「タイトル」って何ですか?|王谷 晶
前前前世から締切や納期に追われている君の名は? 決算月! 王谷晶である。というわけで今回は「タイトル」についてのお話です。タイトルとは、小説の一番外側に掲げる看板。読者がその小説について一番最初に得る情報である。人間で言ったら服装みたいなものですね。けっこうだいじだ。
特に一枚絵のイラストや漫画といった数秒で読者に強くアピールできる要素のない小説にとって、タイトルは大事な第一印象。ここでいかに読者の注目を得るか、気を引くかというのも、物書きのサクセスにとって重要な要素になってくる。
タイトルを聞き、「どんな話なんだろう?」と思わせ、ちょっとでもいいから読む、手に取るというところまで持っていけたら「タイトルの仕事」は成功だ。
好きなタイトルをたくさんインプットする
ちなみに私はこのタイトル付けというやつがけっこう苦手で、毎回七転八倒しながらひねり出している。タイトルを考えるのは、小説と書くときに使う脳みそとちょっと違う部分を使う必要がある。キャッチコピーを考える作業に近いと思う。天才的センスやひらめきに長けていればそれが「降臨」してくるのを待つが、そういうタイプではないのでノートに頭に浮かんできたフレーズをかたっぱしから書き出し、それを切ったり貼ったりこねくりまわしたりしてつけている。
で、ここでも最終的には伝家の宝刀「インプット」が生きてくるわけですね。諸君も中身は知らないがタイトルだけは知っている本・映画・漫画等があるだろう。そういうタイトルのどこに惹かれたのか、どこが好きか、または嫌いかを簡単に分析し脳内にアーカイブしておくと、このこねくりまわし作業の中でぱっといいアイデアがひらめいたりする。
また、タイトルの世界は奥深い。内容を推測できるような分かりやすいのを付ければいいんでしょ、というものでもない。
フランスの作家ボリス・ヴィアンに『北京の秋』という小説があるが、これは「北京にも秋にもなんの関係もないからつけた」そうで、まことに人を食ったタイトルなのだ。関係ないのかよ! と思うが、一度このエピソードを聞いてしまうともう『北京の秋』というタイトルが頭から離れない。どれくらい北京の秋に関係ない話なんだ?と内容も気になってしまう。タイトルもアートの内と考えれば、必ずしも内容を具体的に言い表す必要はないということである。現代アートなんかだとわざと目に入る情報と乖離したタイトルをつけ、そのギャップも含めて作品にするという手法もある。
長文内容提示型はタグ付け、短いものはインパクトを狙え
ちなみに「内容をタイトルで全部言っちゃってるじゃんw」と揶揄されがちなライトノベルの長文タイトルだが、これは純粋に読み手として投稿サイトなりラノベ棚なりを眺めていると、すごく便利かつ理にかなった文化なのが分かると思う。すなわち異世界転生であるとか、悪役令嬢であるとか、学園異能であるとか、そういう大筋の舞台設定が同じ作品が大量に存在するジャンルの場合、その中で自分の細かな好みに合致するものを探すのはなかなか手間である。
そういう、「うーん、転生してチート能力をゲットしたいんだけど戦とかじゃなくてスローライフでまったり生きたいんだよな。できれば引退したネコミミ姫巫女双子女戦士と一緒に」なんて気分のときに、『転生してチート能力をゲットしたけど退役ネコミミ姫巫女双子女戦士と一緒にまったりスローライフ!』というタイトルの作品があったら分かりやすいし嬉しいし、何より探しやすい。
これがボリス・ヴィアン式に『栃木の夏』みたいなぜんぜん関係ないタイトルをつけられていたらサーチに手間取る、というか見つけてもらえないし読んでももらえない。
長文内容提示タイトルは、Instagramやpixivなどでの「タグ付け」に近い効果があり、検索効率をあげている。これはweb時代の小説の特色の一つと言ってもいいと思う。ひとつの文化的発展だ。
逆に短いタイトル、一単語とか一文字とかのやつは、ネット検索よりも書店でのインパクト、本好きの間での口コミを狙っているはず。
ドイツの作家フェルディナント・フォン・シーラッハの『犯罪』なんて、最初に書店で見たとき「それがあったか……」と思わず声に出してしまった。犯罪を題材にした短編集だから、『犯罪』。こういうのは早いもの勝ちというか、やったもん勝ちの世界だが、成功すれば強い印象を残せる。このテのタイトルは、日本だと湊かなえ作品に多いですね。
ほかに国内の作家だといつも凄いタイトルだなと思うのは村田沙耶香作品。『コンビニ人間』『殺人出産』『生命式』……どれも強いインパクトがあり、覚えやすく、そのうえネット検索でも他の作品や事象とカブらない。
服装にTPOがあるように、ジャンルによってTPOが決まる
さてでは自作にどんなタイトルをつけたら「正解」か? それは冒頭に言ったとおり、どんな服を着せるかという行為に近い。服装にTPOがあるように、タイトルにもそのニュアンスによってはまるジャンル、アピールできる読者のタイプに違いが出てくる。
切ないラブストーリーだから綺麗な感じのタイトルでロマンス好きの読者にアピールしたい、ハードな警察小説だから重厚でかっこいいタイトルをつけてハードボイルドファンに手にとってほしい、等々。
例えば中身が同じ「ももたろう」だとしても、それのタイトルを「超ぴ〜ち戦士☆MOMO-BOY!」にするか「河の流れの果てに〜鬼ヶ島戦記〜」にするかで手に取る客層は確実に変化する。自作にどういう服を着せたらもっとも映えるか、よく考えよう。
今回のおすすめ作品は二ヶ月続けての香港映画、『男たちの挽歌』だ。なぜならこれは私が世界一かっこいいと思っている邦題だからである。
原題は「英雄本色」、英題は「Better Tomorrow」。ここから『男たちの挽歌』というタイトルを考え出した人は、まさに天才の仕事をしたと言っても過言ではない。本編もね、観てない人は今すぐTSUTAYAでもGEOでもダッシュして観てほしいんだけどこれは『男たちの挽歌』以外のタイトルは無いやろうと思わせる二十世紀最高の一本です。
ちなみにかっこいい映画邦題で賞、次点は『地獄の黙示録』(原題:Apocalypse Now)や『山猫は眠らない』(原題:Sniper)あたりを挙げたい。何かとディスられがちな映画邦題だが、かっこいいのもちゃんとあるのだ。
(タイトルカット:16号)
今月のおもしろい作品:『男たちの挽歌』
香港マフィアの組織に身を置くホー、ホーの兄弟分マーク、ホーの弟で兄の逮捕に執念を燃やす刑事キット。香港マフィアの権力抗争を背景に、彼ら3人の男たちの友情と確執を描く。
発売元:パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン
価格:1,429円+税 発売日:2013年12月13日(発売中)
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*本記事は、2020年03月12日に「monokaki」に掲載された記事の再録です。