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旅に出よう! ファンタジーの神髄|三村 美衣

 ファンタジーの根底には、「懐かしいどこかに帰りたい」という望郷の念と、見たことのない異国の風景や文化への憧れとが同居している。日常から離れ、未知の場所へと向かう旅や探求の物語は、そういう意味でファンタジーの真髄と言えるかもしれない。というわけで、今回のテーマは「旅」なのです。

旅立ちの動機と目的

 農耕社会においては、生まれた土地を耕して暮らし、家族や縁者に見守られながら生涯をとじる人生こそが真っ当な幸せだった。まず最初に、主人公をどうやってその幸せから切り離して旅立たせるかを考えなければならない。
 日常から離れるには、それなりの動機、目的、きっかけが必要となる。

 巡礼、進学、就職、旅行、家出、誰かに何かを届けるため、行方不明の母を探すため、仇を討つため、宝を探しに、意に染まぬ結婚や人柱にされかけるといった厄介事から逃げだすため。旅立ちには葛藤と決意があって、扉をあけ、崖を飛び降り、川に飛び込んで外の世界へと踏み出し、ひとりの夜やはじめての海や、そういったことを積み重ねて、旅人や冒険者の今がある。

 とはいっても、このプロセスから物語を書き始める必要はない。むしろここをみっちり書くと、本題に入る前に読者に飽きられてしまう危険がある。長雨で足止めが続いたときや、つらい出来事があった夜まで、話は大切にとっておくといい。


旅の手段とリアリティ

 旅には計画的なものから緊急避難的なものまで様々なケースがあるが、それぞれの状況に応じた旅支度を考えなければならない。

 中世以前の世界の場合、旅は主に徒歩で行われた。持てる荷物の量は限られるが、しかし旅の途中での調達も容易ではない。街道を行くなら宿屋や、水や寝床を提供してくれる教会や、親切な農家があるかもしれないが、野宿しなければならない日もある。マントはかっこいいだけではなく夜には毛布代わり、それに食料に革の水筒、ナイフや野営に必要な道具。荷物を運ぶロバがいると便利だし、賢くて絶妙に従順でない性質は、コミックリリーフにもなる。

 街道を徒歩で進む以外に、騎士や傭兵なら馬に乗って駆け抜けたいところだが、馬には餌と水と各種お手入れが必要になる。小説や映画なんかで、馬を宿の少年に託すシーンが描かれているのは、それなりの理由があるのだ。馬に限らず、ラクダやゾウや竜や大鷲や巨人なども餌の心配は同様。龍や狼は勝手に餌を調達するが、家畜を襲ってトラブルの火種となることもある。時代が下れば、バイクや車で旅をすることもできるが、こちらも手入れと餌(燃料)が必要なのは同様だ。

 徒歩移動の時代から、長距離貿易にはコスパの良い船が使われ、旅人もそれに便乗していた。時代が下れば駅馬車、飛行船、鉄道など公共交通機関が使える。長時間、ひとつの空間に見知らぬ人が詰め込まれ、心温まる触れ合いから動く密室での大虐殺まで、様々な事件を起こすことができる


異国の描写は五感と仲間を駆使して

 旅先で異国の風景を目にしたときの驚き、感動、違和感。ここはセンスだけでは補いきれない、筆力勝負にもなる部分だ。五感すべてを使ってその場所を眺めてみよう。目に入る景色や光の強さ、ざわめきや物が動く音など耳に入る情報、食べ物や香水や工場や木々の匂い、肌で感じる空気の動きや温度。匂いや肌で感じる触感の描写などは、意識しないとなかなか思いつかない。
 様々な情報から尖った部分を抽出し、そこに歴史や文化や宗教や伝説などの薀蓄や、人から聞いた話など絡める。そして美しさにうたれたり、癒されたり、荘厳さに威圧されたり、よそよそしさに疎外感を感じたりといった感情を加え、読者を上手に異界に連れて行きたい。

 読者をスムーズに異界に連れていくもう一つの方法として、「旅の仲間」も活用したい。
 旅には危険が伴うので、苦難を分かち合い、助け合う仲間が欲しい。それがかなわないならせめて、AIアシスタントのついたバイクや車、ロバ、馬、竜、犬や狼、しゃべる剣や髑髏など、孤独を埋めてくれる相棒が欲しいところだ。

 また、街道を安全に歩くためだけに即席に組織される集団や、難民のキャラバンなどの大旅団を描くのも面白い。ただ『ホビットの冒険』でビルボはガンダルフと13人のドワーフと旅をし、斎藤惇夫『冒険者たち』でガンバは15匹のネズミと旅するが、名作をもってしてもこの人数のかき分けが出来ているとは言い難い

 他にも、旅芸人やサーカスの一座、隊商、測量士や地図製作者、巡回裁判官、壁画の修復師、旅する本屋さん、運送業者など旅する職業ものや、が不思議な事件に遭遇する連作など、さまざまな作品をお待ちしてます。


おすすめ旅ファンタジー4作品

J・R・R・トールキン『ホビットの冒険』(岩波文庫)
居心地の良い家と、美味しい夕食、パイプにエール――日常生活が大好きなホビットが、魔法使いガンダルフとドワーフと共に冒険の旅に出る。なによりもこの旅立ちまでの展開が楽しい。
https://www.iwanami.co.jp/book/b254873.html

小野不由美『図南の翼』(新潮文庫)
先王が斃れて27年。新たな王が現れず国が荒れて行くことを憂う12才の少女が、王となるべく蓬山を目指して歩きはじめる。妖魔が跋扈する険しい道を抜けた先で、彼女を待つものは……。人気シリーズ《十二国記》の中でも、ファンに最も愛されている一冊。
https://www.shinchosha.co.jp/12kokuki/series/7.html

上橋菜穂子『精霊の守り人』(新潮文庫)
女傭兵が、命を狙われている皇子を守りながら旅をするという展開は王道だが、旅仕度をはじめ、武器や食べ物など細部のリアリティが、幻想を支えている。
https://www.shinchosha.co.jp/moribito/

成田良悟『バッカーノ!』(電撃文庫)
禁酒法時代のアメリカを舞台に、不老不死の酒をめぐってマフィアや化け物や強盗が交錯するドタバタ群像劇。二巻『バッカーノ! 1931鈍行編』『バッカーノ! 1931特急編』は、シカゴからニューヨークに向かう列車の中で進行する。
https://dengekibunko.jp/product/baccano/

(タイトルカット:moco


ファンタジーコンテスト「旅」大賞受賞作『アラディア、あるいは死神の物
著:甚平
顔を隠し、暑苦しい旅装に身を包んで国中を回る。少女、アラディアは配置薬を扱う薬屋である。水の都と呼ばれる首都エドモントン市で様々な出来事に巻き込まれる。
大店の若旦那と置屋の芸者の間の恋のことでアラディアは相談を受ける。
若旦那と会えない苦しさで患いつく芸者、その妹分であるラティは姐さんを助けるためなら死ぬこともできると語る。そんなラティに、アラディアは2本の蝋燭を差し出した。そして語る。
ラティの命と引き換えに、芸者を生き延びらせることができる、と。


*本記事は、2019年02月04日に「monokaki」に掲載された記事の再録です。