2016-2018年のウェブ小説書籍化② 児童向けへの広がりとアンソロジー・ショートショート書籍化ブーム|飯田一史
小学生向けに広がるウェブ発小説
男性向けのエロライトノベルや女性向けのTL、BLでウェブ小説書籍化が本格化していく2015、2016年から、奇しくも小学生向けにもウェブ小説の書籍化が広がっていく。
「2011年のウェブ小説書籍化」で記したように、角川つばさ文庫でエブリスタ発の『オンライン!』が2011年に刊行されているが、児童文庫におけるウェブ小説書籍化が一般化するのは、双葉社ジュニア文庫が創刊タイトルのひとつとして『王様ゲーム』を掲げて創刊した2015年7月以降である。
双葉社ジュニア文庫はアニメやマンガのノベライズ、一般文芸のジュニア文庫版なども刊行しているが、双葉社が刊行してきたウェブ小説書籍化作品のジュニア文庫版が刊行ラインナップで大きな割合を占めている。
たとえば魔法のiらんど発のホラーである日高由香『ゴメンナサイ』を2016年7月、『カラダ探し』を2016年11月、『京都寺町三条のホームズ』を2017年3月、『復讐教室』を2017年11月、『君の膵臓をたべたい』を2018年7月に刊行している。
また、既刊本をあらたにジュニア文庫版として出し直すのではなく、ジュニア文庫が最初の書籍化となる作品としては、エブリスタと野いちごに投稿されていた和花の恋愛小説『初恋マニュアル』(2017年7月刊 )、エブリスタ発でマンガ化はされていたが紙の書籍は出ていなかった葛西竜哉のデスゲーム小説『生贄投票』(2018年3月刊)がある。
双葉ジュニア文庫の特徴は、親本の刊行レーベル・判型も、ターゲット読者層も、投稿されたサイトも異なる作品群がひとつのジュニア文庫レーベルから出ている点だと言える。
2017年にはスターツ出版から小学生向けの野いちご文庫が創刊されている。ただこれはいわゆる児童文庫、つまり新書サイズの判型ではなく文字通り文庫サイズの刊行形態である。
もともと野いちごは主たるユーザー層が小4から中2までのサイトだが、中学生向けのケータイ小説文庫の読者層よりも若い、小学生に刺さる作品を横書きで(ただし300ページ超えもざらにある)書籍化するレーベルが野いちご文庫だ。さらに、これとはまた別にスターツ発の児童文庫として2020年8月に野いちごジュニア文庫が創刊されている。
2018年3月には児童文庫レーベルとしてポプラ社ポケット・ショコラが創刊されている。こちらは双葉ジュニア文庫同様にウェブ小説書籍化専業ではないが、エブリスタ発の麻井深雪『制服ジュリエット』や市宮早記『噂のあいつは家庭科部!』などが刊行された。また、エブリスタとポプラ社で作品を募集するピュアラブ小説大賞を2018年から開催(ただし同レーベルの刊行は2020年11月以降止まっている。しかし、2020年の受賞作は2021年にキミノベルから書籍化されている)。
同時期の2018年5月にはやはり児童文庫レーベルであるPHPジュニアノベルも創刊された。PHP研究所は2010年代初頭からボカロ小説やフリーゲームノベライズの牽引役であったが、ニコ動人気の凋落に伴い2010年代中盤から売上が芳しくなくなり、編集部が解散となる。
児童書出版部に異動した編集者の小野くるみが立ち上げたPHPジュニアノベルは、悪ノP_mothyのボカロ小説やフリーゲーム『青鬼』のノベライズも刊行する媒体となった。
現在では刊行点数が減り、実質的に『青鬼』のジュニア文庫版を出すレーベルとなっているが、2018、2019年には野いちご出身のいぬじゅんや櫻いいよも書き下ろしで恋愛ものを刊行している。
ここまで見てきたように、エブリスタや野いちご出身作家は児童文庫に進出した一方、なろう系作家ではこうした傾向はほとんど見られない。そもそもジャンル的に、デスゲームや青春恋愛もの、広義のミステリーと比べると、異世界ファンタジーは児童文庫ではヒット作に乏しい。
だが、PHPジュニアノベルからは例外的になろうに投稿した『転生した大聖女は、聖女であることをひた隠す』などが書籍化されている作家の十夜が原作の『告白プロデュース! 「代告屋」結成しました!?』(ココロ直・著)が2021年5月に刊行されている。とはいえ、この作品自体は異世界ファンタジーではなく学園ものだが。
なぜこの時期に各社が児童文庫への参入が相次いだのか? 出版市場の長期停滞傾向が続くなか、少子化にもかかわらず児童書は堅調であり(その背景に関しては拙著『いま、子ども本が売れる理由』に詳述した)、有望な市場と見込まれたためだ。その「弾」として、もともと中学生に人気のあったウェブ発のデスゲームものやホラー、学園恋愛ものの小学生への下方展開が試行されたのである。この戦略は、時期的にやや先行して、児童文庫で山田悠介的な作風のサバイバル、デスゲームものが人気ジャンルのひとつとなっていたことから発想されたものと思われる(山田悠介自体、2014年以降、代表作の角川つばさ文庫版や小学館ジュニア文庫版がいくつか刊行されている)。
とはいえ、児童文庫大手のつばさ文庫や講談社青い鳥文庫がこぞってウェブ小説から書籍化する流れができたわけではない。結局のところ、ウェブ小説書籍化を柱とする新興レーベルが一大勢力を形成するには至らなかった。
ラノベと比べると、児童書においてはウェブ小説書籍化の影響は限定的なものに留まっている。
短篇集アンソロジー・ショートショート書籍化ブーム
逆に児童書やヤングアダルト(13~19歳向けの書籍)の流行がウェブ小説書籍化に及んだものとしては、2017年頃から短篇アンソロジー・ショートショート本が相次ぐようになったことが挙げられる。
学研プラスから2013年12月に市販本として刊行された(その前に図書館限定で流通する書籍として企画されている)『5分後に意外な結末』シリーズが、毎日新聞社と全国学校図書館協議会が毎年に実施している「学校読書調査」の読んだ本ランキングの中学生部門に入ったのが2017年5月に実施した第63回学校読書調査においてだった。
累計350万部超のヒットとなった同シリーズは、もともとは全国の小中高校で週1~週5回、1回10~15分行われる「朝の読書」で読まれることを狙って企画されたショートショート(都市伝説、小咄、短編小説など)のアンソロジーだった。
朝読狙いの本はこれ以前にも無数にあったが、「○分+読み味」という組み合わせのタイトルのキャッチーさもあいまって、5分後シリーズは無数にフォロワーを生んだ。
その代表的なウェブ発のフォロワーが、2015年6月より「エブリスタ」上で開催している短編小説賞「三行から参加できる 超・妄想コンテスト」の受賞作を中心とする短編小説レーベル「5分シリーズ」だ。
2016年11月に5タイトルを電子書籍として発売し、同人誌版を各地で開催されている「文学フリマ」のエブリスタブースで頒布したのち、2017年4月に『5分後に涙のラスト』、『5分後に驚愕のどんでん返し』、『5分後に戦慄のラスト』を河出書房新社から書籍化。以降、5分シリーズとして多数刊行していく。
長篇を書くのに比べれば気軽に投稿できる短篇小説やショートショートのコンテストは、投稿サイト活性化施策として書籍でブーム化する前から各社が用いてきた。しかし学研の5分後シリーズがヒットする以前は、読者にうまく訴求するパッケージのパターンが作れず、書籍化には苦戦していた。それがここに来て「朝読向け」で「○分で××」という「出口」が明確に見えるようになった。そして長篇でなくても本が出せるチャンスが増えたことで、ウェブ上の短篇の書き手が、より集まるというサイクルができていった。また、短文のフィクション、超ショートショートであればSNSでバズを引き起こすこともできることが発見された。
面白法人カヤックに勤めていた(のちに独立)氏田雄介がネット上での流通しやすさを狙って9字×6行の正方形サイズの原稿用紙フォーマットに2文または3文で構成された物語を綴る「54字の物語」がTwitterやInstagram上で人気を博し、PHP研究所から氏田雄介『54字の物語』として2018年2月に刊行され、好評を博してシリーズ化された(担当編集者はPHPジュニアノベルと同じ小野くるみである)。
54字の物語は、1作1作は完結しているが、共通フォーマットがあり、ハッシュタグで辿りやすい。また、誰でも簡単に制作し、Twitter上に投稿できるジェネレーターを公式サイト上に公開している。これを使って「54字の文学賞」として応募を募ると、瞬く間に数千単位で作品が集まり、投稿が途切れなかったため、継続的に開催が決まった。つまりフォーマットを他者にもオープンにしたことで、よりバズが起こしやすくなり、シリーズ継続も容易になった。
小説投稿サイトの中には、投稿者にSNSでシェアさせようと様々な施策を試みているところもあるが、人はSNSを見ているときにわざわざリンクで飛んで長編小説を読もうとは、よほどのことがない限りは思わない。マンガでさえ普通は読み切りか人気連載作の「最新回」がシェアされるのであって、連載第一話から長編を読もうとかシェアしようと思う人はまれだ。
一方でTwitterにしてもInstagramにしても、文章を書いて画像としてアップする文化がある。「54字の物語」も画像として作品をSNS上に投稿できるしくみが用意されている点が作品の流通しやすさにつながった。
『54字の物語』シリーズの読者層は幅広いが、注目すべきは学校での利用だろう。このシリーズは小中学生が「朝の読書」で読んでいるだけでなく、国語の授業などで生徒に創作にチャレンジさせる先生も少なくない。
ウェブ発の小説が小学生にまで広がり、創作と投稿のハードルを下げて書き手を増やすことにも貢献したのは画期的だったと言うほかない。
短篇集・ショートショート書籍化の流れが児童・生徒向けを超えて大人向けにも広がっていったことも記しておこう。
この時期ではたとえば2018年9月にはウェブマガジン「キノノキ」で連載されていたショートショートをまとめた作品集である新井素子『ゆっくり十まで』、同年10月には作者がTwitter投稿したほぼ百字小説をまとめた北野勇作『その先には何が!?じわじわ気になる(ほぼ)100字の小説』(ともにキノブックス)が刊行されている。
そして『ニンジャスレイヤー』の成功以来、停滞していたTwitter小説書籍化の動きは、「○分で××」から派生した「○字の小説」というキャッチーなフォーマットを獲得することで、再び活性化していくことになる。
Twitter/インスタポエムから小説家が現れる カフカ、F、0号室、燃え殻
Twitterから本を書ける才能を見つけるという意味では、Twitter/インスタポエムの書籍化もこの頃始まっている。
SNS上に恋愛に関することや人生訓をエモいポエム風に書いて人気を博していたアカウントの発言を書籍化する流れが2015年3月にKADOKAWAから刊行された蒼井ブルー『僕の隣で勝手に幸せになってください』を皮切りに続いた。カフカ『だから、そばにいて』(2015年9月刊、ワニブックス)、sleep『好きで好きでどうしようもない恋は、いつもどうにもならなくて。』(2016年8月刊、KADOKAWA)、ハジメファンタジー『言葉にしなくちゃ』(2016年11月刊、ワニブックス)などである。これらをくくって筆者はTwitter/インスタポエムと呼んでいる。
こうした書き手の中で、2018年頃から小説を刊行する者も現れる。カフカ『いつか想いあふれても』(2018年2月刊、セブン&アイ出版)、0号室『愛、という文字の書き順は教わっても愛し方までは教わってこなかった』(2018年11月刊、ワニブックス)などがTwitterポエムの書き手による小説だ。2018年4月刊のF『真夜中乙女戦争』(KADOKAWA)は特に売れ、2022年1月21日に実写映画が公開される。
この流れを決定づけたのが、やはりTwitterポエムの書き手として注目を集めていた燃え殻がcakesに連載したのち、2017年6月に新潮社から刊行した一部実話の恋愛小説『ボクたちはみんな大人になれなかった』である(この作品以外はTwitterポエムの書き手による小説は「ウェブ小説書籍化」ではなく、カフカもFも0号室も書き下ろし)。
KADOKAWAはこうしたTwitter/インスタポエムを「エモ文学」と形容し、Twitter、Instagram、YouTube、TikTokなどで活動するインフルエンサーのエッセイを刊行するレーベルである「@night」を2018年6月に創刊する。ただ、同レーベルから小説は刊行されていない(また、2020年9月以降は新刊が出ていない)。
感傷的な言い回し、実話混じりの創作といった、ウェブ小説/ケータイ小説では常に一定の支持がある傾向の作品・書き手が、この時期にはTwitterやInstagramからリクルートされるようになったのである。なお、このジャンルの書籍化を積極的に行ったワニブックスは、2000年代後半の第二次ケータイ小説ブーム時にもさかんに書籍化を手がけた版元でもある。
こうしてまとめて見ていくと、2016年から2018年にかけてウェブ小説書籍化の幅が年齢的にもジャンル的にも広がりを見せたとはいえ、なろう発作品のライトノベルに対する影響力や野いちご発のケータイ小説などと比べると、あるサービス発の書籍化のトレンド自体が短命に終わるか、特定ジャンル全体の動向を左右するほど影響を及ぼしたケースが少ないことに気づく。
ウェブ小説書籍化自体は多種多様に行われているのだが、一時の「ブーム」に終わらず長期的に「ジャンル」として定着するものは少ない。ウェブ小説に対する世間的なイメージが実態に比して「異世界転生」をはじめ画一的になってしまうのも故なしではないことが、さまざまに試みられるほどに浮かび上がってくる。
『54字の物語』
著:氏田雄介 イラスト:佐藤おどり PHP研究所
9マス×6行の原稿用紙につづられた「#インスタ小説」がついに書籍化! こどもから大人まで楽しめる、世界一短い(かもしれない)短編小説90話をあなたに。
『5分後に戦慄のラスト』
著:エブリスタ編 河出書房新社
読み終わったら、人間が怖くなった。隙間を覗かずにはいられない男を描く『隙間』他、20000作超から選ばれた怒濤の恐怖体験11作!
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