「味付け」よりも「自分のコア」を見つめよう|角川つばさ文庫|飯田 一史
児童文庫市場シェアトップの角川つばさ文庫。『怪盗レッド』(シリーズ累計120万部)、『絶体絶命ゲーム』(シリーズ累計30万部)、『5年霊組こわいもの係』(シリーズ累計83万部)などのヒット作を担当してきた編集者・青山真優氏と服部圭子編集長に、児童文庫としてブレてはいけない点、書き手に望む姿勢を訊いた。
10歳と14歳は大きく違うことを意識する
――2009年につばさ文庫が創刊され、12年には児童文庫シェアトップになりました。以降、たくさんの出版社が参入しましたが、それを受けて何か変えたことはありますか
青山:あえて変えたところはないですね。むしろ「ブレないことが大事だ」といつも思っています。
服部:児童文庫の中に大人っぽい話が増えてきている印象がありますが、私たちとしては「小学生に向けている」ということを常に意識しています。
青山:つばさ文庫がメインで対象としている読者は小学5年生、10歳です。でも私たち編集者は大人なので、無意識にちょっとずつ上になって、気が付くと14歳向けになってしまう。内容がこなれすぎたり、大人っぽくなりすぎたり……。そうならないように気を付けています。
――10歳と14歳は具体的にはどう違いますか?
服部:たとえば行動範囲が違いますよね。地元の駅を離れて電車に乗って友だちとカラオケ行くのは14歳にとっては日常でも、10歳だとドキドキする体験です。
青山:子どもは、幼少期の自分が全肯定されている世界から、10歳、11歳頃になると自他の境界に気が付きはじめます。14歳になるともうかなり現実に直面していて、自分の小ささに絶望して、もがいて、なんとかしようと思っている。10歳と14歳の違いは、そういう思春期のとば口と渦中の違いです。10歳に14歳向けの濃い味のものを与えると、ちょっとショックが大きすぎる。つばさ文庫としては、子どもが親から守られてきた世界から一歩出ることを肯定する、でもある程度は守ってあげる、というつもりで作っています。
――表現上のレギュレーションは?
青山:たとえば私自身は、創刊以来10年間、恋愛ものでは「抱き合わない」、せいぜい手を握るまでで、それ以上のフィジカルな接触は描かない、というコードを課してきました……が、他の編集者はそこまで強くは意識していなかったことがわりと最近発覚しました(笑)。
服部:基本的には「おもしろい」ことが大事ですから、事前にあれがいい、これがダメという基準は設定していません。ただ、自分が小学生のときに読んだとして、親に見られても恥ずかしくないもの、親に驚かれないものを、という話はしています。
青山:親以外にも、学校や塾で休み時間に読んでいるのを他の子に覗かれて「あいつエロいもの読んでるぜ」と言われたら絶対にイヤですよね。私も昔、コバルト文庫の少女小説を読んでいたときキスシーンの挿絵が出てきたら、後ろから人に見られないように隠していましたから(笑)。そういうことがないように配慮しています。
――なるほど
青山:あとは表現上の注意というわけではありませんが、1冊の中に盛り込む情報量の加減は必要ですね。児童文庫に比べると、たとえばライトノベルは明らかに情報量が多くて、展開も何回もひねる。でも10歳向けなら1回転か1回転半くらいできれいに着地するほうがいい。
最近のライトノベルは300ページ超えもざらですが、つばさ文庫は尺がだいたい192ページ前後です。これは一般文芸だとかなり短めの長編か中編くらいの長さです。
――長さが異なると内容も変わりますか?
青山:複雑なプロットで勝負するのではなく、私たちがよく言っているのは「表4(カバー裏側)のあらすじを書いたときに、それだけで心がつかまれるものにしよう」ということです。私たち編集者は、1冊の作品のどの要素を引き出せばいいかを見極めて表紙の方向性を決め、表4のあらすじや帯文を書きます。これはたとえば映画の宣伝だって同じですよね。ポスターにどういうビジュアルとキャッチが入るのかがキモです。それがうまく書ける作品、言いかえると作品の魅力が短い言葉で端的に伝えられるものでないと売りずらい。
――一般文芸やライトノベル以上に、あらすじを聞いただけで「おもしろそう」と思うキャッチーさが必要、ということですね
流行りを採り入れるのではなく、自分の内側から掘り起こす
――児童文庫で好まれるキャラクターの性格や設定、シチュエーションなどの傾向は何か感じていますか
青山:あらゆるジャンルに流行り廃りは絶対にあります。だけど「流行の後追いはしない」と決めています。後追いで作ると、その本が完成したころには古びてしまう。だからむしろ「どの時代でも普遍的に受ける究極のものってなんだろう?」「『ドラえもん』や『ドラゴンボール』はなんであんなにおもしろいんだろう?」ということを考えた方がいい。たとえば『四つ子ぐらし』は「女の子の友情」という普遍的なものを軸に、「四つ子」というちょっと珍しい要素を掛け合わせた作品です。
――目先の流行を追うよりも、普遍的なおもしろさを追求した方がいい、と
青山:私は作家さんとの最初の打ち合わせでは「10歳、15歳のときに何が好きだった?」と必ず訊きます。「あ、『HUNTER×HUNTER』なんだ。どういうところが好きだった?」と話をしながら掘り下げていく。単純に「ホラーが好きなんですね。じゃあホラーをやりましょう」という話がしたいわけではないんです。その作品のどこが好きだったのかを突き詰めていくと「親友を得るところがよかった」とか「弱かった主人公が勝ち続けて強くなっていくところがよかった」とか、その人の好きなものの根っこの部分が見えてきます。そこを核にして「じゃあ、自分だったらどういうものにする?」と膨らませていく。つまり「あのころの、一番物語に熱狂していた自分に向けてつくる」。こうするとブレずに書ける。今ウケているものを採り入れようと思い始めたら、揺れて揺れてしょうがないんですよ。
――なるほど。藤田和日郎先生が『読者ハ読ムナ』というマンガ家志望向けの本で同じことをおっしゃっていました。外から採り入れようとするのではなく、自分の内側を掘って「好き」を言語化したことを素に作品を作れ、と。たとえば『怪盗レッド』の秋木真さんの場合は?
青山:秋木さんは『怪盗ルパン』。だいたい本読みはルパン派かホームズ派のどちらかに分かれますよね。ホームズ派のほうが優勢ですが、私も秋木さんもルパン派だったんです。大人になって読み返すと、ルパンって意外とたいしたことしてないなと気付くんですけどね(笑)。でもルパンには歌舞伎のような見栄を切るかっこよさがある。だから秋木さんと「うける児童書を作りたい」と率直に話したときに「じゃあ、『ルパン』だ!」と。
――好きなものを掘り下げていく中から、書くものを生み出していくのですね
青山:そうやってコアな部分から考えたほうが書き手として長く続けられると思います。私たちは、新人賞で出会った作家さんを使い捨てるつもりはまったくありません。書ける方なら一生書いてほしいし、そのために長く走り続けられる体力をつくってほしい。売れているからと言って自分からかけ離れているネタを持ってくるやり方では、1作2作は書けたとしても、自分の内側にないものに頼って書き続けていくのは苦しいことだと思います。
味付けにこだわるのではなく、10歳の自分が「良い!」と思う根本の部分で勝負する
――つばさ文庫の新人賞を選考していて、応募者に何か気をつけてほしいこと、伝えたいことはありますか
青山:最終選考は審査員の先生方にお願いしていますが、候補作を絞っていく過程は編集部員全員でやっています。
いつも思うのは、応募先を考えてほしい、ということですね。いい書き手なんだけど、「これがメディアワークス文庫宛だったらなあ」「これは推理小説やホラーの新人賞に送ったほうがよかったのに」という作品が毎回あります。
それから、応募側と審査側で大きく意識のズレを感じることとしては、審査する側は「減点評価しない」ということです。私たちはいいところを加点していく読み方をします。応募者の方は、改行のしかたがヘンだとか漢字の開きがどうといった細かいところで減点されて落とされていると思いがちなようですが、そういう部分はあとからいくらでも加減できますから、まったく気にとめていません。
服部:投稿者は「味付け」にはこだわるけど、「根本」にあるものをおろそかにしてしまいがちだな、とは感じます。
青山:細かいところのほうが気になるのは気持ちとしてはわかるんです。でも大事なのは枝葉ではなくて幹の部分です。だからこそ、先ほども言ったように、作家さんにはまず400字のあらすじを書いてみてほしい。もちろんそもそも応募時に「梗概(作品概要、あらすじ)を付ける」という規定がありますが、その凝縮したあらすじだけ読んでもおもしろいかどうか。「最後まで全部読めばおもしろい」では本にしたとき売りにくい。
――読む前から「おもしろそう」と思わせるツカミになる部分、わかりやすいウリは、たしかに作品の「骨格」ですよね。そこが大切だと
青山:新人賞の規定の枚数が一般文芸やライトノベルと比べて短いですから、ごてごてとギミックや流行りの要素を入れ込んでも消化しきれませんし、物語として辛すぎるもの、油っぽいものは子どもには読みこなせません。書き手のみなさんが大人になる過程で外側に付いた鎧や贅肉をそぎ落とした、10歳の自分が「良い」と思うコアな部分を出して勝負してほしいんですね。
自分の作品を省みて、10歳のころの自分が理解できたかを思い出して考えてみてほしいです。一方で、10歳の頃にはもう「良いものは良い」「嫌いなものは嫌い」という判断もできたはずです。そこに立ち返って、「いい!」と思えるものを書いてほしい。
たとえば「コロコロコミック」や「ジャンプ」は10歳、11歳の心をつかむ要素が詰まっていて、やっぱりすごいんですよ。私も童心に返るために読みますから。
――つばさの新人賞には、小説投稿サイトの「カクヨム」や「魔法のiらんど」からも応募できるんですよね?
服部:はい。ただし、カクヨムや魔法のiらんどの読者は、つばさ文庫の読者である子どもではありませんので、サイトでの評価よりも、小学生が楽しめるという作品かどうかということを考え、選考していきます。
――つばさ文庫の新人賞では中学3年生以下を対象にした「こども部門」もあります
服部:みんなうまいですよ。先ほどの話で言うと、まさに「味付け」ではなく「骨格のおもしろさ」で勝負してきますから。
青山:プリミティブなんです。行き当たりばったりで書いたんだろうなという作品も、ドライブ感がすごい。編集部のなかでも「第何回のあの作品は衝撃だったよね」と話題になる、忘れられない作品があるくらいです。とにかく選考していて楽しいですね。
――大人が書くときも直球勝負だと
青山:さっき「あらすじで表現できるおもしろさが大事」と言いましたが、同時にモニター会で読者の子たちに「どうやって買う本を決めてるの?」と訊くと「書店さんで立ち読みしたりして、全ページ読んでから決めます」と言うんです。「え、書店で読み切れなかったらどうするの?」と訊いたら「何日も通って読み切ってから買います」と。あるいは「図書館で全巻読んでから買う」。つまり子どもは、「読み返したいもの」を買うんです。そしておもしろかったら本当に百回でも二百回でも読む。書き手が執筆中にそこまで計算して書けないとは思いますが、そういう読み方、買い方をされるジャンルだということは意識してほしいですね。
――パッと見のインパクトも大事でありかつ、読者には全ページ読んで判断されるから結局、全部大事だということですね(笑)
「書き手が一番好きだったもの」×「今、レーベルにないもの」
――つばさ文庫として、こんな作品を求めている、というものはありますか?
服部:今すでにある作品とは違うものを探しています。たとえば冒険もののシリーズですとか……。
青山:宗田理先生が毎回のように新人賞の選考のときに「冒険ものがないのか」とおっしゃっていますね。ただ、今は昔と違って「秘境」がないですし、私たちが子どものころと違って空き地すらない。それでいて街には監視カメラがある。そうすると今の子にとって冒険ってなんだろう? 「冒険」の定義とは? という話になっちゃうんですけど、そこがうまく描けるとひとつの狙い目かもしれないですね。
あと先ほど秋木さんはルパン派だと言いましたが、ホームズ派のミステリーの書き手も常に募集しています!
――たしかにつばさ文庫にそういう作品のイメージは薄いですね
青山:編集者としては今出ているラインナップを見て「ここらへんのジャンルの作品が少ないな」とは考えます。そういうタイミングにいい作家さんと絵描きさんに出会えればぜひ出版したいです。
誤解してほしくないのは、このインタビューを読んで「なるほど、冒険ものかミステリーを書けばいいのか」みたいに「予習」してほしいわけではありません。私はあくまで作家さんとの出会いがすべてであり、出会った作家さんとは一番好きだったものの話から始めますから。
ちなみに次回新人賞の〆切は8月末でございます。今からがんばれば書けますから、ぜひ!
『怪盗レッド(1) 2代目怪盗、デビューする☆の巻』
著:秋木真 絵:しゅー KADOKAWA(角川つばさ文庫)
「うちの一族は13歳になると怪盗になるしきたりだ」いきなりパパからそんなことを言われたアスカとケイ。じつはパパたちは、世界中を騒がせる正義の怪盗レッドだという!?2人の怪盗修業がスタートして…!
『絶体絶命ゲーム 1億円争奪サバイバル』
著:藤ダリオ 絵:さいね KADOKAWA(角川つばさ文庫)
春馬のもとに謎めいたゲームへの招待状が届いた。優勝賞金は1億円。参加条件には、1)金がほしくてたまらないこと 2)親に秘密で外泊できること 3)だれにも言わないこと 4)敗者には命の保証がなくてもかまわないこと…とあった。会場にむかった春馬は、他の参加者とともに閉じこめられる。「あたしは負けないわ」「絶対に勝つ!」目をぎらつかせる少年少女。勝者はただ1人。春馬はこのサバイバルを生き残れるのか!?