純文学はWebにアップするべき?老舗新人賞に送るべき?|monokaki編集部
小説作品が誕生する場として、投稿サイトはすでに非常に大きな存在になっています。ライトノベル的な作品(という定義もいろいろなのでしょうが)を手がける編集者は、エブリスタさんほか各サイトのパトロールを熱心にやっているはずです。この流れは今後、たとえば純文学的な作品にも拡がってゆくのでしょうか?
前回に引き続き、新潮社「yom yom」編集長の西村博一さんに答えてもらいました!
投稿サイトに純文学作品が少ない理由
【質問】
純文学に近い路線で商業作家を目指しています。ですが、新人賞の応募の簡便さや読者の方との交流の楽しさから、Webでの作品の発表ばかりになっています。ライトノベルなどを目指さない場合は、やはり老舗の新人賞だけを狙った方がいいのでしょうか?
「そもそも純文学ってどういうものなのよ?」という問題は存在するのですが、それはひとまず脇に置き、質問者さんがお感じになっている「純文学的な作品を発表するのに、Webはふさわしいのだろうか?」という戸惑いは、おそらく多くの方に共通なのだろうと思います。
お答えを端的に記せば「老舗の新人賞だけじゃなくてWeb発表もアリですよ」になるのですが、じゃあ「老舗の新人賞」を無視していいのかといえば、そうでもないのです。
小説投稿サイトが大規模プラットフォーマーに成長した現在でも、相対的に純文学作品の掲載数は少ないです。これは、「作品を書きたい」というニーズと、「作品を受け入れたい」という出版社側のキャパが、とりあえずはバランスしていることを意味します。言い換えれば、「老舗の新人賞を受賞した方が商業作家としてデビューし、文芸誌に作品を掲載、連載した後に書籍化される」という「従来モデル」が、まだ割合(ライトノベルやエンタメ文芸に比べて)しっかりと機能しているということです。
「読み手の目」を持つ重要さ
純文学というのは、世の中的な視線で見ればある種の権威性と結びついていますよね。だから文芸マスコミもしっかり注目してくれるわけで、純文学はエンタメ文芸以上に「従来モデル」が力を残しているとも言えるでしょう。
ゆえに、現時点でもし純文学的な作品を発表するのであれば、この従来モデルを無視するのは得策ではないのです。「もうダイレクトパブリッシングの時代だから編集者なんか不要だ」的な議論にもしばしば出会いますけど、そのたびに「編集をナメんなよ」と思います。作家さんにとって「読み手の目」というのはそれぐらい重要なものだと思いますし、純文学系の編集者の編集スキルというのは、やっぱり軽視できないものがあるのです。
ただし……と、ここからWeb発表もアリな理由を語ります。
出版業界というのは、実はとても狭い村なのです。純文系の編集者はエンタメ編集者よりさらに少なくて、おそらく文芸誌の編集者と純文学を主に手がける書籍の編集者を合わせても、業界全体で数十人という規模でしょう。たったそれだけの「目」で捉えたものが、とりあえずの需要供給バランスの中で作品として世に送り出されているわけです。いまの出版界の状況を鑑みるに、純文系の媒体なり、その編集者なりを増やすというのは、ほぼほぼ無理ではあるのですが、これ、すごくもったいない状況なのです。
だから! 老舗の文学賞にも応募しつつ、小説投稿サイトにも純文学を書いてほしいです。賞によっては「未発表の作品に限る」という条件が付されているものもあり、Webで発表したものを応募できないケースもありますが、その場合は大変ですけど別の作品を書いてください。
これからは純文学のWeb発表もアリな理由
Webプラットフォームだからこそ返ってくる「読者の目」は、非常に貴重なものです。時に厳しい感情のやりとりになってしまうこともある「読者」と作家さんのやりとりというのは、作品が生み出されるプロセスにおいて、とても重要な役割を果たすようになるんじゃないかと私は考えています。今はおそらく少数派である小説投稿サイトを見ている純文系編集者も、必ず増えていくでしょう。
この数年の出版業界で注目を集めた作品に、こだまさん『夫のちんぽが入らない』ですとか、爪切男さん『死にたい夜に限って』といった、「実録私小説」と呼ばれるジャンルがあります。こだまさんと爪さんはともに「なし水」という同人誌に執筆していて、それが文学フリマで話題になり、商業出版デビューに繋がりました。
デビュー版元の扶桑社さんや太田出版さんの功績は最大として、いわゆる「文芸誌」を出している出版社で、こうした作家さんのカウンターパートに手を挙げたのは、意外かもしれませんがエンタメ系よりもむしろ純文編集者の方でした。第40回野間文芸新人賞(いわば正統派の純文文学賞です)を受賞された乗代雄介さんも、やはり「なし水」のメンバーでした。
もちろん同人誌は小説投稿サイトと違いますが、「老舗の文学賞以外」からも新しい純文学が生まれ始めていることはご理解いただけるかと思います。
いまや斜陽産業の代表格みたいに見られてしまう出版社ですが、未知の才能との出会い方を工夫しようという意志を捨てているわけではありません。いわんや「Webで書いてる人は相手にしない」なんてことは、もう誰も考えていないはずです。
*本稿は、「第3回yomyom短編小説コンテスト」の開催にあたって2018年12月にエブリスタ上に掲載した一問一答を、monokaki用にリライトした抄録です。
*本記事は、2019年04月09日に「monokaki」に掲載された記事の再録です。