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恐怖を目的としないゴースト・ゾンビ・魔女の書き方|三村 美衣

 近所のスーパーマーケットに夕食の買い物に行ったら、チョコパイやポテトチップスの前に、籠いっぱいの大鎌が特売で売られていた。近年、盆と正月とコスプレパーティー を併せたような盛り上がりを見せているハロウィンが、当たり前のように、家々の玄関先を襲う日も近いのかもしれない。

 クリスマスもそうだが、イブのお祭騒ぎが終わり、夜があけたら昨日の片付けをして日常に戻ってしまうのだが、ファンタジー小説を書いてみたいと思っている人たちは、この機会にぜひとも、万霊節、サウィン、死者の日について調べてみて欲しい

魔女の歴史的背景を物語に活かす

 ハロウィンは、昼と夜、光と闇、夏と冬、生と死。そういったものが混ざり合い、死者が戻ってくる、死と再生の日だが、逆の冬から夏に移り変わる日にもいろんな呼び名があってそのひとつがワルプルギスの夜だ。ハロウィンの夜とワルプルギスの夜には魔女の大集会サバトが開かれ、魔女たちは森の奥の集会所目指して一斉に飛び立つ。

 しかし魔女にはいろんな伝承や解釈があって、これが正統な魔女と言えるような正解はない。呪術師、薬草師、占い師、賢者など役割も様々なら、力の源も自然から得ていたり、血統だったり、中には悪魔と取引している者もいる。

 ハロウィンの集会にしても、サタンが降臨するようなものから、お茶会、酒盛り、婦人会の寄り合いっぽいものまで、ヴァリエーションは広い。

 そして現実の世界において、魔女は、宗教や社会の都合によって捻じ曲げられ、捏造され、狩られた。たとえばアメリカで実際に起きた魔女狩りの研究書チャドウィック・ハンセン『セイレムの魔術―17世紀ニューイングランドの魔女裁判』(飯田実訳/工作舎)を読むと西欧で人々は魔女をどう受け止め、なぜ不条理としか思えない魔女狩りが起きたのかが見えてくる。

 魔女とはこういうものだ、というひとつの正解はない。だかから自由に描いていいとはいえ、こういった魔女が持ってる歴史的背景や迷信や伝承を上手に使えば、物語にリアリティや深みを持たせることができる。現代を舞台に、魔女研究への言及性を持った魔女ものや、魔女がいるもうひとつの日本を描いた改変歴史魔女っ子もの、巫女と魔女を組み合わせたり、アプローチ方法はまだまだいろいろありそうなテーマだ。


ゴーストとゾンビの定番からいかに脱するか

 幽霊というと怪談のような怖い話がまず浮かぶが、ファンタジーの幽霊譚は恐怖を目的とはしていない。幽霊は人ではないという位置から人の心に様々な揺さぶりをかけてくるが、どこか懐かしさや親しみや優しさを感じさせたりもする。幽霊の成仏を手助けするタイプの謎解きものを加えるのは、連作短編では定番展開。しみじみと良い話は書けるが、なにか新鮮味や驚きを足す努力がほしい。

 ゾンビはかなり難しいテーマだ。転生して異世界で目覚めたらゾンビになってました、病院で長い眠りから目覚めたら世界はゾンビウィルスによって崩壊寸前だった。といったありがち展開や、現代の東京に、実は人間の着ぐるみを着た腐った死体がいて、会社にいったり、学校に通ったりしているというような設定も、ホラーやギャグや現代小説にはできても、逆にファンタジーにはなり難い

 腐った死体的な外見はとりあえず置いて、死んでも墓場から蘇ってくるアンデッドを主人公にした、探偵ものや傭兵もの、埋められてから蘇るまでの時間を長くして歴史小説的な側面を持たせたりもできるのではないだろうか。


ありがちなルールに縛られない

 魔女の相棒は黒猫や鴉だとか、死に際に魔女の手を握ると力が移譲されるとか、ゾンビは夜しか動かないとか、そういったありがちなルールに従う必要はない。彼らを呪われた存在として描くことも必須ではない。
 たとえば、昼と夜、光と闇、夏と冬、生と死を、単純に善悪や正邪と重ねるのではなく、もっと曖昧にもっと自然に捉えてもいいはずだ。夜の気持ちよさや、夜空をかける疾走感を描いてもいいし、早寝早起きの魔女がいてもいい。魔女集会だって、子供が学校に行っている時間帯の方が集まりやすいかもしれない。もちろん男性の魔女もいるだろう。歴史や成り立ちを知った上で、自由な魔女、幽霊、ゾンビの物語を書いていただきたい


おすすめゴースト/ゾンビ/魔女ファンタジー3作品

レイ・ブラッドベリ『ハロウィーンがやってきた』(晶文社)
ハロウィンの夜。学校でも一番やんちゃで人気者のピプキンが死神に攫われ、骸骨のトムをはじめとする少年たちはピプキンを取り戻すべく、時空を超える旅に出る。空気の匂い、風の音、目に見えない様々な夜の気配が五感に訴えるイマジナリーな描写で、読者をハロウィンの起源を辿る旅へと誘う。
https://www.amazon.co.jp/dp/4794912455?tag=shobunsha-22&linkCode=ogi&th=1&psc=1

ピーター・S・ビーグル『心地よく秘密めいたところ』(創元推理文庫F)
『最後のユニコーン』でも知られる著者が19歳で書いた第一長編。ニューヨークの巨大な共同墓地で、19年もの間、死者たちだけを話し相手として生きている男性と、そんな引きこもり男に餌を運ぶ一羽の鴉の日々を静かに描いた、唯一無二とも言ってよいゴースト・ストーリーの傑作。
http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488548018

入間人間『もうひとつの命』『もうひとりの魔女』 (メディアワークス文庫)
一度だけ、死んでも生き返ることのできる赤い木の実を手にした六人の高校生の選択を描いた『もうひとつの命』と、繰り返し赤い木の実を口にしてそのたびに過去を忘れる魔女の物語『もうひとりの魔女』。いわゆる善悪とはズレた場所から、生死や倫理観といったものを問いかける入間人間らしい作品。
https://mwbunko.com/product/321710000784.html
https://mwbunko.com/product/321801000628.html

(タイトルカット:今井琢)


ファンタジーコンテスト「ゴースト/ゾンビ/魔女」大賞受賞作『贖罪の屍者
著:御陵
屍霊術師の女、パペッタに魂を抜かれ、その魂を他人の腐乱死体に押し込められた男。
パペッタは、それを「贖罪」だと言うのですが……。


*本記事は、2019年10月07日に「monokaki」に掲載された記事の再録です。

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