妄想しまくった、あなただけの世界を見せてほしい|「日本ファンタジーノベル大賞 2021」高橋亜由
鈴木光司、畠中恵、森見登美彦、西條奈加、古谷田奈月という多彩な作家を輩出してきた「日本ファンタジーノベル大賞」。惜しまれながらも2013年度を機に一度休止したが、2017年からは一般財団法人新潮文芸振興会が主催となって復活した。ここからデビューした作家たちはエンタメや純文学とジャンルを縦横無尽に活躍している。
現在の選考委員は恩田陸と森見登美彦、そしてヤマザキマリ。「日本ファンタジーノベル大賞」の選考側はどんな作品を求めているのか? 「日本ファンタジーノベル大賞」事務局の高橋亜由さんにお話を聞いた。
日常生活の中にファンタジーは潜んでいる
――「日本ファンタジーノベル大賞 2021」で求める作品像、出会いたい作家像はありますか
高橋:「日本ファンタジーノベル大賞」は1989年に三井不動産販売の創立20周年記念事業として始まりました。2013年度をもって一度休止しましたが、新潮文芸振興会が主催として「日本ファンタジーノベル大賞 2017」という形で復活し、現在まで続いている賞です。
初期のパンフレットを見ると「科学の進歩がいちじるしい今日こそ、心豊かな夢やロマンを掘り起こし、21世紀に向けて感性豊かな暮らしを創造する」「新しいなにかを生みだすことで、世の中をステキにしたい」という言葉があります。こういう想いからスタートしている賞なので、まだ見たことのない世界を見せてもらえる小説や、その人なりの物語をパワフルに紡げる人に出会いたいですね。
――ファンタジーというと人それぞれに捉え方が違うように思うのですが
高橋:ミステリー小説というジャンルは、恋愛も、警察小説も包括していますが、ファンタジーもそうなのではないかなと思うときがあります。ファンタジーって人の数だけあるし、この世界の見方を少し変えるだけでファンタジーに満ちているのではないかなって。
日常生活の中にファンタジーは潜んでいるような気がしていて。そのちょっと潜んでいるようなものに対して、「どうして?」って思うことがファンタジー小説のいちばんの基盤になるのではないかなと私は思います。
――「monokaki」の悩みでよくあるもので、「ジャンルがよくわからない」というのがあります。「日本ファンタジーノベル大賞」の受賞作を見ているとかなり幅広いものを受け入れているように思うのですが
高橋:とにかく懐が広い賞です。歴代の受賞作も、選考委員もバリエーションに富んでいます。
森見登美彦さんの作品は「主人公のユニークな妄想を切り口に、その心理の動向を見事な技巧で描ききった、まったく新しいカタチのファンタジー小説」と称されましたが、あの頃からよく「ファンタジーって何なんですか?」と私たちも聞かれるようになりましたね。
でも、ファンタジーの賞ではなくて「日本ファンタジーノベル大賞」なので、選考委員の森見さんの言葉にもあるように、「これはファンタジーノベルなのか?」と驚くような小説に出会いたいです。どこの文学賞に応募したらいいかわからない方は「日本ファンタジーノベル大賞」に送ってみてもいいのかもしれませんね。
――出身の作家が多い理由が大賞作以外にも優秀賞受賞者も世に出ているというのもありますよね
高橋:2017年にリスタートしてからは1作品だけになっています。2020年は大賞が出ずに優秀賞となりましたが、事務局のイメージとしては最終候補に残った作品のうち、「『日本ファンタジーノベル大賞』という形ではないけれど、単行本でデビューできるほど充分クオリティが高い」と判断できる作品があれば、積極的に出していきたいと考えています。まだそういう例はありませんが、「日本ファンタジーノベル大賞」ではないかもしれないけど、これは新潮社から本にしたいねという作品があったらきちんとその作家さんを育てていきたいですね。
作品もそうですけど、作品に込められているものを見ながら、作家として小説を書き続けていけるかということもすごく見ています。これで終わっちゃうんじゃないかなっていう人に賞をというよりも、まだまだ書けるんじゃないかと思う人なら、多少粗削りでも大賞の候補になると思います。
自分と向き合い続けられない人は小説を書けない
――他に「日本ファンタジーノベル大賞」が他の新人賞と比べてこれが売りだというものはありますか?
高橋:すごく受賞者の皆さん仲がいいんです。今はコロナ禍でなかなか贈呈式もできない状態ですが、以前の贈呈式では歴代の同窓会みたいな雰囲気になっていました。そういうこともあって、この賞でデビューということが、作家人生の中で支えになるようなところがあるのかなと思います。ホームグラウンド感みたいなものというか。もちろん他の賞にもあるかと思いますが、歴史がある分それが大きい気がします。
――作家さん同士の付き合いもあるし、「日本ファンタジーノベル大賞」というブランドから出たということが作家さんの土台になっているからこそ羽ばたけるという感じでしょうか
高橋:おっしゃるとおりですね。皆さんどんどん活動の幅を広げていかれますが、ベースは変わっていないのではないでしょうか。すごい勢いで皆さん進化しているというのはすごいことだなと思います。
他の売りは旬の作家に読んでもらえることでしょうか。今は恩田陸さん森見登美彦さんヤマザキマリさん。去年までは萩尾望都さんも選考委員でした。
――選考委員の皆さんに読んでもらいたいといういろんな年代の方が応募されていたのかなという印象があります
高橋:そうですね。前回までは萩尾さん、今回からはヤマザキマリさんだったり、そのもっと前は劇作家の井上ひさしさん、荒俣宏さん、椎名誠さん、鈴木光司さんたちがいらした。そんな多ジャンルの創作のプロフェッショナルであり、一流の人たちに自分の作品を読んでもらえるのはやはりすごい機会だと思うんです。
受賞できなかったとしてもこの人たちに選評を書いてもらえるのは貴重ですよね。選考している先生たちの生の声を、しかも自分の作品のためだけの声を聞けるわけですから。
――二次選考をされる社内のかたはどのくらいいらっしゃるんでしょうか?
高橋:一次は社外の方に選考していただき、二次の社内選考委員は16人ぐらいいます。まずは自分の世界観が作れているかどうかが大事。多少「?」という箇所があっても引き込まれる迫力がある作品は印象に残ります。また、書き手の小説との向き合い方や姿勢も作品に出ますね。同時代に起きた事件などの取り入れ方が安易だと、「小説にどんな姿勢で向き合っているのかな?」と思ってしまいますし。
昔のパンフレットに「新鮮で知的な面白さに充ちた作品が選ばれました」という言葉があります。知性を感じる作品を輩出しなければならないということも意識しています。
――世の中に起きたことに対して、起きたことをそのままで受け取っているのか、それとも二、三段階知性を持って掘り下げていけるのかは大事ですね
高橋:小説を書くというのは自分と向き合うことです。掘り下げて掘り下げてどこまで付き合えるか。小説家になったら作品を書き続けないといけないし、私たちは書き続けてほしい。
「日本ファンタジーノベル大賞」を獲っていただいたからには、作家として大きく羽ばたいてほしいです。やはり新人発掘の場所ですから。自分と向き合い続けられないと作品を生み出すことは難しい、なかなか大変なことだと思います。
――向き合う姿勢が文章に出ているのかが読み取られてしまう
高橋:そうですね、多少粗くてもそういった核があればいいですね。心が良くも悪くもザワっと、ザラっとさせられるものが必要です。この人には才能があるというか、書き続けられるのではないだろうかと思わせてもらいたいですね。
こんな作品でいいのかしら、どうなのかしらと悩む前にまず送ってきて下さい。「日本ファンタジーノベル大賞」って応募規定の原稿枚数が多く、300~500枚書けるだけでもすごいことだと思います。
社会人としての経験は小説を書くのに役立つ
――応募原稿を見るときに、特に留意する点はどういったところでしょうか?
高橋:留意というか、その年ごとに流行りのテーマがありますね。
あと作品の内容とはちょっと違いますが、応募原稿で読みやすい組み方ってあるんです。あたかも本のように美しく読みやすい形式というのは意外と重要なのではないでしょうか。
――本になった時のイメージができているかどうか
高橋:プロになるための賞なので、作家として読者を想定して作品を書くべきだと思います。応募原稿に関しては最初の読者は私たちなので、履歴書みたいな側面もありますよね。履歴書も丁寧に書かれているかどうかで読む側の印象も違うと思いますが、基本中の基本としてそういう目配りができるといいですよね。あと誤字脱字には注意した方がいいと思います。
――ウェブ応募が増えてきているので、そういうことにあまり気にしない人が増えているかもしれませんが、そこは気にして欲しいですね
高橋:プロとしてデビューしなくていいのであれば、ご自身の好きなように書けばいいと思います。しかし、受賞すれば確実にデビューできます。この先、プロの作家としてやっていくと考えたら読み手のことをしっかり意識してほしいですね。
――選考委員の恩田さんは「本屋大賞」を二回も受賞されたり、他のデビューしたかたも候補に毎年入ってくる方がいらっしゃるということは、書店員さんにも評価されているし、読者もいっぱいいるということですよね
高橋:「日本ファンタジーノベル大賞」は懐が深くて、同時に物語を作っている人たちに賞が届いている感じがしています。だから、いろんなジャンルの賞の受賞者を輩出できているのかなという気がしています。
――受賞作家さんがプロの作家として生き延びているイメージがあります
高橋:私たちとしては絶対に生き延びていただきたいし、書き続けてほしいですね。それにデビューしてもすぐに会社を辞めないでほしいです。会社員としての経験は役に立つので小説を書く糧になります。
会社の中や、自分の身近な身の回りで起きていることから題材を拾っていくのが小説を書く際に大切なことだと思うんです。自分の人生の中で物語を書いていくにあたって、小説一色というよりは、いろんなものがないと小説を紡ぎ出すための自分との対話は難しいと思います。もちろんそれがネタにもなっていきますしね。
妄想しまくって、あなただけのファンタジーを見せてほしい
――同じところに止まらずに羽ばたける、作家さんに必要なものってなんだと思いますか? その共通点みたいなものがあれば聞かせてください
高橋:書き続けることです。つらくても何があっても書き続けることが一番大切なことですね。
ちゃんと自分自身と向き合いながら、時代が求めているものではなく、自分の中での社会や世界の見方だったり、「わたしはこう思う」というものを書き続けていくうちに自分自身が進化して、作品にも反映されていくのではないかなと思います。
作家の方も人生の節目ごとに書くものが変わっていくと思うんです。そのためには書くのと同時にいろんなものをインプットする必要がありますよね。それは仕事であったり、友人関係や家族関係だったり、映画やニュースなのかもしれません。
――仕事をインプットと言われると、仕事が辛いと思っている人で物書きを目指している人には考え方が変わっていいかもしれないですね
高橋:ぜひ積極的にインプットしてみてください。例えば、会社で隣の席にいる人が家に帰って何をしているかなんてわからないですよね、それってファンタジーですよね。
それに去年、新型コロナウイルスが世界に蔓延して私たちの生活は一変しました。2019年からしてみたらこんな世界なんて考えられなくて。時々、昔の映像とか見ると今と同じ世界で、かつて自分がいた世界とは思えないんです。
――世界軸があまりにも変わってしまっていて
高橋:そうなんです。今は現実が描いた世界があまりにも凄いものになっています。でも、そういうものに負けないファンタジーはあると思うし、そういうときこそ小説の力が求められるはずです。
私たちが生きていく時に、後押ししてくれるもののひとつが小説だと私は信じています。だって、まさかみんながマスクする世界がくるなんて誰も思っていなかったし、ソーシャルディスタンスなんて言葉は二年前にはなかった言葉ですよね。
――誰も予見できていなかったことが起きていますね
高橋:誰にも予見できなかったことが現実に起きてしまっている。だからこそ、ほんとうに隣の席の人がなにを考えているんだろうと思うだけで、とんでもないファンタジーが生まれるかもしれませんよね。
世界観を作る時にまず国を作って、みたいなものだけがファンタジーということではなくて、隣の人の性格を自分なりに分析して、その人が日常生活で実は変なことをしているかもしれませんし、その人だけのファンタジーだってあるかもしれない。もしかしたら、その人だけが異世界とつながっているかもしれない。
――夜な夜な異世界で狩りに出ているかもしれない
高橋:そう、でも会社にきたらごく普通にしているとか。そういうファンタジーも「日本ファンタジーノベル大賞」は受け入れていきたい。
――すごくいいですよね。間口が広いというか、これがファンタジーだって思い込んで来てもいいよっていうのが
高橋:そうですね。この言葉が適しているかわからないけど、妄想しまくったらいいと思います。
――妄想しまくったことが物質化して物語になるという
高橋:人ってけっこう妄想しながら生きている生き物だと思うんです。人間関係もそうじゃないですか。会社で誰かから嫌なことを言われた時に、「この人はこうに違いない……」と思い巡らせているのはもう妄想ですよね。ほんとうのことはわかりません。
――なぜその人がそう言ったのかはわからないまま自分勝手に妄想しているわけですね
高橋:実は全然違う意味かもしれないけど、思い巡らせているということは生きてるだけでものすごく妄想してるんですよね。その妄想で恥ずかしくなったり、勝手に思い込んだり、生きる次のステップにしているところもあるかもしれません。それは実は小説の原点だと思うんです。
――現実に生きているけど、自分の考えていることが基本的に妄想だったら半分ぐらいは妄想が現実を動かしていて、それが物語の核や軸になりますね
高橋:恋愛だってそうじゃないですか。想っても想っても相手が何を考えてるのかはわからない。結局ほとんどの人たちは付き合っても別れるわけですよね。私妄想はしませんからと思っていても思いの外、生きていると妄想しているはずです。
作家になりたいという方は自分の考えてることすべてが全部小説になると思ってもいいのではないでしょうか。もしかしたらあそこ(会議室の奥の扉を指さす)の扉をあけたら異世界かもしれないとか、それでもいいし。
――社長室かもしれませんもんね
高橋:かもしれませんね。扉を開けたらドラえもんが出てくる、ポケモンでもいいかもしれないし、お化けが出てくるかもしれない。現実と地続きのファンタジーですね。
――地続きのファンタジーといわゆるファンタジーがすごく乖離してしまった印象があります
高橋:そうなんですよね。乖離したから「ファンタジーって何ですか?」と聞かれるんだと思うんです。『ナルニア国物語』などは地続きなところから入ってくるじゃないですか。
――『ナルニア国物語』や『指輪物語』などは著者の戦争体験が創作に関係していたりするのも、現実と地続きになった理由かもしれませんね
高橋:そういうこともあまり言及されないですよね。「ハイ・ファンタジーはこの感じ」という風に型にはまってしまっているように感じます。
――様式美みたいですね
高橋:そうなんです。一番最初の基礎になるところは変わらないと思うので、あなたのファンタジーを読ませてくださいと強くお願いしたいです。
人生はファンタジーで満ち満ちている
――最後に作家志望の書き手に向けて、メッセージがあればお願いします
高橋:自分が作る世界観をきちんとファンタジーにしてほしい。世界を作らないと小説としては成り立たないので、ただ単に「こんなこと思いました」だけでなく、思ったことを小説にして欲しいです。それが物語を構築することだと思います。
――今日伺ったファンタジーと妄想についての話を読んでもらえれば、「日本ファンタジーノベル大賞」というものがどんな賞なのかわかってもらえるかなと思います。もしかすると、自分でファンタジーというものを狭くしている人が多いのかもしれないですね
高橋:ほんとうになんでもファンタジーになるんですということを広く伝えたいです。ボーダレスな賞なのかな。
長編にチャレンジしてみたいと思ったらまずは書いてみる。恋愛小説にしなきゃとかミステリーにしないといけないとか思わないで、書きたいものをきちんと自分でプロットを立てて書いていったら、それはその人だけしか書けない小説になっていくはずです。その人の小説というのが私たちが求めている「日本ファンタジーノベル大賞」のあり方です。びっくりさせてほしい、新しい世界を見せてほしいっていうのはそういうことだと私は思います。
――「日本ファンタジーノベル大賞」出身者は自分と向き合ったところから始めるので、どんなものやジャンルも越境して書けるようになっていくということでしょうか?
高橋:おっしゃる通りです。この賞の担当をしているから思うわけではないと思うんですけど、人生はファンタジーで満ち満ちていると思うんですよね。自分自身にしか見えないファンタジーを書いてきてもらえれば、それがおのずと作品になるんじゃないでしょうか。小説という表現は文章を紡ぐということなので、すごく大変な作業ですが、ぜひそこに向き合ってやってほしいと思います。それはすごい大きなものになって返ってくるはずです。
――本当に「日本ファンタジーノベル大賞」は幅広い受け口になる賞だとわかりますね
高橋:編集者は1を100にすることはできるけど、0から1は作れないということを新人の頃に先輩から言われていました。本当にその通りで、0から1にするためには書き手が自分と向き合うしかない。
「日本ファンタジーノベル大賞」はほんとうにいい賞だと思いますし、私たちもすごく大切にしている賞なので皆さんぜひ応募してきてください。
(インタビュー・構成:monokaki編集部、写真:鈴木智哉)
「日本ファンタジーノベル大賞 2021」
対象:日本語で書かれた自作未発表の創作ファンタジー小説
応募枚数:400字詰原稿用紙300枚以上500枚以内
選考委員:恩田陸氏、森見登美彦氏、ヤマザキマリ氏
応募受付:2021年6月1日(火)~30日(水)当日消印有効
発表:新潮社ホームページ及び、「小説新潮」2021年12月号(11月発売)
賞と賞金:大賞1作 賞金300万円
詳細:https://www.shinchosha.co.jp/prizes/fantasy/
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