「ミステリー」って何ですか?|王谷 晶
雨は夜更け過ぎに雪へと変わるだろう Oh……王谷晶である。この業界で何年働いても年末進行のシステムがよく分からない。よく分からないが、髪が全白髪になって今にもサンタさんに変身しそうに忙しい。そんななか当連載担当編集I氏から「次回はミステリーでひとつ」とお題が送られてきた。
正直、この瞬間に脳内にポップアップしてきたのは「めんどくさいお題だな……」である。なぜミステリーについて語るのがめんどくさいのか? それはマニアがいっぱいいるジャンルだからである。
アホなのでトリックが思いつかない
私は以前『探偵小説(ミステリー)には向かない探偵』という、文字通りミステリーまでとはいかない、ちょろっと謎解き要素のあるライト文芸を出しているのだが、こんなビミョーな逃げを打ったのも正面から探偵小説を書いてマニアにタコ殴りにされるのが怖かったからである。
誤解しないでほしい。ミステリマニアが嫌いなわけではまったくない。私の愛する亡き祖父も、けっこうなミステリマニアだった。そして、たいそうめんどくさい人だった。トリックの穴やネタかぶり、描写の過不足など、ミステリを読んでは実に楽しそうに重箱の隅をつついていた。
私はと言うと、メジャーな推理小説や探偵小説はちょこちょこ読んでるかな、くらいのミステリ読者である。祖父の蔵書からエラリィ・クイーンやコナン・ドイルを借り、中二病経由で江戸川乱歩や『虚無への供物』方面に行き、同時期に京極夏彦が大ブレイク、気がつけば立派なオタクに……というアラフォーが1000人いたら120人はいるようなタイプだ。
その後海外作家の小説をメインに読むようになり、自分はトリックが主体のいわゆる本格/新本格よりもハードボイルドやサスペンスのほうが好きだなと自覚して今に至る。
実はマジなミステリーを書いてみませんかと打診をいただいたこともあるのだが、マジはちょっと難しいかも……と及び腰の返答をし続けている。
理由は、これを読んでいる「ミステリーに興味はあるけど書き出せない」諸君と全く同じである。アホなのでオリジナルなトリックが思いつかないのではと不安だからだ。どう頑張ってもマニアに突かれすぎて重箱の底が抜けそうなトリックしか考えつかない。そう思ってミステリ執筆を躊躇している諸君も多いと思う。
ミステリー小説に必要なのは、何はなくとも「謎」である。謎の種類もいろいろだが、一番多いのが「殺人事件の犯人」であろう。誰がどのように殺人をしたか、そこのところを解き明かす物語がミステリの王道と考えられる。
ネタ被りの不安をどう乗り越えるか
突然だが、諸君は「メロディ有限論」という話を聞いたことはあるだろうか。人の耳に心地よく感じる和音やメロディはパターンが限られており、そのうち人間が考えつくあらゆるメロディが発表され尽くしてしまい、新しい音楽は生まれなくなる……という思考実験の一種である。
実際には洞窟でタイコを叩いてきた時期から人類は音楽を奏で続けているが、メロディは未だ尽きていない。しかし、コード進行は同じとかリフが似ているとかドラムのオカズが一緒という曲は多数ある。
ミステリのトリックも「このままでは物理的に行えるあらゆるトリックはやり尽くされてしまうのでは?」という懸念があったりなかったりしたらしいが、社会インフラの変化(一番大きいのが携帯電話とインターネットの登場だろう)に伴い新ネタはぼんぼん生まれてくるし、物理法則や一般常識をギリギリアウトで無視している変化球小説、所謂「バカミス」なども多くの読者にウケるようになってきた。
しかしそれでも、ネタ被りの不安はある。歴史の長いジャンルである。全てのミステリ小説のトリックを把握していでもいない限り、まったくカブらないトリックというのは考えつかないのではないだろうか。そして、それはミステリのために人生を投げ打っているレベルのマニアでも難しい所業である。
そこで思い出してほしいのが、メロディの話で出てきた「コード進行は同じ」「オカズが一緒」のあたりである。バロック期に生まれたパッヘルベル作曲のカノンは、そのコード進行が現在のポップミュージックに至るまで連綿と引用され続けている。そしてそれは、全て違う曲として受け入れられている。実際聞いても、言われなきゃコードが同じとかなかなか分からないもんである。
それと同じく、すでにあるトリックでも乗せるメロディや歌詞が違うとか、アレンジを変えるとか、オカズを足してグルーヴ感を出すとかしていけば、それはもう違うトリック、違う小説と言って差し支えないのではないだろうか。
まず死体を転がそう
誤解しないで欲しい(二回目)。パクれっつってんじゃないですよ。及び腰になって書けなくなってしまうくらいなら、トリック以外の部分で諸君が個性を出せそうなものを見つけ、それをうまいこと盛っていきましょうということだ。私もいつかミステリーを書く覚悟ができたら、その方向性でがんばりたい。
ちなみにこれは複数の小説ハウツー本に書いてあったのだが(これもハウツーコラムなのにまた聞きを載せるな)、一番簡単なトリックの考え方というのは、まず死体を転がし、その人が誰にどうやって殺されたのか逆算して考えていくというものだそうだ。そんな簡単に行くかあ?と正直懐疑的なのだが、一度この方式で、天国のじいちゃんに捧げるミステリをいっぺんくらいは書いてみようかと思う所存である。
今回のおすすめ本は島田荘司『占星術殺人事件』。ズバリ戦後日本の推理小説の代表作と言ってもいい(こういうのがマニアに怒られやすいコメントです)。何が凄いって、とにかくトリックが斬新で個性的で、それが解けたときにめちゃくちゃビックリするからである。科学や語学などの予備知識がなくても説明されれば一発で理解できる、しかし説明されないとほぼ絶対分からない絶妙なトリック、おどろおどろしいケレン味あふれる設定、魅力的な探偵と助手のキャラクター……とどこをとっても面白い傑作本なのだ。
ちなみに詳しくはググってほしいが、某有名ミステリ漫画がこの小説のトリックをパ……参考にしたとしてややこしい問題になったことがある(解決済)。メジャースタジオ同士でもやらかすときはやらかしてしまうのだ。ミステリーは奥が深い。
(タイトルカット:16号)
今月のおもしろい作品:『占星術殺人事件 改訂完全版』
著:島田荘司 講談社(講談社文庫)
密室で殺された画家が遺した手記には、六人の処女の肉体から完璧な女=アゾートを創る計画が書かれていた。彼の死後、六人の若い女性が行方不明となり肉体の一部を切り取られた姿で日本各地で発見される。
事件から四十数年、未だ解かれていない猟奇殺人のトリックとは!? 名探偵・御手洗潔を生んだ衝撃のデビュー作、完全版!
今月のおもしろい作品:『探偵小説(ミステリー)には向かない探偵』
著:王谷晶 集英社(集英社オレンジ文庫)
鳴子佳生は祖父が遺した探偵事務所を継ぐも、依頼もなく事務所ビルの喫茶室で日がなダラダラしているヘタレ探偵。しかし、入り浸っている喫茶店の主・ミヤコ婆さんから押し付けられた偽孫詐欺事件の調査のため、“伊東絽爛”という年齢素性全てが謎の男に関わることになったせいで、ささいな軽犯罪かと思われた事件に隠された大きな謎を解く羽目になってしまい!?
*本記事は、2019年12月12日に「monokaki」に掲載された記事の再録です。