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人間ってこうやってできている――「類語辞典」を開く

ものを書くことの初心者・スタートに立つための情報をお届けする「ものかき未満」。
「この場面、どうやって表現すればいいんだろう」と悩んだり、書き進める中で「この表現いつも使ってしまうなあ……」と気づきつつも、”どうにもできないもどかしさ”を感じたりすることはありませんか?
今回は、そんな時に役立つ「類語辞典シリーズ」を紹介します。

「類語辞典シリーズ」とは、ついついワンパターンに陥りがちな表現から脱したい全ての創作者に贈る、感情・場面に特化した類語辞典です。現在は、『感情類語辞典』『性格類語辞典 ポジティブ編』『性格類語辞典 ネガティブ編』『場面設定類語辞典』の4冊が発刊されています。
今回は、「類語辞典シリーズ」について知るべく、フィルムアート社を訪れ、編集担当の田中竜輔さんと営業担当の千葉英樹さんにお話を伺いました。

SNSで火が付き、累計9万部突破

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――類語辞典の発刊にいたった経緯について教えてください

田中:原書は北米のYA作家アンジェラ・アッカーマンとベッカ・パグリッシによる共著です。アッカーマンとパグリッシは、作家・脚本家でありながら、「Writers Helping Writers」というサイトの運営者でもあります。このサイトに載せていたコンテンツを自費出版したものが海外で売れて話題になったことで、翻訳版を発刊することになりました。

――「Writers Helping Writers」、monokaki のようなサイトが海外にもある! と思っていました。日本での発行部数は現在どのくらいなのでしょうか?

千葉:4冊あわせて9万1,000部です。最初に刊行した『感情類語辞典』がヒットして、10刷の4万2,000部発行されています。最初に火が付いたきっかけは『三省堂国語辞典』でも知られる飯間浩明さんの推薦コメントですね。2015年の年末に発売開始して、すぐにバズって売り切れたんです。増刷したくても印刷所も取次も休みだから、その休暇中は死んだ目で過ごしました……(笑)。それからも新聞書評が出たり、NHKで紹介されたりして、定期的に取り上げていただけました。

――『場面設定類語辞典』も、ネットでバズっていた印象があります

千葉:多い時は、1日30~40件の感想をいただいてましたね。前作・前前作が売れていた全国13の書店さんで先行販売するなど、話題にしてもらうための種はたくさん蒔きました。「類語辞典」の読者層がもともとSNSをよく使っていて、「自分だけの表現」をするためにアンテナを張っている人が多かったのかもしれません。『感情類語辞典』発売前にわれわれが想定していた読者は帯にある「小説家・脚本家・マンガ家・俳優」だったのですが、結果的にそれ以外の方たちにも手に取ってもらえました。


想定外の読者たち

田中:このシリーズは、まずはもちろんフィクションの小説や脚本を書きたいという方に向けてつくられたものなのですが、たとえばテーブルトークRPGを愛好される方が特に『場面設定類語辞典』を楽しんで使ってくださっていたり、新聞や雑誌、あるいはWeb記事を書かれるようなライターや記者の方から「参考にしています」という声をいただくこともあります。ゼロからのフィクション創作に限らず、ごく日常的な行為としての「文章を書くこと」や「人と話すこと」に、普通とは少し異なった表現を注入したいというときにも使っていただけているようですね。「プレゼンで引っかかりのある言葉を探したい」時などにも使えるのではないでしょうか。

千葉:注目された要因の一つとして、「他人とは違う言葉のチョイスで『おっ!』と思わせたい」という時代の流れもあると思います。「お決まりの話の展開」にはぐっとくる部分がありつつ、自分の語彙力やインプットしてきた表現だけだと限界がありますよね。

――一億層総発信者じゃないですけど、普通の人でもSNSなど自己表現の場は増えてますもんね

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千葉:そういうとき、 昔なら資料を読み込んだり図書館に通っていたりしたのが、今はどんどん新しいものが出て消費されるサイクルも早くなっているので、「手っ取り早くわかる」手段も大切だと思います。「類語辞典」を使うと、自分が行ったことのない場所、経験したことがない心情や、顔の動きまで客観的にカテゴライズされているので、新しい表現との出会いの機会になれば幸いです。

――『場面設定類語辞典』なんか特に、これ自体が読み物としてもおもしろいですよね

田中:それは「翻訳」であることが効いているのかもしれません。シチュエーションが外国由来なので、「日本のシチュエーションだと使いづらい」というご意見もあるのですが、日本人にとっては「普通」ではない、異国のシチュエーションがまるっきり「普通」のこととして書かれているということは、逆に言えば、これまで知らなかった新鮮な表現や対象に出会う機会にもなるのではないでしょうか。たとえば最近ではNetflixなどで海外ドラマが便利に見られるようになりましたよね。ハイスクールコメディなどを見ていると、地域のコミュニティセンターの役割やプロムのような学校のイベントが、日本の自治体の施設だとか高校で開かれる催しとは全く異なるシステムを有していることに気づくと思います。そういったシチュエーションを理解するためのツールとしても『場面設定類語辞典』は役立つと思います。


最終目標は、創作する人口が増えること

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――創作するときにはどのように活用すればいいでしょうか。おすすめの活かし方があれば教えてください

田中:『感情類語辞典』と『性格類語辞典』は感情や性格といった抽象的なものを言葉に置き換え、『場面設定類語辞典』は風景や空間構成など具体的なものを言葉に置き換えるというように、性質は少し異なるのですが、とりわけ小説や脚本などフィクションの執筆をされる方であれば、「言葉ではないものをどう言葉に置き換えるか」という問題に多かれ少なかれ直面するわけですから、どの辞典も同じように言葉への向き合い方のヒントになるのではないかと思います。

千葉:辞典をパッとランダムに開いて、出てきたワードを「お題」として創作してもらうこともできると思います。一本短編を書いてみる感覚で、「今日はこれについてストーリーを書こう」と。

田中:類語辞典というのは「似ている言葉を置き換える」ために使われるものですが、「その言葉がどういう前後関係を持つものなのか考え直す」ためにも有用だと思います。自分の書いている文章と辞典の表現を擦り合わせる中で新たな発見をしていく、そういう訓練に使ってほしいですね。

千葉:あと、各辞典の冒頭で、著者のアンジェラさんが「これから創作をしたい人たちに刺さるアドバイス」を書いているのも、大きな魅力のひとつですね。自分で小説を書いたり、サイト上で膨大な量の言葉をカテゴライズしたりしていた経験から導かれたアドバイスなので、この力のある言葉に影響を受けて買ってくれた人もいます。

――実作者の言葉だけあって説得力がありますよね。書き手はいろんな意味で励まされる本になっていると思います

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田中:何かを書いたりつくったりするというときに、まったくの0から始めることはまずありえないですよね。どんな創作を手がける人でも、それまで読んできた本だとか見た映画だとか聴いた音楽だとか、これまで培ってきた自身の経験、あるいはそれら表現の方法に積み重ねられた歴史を踏まえてつくられていると思います。この辞典シリーズを読んでいただくと、自分の好きな作品の描写がどうなされていたかを思い出すこともあるでしょうし、あるいはこのシリーズを読んでから自分の好きな小説を読み直していただくと、これまでとは違う作品の読み方ができるようになるのではないでしょうか。そうした経験を自分の創作の方法につなげるような形で使ってほしいですね。この一冊では完結しないものになっていると思います。

千葉:他の辞書と組み合わせて使っていただいても構いません。この本を使って「何か行動してもらうこと」が最終的な目標ですので、他社さんの辞書や設定資料集なども含めて使っていただき、結果的に創作人口が増えていけば嬉しいです。とくに初めて書いた作品には不安を感じる人が多いと思うのですが、地道に続けることを諦めてほしくないです。

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――巻末に掲載されているワークシートも実践的な内容ですね

田中:ワークシートは複数種類があって、ネットからも無料でダウンロードできます。また、紙の本だけでなく、Kindleなど電子書籍版も使いやすいのでおすすめです。
近いシチュエーション同士が直接リンクされていて、クリックすればすぐにそのページに飛べるようになっています。

千葉:電子版は全文検索ができるので、自分が表現したい言葉の逆引きもできます。「涙」と入れるといろんなページがヒットしますし、逆に何もヒットしなかったから敢えてその言葉を使ってみるなど、いろいろな使い方ができます。紙の本と電子書籍、両方買っている人もいます。


貪欲なインプットの先に、創作を「楽しむ」

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――最後になりますが、改めて書き手に向けてのメッセージなどあればお願いします

千葉:最近は、自分の作品を発表するためのアウトプットの場はある程度整備されていると感じています。その分、書き手や俳優などの表現者には「貪欲にインプットしたい欲」があると思います。小説をサイトに投稿することも、絵を書くことも、演技することも、場があるからこそ「どうしたら目立てるのか」「人と違うものを提示できるのか」を考えたとき、インプットはすごく大事だと思います。

田中:物を書く・物をつくることが「フィーリングの産物」みたいに語られることがありますけども、「フィーリングだけで作られているもの」なんてないと思います。映像にしても言葉にしても音楽にしても、必ず作品にはそれが完成に至るまでにそれ相応の論理の蓄積があります。このシリーズにはそうした論理を相対化する役割や機能があると思います。

千葉:この本をしこたま使っていただけたらと思います。使うことで、創作を「楽しい」と思っていただけることが一番です。どんどん創作して、どんどん失敗して、自分の納得のいく作品を書き続けてもらいたいです。
あとは、弊社は他にも映画やアートなど、その文化を拡大させたいという目的でも刊行しています。類語辞典だけでなく、「王道」とされるハリウッド式の脚本術や、創作者たちの習慣を集めた本など、ほかの本にも興味を持っていただけたら嬉しいです。


「類語辞典」シリーズの使い方は「ものを書いている途中で新しい表現を検索する」だけではありませんでした。辞書をパッと開いてそこに書いてある「お題」に沿って小説を書くなど、「既存の作品があるから辞書を引く」だけではなく、「辞書を元に新しい作品を生み出す」活用の仕方がある。迷った時の手助けになる書でありながら、スタートを切るきっかけの書でもあります。

人が普段何を感じ、どんな性質を持ち、どんな環境に置かれているのか……。「類語辞典」から見る景色を通して、「人間そのものがどのように成り立っているのか」を、深く考えさせられます。「人間とは何か」。あなたも辞書を手に取ってみて、新しい景色をぜひ、見てみてください!


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『場面設定類語辞典』
著:アンジェラ・アッカーマン、ベッカ・パグリッシ/訳:滝本杏奈
A5判・並製180頁/定価:1,600円+税
物語の舞台・世界観をつくりあげる「場面設定」のノウハウを、「郊外編」「都市編」合わせて全225場面を通じ、「見えるもの」「聴こえるもの」「味」「匂い」「質感」等の要素から、「物語が転回する状況や出来事」への導線を、例文とともに徹底解説。


*本記事は、2018年03月13日に「monokaki」に掲載された記事の再録です。

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