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2014年&2015年のウェブ小説書籍化(後編)「人気に火がつく」状態から「ウェブ小説はよく売れる」という状況に変わった|飯田一史

ウェブ小説に参入した例外的な一般文芸の作家・石田衣良

 (前編)で書いたような変化にもかかわらず、一般文芸の作家がウェブ小説に参入することは比率から見ればごくわずかだった。

 ついでに言えば2014年6月にはNTTdocomoの電子雑誌サブスクリプションサービス「dマガジン」がスタートし、最盛期には300万人を超えるユーザー数を獲得したが、同サービスには文芸誌・小説誌はひとつも参入しなかった――出版社側が手を挙げなかったのか、話はしたもののdocomoから断られたのかは不明だが。

 例外的にこのころ一般文芸作家がウェブ小説投稿サイト上で執筆して書籍化された作品として、2013年9月から2015年7月まで「E★エブリスタ」で連載され、2015年12月に講談社より刊行された石田衣良『逆島断雄と進駐官養成高校の決闘』がある。
 直木賞作家である石田は2005年から2008年まで開催された小学館、Yahoo! JAPAN、パブリッシングリンクによる「Yahoo! JAPAN文学賞」の選考委員を務めるなどウェブ小説に関心を向けてきた。2013年からはエブリスタにて小説スクールを開講しており、同サイト上での連載もこのスクールとセットでなされたと見るべきだろう。

 石田はエブリスタでの連載終了後、入れ替わるようにして2015年には「夜間飛行」から月額購読料840円(税込)の有料メールマガジン「小説家と過ごす日曜日」を創刊し、16年8月には書籍化(人生相談や恋愛相談などに加えてショートショートも収録)。
 17年4月にはメルマガを「石田衣良のブックサロン 世界はフィクションでできている 」にリニューアル(21年2月に終了)と、そのときどきに注目されるメディアにはひとまず手を出してみるというスタンスのクリエイターであり――たとえば2016年からポッドキャスト、2020年からYouTubeも手がけている――、ウェブ小説へのコミットが2013年から15年頃までだったというのは示唆深い。


CRUNCHERSの少し早すぎた挑戦とディスカヴァー・トゥエンティワンの動向

 また、純文学でデビューした作家が手がけ、小説投稿サイトから書籍化された作品もあった。

 2013年8月にCRUNCHERS株式会社が運営する小説投稿・閲覧プラットフォーム「CRUNCH MAGAZINE」とディスカヴァー・トゥエンティワンが共同開催する小説新人賞「CRUNCH NOVELS新人賞」の第1回受賞者を2014年8月に佐久本庸介に決定し、佐久本が両社編集チームと共同でデビュー作を創作した『青春ロボット』が2015年6月に刊行されている。

 CRUNCHERSの代表取締役を務めた石井大地は2000年代中盤以降、開成高校から東京大学理科三類に合格した経験を活かして受験ノウハウ本を何冊も手がけたのち文学部に転じ、今村友紀名義で河出書房新社が主催する純文学の小説新人賞「文藝賞」を受賞して2011年に小説家デビューした作家である。
 筆者は当時、石井=今村と取材やイベント登壇を通じて直接何度か話しているが、彼はこのころ2つの方向性からCRUNCHERSの事業を模索していた。

 ひとつは、日本のウェブ小説には純文学ジャンルの作家・読者が切磋琢磨できる場所がないため、純文学同様に「売上」(人気=アクセス数やランキング)ではなくコミュニティ内の相互「評価」(ポイントや感想、レビュー、批評の多いものが上位に来るアルゴリズム)に基づく場をウェブ上に作り出す必要があるという問題意識である
 もうひとつは、AI(深層学習)を使ってベストセラー小説や映画の脚本をデータとして大量に食わせて特徴量を抽出すれば、再現性のあるヒット作づくりや、売れる見込みが著しく低い作品を下読み段階で除外することが可能なのではないかという仮説である。 

 純文学のコミュニティを育てることと、機械学習を用いた小説賞選考やヒット作づくりの可能性追求はかなり位相を異にする問題であり、どちらを重視するかによって、運営する投稿サイトのターゲットユーザーも変わってくる。前者はスケールするビジネスとしては成立しづらく、外部からの投資や仕事の受注を呼び込みにくい一方で、後者には成立しうる見込みがあった。 

 ディスカヴァーとの新人賞予備選考にはCRUNCHERSが開発した、テキスト解析による小説作品評価が用いられた。つまり、石井が試みようとしていた2つの路線のうち後者(投稿サイトとAIを使って再現性のあるヒットを生み出す)をテストし、知見を得る狙いがあったのだと思われる。
 しかし佐久本の作品は残念ながらヒットせず、この新人賞の第2回は行われなかった。ディスカヴァー的に、コストに見合う成果が得られなかったと判断されたのかもしれない。

 2017年に日本で翻訳版が刊行されたジョディ・アーチャー、マシュー・ジョッカーズ『ベストセラーコード』の原著は2016年に出版されているが、同書は石井同様にベストセラー小説のデータを大量に機械学習させて特徴を抽出し、「ヒットの法則」を導き出そうとしたものだった。要するに、両者の方向性や手法はかなりの程度、似通っていた。ということは、やりようによっては、また、もう少し時間軸を長く取ればCRUNCHERSの試みも成功したのかもしれない。

 2015年にCRUNCH NOVELSはCRUNCHERSではなく石井個人の運営に変わり、2019年にはサービスを終了する。石井は今村名義では2013年以降、小説を発表していない。
 石井としてはCRUNCHERSのあとはリクルート勤務を経て2017年に株式会社グラファーを創業し、行政のDX(デジタルトランスフォーメーション)事業に取り組んでいる。つまりウェブ小説とは関係のないところへ身を移し、純文学投稿コミュニティ興隆の夢もAIと投稿サイトを使った再現性のあるヒット創出の夢も霧散した。ともあれ、石井のような気の多い才能もやはり2013年から15年頃にウェブ小説に注目し、取り組んでいたのである。

 ディスカヴァー・トゥエンティワン側に目を向けると、ほかにもこの時期エンタメ小説事業をいくつも手がけている。たとえば「石田衣良氏絶賛!」という惹句で電子書籍大賞2013エブリスタ特別賞受賞作品である櫻川さなぎ『サヨナラ自転車』を2013年12月に単行本として刊行。櫻川はピンキー文庫デビューだから、ケータイ小説系の作品と言える。
 また、2014年1月には「Right Novel」というレーベルを立ち上げ、やはりエブリスタで人気を得てスマホ小説大賞2014・エンタメ文芸部門を受賞した本田晴巳『メンヘラ刑事』などをやはり四六判単行本で刊行。全タイトルがウェブ小説というわけではなかったが、こちらはラノベ系と言える。

 2015年5月には、誰でも小説を投稿できるサイト「novelabo(ノベラボ)」を正式オープンしていくつかの作品を電子書籍化。また、2014年12月にディスカヴァーからデビューした「バーチャル小説家アイドル・文野はじめ」がノベラボのプロデューサーに就任し、このキャラクターが書籍を出版するというコンセプトのレーベルNOVELiDOLを2015年5月から12月まで手がけた(ノベラボは2019年9月にサービス終了が発表されたが、デザインエッグ社が事業継承した)。

 さらにディスカヴァーは全国書店員が「世に出したい」と思う文芸作品を選出する「本のサナギ賞」をやはり2015年から開催した(これはウェブ小説とは関係がないが、「識者」ではなく「読者」が選ぶという思想はウェブ小説書籍化と共通している)。
 同社はこの時期に起こっていたラノベジャンルの再編成やライト文芸勃興に合わせて変化球を矢継ぎ早に投じたが、いずれも短命に終わった。


新世代ノベルゲーム書籍化の勢いと失墜

 2014、15年にはここまで見てきたこと以外にも興味深い出来事がいくつかあった。まとめてみていこう。

 2010年代前半には、ニコニコ動画やYouTube上のゲーム実況動画で取り上げられて人気を博しているフリーゲーム『青鬼』『ゆめにっき』『魔女の家』『霧雨が降る森』などの小説版も続々刊行されていた。この流れから、90年代~2000年代に隆盛したエロゲーとはまったく別の流れから生まれたホラー系ノベルゲームも実況対象となって注目を集め、いくつか小説版が刊行された

 インターネット上にデータやプレイ動画が置かれるようになって以降のノベルゲームは「ウェブ上でテキストを読み進める」という点で、ある意味「ウェブ小説」の一種と言ってよく、ここでは「ウェブ小説書籍化」のひとつとして取り上げることにしたい。
 たとえばNovectacleの同人ノベルゲーム『ファタモルガーナの館』がPHP研究所とGA文庫からシナリオライターの縹けいか名義でそれぞれ2014年に刊行されたのがその代表的な例だろう(なお『ファタモル』は同人ノベルゲームだが有料販売されており、無料のフリーソフト=「フリーゲーム」ではない)。

 また、神波裕太制作のフリーホラーゲーム『包丁さんのうわさ』『奥様は惨殺少女』の小説版が、本人名義でエンターブレインとKADOKAWAから2014年に出版された。ノベルゲームでは普通、選択肢が表示されて、選んだものによってストーリーが分岐していくのだが、『奥様は惨殺少女』では間違った選択肢を選ぶとすぐに死ぬ同作の小説版では本文中に選択肢の表示はされないのだが、ゲームではバッドエンドにつながる間違った選択をして主人公が死ぬ描写がされる。そのあと「*」(アスタリスク)で区切りを入れ、しれっと死ぬ少し前まで時間を巻き戻して同じ文章を繰り返し、先ほどとは違う選択肢を選んだ展開へと進む(つまり主人公が何度も何度も死んでは違う行動を取って話が進む)という、ゲームを未プレイの人間が読んだら前衛小説かと見まがうであろう斬新なノベライズ手法が試みられていた
 こうした実況向きのホラー系ノベルゲームは、ほかのフリーゲーム同様、ほとんどはニコ動の勢い失墜に伴い人気が落ち着いていき、小説の売れ行きも下がって刊行されにくくなっていく。

 2019年には、ノベルゲーム界隈で久々の注目作となった人狼×伝奇ものの傑作『レイジングループ』が星海社から書籍化されたが、2000年代に竜騎士07の『ひぐらしのなく頃に』が書籍版もベストセラーになったことと比べれば、盛り上がりは限定的なものに留まった。


海を越えて刊行された東アジアのウェブ小説

 2015年には東アジアのウェブ小説が海を跨いで刊行されてもいる。
 中国最大のウェブ小説プラットフォーム「起点中文網」に投稿されてアニメ化、ドラマ化も果たした(ドラマは日本のNetflixでも視聴可能)モンスターヒット作である胡蝶藍『全職高手』が『マスターオブスキル 全職高手』というタイトルでリブレ出版のLBブックスから刊行が開始されている

 リブレ出版といえばBLやTL、乙女など女性向けに強い版元であり、BLウェブ小説の書籍化にも比較的積極的な会社である。とはいえ同作は女性向け的な要素に乏しいeスポーツ小説(舞台のほとんどはゲーム内と主人公が勤務するネットカフェに終始するのだが抜群に読ませる)であり、にもかかわらずやや女性向け風のパッケージがなされたこと、まだまだプロeスポーツプレイヤーが少なかった日本ではピンとくる読者が少なかったこと、そして何より日本では書籍刊行以外に目立ったプロモーションがされなかったために、日本では中国とは異なり広い認知を得られなかった。結果、売上は芳しくなく、4巻で未完のまま翻訳が中断している。

 また「なろう」に投稿された、じぇにゅいんによる女子高生が主人公の野球小説『俺、りん』が日本では書籍化されていないにもかかわらず、韓国の出版社IMAGEFRAMEのV-NOVELSから書籍化された(このレーベルでは同時期ほかにヒーロー文庫から刊行されている渡辺恒彦『理想のヒモ生活』などが韓国語で翻訳刊行されている)。しかしこちらも残念ながらシリーズ途中で翻訳版の刊行が途絶えている。

 ウェブ小説はウェブ上での人気・認知を前提に書籍化やメディア展開がなされるが、アニメ版が海外でも人気になっている、といったことでもなければ、国や言語が違えば知名度は皆無になる。したがって、翻訳版を刊行する国・地域において、本国でのウェブ小説連載やアニメ配信に相当するプロモーションを行ってから刊行しなければ、国をまたいだヒットは難しい。ふたつの作品の刊行中断は、これを認識させる出来事だった。

 作品の輸出入ではなく、ビジネスモデルの輸入とローカライズもあった。
 NHN comicoが運営するマンガアプリ「comico」が、2015年4月にはノベル機能を実装した。ここではマンガ同様に「公式作家」と呼ばれる作家がアプリ上で連載を手がけ、comico内に用意された投稿の場で人気を得た作家・作品に対して運営側が声をかけ、公式作家へとリクルーティングするしくみが導入された

 comicoのようにひとつのサービスでマンガも小説も読めるものとしては韓国では「カカオページ」が著名だが、NHN comicoはカカオのライバルであるNAVERの流れを汲む企業であり、comicoのビジネスモデルは韓国から日本へと持ってきたものだと目される。
 同年10月には双葉社とcomicoが提携するコミックおよび小説のレーベル「comico BOOKS」が創刊され、11月には小説初の書籍化作品として櫻木れが『彼氏くんと彼女ちゃん』を双葉文庫comico BOOKSから刊行している。

 comicoノベルはアプリ上では横書きで、地の文は普通の小説と同じだがセリフの部分をキャラクターの顔とフキダシを使って表示するというメッセンジャーアプリ(LINEやカカオトーク)風に表示していたが、書籍版は縦書きにしてアイコン表示をなくし、代わりに情景描写や心理描写を加筆修正した「一般文芸」として販売。
 ただ、4タイトル(『ノベライズReLIFE』は1作で5冊出たから計8冊)のみで双葉文庫comico BOOKSは終了し、comicoノベルのサービス自体が2021年10月27日をもって終わった。
 こうしたメッセンジャーアプリ風のUIの小説はほどなくして「チャットノベル」と呼ばれるようになるが、comicoノベルに限らず、以降も日本では書籍化が大ヒットしたことはない


「ウェブ小説はよく売れる」という書店員の声が記事になる

 最後に2014、15年のウェブ小説をめぐる語りがどうだったかを見ていきたい。
 このころのケータイ小説(非ライト文芸系)を取り上げた記事として、「本の雑誌」2014年10月号掲載の高頭佐和子「乙女派書店員☆ケータイ小説文庫読み比べレポート2014 俺様男子に気をつけろ!」がある。

 ケータイ小説は「以前はハードカバーだったけれど、今は手にしやすい価格の文庫が中心」「過去のケータイ小説は、暴力傾向の男子や束縛系が多かったけれど」「人気は「俺様」みたいな男子」(82p)。夏の文庫フェア「ナツイチ」にも採用されたピンキー文庫のくらゆいあゆ『駅彼 ―それでも、好き。―』やスターツ出版の「胸キュン系のピンクレーベル」からTSUKI『俺以外のヤツを好きになるの禁止。』、感動系のブルーレーベルから永瑠『太陽みたいなキミ』、魔法のiらんどからユニモン『リキ ―永遠のラブソングを、君に―』、春川こばと『ワケあり生徒会!』を紹介。「以前のケータイ小説にくらべてパンチ力にはだいぶ欠けるけれど、これなら娘さんの本棚にあっても安心です。」(84p)とまとめる。

 なお筆者が2019年にスターツ出版を取材したときにはすでに「俺様」人気は後退しており、「ここ3、4年は、クールまたは無気力系で、ガツガツしてなさそうに見えるんだけれどもヒロインに対しては一途で優しいというギャップがある男子に溺愛される、という感じが人気です。昔のように強引だったり、突き放すタイプではないですね」と言われている(「10代読書女子が「無気力・溺愛男子」を好む理由 好まれる男子像は一変、性描写も控えめに」、「東洋経済オンライン」)。

 流行の変遷自体が興味深いが、スターツ出版の強さはサイト上での人気および書籍の売上から機敏にこうした流行の変化を察し、読者の嗜好に合わせてサイトでの押し出し方や出版物の刊行ラインナップ、デザインを逐次変えてきたことにある。編集者の思い込みを極力排して読者のニーズを機敏に汲み取る体制あってこそ、ケータイ小説とその書籍化ビジネスは2000年代後半から現在に至るまで生き残り、また、多様化し続けてきたのである。
 また、2014年には富士見書房(KADOKAWA)から『この「小説家になろう」がアツい!』、2015年には宝島社から『このWeb小説がすごい!』と、『このライトノベルがすごい!』スタイルのなろう系ムックが刊行されている。
 ただ売れ行きが微妙だったのか、理由は不明だが、いずれも1冊どまりで終わり、年刊ムックとしてシリーズ化されることはなかった。

 そして16年暮れ発売の『このライトノベルがすごい!2017』(宝島社)からランキングが「文庫部門」と「単行本部門」に分離し、単行本部門ではなろう系がほとんどを占める状態になる。再三言ってきたように2010年代中盤を境になろう系はラノベの一部に組み込まれたのであり、分けて扱う必要がなくなったのだ。

「ダ・ヴィンチ」2015年8月号で書泉ブックタワー勤務の書店員・田村恵子は「いわゆる"なろう小説”は、3~4年ぐらい前から人気に火がついて、新刊を出せば間違いなく売れるという勢いのあるジャンル。弊店のライトノベル人気ランキングも、ほとんどなろう小説が占めています」と語っている(141p)。

 本連載の読者には周知なように、ここで言う3、4年前である2011、12年にはたしかに「人気に火がついて」いた。だがリアルタイムではこのように書店で火が付いている、売れているという内容の記事はほぼ出ていない。ウェブ小説書籍化をめぐる現場(売場)の動きと、記事を発信するメディア上での注目度には乖離があった。その乖離が2010年代中盤には縮まっていったと言える。

 2014、2015年にはなろうやアルファポリス発のファンタジーがラノベとみなされ、エブリスタや野いちご発のお仕事ものやあやかしもの、青春ものがライト文芸とみなされ、アルファやエブリスタ、ベリカフェ発の大人の女性向け恋愛小説がコンスタントに刊行されるようになった。2020年代序盤の現在まで続く光景が、当たり前のものになったのである。


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