見出し画像

作家志望にジュニアノベル(児童文庫)も視野に入れてほしい理由|飯田 一史

 monokaki編集部から、このサイトの読者には「ライトノベルか一般文芸か」というふうに二者択一で考えている作家志望が多いと聞いた。
 しかし新人に門戸を開いている小説ジャンルにはそれ以外もある。
 なかでも一度検討してみてほしいのが角川つばさ文庫や講談社青い鳥文庫に代表されるジュニアノベルの新人賞だ。

そもそもジュニアノベル(児童文庫)とは

 といっても何それ? という人もいるだろうから、そもそもこのジャンルについてざっくり紹介してから、なぜ検討してほしいのかについて書いてみたい。

 出版業界内のカテゴリーとしては「児童文庫」という呼び方が一般的だが、ジュニアノベル、ジュニア文庫などとも呼ばれる、小学校高学年を中心にその前後の年齢を対象とした子ども向け小説がある。
 書店の児童書コーナーに行くと並んでいる、新書サイズで刊行されているあれだ。

 2018年にアニメーション映画化されて話題になった令状ヒロ子『若おかみは小学生!』や宗田理『ぼくらの七日間戦争』が世間的にはもっとも知名度のある作品だろう。
 読者のなかにも松原秀行『パスワード』シリーズ(『パソコン通信探偵団事件ノート』シリーズ)やはやみねかおる『名探偵夢水清志郎』『怪盗クイーン』シリーズ、石崎洋司『黒魔女さんが通る!!』、福永令三『クレヨン王国』シリーズなどを小学生のころ読んだ記憶がある、またはまわりで読んでいるのを見かけた人がいるかもしれない。


ジュニア文庫の歴史

 児童文庫の歴史は、1950年創刊の「岩波少年文庫」に始まる。
 と言っても当初の岩波少年文庫はハードカバーの(実質的には)世界名作全集だった。現在まで続くソフトカバー軽装版になったのはオイルショックの影響を被った1974年からである。
 1975年に偕成社文庫が創刊、そして1979年に岩崎書店、金の星社、童心社、理論社協同によるフォア文庫が、翌1980年に講談社青い鳥文庫が創刊されたことをもって、70年代後半から児童文庫史は本格的に始まったとすることが多い。

 これらの版元は児童書の名作を多数抱え、それらを廉価に販売しロングセラーにすることを表向きのねらいとして児童文庫レーベルを創刊していった(当時、単行本の文庫化権をめぐって争奪戦が繰り広げられており、自社で刊行した単行本の文庫化権を他社に取られることを避けるという版権防衛を目的とした側面もあった)。
 青い鳥文庫は創刊から2年後に福永令三『クレヨン王国の花ウサギ』を初めて文庫書き下ろしとして刊行し、これが好評を博したことで、編集部は書き下ろしの可能性に気づく。
 そして1994年に始まったはやみねかおる『名探偵夢水清志郎』シリーズ(累計280万部)、1995年開始の松原秀行『パスワード』シリーズ(累計345万部)などが90年代から2000年代にかけて大ヒット。
 すると、名作の文庫化を中心としたラインナップからオリジナルの書き下ろしを軸にしたものへと比率がさらに変わっていく。

 講談社青い鳥文庫は2003年度から2008年度の6年間に162万部から240万部へと実売部数を伸ばしている(田中洋『大逆転のブランディング』講談社、2010年)。
 この好調さから2009年に角川つばさ文庫が、2011年に小学館ジュニア文庫と集英社みらい文庫が創刊された。タイミングよく、2000年代を席巻した『ハリー・ポッター』や『ダレン・シャン』をはじめとする海外ファンタジーブームがハリポタ完結をもって終息していったことから、2010年代に入って小学生が朝読などで読む本としてそれまで以上に児童文庫への注目が高まり、さらに伸長。
 出版科学研究所によると、2010年に257万部だった児童文庫の推定新刊発行部数は、11年が348万部、12年が355万部と伸び、13年は344万部。『出版月報』2011年5月号によれば児童文庫市場は40~50億円と推定されている。その後の詳しい数字は不明だが、2010年代後半には前半よりも児童書市場全体が伸びていることから、現在は40~50億円以上であると推察される。
 200億円弱あるラノベ市場と比べると小さいが、児童文庫は対象年齢の幅がほぼ小4から中1までの約400万人に限定されるのにこの大きさはむしろ凄まじい


少子化でも堅調さは今後も続く

 市場が小さいジャンルでデビューすると当然ながら得られる収入の上限も少なくなるが、ジュニアノベルに関しては一定以上のマーケットがあると言える。
 出版不況な上に少子化なのにどうして小学生向け小説市場は相対的に元気なのか?
 政策的なテコ入れがあるからだ
 日本の児童書市場は80年代から90年代にかけて目に見えて凋落し、「子どもの本離れ」が進んでいた。
 ところが1997年の学校図書館法改正による司書教諭配置の原則義務化を皮切りに、2001年の「子どもの読書活動の推進に関する法律」の施行をはじめ、現在に至るまでさまざまな読書推進政策が新規に行われていった。
 結果、学校読書調査を見るかぎり、2010年代以降の小中学生の平均読書冊数の多さおよび不読率(一冊も本を読まない人の割合)の低さは、過去40年余りで最高レベルとなっている。

 なぜそこまで国が読書推進政策に力を入れるようになったのかは本題ではない上、書くと長いので省くが、とにかく今では小中学校、とくに小学校では多種多様な読書推進活動が日々なされており、日本人のすべての世代のなかで小学生こそが一番本を読んでいる。これは学校読書調査・読書世論調査などの数字から見て確実だ。
 少子化を補うくらいに読書冊数が増えてきたがゆえにこの市場は堅調であり、もちろん人口減という絶対的な逆風は避けられないが、今後も比較的底堅いことが予想される。
 そういうこともあって近年さらに参入する版元が増えている、出版界のなかでもホットスポットなのだ。


ラノベとも一般文芸とも違う世界だからこそあるチャンス

 と言っても「そうか、マーケットがあるんだ。じゃあ書こう!」なんていう発想をする書き手はあまりいないだろう。
 それにプラスして、自分に合ったものが書ける(求められる)場所なのかどうかのほうがずっと重要だ。
 そういう点から言っても、児童文庫のニーズや流行はラノベや一般文芸とは違うからこそ、一度検討してみてほしいのである。

 筆者が過去に小説新人賞の下読みをした経験から言うと、「これは出来は悪くないけど、この賞ではなく子ども向けの小説賞に送るべきでは?」というカテゴリーエラー的な作品が必ずあった。
 どんなに才能がある書き手でも、自分に向いていない場所ではデビューできないし、デビューしても活躍できない。そして資質的にジュニアノベル向きだと自覚していない書き手が少なからずいる。だから検討してほしいのだ。
 具体的かつ細かいポイントは今後の連載で各レーベルに直接訊いていくから、ここではざっくりとした傾向やラノベ、一般文芸との違いを見ていきたい。


人気ジャンルは恋愛、ミステリー、ホラーだが、対象年齢なりの特徴がある

 ジュニアノベルの読者の中心は小学校高学年、なかでも女子のほうが多い。
 中学年向けまでは恋愛を中心的に描いた作品がヒットすることはまれだが、思春期の入り口にあたる高学年以上女子向けでは恋愛要素も入ってくる(中学年までの読み物では動物やキャラクターものが目立つが、高学年以上になると人間にフォーカスが当たる)。
 ただ恋愛描写も「さわり」的な感じで、当然ながら性描写は基本的にアウトだ。
 このはなさくら『1%』をはじめ恋愛自体をテーマにした作品ももちろんたくさんあるが、秋木真『怪盗レッド』や大空なつき『世界一クラブ』などのようにお仕事ものや部活、学園もの的な感じで男女がペアやグループになって何かの活動しているうちに自然と接近していく、くらいの感じも多い。

 だからラブコメ然としたかけあいやソフトエロな展開、あるいは性描写は苦手、大人の恋愛の世界を描くより子どもががんばる話のほうが向いているかも、という人は作品の応募先のひとつとして考えてみてほしい(ひとりの女の子のまわりにイケメンがたくさん、という作品もあるけれど)。
 また、読者層の中心が高学年から中1くらいまでだから、いわゆる中二病的な主人公や設定はあまり求められていない。斜に構えたやつよりは素直なほうが主人公には望ましい。ただ、多少引っ込み思案だとか、まわりに打ち解けられていない的な人物はアリだ。

 恋愛や部活・お仕事もの以外では昔も今もミステリーやホラーが人気ジャンルだが、主人公が死体を直接目撃するような殺人事件(とくに残虐・残酷な方法で死ぬ事件)、出来事は基本的に求められていない。

 小学生も読むミステリーでガンガン人が死に、死体の描写もあるのに人気があるのは『名探偵コナン』くらいのものだろう。ジュニアノベルで人気のミステリーには、先に挙げた『名探偵夢水清志郎』や『パスワード』、あるいは藤本ひとみ原作、住滝良著『探偵チームKZ事件ノート』などを見ても、窃盗や誘拐・失踪、詐欺や薬物絡みなどの事件、あるいはいわゆる「日常の謎」やパズル、ゲーム的な謎解きものが目立つ。
 人が死ぬ(死んだ)事件を扱う場合でも、過去に起こった事件や伝聞されるだけであるなど、主人公が遺体・殺人現場に遭遇するようなショッキングなシーンは避けられ、直接目にするのは傷害止まり、殺人や自殺は「未遂」に留まることが多い(とはいえ犯人の動機や背景は大人が読んでも考えさせられるような悲痛なものも少なくない)。


小学生向けにエグい話はダメ?

 ホラーでは桑野和明『絶叫学級』(いしかわえみのマンガのノベライズ)などの学園ホラーや大久保開『生き残りゲーム』のようなサバイバル、デスゲームものが定番ジャンルだ。といっても中学生以上に人気の山田悠介作品や金沢伸明『王様ゲーム』のエグさと比べると、ゲームの敗北者はひどい死に方をするより、ソフトな退場が望ましい――『王様ゲーム』は小学生でも読めるように表現をマイルドにした双葉ジュニア文庫版もあるけれど。

 ただジュニアノベルではないがやはり小学校中高学年に人気の『ふしぎ駄菓子屋銭天堂』シリーズは不思議な力を持った駄菓子の効果でバッドエンドに至る話も少なくない連作短編集のため、一概に「小学生向けではエグい話はダメ」とも言えない(そのあたりの微妙なさじ加減は、実際読んで把握してもらいたい)。
 とはいえ「ミステリーやホラーは書きたいが、人の死よりも謎解きやゲームのおもしろさ、子どもに刺さるようなこわさを書きたい」または「ミステリーやホラーで物理的に過激な事件を描くよりも、心の揺れ動きを描きたい」人に向いていることは間違いない。

 さらにジュニアノベルではりょくち真太『戦国ベースボール』や豊田巧『電車で行こう!』など、ラノベや一般文芸ではなかなかヒット作とはなりにくい野球ものや鉄道ものにも人気シリーズとなっている作品があるのも特徴だ。

 文体面では、凝った言い回しや比喩表現、仔細な描写は求められない。
 それよりもわかりやすく簡潔に書き、出来事と会話でぽんぽん進めていくほうが好まれる。難しい表現にこだわるより読みやすい文章で本を読み慣れていない人にも届けたい、事件とかけあいの連続で話を進めたいという人はこのジャンルに向いている
 ただ、平易な語彙で正確に読者に伝え、楽しんでもらうのは、それはそれで難しい。文壇的な価値基準での「文章力」とはまた違ったものが必要とされる。


連載の今後

 以上、ざっくり見てきたが、連載の次回以降はより細かく、各レーベルに新人に求めるものや、ジュニアノベルの各ジャンルごとに気をつけるべき点などを訊き、書き手にも押さえて欲しい代表的な作品を掘り下げていきたい。
 とにかく、このジャンルは90年代以降ずっとホットであり続けてきた
 興味を持ったら、ぜひ検討を!


画像1

『世界一クラブ 最強の小学生、あつまる!』
著:大空なつき 絵:明菜 KADOKAWA(角川つばさ文庫)
おれは徳川光一。〈世界一の天才少年〉って呼ばれている。小6の始業式、登校した学校は、銃を持った脱獄犯が、先生を人質に立てこもっていた!! 
先生を救うため、集めた仲間は――だれでも投げとばす世界一の柔道少女・すみれ。ものまねはうまいけど、世界一のドジ・健太。それに、人見知りの美少女と忍びの小学生って、これで、だいじょうぶ!? 力を合わせて、凶悪犯をやっつけろ!


画像2

『生き残りゲーム ラストサバイバル 最後まで歩けるのはだれだ!?』
著:大久保開 絵:北野詠一 集英社(集英社みらい文庫)
50人の小学生が最後の1人になるまでひとつの競技でたたかう大会が開幕。
「最後まで残った優勝者はなんでも願いごとがかなう」という。
小6の桜井リクは事故にあった妹のために大会に出場するが・・・! ?


*本記事は、2020年01月29日に「monokaki」に掲載された記事の再録です。

みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!