読者の心の掴み方は全部Webから教わった|小野美由紀 インタビュー
エッセイ『傷口から人生。 メンヘラが就活して失敗したら生きるのが面白くなった』やスペインにあるカトリック三大巡礼路のひとつ、カミーノ・デ・サンティアゴを歩いたドキュメント『人生に疲れたらスペイン巡礼 飲み、食べ、歩く800キロの旅』などの著作でも注目され、Webでライターとしても活躍されていた小野美由紀氏。
早川書房のnoteで異例のアクセス数「20万PV」を越えた短編小説『ピュア』 。その後『ピュア』を表題作とした単行本が発売されるやいなや、作品に描かれているフェミニズムやジェンダー問題が大きな反響を呼んだ。現在は小説家として新作執筆中で多忙な中、小野美由紀氏に影響を受けたものや小説を書こうと思ったきっかけについて聞いた。
自分の書いたものを出版できる場所を諦めずに探し続けた
――小説を書きはじめたきっかけがありましたらお聞かせください
小野:『傷口から人生。 メンヘラが就活して失敗したら生きるのが面白くなった』(以下『傷口から人生。』)を出したときに担当編集者さんから「小説を書いてみないか」とお誘いを受けました。
――小説を書く際にはまず何からされたんでしょうか?
小野:四歳ぐらいまでは自分で物語を書くこともありましたが、それ以降は一切フィクションを書いたことがなかったんです。
そこで村上春樹さんの『小説家という職業』を読み、村上さんがその中で「一日原稿用紙10枚は書く」と言われていたのと、また村上さんが若い頃に英語で書き、それを日本語に翻訳して書いたとあったので、そうしようと思い、まずは一日10枚を目標に書き始めました。私は仏文出身なんで最初はフランス語で書いて、それを英語に直して英語から日本語に直すという作業をしました。とにかく、自分の文体が分からなかったので、それを探すのに必死だったんです。
また、小説教室にも通いました。最後の課題が5000字の短編を書いてみようというもので、その時に書き始めたら2万字ぐらいになってしまったものが短編小説『ピュア』です。
当時の担当さんを含めて、いろんな編集者さんに読んでもらったんですが、発表の機会はなかなか得られなかった。でも、自分ではこれは絶対におもしろいぞと思っていたので、ずっとめげずに掲載場所を探していました。その最中に『メゾン刻の湯』が出て、その1年後に後に早川書房の『SFマガジン』に掲載されたという時間の流れです。
――『メゾン刻の湯』は長編小説ですが、初めて長いものを書くときはどうでしたか?
小野:最初はプロットも書き方がわからなかったんですけど、ライターが企画書を書くような感じで、書けばいいのかなと思い、核や軸だけは決めました。
――『メゾン刻の湯』は『傷口から人生。』と『人生に疲れたらスペイン巡礼 飲み、食べ、歩く800キロの旅』(以下『人生に疲れたらスペイン巡礼』)での体験も反映されていて、ノンフィクションに書かれたものが小説にうまく転換されていると感じました
小野:『傷口から人生。』に関しても、最初はエッセイを書きたいと全く思っていなかったんです。ただ、学生時代に2度歩いたスペインの巡礼路「カミーノ・デ・サンティアゴ」の経験を出版したいと思っていたので、自分のブログに編集者が声かけやすいように章立てをして、各章を全部3000字ぐらいにして載せていました。
それを読んだ幻冬舎の編集者さんにお声がけしてもらったのですが、いざ打ち合わせに向かうと「ごめん!去年同じテーマの本が出てしまったから、同じテーマでは出せない!」と言われてしまって。その代わり、あなたのブログおもしろいから自伝を出しましょうと言われて。まぁいっか、と。ただ、どうしても「スペイン巡礼」のことは入れたかったので『傷口から人生。』にも「スペイン巡礼」の話が出てきます。そのうち光文社さんから「スペイン巡礼」の本を出しませんかとお声がけいただき、無事本にすることはできました。
――『人生に疲れたらスペイン巡礼』を読むとこちらのほうがすごく詳しくて、読んだら「スペイン巡礼」行ってみたくなりました
小野:よかった。結果的に「スペイン巡礼」に行きたい人が手に取りやすい値段とサイズになって、すごくいいものができました。それは光文社の編集者の三野さんのおかげですね。その後、うれしいことに韓国でも出版できて、かなり話題にしてもらえたんです。
――本の中にも韓国の方も出てきましたし、兵役を終えた方が巡礼に来ているという話もありましたね
小野:韓国はキリスト教の人も多いですし、兵役終わって巡礼という人もかなりいました。あとは韓国の読者って思い入れの強いレビューを書いてくださる方が多くて、書評サイトのコメントも日本よりも熱烈なものが多く、それもうれしかったです。
全体の最初の17%で読者をつかむ
――Webでライターをされていたとのことですが、その経験は小説を書く際にどう活かされていますか? Web媒体で文章を書く際に気をつけていることはありますか?
小野:大事にしていることは、わかりやすさと、キレです。『ピュア』はとにかく読者を飽きさせないようにしようと思った。まず、想定読者として、20-40代くらいの女性に読んでほしかったんですよ。
恋愛小説が好きな女性が、寝る前にさらっと読んで、自分の女性性やジェンダーについてちょっと思いを馳せて、好きな人の事を考えて、マスターベーションして寝る、みたいな、そういう読まれ方をされてくれたら理想だなあというイメージがあった。そういう人が読みたいものってなんだろうと考えると、最初の場面でつかみがあって、すぐに世界観に引き込まれ、かつわかりやすい言葉使いのものだなと思った。
これはWebの記事に限ったことではありますが、文章全体の最初の17%を読んでくれた読者は最後まで記事を読む率が高いというデータがあります。最初にごちゃごちゃ説明したり導入を書いていたら読んでもらえないから、最初の17%でつかむ。それはなにを書くにしても気にしていることですね。だから、どんな小説も、冒頭シーンの1500字でつかむぞと思って書いています。
――17%で掴むという具体的な数字がすごくWeb的であり、全体の文字数にも反映できそうです
小野:聞かれたからこう言ってますけど、その数字もあとづけで、たぶん意識しないで作り上げてきたスタイルだと思います。私、椎名林檎さんが大好きで、14歳ぐらいから自作の椎名林檎のファンサイトを自作して、そこで日記や感想みたいなのを書いてたんです。その経験もあって、自分の書いたものは、まずはWebで発表するものだという意識がすごくある。そこで、多くの人に読んでもらうにはどうしたらいいかと試行錯誤してきた中で掴んだ体感であって。
――執筆媒体としてWebと紙との使い分けはどのように意識されていますか?
小野:文芸誌に小説を載せてもらう場合は、必ずWebでも公開することを編集者さんにはリクエストしています。
――紙媒体で発表する際にWebでも出しますというのは大事なことですね
小野:純粋に紙媒体だけだとあまり読まれないじゃないですか。内輪の人、業界の人以外のライト層に届かない。届けたい場所や人に届けるためにはしかるべき場所に置く。それが必要かと。
――デビュー時と現在とで、執筆方法に変化はありますか?
小野:とくにないです。今も変わらず手書きで書いてますよ。Webに載るものも、紙媒体に載るものも、全部そうですね。
――パソコンで書いていると速く書けてしまう部分もあります。手書きだとゆっくり書けますね
小野:そうですね、パソコンに直書きすると、脳に浮かんだものが身体を介さずに外に出てしまうという感覚がある。言葉が脳の上を滑っていくというか。そういうのもあって手で書くのが好きです。パソコンで直接書ける人はほんとうにすごいなって思っていて。作業効率はそちらの方がいいと思うから羨ましいとは思いますね。
Webは読んでほしい人に届く
――『ピュア』の版元である早川書房さんはSNSに強い印象があります。『ピュア』をnoteに小説を全文掲載したことで話題となり、それでより広くの人に読んでもらえるきっかけになりました
担当編集・小塚:それまで、早川書房のnoteで小説をまるまる載せるということをやっていませんでしたね。
――Twitterを介して『ピュア』を持ち込む形になって、編集者が読んで、おもしろいからということで文芸誌に載り、noteにも掲載して話題になって書籍化、というのは現在のWebのシンデレラストーリーみたいで夢がありますよね
小野:私が読んでほしかった、ライトな読者層に届けるなら、SNSでもファンが多い出版社のほうが絶対いいと思ってました。
ですので、他の出版社さんからもお声がけはあったのですが、早川書房の編集者さんがTwitterでDMを解放していて「持ち込み待ってます」と書かれていたので持ち込みました。SFかどうかはどうでも良かったし、今もどうでもいいです。正直、Webで読者の目に止まるのに、ジャンルってどうでもいいと思うんですよ。
もちろんジャンル毎にコアなファンはいると思うんですが、流動的な読者って、ジャンルが何かなんて気にしてないし、Webで話題になっていたり、たまたま目にしたものがおもしろかったら、最後まで読んでくれて、いいねって言ってくれるでしょ。それは子供の頃からWebでものを発表したり読んだりしていて、たまたま行き着いた人がすごく面白いものを書いていた時に宝物を発見したような気持ちになる喜びが自分の中にあるからこそ思うんですよね。『ピュア』はジャンルに左右されず、まずWebで多くの方に届いたので、私としてはそれで十分かな、と。
――Webのいいところは本来だったら読まない人に届くところですか?
小野:本来読まない人というより、読んでほしい人に届くって感じですね。また、見せ方を柔軟に変えられるというのもあります。
あとは、今の出版の販売形態だと短編毎のバラ売りや宣伝がしにくいのは事実で、そこはWebが優位ですよね。
「短編集は別に欲しくないけど、その中のこの短編は読みたい!」みたいなのってありますよね。そうやって各短編ごとに人の目に触れたり、話題にしやすくなったらいいな、とは思うのですが。
書籍は書籍で、強いメッセージ性や世界観を装丁やオビなどのデザインでパッケージとして読者に提供できる。また、当たり前ですけど書籍を愛する人に届きやすい。それはどっちが優れてるということではないと思うんです。
――Webの悪いところや気をつけないといけないところは?
小野:先ほどの発言と矛盾するようですが、読者の心を掴む『型』のようなものに書き方が固定されやすいのがデメリットでしょうか。書く方がそれに引きずられがちです。多くのWebのライターさんやエッセイストさんがそう言っていますが、受ける『型』に合わせていく傾向があるから、逆に差別化できなくなる。その点は努力を要するでしょうね。
ただ、本を出してみて、書籍として面白いものと、Webで読んで面白いものの間には開きがあるし、表現できるものの幅が全然違うことに気づいたので、これからはもっと書籍的な本の書き方ができたらいいなと思ってます。
見たこともないものが頭に浮かぶ、という小説の可能性
――『ピュア』はフェミニズムやジェンダー問題などに関連して取り上げられたり、話題になった部分もあったと思いますが、ジェンダー問題などについて書く際に意識されていることはありますか?
小野:『私はジェンダー問題を取り上げています』という書き方をしないことです。『ピュア』に関しては、特に日本においては、性愛、恋愛、結婚など、あらゆる男女の関係において女性が受け身な立場に固定されていることに対しての疑問や不満がずっとあったので、そうじゃないだろ、ということを書きたくて書きましたが、そういう主張とは関係なく読んで面白いものにしたいと思ってもいました。
私、クエンティン・タランティーノ監督やデヴィッド・フィンチャー監督の映画が大好きなんですけど、彼らの女性の描き方には影響を受けていると思います。……とにかくえげつない上にかっこいいですよね。
――ほかにもご自身の作風に影響を与えたと思われる作家や、他ジャンルの作品がありましたら教えてください
小野:村上龍さんです。『限りなく透明に近いブルー』を7歳ぐらいのときに読んだのですが、衝撃を受けました。主人公たちが置かれている状況もわからないし読めない漢字も多い。性の知識もない。なにが起きているのかはわからないのにそこで何が起きているのかは感じられる。
とくに、乱交シーンに「黒人の巨大な肛門がめくれ上がって苺みたいにみえた」という一文があって、それを読んだ時に見たこともないのに、ものすごく鮮烈に伝わってきたんです。「黒人」はまあ『ちびくろサンボ』とか読んでるから知ってる。イチゴもまあわかる。でもその二つが結びつくことは日常生活ではありえないわけです。でもそれをつなげた途端、まるで前頭葉にスタンプされたみたいに、小学生の女の子の頭の中にもイメージが浮かぶ。それはほんとうにすごいことだと思った。見たこともないものを、子供にも分からせる。小説にしかない魅力っていうのはそこなんじゃないかなって最近思っています。それもあって今でも比喩フェチです。自分の小説も、比喩ばっかりネチョネチョと書いてしまって、編集者さんによく指摘されます。
――自分では体験していないんだけど、この世界にはそういうものがあるだろうと知覚できるような表現ですね
小野:映画とか漫画とかは絵で正解が示されていて、何が起きているのかがわからないということにはあまりなりにくい。でも小説は、個々人によって正解が違う。それが小説の強さですね。
あとは幾原邦彦さんのアニメ『少女革命ウテナ』にもすごく影響を受けていますし、子供の頃からマンガっ子なので、『封神演義』の藤崎竜先生の初期作品『PSYCHO+』や『HUNTER×HUNTER』の冨樫義博先生の『レベルE」なども繰り返し読んでいます。
――私も村上龍が好きなんですが、作品に暴力とセックスがあって人がちゃんと傷ついて死ぬということに安心します
小野:それができるのも小説のよさだと思います。
――『少女革命ウテナ』もわかります。ウテナとアンシーの関係があって、それによって強くなったり弱くなったりするところが『ピュア』にも反映されているように感じました
小野:それすごくうれしいです。スコット・フィッツジェラルド『グレート・ギャッツビー』やボリス・ヴィアン、リチャード・ブローティガンなども繰り返し繰り返し読んでいます。
主人公と登場人物のことしか考えられない瞬間がくる
――これから書きたいと思っている作品、テーマにはどんなものがありますか?
小野:ジェンダーに関することはどうしても無視できないと思っていて。これから出る予定の三作品も、全部ジェンダー問題のことは入ってくるでしょうね。
――書き手として今後やっていきたいこととかはありますか?
小野:今まで小説の書き方がわからなかったので、好き勝手書いていたという部分も大きいんですけど、小説を5年やってみてやっと自分は小説を書けるぞってことがわかってきたので、文芸の世界に貢献できるようなものが書きたいです。
また、最近『WIRED』さんが手がけるSci-Fiプロトタイピング事業に参加し、複数のIT企業さんとご一緒して、ワークショップをしながら彼らの持つ技術や知見を反映したSF作品を書く、というお仕事をしているのですが、とてもエキサイティングでやりがいを感じます。こうした協業的な作品の作り方はもっと経験したいですね。
――現在の価値観とかジェンダー問題についてちゃんと提示してくれる作品があればとは思います
小野:「ジェンダーの小説」と言い切ってしまうとそれに関心ある人しか読まなくなってしまう。また、特定の性別の人々に警鐘を鳴らしたいのであればそれに適した表現方法や媒体を他に選びようがある。なので、そうでない中で、どんな性の人にも届くものを描きたいです。
――救われるところがありますよね。現実で辛い世界だけど、小説の中では現実の真逆になっていたり、ここがおかしいというのが反転していたりする
小野:『少女革命ウテナ』はそういう意味で包摂的なアニメでしたよね。性別問わず、あれで気持ちが楽になったりする人は多かったと思いますし、純粋におもしろかった。そういうイメージでしょうか。
――書いていたり、Webで発表されたりする場合に一番楽しいこととか気持ちが昂るのはどんな時ですか?
小野:難しいですね。最初書きだすときはいろんなこと考えて書いてるんですけど、ある時から主人公と登場人物をどうやって幸せにするか、あるいは、どうやって不幸にするかしか頭になくなっちゃうことがあって、それは気持ちいい瞬間ではありますね。
あとは読者から感想がもらえたときですね、すごくうれしいです。海外の読者に読んでもらえた時もすごくうれしいです。この前、ハーバード大学やワシントン大学などの日本語を学習している学生さんたちが『ピュア』の読書会をしてくれ、わたしも招かれてZoomでお話をしました。
興味深いことに、短編集の中では『To The Moon』という作品が一番人気だったんです。女性同士の恋愛のお話です。他の作品は国のジェンダー観によって読まれ方が左右するものも多いのですが、『To The Moon』に関しては社会背景などに左右されず純粋におもしろかったという感想がありました。
――海外からまったく違った反応が聞けるというのはとてもうれしいですね
小野:『ピュア』はイタリアで翻訳出版されることが予定されています。翻訳者の方に熱烈なオファーをいただいたそうで。また日本の市場がシュリンクしてゆく中で、中国市場やその他のアジア各国の市場のことも無視できない。越境に耐えうるものを書きたいです。
――次の作品はいつごろになりますか?
小野:次の作品は、『路地裏のウォンビン(仮題)』というタイトルで、架空のアジアの国を舞台にした孤児二人の物語です。U-NEXTから6月に電子配信、7月に書籍として発売されます。
――最後に、プロをめざす書き手に向けてのメッセージがあればお願いします
小野:いっぱい書くこと。私はCAMPFIREで「クリエイティブライティングスクール」を主催しています。小説家志望の方もたくさん参加してくださっていますが、人の目を気にしてしまう、という方もいらっしゃいます。
投稿サイトで書いている方もいますが、反応が悪かったり、SNSでちょっと批判されると気にしちゃってやめちゃったりする。もっとうまくなってから読んでもらおうと思ってしまう人もいる。正直そんなこと考えている暇があったらたくさん書いてどんどん発表すること。なんなら持ち込みだって、するだけならタダだし。あとSNSなどでの批判はゴミです。きちんと思考を重ね、伝えるために手数をかけた批評文ならともかく、SNSでちまちま批判してくるだけの人の言うことに価値はまずないので気にしてはいけません。彼らは「アタシ、孤独なの、わかってよ」を140字に翻訳してぶつけやすい人にぶつけているだけの赤ちゃんです。
――書きたいと思っていても、人に見せるのが怖いという人がわりと多いんですね
小野:感想が見えちゃうとそれだけ皆さん気軽にやれない部分もありますよね。気にしてもしょうがないからどんどん書いて人の目に触れるところに載せていってください。味方は絶対いるので。
(インタビュー・構成:monokaki編集部、写真:上間力也)
『ピュア』
著者:小野美由紀 早川書房
ユミは学園星ユングに暮らす普通の女の子。女性はこの時代、国を守るために子供を産むことを使命づけられている。ただし妊娠には、地球に暮らしている男たちを文字通り「食べる」ことが求められていた――早川書房noteで閲覧数1位の衝撃作、ついに書籍化。
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