2014年&2015年のウェブ小説書籍化(前編)なろう系がラノベになり、ライト文芸にウェブ発が合流していった2年|飯田一史
なろう系作品のヒットによって大人の読者が顕著に目立つようになった
2014年と2015年はセットで見た方が傾向がつかみやすい。
ひとことで言えば「なろう系がラノベになり、ライト文芸にウェブ発が合流した」のがこの2年の動きだった。まとめてみていこう。
2014年には小峰書店の児童文学総合誌「日本児童文学」7・8月号で初めてライトノベル特集が組まれている。その中で榎本秋「児童文学好きのみなさんのための「ライトノベル」事始」は「「メインの読者ターゲット」を「中学生・高校生」として捉えた上で、そこに様々な事情がついてくるのがライトノベル」(36p)、「「中学生・高校生向け」という軸は変わらないだろう――それがライトノベルの今後に対する私の予測である」(45p)と書く。だがこの前提はまさに同時期に急速に崩れつつあった。
2014年11月刊の『このライトノベルがすごい!2015』(宝島社)巻末の柿崎憲「2014年版ライトノベル新人賞を総括!!」では『MONSTER DAYS』(MF文庫J)、『星降る夜は社畜を殴れ』(角川スニーカー文庫)、『スチームヘヴン・フリークス』(ガガガ文庫)、『ロクでなし魔術講師と禁忌教典』(富士見ファンタジア文庫)を挙げて学生ではなく社会人の主人公が登場したこと、これまではライトノベルで「注目の新人」といえば新人賞受賞作家だったが、現在はネット出身作家がそのポジションを占めつつあることを記している(76~77p)。柿崎はそう書いていないが、このふたつの事象には影響関係があった。
というのも、ヒーロー文庫のようになろう書籍化専業レーベルが登場し、『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』『この素晴らしい世界に祝福を!』以降はウェブ小説作品が既存のラノベレーベルからも次々刊行されるようになったが、少なくないなろう系書籍化作品の読者の中心は中高生ではなく30~40代だったし、中高生を獲得した作品であっても上の年齢の読者も付いてきた。そして当時、なろう系書籍化作品は各レーベルが主宰する新人賞の受賞作よりもはるかに重版率が高かった。つまりヒットしたラノベ作品の読者の平均年齢が上昇した(ラノベ読者の年齢に関しては、ちょうど2010年代半ばのものは記事などからは見つけられていないが、業界関係者との雑談レベルでは飛び交っていたものと記憶する)。
記事資料としてはたとえば「ニュータイプ」2018年11月号41p掲載の「ライトノベルの、今 KADOKAWAライトノベル編集長座談会」にファミ通文庫編集長の発言として「ライトノベル読者の年齢層が全体的に上がっている」とある。これを否定する意見はほかのレーベルの編集長から出ておらず、2010年代後半には「界隈での共通認識」になっていたと思われる)。
もちろん、従来からのラノベ読者が卒業せずにそのままスライドして平均年齢を押し上げたという側面もあろうが、なろう系作品のヒットによって大人の読者がより顕著に目立つようになったことが、なろう系以外のラノベ作品のキャラクター造形やジャンルの流行に影響を与えたと筆者は見ている。
正確に言えば、2010年代前半にはニコ動人気を追い風にしたボカロ小説やフリーゲームのノベライズのヒットも相次いでおり、それらはローティーンの読者も獲得していたが、既成のラノベ編集者や作家の多くはボカロやフリゲのファン層に合わせて下の年齢に寄せるよりも、なろう系の書籍に合わせるようにして上の年齢に寄せることを選択したのだ。
ラノベの読者年齢上昇に影響を与えた電子書籍
嵯峨景子は『コバルト文庫で辿る少女小説史』(彩流社、2016年)の中で、HoneyWorks『告白予行練習』やれるりり『脳漿炸裂ガール』といったボカロ小説をヒットさせた角川ビーンズ文庫について、「ボカロ小説の読者とレーベルファンが重なっていないため、ラインナップを両立させる難しさが課題として残されている」と指摘した。またアルファポリスのレジーナやエタニティの躍進と比してビーンズやコバルトなどのウェブ小説書籍化の売れ行きが目立つものではなかったことを受けて、「少女小説レーベルからのウェブ小説出版は、投稿プラットフォームとの結び付きが弱いところが難点となっている。ウェブ小説の書籍化は現在最もホットなジャンルではあるが、少女小説レーベルのなかではそれほど勢いのある市場としては展開していない」とも書いていた(Kindle版より引用)。
つまりこの時期の少女小説(ないしは女性向けのライトノベル)では、ボカロ小説やウェブ小説を取り込んで市場=読者の需要に適応するかたちで自らを再編成する試みがなされてはいたものの、中長期的に見ると必ずしもうまくいかなかったと言える(もちろん、一迅社文庫アイリスのように2012年からなろう書籍化を手がけ、『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…』のような大ヒット作をものにしたレーベルもある)。
一方で電撃文庫やMF文庫Jといった男性読者の多い既成ラノベレーベルでは、ボカロ小説と既存作品の読者層の乖離に関しては少女小説レーベルと事情は同じだったものの、ウェブ小説と既存作品との読者層の乖離に関しては、紙発の作品も異世界ファンタジー(この当時であれば特に戦記もの)ジャンルを増やし、かつ、主人公の年齢と読者の対象年齢を引き上げることで対応しようとしたのではないかと思われる。
また、なろう以外にもラノベの読者年齢上昇に影響を与えたものがあったとすれば、電子書籍だろう。たとえば『このライトノベルがすごい!2016』(宝島社)では枯野瑛『終末なにしてますか? 忙しいですか? 救ってもらっていいですか?』(角川スニーカー文庫)が、一度はシリーズ終了が決まるも、2015年1月に電子書籍1、2巻の売れ行きが半額セールと、「ライトノベルツイッター杯」の2014年下半期新規部門第3位に入ったことが発表された相乗効果で、Kindleラノベランキングで一時期1位になるほどの後伸びを見せ(発売日からの「初動が命」と言われるラノベでは珍しい売れ方だった)、その影響で3巻刊行が決まったことが枯野と担当編集者から語られている(68~69p)。
同作のような事例がたくさんあったとまでは言えないが、電子書籍は購買にクレジットカード決済が用いられる(求められる)ことが一般的であり、中高大学生ではなく社会人が主たる購買層だと思われる。したがってこの事例は、2010年代半ばには電子書籍でラノベを買う人たちの影響力が無視できないほど大きくなっていた=大人の読者の影響力が増していたことを示唆している。
どちらにしても、紙(の読者)の動向がウェブや電子に影響を与える度合いは下がり、反対に、ウェブや電子(の読者)が紙の動向に影響を与える度合いは上がるばかりだった。
なろう系レーベルの新創刊ラッシュとそこからのヒット作たち
なろう系作品がどれだけの勢いだったのか、新創刊レーベルや代表的なヒット作を挙げてみよう。
2014年に創刊されたなろう系のレーベルには、マイクロマガジンGCノベルズ、アルファポリスのアルファライト文庫、双葉社のモンスター文庫、ホビージャパンのHJノベルス、アース・スターノベル、集英社スーパーダッシュ文庫の後継となったダッシュエックス文庫(これはなろう作品だけを刊行するレーベルではない)、女性向けではアルファポリスのノーチェブックスがあり、2015年創刊には一二三書房のサーガフォレスト、カドカワBOOKS、双葉社Mノベルス、主婦の生活社のPASH!ブックス、オーバーラップノベルス、一迅社アイリスNEOがある。
また、なろう系列の男性向け18禁小説サイトであるノクターンノベルスから書籍化するレーベルとしては、2015年2月創刊のキルタイムコミュニケーション(KTC)・ビギニングノベルズを皮切りに、ホビージャパンのアヴァロンノベルス、同じくなろう系列の女性向け18禁小説サイトであるムーンライトノベルズから書籍化するホビージャパンのシンデレラノベルス、一迅社メリッサがあった。
アニメされた作品に限っても2014年にはMF文庫Jから『Re:ゼロから始める異世界生活』、MFブックスから『無職転生 ~異世界行ったら本気だす~』『八男って、それはないでしょう!?』『盾の勇者の成り上がり』、GCノベルスから『転生したらスライムだった件』、富士見書房の単行本(15年10月からカドカワBOOKS)で『デスマーチからはじまる異世界狂想曲』、15年にはPASH!ブックスから『くまクマ熊ベアー』、カドカワBOOKSから『蜘蛛ですが、なにか?』、一迅社文庫アイリスから『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…』、TOブックスから『本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~』、オーバーラップ文庫から『ありふれた職業で世界最強』などが書籍化され、ヒットした。
2013年に開催された「なろうコン」第1回は協賛出版社が新紀元社のみだったが、2014年開催の第2回には協賛出版社に宝島社、双葉社が加わり3社に、第3回はマイクロマガジンなどが加わり倍の6社になる。
さらに出版社が「なろう」上で開催する新人賞も2013年募集、14年4月結果発表の「オーバーラップ文庫WEB小説大賞」を皮切りに、14年スタートのMFブックス&アリアンローズの「小説家になろう大賞2014」(翌年「第2回ライト文芸新人賞」、さらにその翌年「MFブックス&アリアンローズ新人賞」と改称して16年まで開催)、2015年スタートの一迅社「アイリス恋愛F大賞」、2017年スタートの「HJネット小説大賞」(19年まで。なおホビージャパンはHJ文庫大賞において2013年から16年まで、最終選考に残りながら受賞を逃した応募者に編集者が付き作品を執筆してもらい「読める!HJ文庫」というサイト上で読者投票を行い1位の作品をHJ文庫から刊行していた)など一般化していった。
つまり、2012、13年までと比べて14、15年になると新興出版社の参入に加えて既成のラノベ版元もなろう系レーベルを新設するようになり、単行本でも文庫でも多数の参入があった。
なろうに投稿された作品に対する各出版社からの書籍化のオファー競争は激化し、ゆえに他社と競争せずに囲い込みが可能な「特定出版社×なろう」の新人賞が開催されるようになる。
14年5月には十文字青が「なろう」に自著のスピンオフとして投稿した『大英雄が無職で何が悪い』がオーバーラップ文庫から書籍化されるなど、プロデビュー済みのライトノベル作家が「なろう」に参入する動きもこのころから顕在化する(ただし、変名での参入に限ればもっと前から複数あったと見られている)。
こうして2013年まではまだ存在していた「なろう系とラノベは別物」とする見方はもはや少数派になり、2014、15年以降は「なろう系はラノベの一部」という見方が大勢を占めるものへと転換していった。
ライト文芸に合流するウェブ小説とケータイ小説
2014、15年にはいわゆるライト文芸、キャラクター文芸と呼ばれるジャンルのレーベルの創刊も相次いだ。
なお、新聞・雑誌横断検索サービスG-Searchで「ライト文芸」と検索すると最初にヒットするのは「静岡新聞」2014年12月29日朝刊「集英社がライトノベル文庫」内での「集英社は2015年1月、初のライト文芸(ノベル)シリーズ「オレンジ文庫」を創刊する」という文言であり、同じく「キャラクター文芸」では「毎日新聞」2015年4月18日朝刊「Topics:20~30代がターゲット「ライト文芸」 一般文芸への入り口」内での
出版不況の中、20~30代を中心に読者人口を増やそうと、「ライト文芸」「キャラクター文芸」と呼ばれる小説(以下、ライト文芸と表記)の文庫が相次いで創刊されている。
という文言が最初である。G-Searchであらゆる雑誌が横断検索できるわけではなく、ましてウェブメディアに関しては守備範囲外のため、これらが商業メディア上で使われた「初出」の用例とみなすことには慎重であるべきだが、「新聞」が用い始めたのはこの時期以降だとは言える(新聞は新語の扱いに比較的慎重で、用いても読者に十分通じるというコンセンサスができたあとで使う傾向がある。逆に言えば新聞で使われるころにはすでにその用語は一般化していることが多い)。
ともあれ話を戻すが、2014年には新潮文庫nex、富士見L文庫、朝日エアロ文庫、白泉社招き猫文庫、2015年には集英社オレンジ文庫、MF文庫ダ・ヴィンチMEW、辰巳出版のT-LINEノベルス、毎日新聞出版のμNOVEL、スターツ出版文庫、講談社タイガが創刊された。
創刊レーベル以外からも、このジャンルに含まれると言っていいだろう映像化された人気作品としては、2014年には蝉川夏哉『異世界居酒屋「のぶ」』(宝島社)、秋川滝美『居酒屋ぼったくり』(アルファポリス)、2015年には望月麻衣『京都寺町三条のホームズ』(双葉文庫)、住野よる『君の膵臓をたべたい』(双葉社)などが刊行された。
もっとも「講談社タイガは、ライト文芸、キャラクター文芸だとは思っていないのですね」「メフィスト賞に代表されるような、尖った作品や重ための作品が実際には多いと思います」(「DAYS NEO」内「リデビュー小説賞 座談会 #2」での講談社タイガ編集長[当時]河北壮平の発言)のように、このくくりに対して否定的なレーベルや編集者も存在するが、ともあれ一般に膾炙したラベルであることは間違いないため、用いていくことにしたい。
とはいえ筆者もライト文芸やキャラクター文芸を「ライトノベルと一般文芸の中間」とする常套句は雑に過ぎると思っている。なぜならこのジャンルにはラノベでも一般文芸でもないウェブ小説、なかでもケータイ小説からのジャンル的、作家的流入が見られるからだ。また、ウェブ小説投稿サイトと組んだ、ラノベ系以外の新人賞からライト文芸レーベルへの作品供給が行われている点も見逃せない。
たとえば双葉社は2014年からエブリスタ上で新人賞「双葉社ホラー&ミステリー大賞」を開催し、朝日エアロ文庫はやはりエブリスタ上で2015年に「朝日エアロ文庫グランプリ」を開催してミステリーを募集している(エアロ文庫は16年2月に刊行終了)。
集英社オレンジ文庫は、コバルト出身の人気作家・谷瑞恵がコバルト文庫から『異人館画廊』、集英社文庫から『思い出のとき修理します』を刊行した際に、担当者である手賀美砂子が谷から「コバルトでの代表作『伯爵と妖精』と『思い出~』をつなぐようなものを書きたい」と言われ、新しいパッケージを考え始めたのが創刊のきっかけだと語られている(「手賀美砂子インタビュー」、「かつくら」2015年夏号、桜雲社、53p)。
ただ、オレンジ文庫はライトノベル/少女小説と一般文芸のあいだを狙ったものばかりでなく、創刊ラインナップにはウェブ小説出身の梨紗の作品もあったし、くらゆいあゆ『駅彼』シリーズやみゆの作品など、一部は同2015年にクローズしたケータイ小説レーベル・ピンキー文庫の作品も引き継いで刊行している。
ライト文芸という呼称が一般化していく
2015年12月創刊のスターツ出版文庫は、明確に、スターツ出版が運営するケータイ小説サイト「野いちご」出身の小説家が執筆するライト文芸レーベルである。同レーベルからは創刊タイトルである沖田円『僕は何度でも、きみに初めての恋をする。』(『ぼくなん』)が25万部以上のヒットとなり、ほかにも櫻井千姫『天国までの49日間』、櫻いいよ『交換ウソ日記』、いぬじゅん『いつか、眠りにつく日』等々、10万部以上のヒット作をコンスタントに輩出。いぬじゅんをはじめ、ほかのライト文芸レーベルでも活躍するようになった「野いちご」出身作家も少なくない。
もちろん、ケータイ小説と言っても内容的に2000年代後半のものからは変化しているし、スターツ出版から書籍化されるケータイ小説のすべてがライト文芸化したわけではない(従来の流れを汲むケータイ小説は、ケータイ小説文庫から刊行され続けた)。
たとえば『ぼくなん』は1日で記憶が失われる男子と恋をする少女によるリリカルな青春恋愛小説であり、ケータイ小説と言っても文字の組み方も2000年代のケータイ小説ブーム時の典型的なイメージであった「スカスカの横書き」ではなく、改行も決して多くない縦書きで刊行されている。筆者がスターツ出版の松島滋に2016年4月に行ったインタビューから引こう。
POSを見ると15~25歳の女性7割、男性3割、とくに高校生、大学生層が多い。つまり、従来僕たちが展開してきた横書きのケータイ小説文庫より高めです。『ぼくなん』や『君が落とした青空』は、ケータイ小説ではなく新潮文庫nexさんやオレンジ文庫さん、あるいは有川浩さんの『植物図鑑』のような恋愛小説といっしょに買われているようです。
内容的にも、いわゆるライト文芸に近い作品だと思います。
最近の読者は文字好きが多くて、横書きでも比較的厚いもののほうが好まれています。
ガラケーからスマホにシフトしたことによって画面が広くなって文字の表示量が増えましたし、かつてはボタンをポチポチ押していましたが、今はアプリを使えばTwitterやFacebookを読むように縦スクロールですいすい読めることも、影響しているかもしれません。サイト上でも意欲的な読者が多いです。(「「ケータイ小説は終わった」なんて大間違い! 今も16万部のヒットを生み出すスターツ出版に聞く」)
2000年代のケータイ小説ブームをスターツとともに駆け抜けた魔法のiらんどに目を向けても、2013年には魔法のiらんど出身の椿ハナがメディアワークス文庫と魔法のiらんど文庫でひとつの物語を男女視点別々で同時刊行(ただし書き下ろし)したり、2013年の第7回魔法のiらんど大賞出身者の由似文(ユニモン)が2015年6月にメディアワークス文庫で『下京区花屋梅小路上ル 京極荘と百匹のうた猫』を刊行したりといった例がある。一部にやはりケータイ小説からライト文芸への接近があった。
メディアワークス文庫は2009年末に「電撃文庫を卒業した大人」に向けて創刊されたレーベルであり、ラノベレーベルである電撃文庫で執筆していた作家が書くことが多かった。創刊当時はライト文芸という言葉もなかったが、先行する有川浩(当時の名義。2019年2月から有川ひろ)のような、ライトノベルと一般文芸の間に位置する作品を書く作家の受け皿として作られたものだった。
しかし今見てきたように2014、15年にはエブリスタや野いちご、魔法のiらんど出身作家もライト文芸ジャンルに参入するようになり、「ライト文芸はラノベと一般文芸の中間」という説明は不正確なものになった――奇妙なことに、まさにこの時期に「ライト文芸」という呼称は一般化していくのだが。
「Web小説書籍化」が出版業界に完全に定着した
「オタク」を自認する本田透による『なぜケータイ小説は売れるのか』(ソフトバンク新書、2008年)は、オタクが好むライトノベルと、女子中高生(とくにヤンキー、ギャル系)が好むケータイ小説はまったく文化圏が異なる相容れないものであるという前提に立って書かれていた。ところが、もともとはライトノベルから派生して登場したライト文芸は、2010年代半ばにはラノベ作家もケータイ小説作家も一般文芸の作家も相乗りする器になったのである。
したがってライト文芸の「ライト」が意味するものは必ずしも「ライトノベルっぽさ」とイコールではないと解するべきだ。(本稿の本題ではないのでこれ以上の深入りはしないが)むしろ別のニュアンスを指していると捉える方が実態に即している。
また、この「ライト文芸」という呼称について興味深いのは、フロンティアワークスが手がけるMFブックスとアリアンローズに関してだ。
「ダ・ヴィンチ」2015年4月号で株式会社フロンティアワークスのクロスメディア編集部アリアンローズ編集長(当時。のちに同社社長となる)の辻政英が「私がハマった『ライト文芸』書の3冊」と題してアリアンローズ刊行の広瀬煉『魔導師は平凡を望む』、徒然花『誰かこの状況を説明してください! ~契約から始まるウェディング~』、深木『甘く優しい世界で生きるには』を「ライト文芸」として紹介している(ただしライト文芸についての定義は文中にない)。
同誌2015年6月号「いま”キャラクター文芸”が熱い!」特集では、集英社オレンジ文庫、新潮文庫nex、朝日エアロ文庫、富士見L文庫、角川ホラー文庫、白泉社招き猫文庫、幻冬舎文庫、集英社JUMP jBOOKS、KADOKAWA MFブックスが取り上げられるなか、MFブックスは「なろう」発の異世界転生作品を「ライト文芸」と形容している(134-135p)。
MFブックスとアリアンローズは2015年になろう上で開催した新人賞の名前を「第2回ライト文芸新人賞」としており、本連載2013年の回で引いた堤由惟の発言を鑑みると、編集部では「なろう系はライトノベルではない」と思っており、そこから「ライト文芸」という形容を選んだ――そちらの方が近いと思っていた――のではないかと推察される。
だが、先にも述べたように2015年には「なろう系はラノベの一部」とする見方のほうが一般化し、ライト文芸にはケータイ小説も流入するようになった一方で、お仕事ものやあやかし・神様ものなどをはじめとする「ライト文芸」となろう系は「別物」という認識のほうが一般的になる(もっとも、興味深くもややこしいことに、ライト文芸レーベルであるスターツ出版文庫からは2018年以降、「小説家になろう」に[も]掲載されたあやかしものや青春小説も刊行されている。とはいえ、なろうに書かれていてもすべての作品が「なろう系」ではないので、こうした事態は十分生じうることではある)。
ただ共通するのは、ラノベもライト文芸も、ウェブ小説の動向を無視しては語れなくなった、ということである。2010年代中盤に「ウェブ小説書籍化」はビジネスモデル的にも文化的な営みとして見た場合にも、出版業界に完全に定着したのだ。
「小説家になろう」発で2015年に刊行された住野よる『君の膵臓をたべたい』は、同年に出版された文芸の新人の書籍としては又吉直樹『花火』に次ぐ売り上げとなり、翌16年の本屋大賞で第2位になった。これもウェブ小説書籍化の歴史上画期的な出来事であり、2010年代中盤の変化を象徴する出来事だった。
『無職転生 ~異世界行ったら本気だす~ 1』
著:理不尽な孫の手 挿画:シロタカ MFブックス(KADOKAWA)
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『僕は何度でも、きみに初めての恋をする。』
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