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世界を創るには、モデルとなる国・時代を決める|三村 美衣

 ファンタジー小説の自由度は高い。物語の舞台がこの地球上にある必要もないし、主人公に羽があっても角があってもいい。場所も、時代も、その世界を貫く法則も、何もかも好きなように設定できることがファンタジーの楽しさだ。

 しかし、現代社会ほどではないにしても、剣と魔法の世界だってそんなに単純ではない。『指輪物語』(映画『ロード・オブ・ザ・リング』の原作)のトールキンは、世界が誕生した時からの長大な年表、神話、言語、地図、動植物相、エルフや人間など各種族の系図などを細かに設定し、中つ国を創り上げた。この「第二世界」創造こそがファンタジーの真骨頂かもしれないが、物語の一行目にたどり着くまでに何年もかかってしまう。かといってろくに設定も決めずに書きはじめると、綻びが出たり、リアリティのない薄っぺらな作品になる

 では、ファンタジー小説を書くとき、事前準備として一体どの程度の設定を作りこめばいいのだろうか? 本連載では、テーマごとにその方法を伝授していきたい。記念すべき初回となる今回は、「世界」について考えてみよう。

モデルとなる国と時代を探そう

 基本設定を作る際に、実際によく使われているのは、歴史上からモデルとなる国や時代を借りてくる方法だ
 雪に閉ざされる森や、砂漠の隊商を描きたいなら、地理的な条件から舞台を決めてもいいし、文化や宗教的な摩擦、戦争などトピックスから持ってきてもいい。

 たとえば、田中芳樹『アルスラーン戦記』は名前こそ違うが古代ペルシャが舞台で、周辺諸国との地理的な関係はそのままだし、神話伝承や歴史から多くのアイデアやネーミングを借りている。
 またマーティン『氷と炎の歌』(ドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ」原作)は薔薇戦争時代の英国の勢力図を、ビジョルド《五神教》シリーズはイスラム教とキリスト教の対立をモデルにしており、地形もヨーロッパ地図を東西反転させて使用している。

 モデルにしたい国や地域、そして時代を決めたら、図書館に足を運び、歴史書や研究書を読み、設定資料にしてしまおう。言語や、農産物や、政治形態、習俗、地勢。むろん全て踏襲する必要はない。さらに手に入れた知識の上に、たとえば魔法や錬金術、妖精や魔王など、独自の設定を重ねていけば良い。


村から王都へ歩いてみよう

 さて、物語の出だしを考えてみよう。

 生まれ育った辺境の村が、蛮族に襲撃され、村人は皆殺しにされてしまった。たまたま岩場の洞窟で眠り込んでしまったがために、ひとりだけ難を逃れた少年が復讐を胸に誓う。力が欲しい少年は、この村の出身である大魔法使いの弟子になるために、王都を目指して歩き始める。
 これでもかという手垢のついた展開だが、さて、村から王都までどれくらいの距離があり、交通手段にはどんな選択肢があり、彼に使えるのはどれで、王都まで何日かかるのだろう

 投稿作品を読んでいると、舞台はすべて点で、どこでもドアでつながっているとしか思えない時がある。たとえその場面は城門の前だけで終わってしまうとしても、周囲や道中が見えている作品には、ちょっとした描写にも奥行きが感じられる。
 プロの作家が取材旅行に出かけるのは、実際にその土地を歩き、五感で物語の舞台を感じ取るためだ。足を運べない場合は、資料や地図から想像力の翼を広げる。想定した村の場所から、王都に決めた場所まで、Googleマップでたどってみるのもお勧めだ。

 この道中を書くことはなく、次のページで少年は既に王都にいて魔法使いの弟子になっているかもしれない。しかし、彼が両親や幼馴染の死を反芻しながら、どんな道を歩き、眠れぬ夜をすごしたのかを作者は知っていなければならない


大量破壊兵器はあるの?

 モデルとなる時代を決めると、その国の技術や文化のレベルが絞り込まれる。
 先に「生まれ育った村」と簡単に記したが、さて、その生まれ育た村はどういう村なんだろう。世界はどんな発展段階にあり、村には何軒くらい家があり、人口はどのくらいだったんだろう行政単位はどうなっていて、国はどんな規模で、王都はどのくらい栄えているのだろう

 少年は、生まれ育った村をどう思っていたのか。そして王都をはじめてみたときに、何に驚いただろう。人の多さ、街並み、城の大きさ、市に並ぶ商品の豊かさ、女性の仕草。逆に人口過密にインフラが追いつかず、汚物を投げ捨てる様子にショックを受けるかもしれない。そうこうしながら、少年は王都で魔法使いとなる修行を重ねる。その間に、村を襲った蛮族は大軍となり、国を脅かし続け、王はついに蛮族を撃つために全軍を動かし、魔法使いとなった彼も出陣する。

 その軍隊はどんな編成なのだろう。火薬はあるのか、カタパルトや攻城兵器はあるのか、戦士や兵器を運ぶのは馬か象、ひょっとしたら竜かもしれない。また、戦争でどれくらいの人命が失われるのか、そうなったときに経済や人々の暮らしはどうなってしまうのか。そしてそんな戦争で、ひとりの魔法使いにできることは何なのか。

 君は、そのことをどう思っているの?
 資料を読んだり、設定を作る過程で考えたことは、納得がいくまで主人公と対話すると良い。
 考えることが多すぎて、ダンジョンで勇士が魔王を退治する話にしておけばよかったと思われそうだが、歴史にベースを求め、そこに独自の設定をのせていけば、具体的なイメージが湧きやすく、構想に十年費やさずとも「中世ヨーロッパ風」といった、雑なテンプレから抜け出すことができるはずだ。

(タイトルカット:ゆあ


ファンタジーコンテスト「世界」大賞受賞作『屋根族 ~頭上で生きる民~
著:早良れい
屋根族の少年・兎希帝太は、民家の二階屋根から地上を見下ろす。そこには道路があるが、彼は歩いてはならない。地上文明と訣別していないが、決して降りることは許されない。それが屋根族のルールだった。だから帝太は日々、屋根から屋根へ跳び、大型オジロワシと一体化して道路を越える。
そんな屋根族も地上人と同じく恋をする。帝太の心は二人の女のあいだで揺れ動く。平和だからこその悩みのはずだ。
屋根王と呼ばれる男が、屋根族を分断させていた。不穏が蔓延り、帝太も屋根王との闘いに挑んでいく。果たして屋根王の真の目的は?


*本記事は、2018年10月19日に「monokaki」に掲載された記事の再録です。