「いいセリフ」って何ですか?|王谷 晶
君の瞳に乾杯……王谷晶である。さて、これを書いている今は3月の末なのだが、掲載時に世の中がどうなっているのか正直さっぱり読めない不安定な現況である。私は神も仏もスパゲッティモンスターも信じないクールなリアリストだが、こういう時には世の平穏を祈らずにはいられない。神仏を信じぬ者が思わず手を合わせるとき、その胸には何が浮かんでいるか? 私が信じているのはBLと小説だ。
BLも小説も、人の腹をいっぱいにもしないし雨風も防がない。無くても死なないものである。しこうして、人間の人間たるゆえんとはなにか。この「無くても死なん」ものに人生を賭する、労力を割く、これが人が他の生物と決定的に違っている部分だ。だから私はつらい時ほどBLと小説に祈る。それは私の人間性を、苦境にあっても心に繋ぎ止めてくれる大切な錨だからだ。諸君にもそれぞれの錨があると思う。悲しいニュースに辛くなったら、娯楽に逃げちゃダメだとか思わずに、その錨に祈ってほしい。
物語全体の流れのなかで成り立ち、心動かすものがいいセリフ
と、いうわけで世の中とっても大変な状況ではございますが、今月もイケてる小説を書くためのテクニックをどんどん開陳していきたいと思う。今回のお題は「いいセリフ」。まず第一に気をつけたい点だが、「いいセリフ」と「名言」は違う。
いわゆる名言というのはそれ一言で完結してしまう、漫画で言うなら一コマ漫画みたいなものだが、セリフとは物語全体の流れから生まれてくるものだ。どんなに「ええこと」でも、そのキャラクターが言わなさそうなこと、今言う必要がなさげなもの、ストーリーと無関係、もしくは真逆の価値観のものだったりすると、それは「いいセリフ」にはなり得ない。
そこだけ抜き出したらなんちゅうことない言葉でも、一冊の本の中で黄金のように輝くセリフがある。それが「いいセリフ」だ。名言でも、正しい言葉である必要もない。そのセリフ以外のすべての文章があって初めて成り立つ心動かすセリフ、それがいいセリフである。
ではそういうセリフを書くにはどうしたらよいか。セリフというのはキャラクターがしゃべる言葉だ。だからまずはそのキャラクターがどんな存在か、しっかり把握しておく必要がある。
主人公格はもちろん、三行くらいしか出ないモブキャラでも、ここに手を抜いてはいけない。たまに二次創作や実写化・劇場版などの感想で「このキャラクターはこんなこと言わないはず」「解釈違い」というのを見ることがあるが、まずは一次創作者である作者がこの解釈違いを起こしてはいけないのだ。何か喋らせる前に、このキャラは本当にこれを言うか?と逐一ちゃんと考えよう。
モブにまでプロフィール表を作る……まではしなくてもいいけれど、主人公とはどんな関係か、何歳くらいでどんな格好をしたどんな性格の人なのか、くらいは考えておくと、より生きたセリフが書けるはずだ。
セリフのダメTIPS代表例三つ
いいセリフとは物語の流れに組み込まれている。ゆえに「これさえ守ればいいセリフが書ける!」というTIPSを編みだすのは正直難しい。物語の数だけいいセリフが生まれる(可能性がある)ので。しかし「これはやらないほうがいい」というものはだいたい決まっている。そのダメTIPSの代表的なやつを挙げてみよう。
・説明セリフ
これは一番よく聞く「ダメな例」だと思う。道でばったり出会ったキャラクターに「えっ、もしかしてあなた、小学三年生の時に隣の席でよく国語の教科書を忘れてきたから貸してあげたりシャーペンの芯をあげたりしたけど四年生のときに突然転校してしまってそれ以来同窓会でも見なくて今日会うのが二十年ぶりの、晶ちゃんじゃない?」みたいな「説明」を喋らせるやつ。そんな喋り方をする奴は現実にいないし、手抜きがあからさまなので、これをギャグ以外でやるのは悪手だ。
・リアリティラインがバラバラ
「リアリティライン」という言葉を知っているだろうか。フィクションにおいて、その世界がどのくらいの現実感/非現実感でもって作られているか検討するときに使う言葉だ。これがごちゃまぜになっていると、キャラもブレるし物語への没入も妨げられる。
極端な例を書くと、現代日本の検察を舞台にしたドシリアスな硬派サスペンス小説で、ヒロインだけ「ぬぬぬ~っ! そんな悪い議員さんは、ぜぇ~ったいに許せないのですぅ! ぷんぷんっ!」みたいな二十年前のギャルゲーのような喋り方をしていたら、完全に変でしょ。こういうトーンのセリフが合う、生きる作品というのは、別にある。逆パターンもまたしかり。
リアリティラインは全体で絶対に統一させなければいけないものではない(逆にどこかで大きく逸脱することで作品のクライマックスを作ったり、特徴を出すこともできる)。しかしことセリフにおいては、作品の背景に合わせたほうが読みやすく、読者の心にもセリフが入っていきやすい。
・紋切り調
リアリティラインの話とも若干カブるが、それまでリアルな現代日本の生活を描写していたのにいきなり「ワシは~なのじゃ」喋りの老人が出てきたり、女の人だけ全員「~だわ、~なのよ」喋りになっていると、この作者は紋切り調に頼って手を抜いてやがるなと思われる可能性が大なのじゃ。
そのほか「おウチに帰ってママのおっぱいでも吸ってな!」と言う悪役、「この泥棒猫ッ!」と言う恋のライバル等、どこかで百回は聞いたような決まり文句をそのまま喋るセリフも要注意。決まり文句は決まり文句になるだけあって使いやすいが、はっきり言って、真面目に小説書くつもりならその一切を禁じ手にするくらいの心づもりでいたほうがいい。よっぽど注意して使わないと、物語全体が非情に安っぽくペラペラになってしまうからだ。
王谷晶が全スキルをぶっこんで執筆した短編小説集
というあたりをふまえて今回のおすすめ作品は、ここにきてとうとうの手前味噌、拙著『完璧じゃない、あたしたち』です。勧めるからには一応ちゃんとした理由もある。ここに収録されている23本の短編はそれぞれジャンルや文体を変えており、当然セリフのトーンや書き方もそれに合わせている。どの話もセリフには特に力を注いだ。生々しい方言から戯画的な語り、翻訳本のような口調、舞台で人が発音することを前提に考えた台詞回しなど、執筆時点で私が持っていたスキル全てをぶっこんで書いた本だ。どのキャラクターのセリフも、その人物がその作品の中で言いそうなことを書き、言わなそうなことは書かなかった。ぜひそのあたりに注目して読んでいただきたい。よろしくお願いします。
(タイトルカット:16号)
今月のおもしろい作品:『完璧じゃない、あたしたち』
著:王谷晶 ポプラ社(ポプラ文庫)
自分を呼ぶのに「私」も「あたし」もしっくりこない妙子が出会ったのは、一人称からフリーな夏実(「小桜妙子をどう呼べばいい」)。ほか、恋愛、友情、くされ縁……名前をつけるのは難しい、でもとても大切な、女同士の関係を描く23篇。
読後に世界の景色が変わる1冊です。
*本記事は、2020年04月09日に「monokaki」に掲載された記事の再録です。