見出し画像

第5話|「主婦業のかたわら書いた作品が大ヒット」、本当に?|梶原りさ

前回までのあらすじ:
身近な人を題材にした「日記」を脱し、新作で「オールスター小説大賞」に挑戦することを決めたなぎ。
しかし、日常の用事に忙殺されているうちに時間は過ぎ、アイディアは固まらず、〆切が迫る。焦りばかりが募る。
そんな中、「オールスター」のリアルイベントが開催されると知り、夫には内緒で参加することに……。

数年ぶりの渋谷で

「来月15日からこの連絡通路は封鎖されます、別ルートからのご通行をお願いします」
あわただしく繰り返されるアナウンス、増改築を繰り返す駅。
私は、渋谷に到着していた。東京に住んでいたときに何度も来たことはあるけれど、今はもうまったく違う駅に見えた

「カリンも大人しく電車に乗れるようになったし、あなたは年末、仕事忙しいでしょう?」
夫にそう言うと、カリンと私の二人帰省の許可は、あっけないほどあっさりおりた。
2泊3日の旅程。冷蔵庫の中には作り置き惣菜をたくさん入れておいた。
オールスターのイベントに参加することは、夫には内緒だ

参加予定の人のエッセイをこっそり読んだところによると、事前に待ち合わせをして来ている人たちもいるらしいけれど、私は今日参加することを誰にも言っていない。
送られてきた地図を片手に、迷いながらもやっと会場に辿りついた。受付で名前を言うと、笑顔のスタッフからパンフレットを渡される。
会場は立食パーティー形式になっていて、テーブルは申し込み時点で自動的に振り分けられているらしかった。

(婚活パーティーみたいだな……行ったことないけど)

婚活パーティーと違うのは、集まっている人たちの見た目だ。多種多様な年代・属性の人々がおり、写真を見せられて「この集まりはなんの集まりでしょう?」とクイズを出されたとしても、誰も答えられないだろう

私は、誘導されるがままに「C」の看板の近くに行った。同じテーブルにいたのは、大学生風の男性、主婦風の女性、会社員風の男性、そしてオールスター運営の女性だった。
主婦の人もいるんだ……自分より年上に見える女性の存在に、私は密かに安心した。

事前予約をしていた人には、先着申し込み特典として「クリエイター名刺」なるものがそれぞれに配られており、これを持って自己紹介をできる仕組みになっていた。
「じゃあ、まずはとなりの方と、自己紹介がてら名刺を交換してみてください!」
陽気な運営の女性に促され、それぞれの自己紹介が始まった。


思いがけない賛辞

私の隣にいたのは大学生風の男性。
男性は、私の名刺を見るなり、目を丸くした。

「えっ、桐生なぎさんって『桐生なぎのちょっといけない❤️子育て日記』の!?!?!?
「お、大声でそのタイトル言わないでください!!!」

思わず自分も大声を出してしまった。
私が部屋の中でこっそり生み出していた作品名が、渋谷のど真ん中で声に出されるなんて。
そして、私のことを「桐生なぎ」と呼んだ、この人

「僕、まさむー。です! よくコメントしてた!」
「えっ、まさむー。さん? 短編コンテストでいつも上位の!」

くたっとしたシャツに、ジーンズ。いかにもA4の教材がたくさん入りそうなカバンを持った目の前の若者は、私の作品によくコメントをくれていた人物だという。

「最近更新してないですよね? 突然『子育て日記』も終わっちゃったし。どうしてるのかな? って思ってたんですよ。あ、minamiさんもあそこのテーブルにいますよ、行ってみましょう!」
ぐいぐいと押される勢いのままに、私は奥のテーブルへと移動していった。

「minamiさん?! 桐生なぎさんいましたよ!」
振り返ったのは、20代中盤に見える女性。きれいな素材のワンピースにヒールを合わせている、いかにも都会のOL風の……。

「わ! 神! 実在したんですね!」

きれいめOLに見えたminamiさんは喋ってみるととても早口で、開口一番から「いけない❤️子育て日記」について語り始めた。

「桐生さんの作品のベッドシーンって、もちろんしっかりエッチなものを読みたい、という願望は満たしてくれつつ、常に遊び心があるんですよね。そしてその遊び心がエロを邪魔しない、という絶妙なバランス。ドロドロしすぎない、湿気が適切というか……」

まさむー。さんはminamiさんの話をうんうん、と聞きながらも続ける。

「minamiさんはエロを評価してますけど、僕は桐生さんの真骨頂はいきいきとした生活の描写にあると思うんですよね。突拍子もない設定のなかにも、しっかり生活感があるというか。お子さんを育てているなかで、保育園の先生に惹かれる、という罪悪感をお子さんのさりげない一言で浮き彫りにするところにはシビれましたね」

私を置いてけぼりにして盛り上がる二人。
こんなに褒められた経験、これまでなかった。次々に重ねられる賛辞に、頭がくらくらする。そんな細かいところまで、ちゃんと読んでくれてるんだ……

「で、先生、次回作はどんなものにするんですか?」

期待を込めた視線が向けられる。

「私は、えっと……」

その時、ステージのライトがついた。


超人気主婦作家との出会い

「みなさん、盛り上がっているところ失礼します!今年のオールスターの活動紹介をさせてください!」
オールスター運営の女性が、マイクを持って壇上に立っている。メインイベントが始まったようだ。

「なんと言っても今年の目玉は、『京都やおよろずレストラン 100回目の君と紡ぐ50の週末』の大ヒット! 今日は、櫻川ゆら先生も会場に来てくれています。櫻川先生、どうぞ!」

壇上に上がったのは、私と同じテーブルにいた主婦風の女性だった。

「子育てをしながら何気なく書いていた作品がドラマになって、アニメになって、こんなに多くの方に読んでもらえて……夢のような一年でした。これはすべて読者の方、オールスターのスタッフの方のおかげです。本当に感謝しています」

場内は拍手喝采。テーブルでは普通の主婦に見えていた彼女が、輝いてみえた。
さきほど、「自分より年上の主婦もいる」と安心した自分が、急激に恥ずかしくなる
彼女のことを「自分と同じ」と思っていたのに、実際は全く違う。

この場所にいる人間で、『京都やおよろずレストラン』を知らない人はいないだろう。
櫻川先生の本は、家の近くのモールの本屋さんでだって買えるのだ。
彼女は私よりも、もっといいものをたくさん手に入れている。かたや、私は……。
頭が混乱したまま、Cテーブルに戻ってきた櫻川先生のもとに、思わず近づいた。

「私は、最近小説を書き始めました。娘は4歳になったところです。櫻川先生は、主婦をしながら執筆をしたとのことですが、どうやれば先生みたいになれますか?」

焦って、早口になってしまったかもしれない。櫻川先生は、ちょっと困ったように視線を動かしながらこう答えた。

「私とあなたは主婦という共通点があるかもしれない。でも、それってそんなに大きな共通点かな?

一気に突き放されたような気がした。
だって、さっき「子どもを育てながら書いた」って言ってたじゃない。
「主婦作家」として、成功したんじゃないの?
私は、どう答えていいかわからなかった。

「専業主婦は、家の中でなにも感じないの? 家庭に入った瞬間に、みんなおんなじ人間になってしまうの? 私は違うと思う。私もあなたも違う人間で、それぞれ色々なことを日々考えてる」

櫻川先生は、私の目をまっすぐ見つめた。

「あなたの中に、物語は眠っているはず。それを信じて」

櫻川先生はクリエイター名刺を差し出した。私は、震える手でそれを受け取った。


次回へ続く

*本記事は、2019年01月25日に「monokaki」に掲載された記事の再録です。