよね。そういうものを書いていきたいと思ってます。読後感の悪いのは嫌なんです。『冷凍庫』でもそうならないようにしました。
世の中にはいろんなことがあると思いますが、光や愛情だったり、信じるに足るようなプラスの方に。恋愛でも最後に二人が死ぬのって多いけど、二人がちゃんと愛し合うエンドがいい。私の場合はアンハッピーが多いですが……恋愛ものでは悲恋もののほうが人の心に残りますよね。
――『冷凍庫』のラストも衝撃的でした
八月:あのラストの真相ですが、私の中では××××××××××××、×××××××なんです(編集部注:ネタバレのため伏せ字とします)。読者が「えっ?」と思うような感じにしたくてあのエンドになってます。
――読者の心に残るエンドですね。ここでもサービス精神が発揮されていますね。最後に、コミカライズを目指す作家さんだけではなく、書き手になりたいと思っている方に向けてメッセージがあればお願いします
八月:作家になりたくても書かない人が意外と多いんですよね。
私は楽しんで書いてます。たくさん書いてください。
(インタビュー:松田昌子、構成:monokaki編集部、写真:鈴木智哉、撮影協力:カフェ ラントマン)
『私の夫は冷凍庫に眠っている』
原作:八月美咲 漫画:高良百
小学館 裏少年サンデーコミックス
殺したはずの夫が帰ってきた…?
結婚以来、夫・亮からの暴力に耐え続けてきた夏奈。
ある夏の日、彼女は亮の殺害を決意し、実行する。
亮の死体を物置の冷凍庫に隠し、あとは自由な人生が待っているーーそう、信じていた。
翌朝、何事もなかったかのように帰宅したのは、殺したはずの亮だった。
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