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小説投稿サイトの隅で日記を書き続ける|編集マツダ

世に知られていないWeb小説の世界をご紹介する当コーナー。第2回は「エッセイ」について書こうと思う。
第2回にして既に小説でなくなっているが、ネタが尽きているわけではないのでどうかページはそのままで。
このご時世にBlogではなく、Twitterではなく、わざわざ小説投稿サイトに日記を書く人たちがいる」という事象を伝えたいのである。いったい、なぜ、彼ら彼女らは……。

書籍化したいわけではないらしい

投稿サイト→書籍化→ベストセラーの成功パターンを代表するノンフィクション作品といえば、storys.jpに投稿された『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』、通称「ビリギャル」だろう。

storys.jpでは、書き手側も非常に書籍化を意識して作品を投稿していることがわかる。「~~な私が、〇〇をして■■した話」といった、どんな著者が何の行動を起こして意外な飛躍を遂げたのかを端的に表した、キャッチーなタイトル。書き慣れていて読みやすい文章Blogよりは長くWeb小説よりは短い、適度な分量。「なるほどなるほど、こうして出版社から声がかかることをドリームとしてノンフィクションが書かれるのね」……と、思うのは早計だ。
こういった「書籍化の野望系」はむしろ少数派で、大多数のWeb小説投稿サイトのノンフィクションは、どちらかといえばエッセイ。もっと気軽に、だらだらと、朴訥に綴られている。作者はおおよそ、自分の書いたものが書籍になるなど考えたこともなさそうだ。


ギャンブル、DV、風俗体験記から闘病記、育児エッセイまで

老舗小説投稿サイト「魔法のiらんど」の「日記・実用」カテゴリ、「ノンフィクション・実話」カテゴリを見てみる。
「日記・実用」では兄弟、ツンデレ、オタクなど平和なキーワードが並ぶが、「ノンフィクション・実話」では不倫、キャバ嬢、風俗、獄中日記などハードな内容が目立つ。
「エブリスタ」でも風俗嬢日記、闘病記、パチンコ日記などがランキングの上位を占めている(ちなみに「小説家になろう」「カクヨム」の類似カテゴリ上位は、普段小説を書いている作者による豆知識や創作についての雑談で占められているので、文化が全然違うことがわかる)。

そう、これらの作品はガラケー時代に花開いた「ケータイ小説文化」の流れを汲んでいる。
その流れを汲みながら、今も密かに日々更新されている。風俗の待機所で、あるいはトラックを運転する休憩時間に、パチンコの列に並ぶ間に、自分の日々の生活を綴り、コメントや「いいね」がつくのを眺める作者の姿をイメージすると、「なぜWebエッセイなのか」が見えてくる。

最初は、たまたま辿り着いたのが「そこ」だったのだろう。あるいは他の日記を読むうちに自分も書いてみたくなったのかもしれない。
Blogほど1エントリに特別なトピックの山を作ることはしなくてよく、SNSほどの双方向性はなく、どこで切り上げて保存しても次の日に続きをすぐ書ける――小説投稿サイトでのエッセイは生活スタイルと合うととても書きやすい。
匿名で書けて、構成のハードルも低く、Blogよりもアクションが返ってきて面白い。そんな風にハマっていくのではないだろうか。おそらくは、ニーズが合えばBlogよりも小説投稿サイトのほうが読者は獲得しやすい。
投稿サイトで恋愛小説を読んでいる女性、ホラーを読んでいる学生やサラリーマンが「エッセイ」「ノンフィクション」欄にも手を伸ばし、共感してファンになる。作者は嬉しくなって続きを更新する。そんなコミュニケーションが生まれている。


100年後に残したいWebノンフィクション文学

最後に、私のイチオシのエッセイ作品をいくつか挙げておく。

元風俗嬢が金持ち妻になりました
…マンガボックスでコミカライズもされている作品。風俗嬢ほのかが高級ソープで成り上がっていく物語だが、とにかく主人公ほのかの努力が凄まじい。
茶道と華道を習い、客に勧められたら映画でも「竜馬がゆく」全巻でもすべて観たり読んだりして次回の指名に備える徹底ぶりには感動させられる。
波乱万丈の展開の中、主人公のふるまいがとても冷静で的確なので、なるほど成り上がるわけだ……と舌を巻く。

マグロ船に乗って
…知られざるマグロ船での生活を赤裸々に描いた作品。
マグロ船にはどうしたら乗れるのかから始まり、現地妻の実態、マグロの漁獲量減少の原因が日本政府の政策にあることなど、興味深い事実が綴られていて、ドキュメンタリーとして実写化してほしいぐらいである。

カギ師・エピソード集
…カギ師のエピソードがぽつぽつとまとめてある。何気ないエピソードでも福本伸行なみの緊迫感で描かれる文章に気を取られながら読み進めていくと、徐々にディープなエピソードが顔を出し始める。
男性からの依頼でマンションの鍵を開けたが、実はマンションの持ち主はその男性ではなく、持ち主である女性が依頼主である男性のDVから逃げていて中に隠れていた話、自動施錠のキーに欠陥があり、もし電池が切れたら中に閉じ込められてしまう仕様である賃貸物件の話など、読んだ後、必ず人に話したくなるに違いない。

これらすべて、「思いつくままに、あるいは時系列順に書いてあって、編集されていない」点がとても大事だと私は思っている。
書き手自身は当たり前だと思っていることが、読者にとっては未知のことだったりするからだ。そういった事柄は変にまとめると、エッセイ自体が持つ謎の勢いが失われてしまう。

書籍になるような華々しい生活のエッセイや、ライターが取材して書いたドキュメントはアーカイブされてきたが、ここにあるのは、Webがなければ記録にさえ残らなかった、どこにでもあるような「生活」だ。
他者の視点が入らず、それでいて細部まで書き込まれていて、中には読者に応援されなければ書き続けられなかったかもしれない文章もあると思うと、震えるほど感動をおぼえる。
100年後、200年後に2010年代の日本が研究されたとしたら、これらのエッセイによって判明する事柄がきっとたくさんあるそれぐらい貴重なものだ。Webノンフィクション文学を読まずに2010年代を終えるのはとてももったいない。ぜひ読んでみてほしい。


*本記事は、2018年02月19日に「monokaki」に掲載された記事の再録です。