9年間書き続けた。なんだって、やり続けた者が強い。|冨森駿 インタビュー
毎年夏には書店に並ぶ各出版社の「夏の文庫」フェア。今年の集英社「ナツイチ2020」に「エブリスタ×ナツイチ小説大賞」受賞作『宅飲み探偵のかごんま交友録』がラインナップされた。今作がデビューとなった著者の冨森駿氏にエブリスタでの小説執筆についてや、舞台となった鹿児島についてメールインタビューを行った。第2回「エブリスタ×ナツイチ小説大賞」に応募を考えている方は冨森さんのインタビューを読んで、その後に続いてほしい。
誰かに読まれているというモチベーションがほしかった
――小説を書きはじめたきっかけがありましたらお聞かせください
冨森:大学一年生の頃、ドイツの短編小説についての講義を受講していました。最終課題として「講義全体をまとめるレポートを作成する」、「教場レポート」、そして「短編小説を一本書いてくる」という3つの課題が出され、どれか一つを選びなさいと言うのです。私は迷わず「短編小説を一本書いてくる」を選びました。
「おもしろそう」という軽はずみな理由で選んではみたものの、これが何とも難しく、一本の短編を書き上げたときには夜が明けていました。苦労はしたものの、その体験が刺激的だったのは事実で、それ以来、自作の小説を書き始めました。
――エブリスタで書き始めた理由などはありますか?
冨森:やはり、小説を書いていると誰かに読んでもらいたい、感想を聞きたいという欲求が出てくるものです。しかし、なかなか知人に読んでもらうわけにもいけませんし、何より恥ずかしい。ただ、一人で書く孤独な作業を長い期間続けるのは難しいとも感じていました。根が飽き性なんです。
小説投稿サイトに投稿すれば、誰かに読まれているという意識が働いて、モチベーションの維持につながるのでは、と考えました。数あるサイトの中でも、エブリスタさんは書き手と読み手双方のやり取りが活発な印象があったので、自分のニーズにぴたりとはまりました。
――普段はどんな時間に執筆されていますか?
冨森:やはり仕事がら、平日に時間をとることは難しいので、週末の時間があるときにということになります。毎日コツコツというわけではなく、時間があるときに一気に進める形です。
――最初に物語が思い浮かぶのはどんな時でしょうか? シーンでしょうか、キャラクターでしょうか?
冨森:キャラクターですね。「こんな奴がいたらおもしろいな」とか「きっと彼がいたら毎日が楽しいよね」とか、そういうイメージから固めていき、設定を練っていきます。ある程度、煮詰まってきたら、「じゃあ彼らが活躍し、輝けるのはどういう舞台だろうか」と自問自答していくなかでストーリーなりシーンなりを固めていきます。
「日常の謎」×連作短編の相性の良さ
――「エブリスタ×ナツイチ小説大賞」を受賞された『宅飲み探偵のかごんま交友録』では「日常の謎」について書かれていますが、最初からミステリーなどに興味はあったのでしょうか?
冨森:最初に書き上げた原稿は二人の刑事が主人公の長編ミステリーでした。スプラッター映画に近い雰囲気を目指していたので、人も死にます。ただ、キャラクターから着想することの多い私のスタイルですと、どうしても全てのキャラクターが愛おしくなってくるわけで、愛着あるキャラクターを殺してしまうことに抵抗を感じるようになりました。結局、その長編原稿の完結にはまる二年を要しました。クライマックスに差し掛かるにつれ、自分でもどんどん筆が重くなっていくのを感じていました。人が死ぬシーンを描くと筆が進まない。けれど、ミステリーは書きたい。そんなときに北村薫さんの本に出会い、これだ!と直感し、いわゆる「日常の謎」派の作家さんの小説をかたっぱしから読み漁り、その魅力にハマって今に至ります。
――今回の『宅飲み探偵のかごんま交友録』も「日常の謎」が物語の核にあります
冨森:「日常の謎」自体が連作短編と相性が良いということもあったのですが、ここでこれが起きてどうなってという物語の組み立てがやりやすかったというのも理由の一つです。また、初めて「日常の謎」を描いた原稿も連作短編形式だったのですが、それが、新人賞で人生初の最終選考まで残り「日常の謎」×「連作短編」の組み合わせに手応えを感じました。結局、その原稿は力不足で受賞には至らなかったのですが、次に新人賞に向けて書き上げたのが『宅飲み探偵のかごんま交友録』でした。
――鹿児島が物語の舞台になっていますが、取材などはされましたか?
冨森:鹿児島に住んでいたのは学生時代の4年間のみでした。結婚式などの用事で鹿児島に行く機会はありましたが、執筆に関して、取材等はおこなっていません。
――鹿児島という土地は自作へ影響を与えていると思われますか? あるとしたらどんなことでしょうか?
冨森:住んでいたという経験は間違いなく影響を与えるのではないかと思います。学生時代は時間がたんまりとあります。その膨大な時間を過ごした鹿児島時代は、あらゆるものを見て大きく知見が広がった時間でもありました。ですから、あの頃の記憶を掘り返しながら、あの頃に見聞きしたものを参考にして今回は書きました。
受賞後には編集者の提案で、「謎」と「解決法」をかなり大幅に修正
――受賞後に集英社の担当編集者さんとのやりとりで(商業出版で出すことにおいて)驚かれたことなどありますか?
冨森:まず、無名の新人にここまで手を尽くしてくれるのかと驚きました。必要な資料があればすぐに送ってくれますし、自分で進むべき道が分からないときには、方向性の提案もしてくださり、大変助けられました。
――受賞作の加筆修正はどのくらいされましたか?
冨森:お恥ずかしい話ですが、かなり大幅に修正しました。第二幕に関しては、謎そのものの内容を変えているので、ほとんど別物になっています。しかし、登場人物やストーリーラインは大きくいじってはいないため、元の原稿と読み比べても読後の印象に変化はないかなとも思っています。修正作業の大半は謎とその解決法、そして伏線に費やされました。
たくさんの物語を書いて終わらせることでしかつかない執筆力
――エブリスタで書かれている人の中には、物語を完結させれないという悩みを持っている方がいますが、完結させる秘訣などはありますか?
冨森:自分も長らくその悩みと戦っていました。一つのきっかけとなったのは、エブリスタさんが主催されている「妄想コンテスト 」ですね。長い物語は完成させられないけど、短い物語なら…と考え、修行のつもりで第1回から不定期で参加していました。
20本近く投稿したと思いますが、これを経たことで、新人賞に出すような長い原稿を書き上げる速度が格段に上がりました。やっぱり物語を畳み終わらせる筋肉は、たくさんの物語を書き上げないと鍛えられないんだと痛感しました。
未完の大作という名の「書きかけ原稿」を量産するよりも、まずは、長さは気にせずに多くの習作を完結させて力を付けることが重要なのではと思います。
――最後に、プロをめざす書き手に向けてのメッセージがあればお願いします
冨森:物書きを趣味にしてデビューするまでに9年かかりました。これを「9年も」とするのか、はたまた「9年しか」とするのかは受け取り方の考え一つですが、自分にとってはもがき続けた長い時間です。その9年の間に、志半ばで筆を折ってしまったたくさんのクリエーターを見てきました。その中には私なんかよりもはるかにおもしろい作品を書く人も大勢いました。
やめてしまえば、可能性はゼロです。書き続ける限り可能性は残り続けます。なんでもそうですが、やり続けた者が強いのです。何かを犠牲にしてまで書くような頑強さは必要ありません。疲れたときにはちょっと一息ついて、可能性の芽をつぶさないようにしてください。
(インタビュー・構成:monokaki編集部)
『宅飲み探偵のかごんま交友録』
著:冨森駿 集英社(集英社文庫)
面白さ“桜島”級!!
料理マッチョ×謎解き=青春!?
第1回エブリスタ×ナツイチ小説大賞受賞作!
大学三年生の晴太は、憧れの先輩・小春に大告白。しかし途中で桜島が大噴火。返事の代わりに謎の指令を下された彼が向かった先には、料理をしながら筋トレをするマッチョがいた。そして今度はその男に買い出しを命じられる。小春と恋仲になりたい一心で渋々使い走りをするが……。個性的なキャラクターが大活躍! 鹿児島の魅力が詰まった青春小説。第1回エブリスタ×ナツイチ小説大賞受賞作。