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「比喩」って何ですか?|王谷 晶

これを書いているのはまだ七月中なわけだが、明けただろうか、梅雨。
今年の永遠に終わらない説教のような多雨とほとんどサウナな湿気は異常だ。
私はタタミイワシのように湿気に弱いので長雨の時期はゾンビのごとく床で臥せっている。ナマケモノなみに仕事にならない。これでは干しシイタケみたいに干上がってしまう。

と、妙にうざったい文章で始める今回のおも何ですがテーマは「比喩」でございます。

「比喩」とは書き手のイメージを伝える手助け

比喩とは「△△はまるで○○のよう」形式の表現のこと。
基本的に文字情報のみで勝負する小説にとって、比喩表現は読み手のイマジネーションを膨らませる便利な方法であり、洗練された比喩表現はそれだけで高い評価を得たりする

字数の限られた詩や短歌、俳句などでも比喩は大活躍する。イメージをスパっと伝えられるので便利な手法だが、多用したり重ねて使うと上記のように読みづらいし逆に分かりづらくなるのに注意したい
私なんかも未だに気を抜くと比喩の天丼をやらかして校正さんにツッコまれている。

そんなふうについつい頼りたくなる比喩表現。なぜ使いやすいかというと、比喩を使うことで既存のイメージを借りることができるからだ。
例えば「白地に黒の大きめの斑点が入った体格の大きいどっしりした猫」と本文中に書いても説明文っぽくて面白みがないが、それを「牛のような猫」とするとそれだけでイメージが伝わるし、簡潔でユーモラスな雰囲気も出せる。
人物描写でも、「犬のような男」「猫のような男」と書いたら、一文字しか違わないのにそれぞれぜんぜん違う人物を読み手は想像するはずだ。
比喩は分かりやすくイメージを伝える手助けになる


あまり使いすぎると文章がごちゃごちゃになる

が、その簡潔さゆえに、ここぞというときに絞って使わないと情景全部が借り物みたいになってしまうし、読者の頭の中が既存のイメージで氾濫して逆に伝わりにくくなってしまうので注意がいる。
私はなるべく本になった状態で見開き1回以上「のような」を出さないように気をつけているが、このへんのさじ加減は人それぞれだと思う。
とりあえず一文の中に二回も三回も比喩表現が重なるというのは、わざと畳みかけて勢いを出したいという意図がないかぎり、文章がゴチャゴチャするのでやめといたほうが無難である。

「○のような」の「○」部分に何を持ってくるかは、そのシーンの雰囲気をけっこう左右する。
例えばロマンチックでちょっと耽美的な印象にしたいときには、なんぼ分かりやすくても「彼女の唇はまるで新鮮な大トロのように艶かしく輝いていた」と書いても耽美感は出ない。ここは「夜露に濡れた薔薇の花弁のように」とか目指すトーンに合わせた比喩を考え出そう。

またガサツでファッションに興味のない主人公の視点なのに「シャネルの香水のような」とか、逆に深窓の令嬢視点なのに「パチンコ屋の中のような騒音」なんて比喩を使うと、キャラクターがブレる。細かいところだけど注意したい。


一般常識やスタンダードを知らなければ効果は出ない

また、「○」部分はなるべく多くの人(もしくはその作品のターゲット層)が知っている、イメージしやすいものを当てはめたほうがいい
「その姿はまるでチンピョロスポン星に自生するゲバゲバ草のようだった」などの実在しないor誰も知らないものを「○」部分に当てはめても読み手は何もイメージできない(その効果を狙うならもちろん別)。
比喩は基本的に、誰も見たこともない新しいイメージ(=それまで作者の頭の中にしかなかったもの)を他人に伝えるために誰でも知っているイメージを使う、という技法なので、ある程度の汎用性、一般性が求められる。

私は小市民的一般常識とか世間様のスタンダードとか、そういうものに基本的に反発したい反骨ラーメン替え玉無料タイプの書き手だが、一般常識やスタンダードをひっくりかえすためには、その両方をよく識っていないと無理というのも知っている。
誰よりも個性的な世界を文章だけで言い表したいのなら、何よりも平凡な紋切り型表現も頭に入れておく必要がある。なのでやっぱりインプットですね。
小説だけじゃなく流行りまくってる漫画とか、近所の人や家族とどうでもいい世間話をするとか、そういう行動も全部小説のタネになる。(と言いつつ私もまだ『鬼滅の刃』読んでないのだが…)


漫画の神さまが現代日本を比喩的に書いたかのような作品

ちなみにこの「誰も見たこともない新しいイメージ」というのは、諸君がこれから生み出す全てだ。いま諸君の頭の中にある物語、キャラクター、設定などは、どんなに他に似たようなものがあったとしても、それでもまだ世の中に出ていない、誰も見たことのない景色である。
ジャンルは問わない。ファンタジーでも現代を舞台にしたご近所ドラマでも、どんなにありふれていそうな小説でも、それは新しい。その新しさに息を吹き込むのに、比喩表現は役に立つ
効果的かつ個性的な比喩表現を身につけるためには、とりあえず一日十個くらい、目に入ったものを頭の中で「○○のような」で表現してみる比喩ノックをやってみよう
繰り返すうちに自分の癖(どうも食べ物にばっかり例える癖があるなとか、野球でばっかり例えてるなとか)も見えてくるし、手持ち無沙汰な移動時間なんかにはおすすめの物書き脳トレーニングである。

今回のおもしろ本は誰もが知ってる漫画の神様・手塚治虫のライフワーク大作『火の鳥』のから「復活篇」。
未来世界、事故で死亡した主人公は最新医療で身体と脳の一部を人工物に入れ替えて甦るが、なぜかその目には人や自然などの有機物は無機質な醜いガラクタに、ロボットや工場などの無機物が美しい人や自然に見えるようになってしまって……というお話。「の・ように」見えてるだけで実際に人間がガラクタになったわけじゃないんですよとなんぼ説明されても、自分の今見えてる世界が現実なんだという主観をゴリ押しし続ける主人公の数奇な運命を描く。
今読むとVRコンテンツ、二次元コンテンツブームの現代日本の比喩的作品と読めなくもない

(タイトルカット:16号


今月のおもしろい作品:『火の鳥 5 復活編』

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著:手塚治虫 朝日新聞出版
手塚治虫のライフワーク『火の鳥』12作がオリジナルのB5サイズで復活! 手塚治虫のダイナミックな描線を堪能できる大判サイズ。
生誕80年を記念して、なつかしのデザインで、毎月2冊ずつ刊行予定。第3回は「復活編」と「望郷編」の2冊。

みんなにも読んでほしいですか?

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