2000年代前半のウェブ小説書籍化(前編)|飯田一史
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2000年代前半のウェブ小説書籍化(前編)|飯田一史

 98年に個人サイト上で連載が始まり、01年12月に自ら制作費を投じて作った同人版刊行を経て、04年6月に講談社ノベルスで刊行された『空の境界』は、ウェブ発ながら実質的に「同人シーン発」として2000年代前半に注目された、という話を前回した。

オンライン発、自費出版のヒット作『オルゴール』

 2000年代のウェブ小説書籍化を語る上では、新風舎と文芸社が中心となって巻き起こっていた、やはり作家自身がお金を出す自費出版ブームの存在が切り離せない
 2010年代以降のようにウェブで人気が出るとすぐに出版社から声がかかる環境になかった2000年代前半には、ウェブ小説と自費出版はきわめて距離が近かった
 日本でウェブ小説が最初に書籍化されてから今日までに四半世紀以上経っているが、日本では今も昔も多くの書き手の目標が「本を出すこと」であることを思えば、この近さは当然のことである。

 新風舎が「大賞作品は書籍化確約、それ以外の書き手に自費出版を薦める」という新人賞・新風舎出版賞を始め、文芸社が創業されたのは『ペプシマン』刊行と同じ96年。「インターネット元年」と言われた95年の翌年である。
 ネットという「自由に自作を発表できる場所」を手にした人びとの一部は書く楽しさ、発表してかたちにすることの魅力に吸引され、出版社主宰の小説新人賞に落ちた自信作を自費出版(「共同出版」とも呼称された)することを選んだ。

 もちろん自費出版のすべてが、ウェブが初出ではない。ただ、書き手が作品発表に際してコストがかかるかかからないかを除けば、構造的にはウェブ小説と自費出版は同じだ(なお新風舎・文芸社の「自費出版」といわゆる「同人誌」の違いは、ISBN取得の有無=取次を介して全国の書店に流通するか否かである)。
 そして自費出版で話題になった作品は、ほかの出版社(角川書店[当時。現KADOKAWA]、幻冬舎、スターツ出版、文藝春秋など)から刊行し直されている。今日のウェブ小説書籍化と自費出版作品の商業化は「人気を得ると、初出とは異なるかたちで商業出版される」という意味でも同型である

 文芸社からは2001年12月に山田悠介『リアル鬼ごっこ』、02年12月に神永学『赤い隻眼』(のちの『心霊探偵八雲』)などのヒット作が生まれた。
 そのうち中園直樹がいじめの話を描いた『オルゴール』(02年2月刊)は、著者のウェブサイトが初出で、同社から自費出版したものだ。これが若者のあいだのクチコミの力でヒットした。
 自費出版とはいえISBNを取得しているから(定義にもよるが)「商業出版」であり、ウェブ小説書籍化作品で初めて重版がかかったのは同作ではないかと思われる

 なお、「小説家になろう」の書報-出版作品紹介ページを辿ると、最初期の書籍化作品と目されるのは06年8月に新風舎から刊行された斉藤寧子が書いた、ケータイ小説風の女子高生の恋愛もの『ゆわゆら』、つまりやはり自費出版だ(電子書籍を除くと2000年8月に発売された雨宮雨彦『魔王の扉』鳥影社がもっとも古いものとして同ページには存在しているが、「なろう」は2004年4月開設だからつじつまが合わない)。
 ただし、「なろう」からの書籍化が当たり前になる以前には、出版作品紹介ページには「なろう発作品」だけでなく、「なろうでも活動した作家が、なろう発以外で刊行した本」も掲載されていた――むしろかつてはこちらが中心だった――ため、『ゆわゆら』が初のなろう書籍化ではない可能性もある
 この点、「小説家になろう」を運営するヒナプロジェクトに問い合わせたが、2010年の法人化以前のことは整理しておらず、わからないとのことだった(このあと本連載で書いていく2009年までのなろうからの書籍化に関してもいくつか質問したものの、すべて同様の趣旨の返答だった)。
 とはいえ、いずれにしても斉藤が「なろう」で活動していたこと自体はほぼ確実であり、2000年代にはウェブ小説と自費出版の距離が近かったことは確認できる。


第一次ケータイ小説ブーム 『Deep Love』

 2000年にはYoshiが『Deep Love アユの物語』を5月から「iモード」上の自分のサイト「zavn(ザブン)」で連載を開始している。NTTドコモが開発したiモードは、携帯端末を利用する、日本独自のモバイル・インターネット・プラットフォームであり、99年2月に始まったものである。
『Deep Love』は毎週1話1600文字ずつ配信され、Yoshiは読者からの感想メールや実話メールをもとに話を構成していった部分も多いという。Yoshiは00年11月には自費出版で文庫化して通販を始め、01年8月にハードカバー化。書籍化したのは当時はモバイル・インターネットの閲覧にいわゆる「パケット定額」サービスがなく、データが従量課金で発生したため、読者から「パケ代が高くつくから本で読みたい」という声が届いていたからだという(吉田悟美一『ケータイ小説がウケる理由』マイコミ新書、08年、44-45p)『Deep Love ホスト』『Deep Love レイナの運命』と合わせて3冊で自費出版版の時点で売上は10万部を超えた

『Deep Love完全版 アユの物語』がスターツ出版から商業出版されたのは02年12月。Yoshiの最初の投稿から、『Deep Love』が03~04年にかけて文芸書の年間ベストテンに入り、『もっと、生きたい…』と『恋バナ』が05年に年間トップと3位となった頃までが「第一次ケータイ小説ブーム」とされている
 Yoshiが牽引した第一次ケータイ小説ブームもまた、自費出版とは不可分のものだった。

 スターツ出版はこの当時から今日に至るまでケータイ小説とその書籍化の中核に位置するが、これは不動産事業を手がけるスターツの子会社として96年から女性向けの飲食店やホテルの紹介・予約サイト「オズモール」を運営し、87年からレジャー情報誌「オズマガジン」を発行するなど、文芸業界の常識とは別のところで読者/ユーザーのニーズに直で向き合ってきたからことできたことだった。

 ともあれスターツがなぜ書籍化に踏み切ったかといえば、自費出版で10万部を超える売上がすでにあったからだ。また、読んでいて泣けてくるような読者の感想が山のようにあったことも編集部の判断を後押ししたと、当時現場にいたスターツ出版の松島滋はいくつかの取材に対して語っている(とはいえ社内に反対意見もあったという)。
「商業出版以外の場所で得られた数字(実績)を元に商業出版を検討する」という今日一般化しているウェブ小説書籍化に際しての出版社の基本スタンスは、2001年時点にすでに誕生していた。


出版社系携帯小説配信サービス 『いじわるペニス』『クローズド・ノート』

 Yoshiと並んでこの頃のケータイ小説を代表する存在が、当時・楽天ブックスの店長だった安藤哲也から「ケータイ小説の女王」と名付けられた内藤みかだ。ただし内藤は素人の自費出版ではなく、出版社の編集者がいてプロ作家が書く「新潮ケータイ文庫」などで活躍し、そこで人気を得た官能小説『いじわるペニス』などが書籍化された。内藤は『いじわるペニス』以前から商業出版していた作家だった。

 新潮ケータイ文庫は新潮社とNECインターチャネルの共同事業として、2002年1月からauが運営していた携帯電話向けモバイルサービスEZwebの公式メニューで配信され、のちにiモードなどでも利用可能になった有料の小説配信サービスだ。利用料は月額105~210円ですべての作品が購読可能という今で言うサブスクリプションモデルで、04年時点で3.5万人の会員がいた(「若者は「ケータイ」読書 小説ファンの層広がる」、「朝日新聞」2004.12.01朝刊)。

 2004年にはそれまで従量課金だった携帯電話のデータ通信に定額使い放題(パケット放題)プランが登場したことで、音楽、ゲームなどさまざまなコンテンツの需要が爆発的に伸びたが、小説もそのひとつだった
 「新潮ケータイ文庫」では乃南アサや服部真澄らの書き下ろし小説が毎日2000文字以内でメールで配信されたほか、星新一のショートショートや江戸川乱歩の小説、吉本ばななや泉麻人、椎名誠などのコラムが閲覧できることがサービス開始当初のウリだった。これが以下のように変化した結果、内藤のヒットに至る。

「文芸誌を作る感覚で運営していますが、会員数が3万人にまで増え、昨年から黒字になりました」と、新潮社出版部の中村睦さんは手応えを語る。好調の理由は、読者の特性をつかんだこと。最初は文芸出版社の強みを生かし、作家の知名度で勝負しようとしたが、「書店に通う読者と違い、携帯の方は作家名をよく知らない人が大半。むしろ作品の面白さが重要と分かりました」。
(「[ケータイ文化](1)メール感覚で“10分小説”」、「読売新聞」2006.07.11朝刊)

 プロ作家によるネット初出の小説の書籍化という意味では、この時期のほうがむしろ2010年代よりも積極的だったと言っていいだろう。

 新潮社はケータイ文庫に書き下ろした乃南さん[引用者註、乃南アサ]らの小説を5冊、紙でも出版した。売れ行きは上々、携帯には宣伝効果もあるとわかった。「今わずかでも電子の読者がいる以上、きちんと向かい合っておく必要はある」と同社CAPセンターの村瀬次長。(「ケータイ読書急増中 03年は電子書籍元年?(beReport)」、「朝日新聞」2003.10.04)

 また、新潮ケータイ文庫では、03年12月から「サドンデス小説」と銘打ち、前週のアクセス数の90%を下回れば打ち切りというスタイルで配信するなど、企画性の高い試みもされていた(「[出版最前線]電子書籍元年/上 ケータイ小説 「本」の新しい読み方」、「毎日新聞」2004.02.16朝刊)。無味乾燥な「電子書店」ではなく、有機的な「ネットサービス」として運営されていたのである。

 当時、新潮ケータイ文庫のほかにも、出版社系のサービスはいくつかあった。
 たとえば西村京太郎の書き下ろし連載や、「小説すばる」掲載の短編小説の再録などを揃えて月額210円でサービスを提供して1万人以上の会員を集めた集英社「ケータイ雑誌 theどくしょ」(「広がる「携帯読書」/充実の機能、低料金が魅力/出版社もサービス参入」、「河北新報」2005.07.02朝刊)。

 角川デジックスとバンダイネットワークスが03年8月から運営して森村誠一や内田康夫、大槻ケンヂらの書き下ろしが読め、直木賞候補にもなった姫野カオルコ『ツ、イ、ラ、ク』を文庫化前に販売した「文庫読み放題」などの出版社系携帯電話向け読書サービスがあった。「文庫読み放題」について書かれた新聞記事によれば、

 「文庫読み放題」は、月額315円の会費を払うと、100作品以上が読み放題になる。「本屋さんに足を運ばなかったような人が、通勤・通学中や、夜寝る前にメール感覚で利用している。読者の広がりを感じる」と角川デジックスの中尾文宏さん。サービス開始から3年で会員数は倍増。20~30歳代の女性を中心に、1日約20万人がアクセスする。
(「ケータイ小説人気 若者には紙より身近… 手軽で割安、市場急成長」、「産経新聞」2006.08.18朝刊)

 とのことだ。

 2007年9月に映画公開されて舞台挨拶で女優の沢尻エリカが「別に」と言って炎上した『クローズド・ノート』の原作小説は、大藪春彦賞受賞作家である雫井脩介が「文庫読み放題」などに2004年10月から2005年8月まで配信して100万アクセス、角川書店から2006年1月に刊行した恋愛ものであり、20万部のヒットとなっている

 変わったところでは、チョコレートスナック菓子「ネスレ クリスピー物語」のプロモーションとして「文庫読み放題」上で『リング』シリーズで知られる鈴木光司が06年1月から3月まで新作を無料連載したところ、携帯サイトのオープン日(一月二十三日)から一週間で、アクセス件数が約三十万に到達。
 鈴木ら6人の作家が「殻を破って変身していく」というテーマで書き下ろしたショートストーリー集の文庫本『クリスピー物語』(ネスレ文庫)がコンビニエンスストアやインターネットなどを通じて初版14万部を発行した例もある(「【CMのツボ】ネスレコンフェクショナリー「ネスレ クリスピー物語」」日本工業新聞社「FujiSankei Business i.」2006.03.27)。

「毎日新聞」2006.03.10朝刊の「ケータイ小説:大ブームに ネット発ベストセラー続々」によれば、「文庫読み放題」は03年末に有料会員数5000程度だったが06年には2万人以上になったという。
 注意が必要なのは、内藤や雫井などプロ作家の作品を有料配信していた――2006年には芥川賞作家・阿部和重まで携帯向けに新作小説を書いていた――「新潮ケータイ文庫」や「文庫読み放題」と、2005年のChaco『天使がくれたもの』刊行以降ブームになった「魔法のiらんど」や「野いちご」などのサイト上で無料で読める「ケータイ小説」とは、ビジネスモデルも読者層も作品内容的にもまったくの別物である

 内藤の『ケータイ小説の女王が教える文章術! 何かを書きたいあなたへ』(ビジネス社)によれば、こうした有料配信の携帯小説市場は2003年以上に爆発的に伸び、携帯書籍の売上は2003年に1億円、04年9億円、05年48億円と増加していたという(同書187p)。
 インプレスホールディングスが発表した2019年の電子書籍の市場規模は3473億円だから、今日の感覚からするとどこが「爆発的」だったのかと思ってしまうが、参入した会社は数十、書き下ろし連載に参加したプロ作家もおそらく2桁だっただろうから、先行者利益はあった

 内藤が2003年12月から04年4月にかけて連載した『いじわるペニス』は有料サイトながら1日1万アクセス、同サイトでは前人未踏の累計70万超となって04年10月に書籍化され、紙の本も重版した。
 内藤は03年9月から04年2月にかけてやはり新潮ケータイ文庫上で連載した『ラブリンク』はポルノではないロマンスだったが累計閲覧数150万超を記録し、06年6月に横書きで書籍化されているほか、無料サイトのライブドアモバイル上で放送作家の尾谷幸憲と共作で連載した『LOVE※』が1600万PVを記録し、06年4月にゴマブックスから刊行されている(前掲書187-188p)。
 内藤と言えば『いじわるペニス』のことはよく語られるが、商業デビューしていた作家が無料のウェブサイト上で連載して人気を得て書籍化したケースとして『LOVE※』はかなり早いものになる。

 本題からは逸れるが、ガラケー用の有料課金サービスとして第一次ケータイ小説ブームでは成功を収めていたにもかかわらず、新潮社は2005年以降の第二次ケータイ小説ブームや2010年代以降のウェブ小説書籍化ラッシュに乗ることはなく、また、新潮ケータイ文庫のように自社が主導してウェブ小説やスマホ小説用のサービスを作ることはなかった点も興味深い。
 角川がこののち魔法のiらんどと業務提携ののち買収、そしてウェブ小説書籍化には09年以降積極的に乗り出し、自社で投稿サイト「カクヨム」を立ち上げるに至ったこととは対照的である。

 2000年代前半には、PCやガラケーで読めるネット小説が自費出版されて一部が話題作となって商業出版され直し、またもう一方では、出版社が運営するサブスクリプションモデルのガラケー向け小説サービスからも書籍化作品が生まれていた。
 自費出版やモバイルサイトの有料課金モデルではないウェブ小説書籍化の動きも2001年から起こっているが、次回はそれを取り上げよう。


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『オルゴール』
著者:中園直樹 幻冬舎文庫(幻冬舎)
デパートのオルゴール売り場で「ぼく」は、誰にも言えない秘密を抱える少年克己と出会う。繊細な若者の心を瑞々しいタッチで描き、中・高・大学生から圧倒的支持を受けた衝撃のデビュー

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『いじわるペニス』
著者:内藤みか 新潮社
3年間を捧げた同僚に振られて、29歳の私は会社を辞めた。彼は同じ会社の別の女と結婚したのだ。あの時から、私は、普通の恋愛というものから、なるべく遠ざかるように生きている…。勃たないウリセンボーイに募る想い、哀しいため息、膨らむレディースローン。最後に二人を結ぶのはお金? それとも愛? このまま、私はどこに行ってしまうんだろう…。

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