第7話|「書ききった。私一人じゃない、みんなの力だ」|梶原 りさ
前回までのあらすじ:
スランプから抜け出そうと参加した「オールスター」感謝パーティーで、なぎは人気主婦作家・櫻川ゆらと話せた。自分を卑下してはいけないと諭されたなぎ。帰り道でパーティーを反芻しているうちに涙をこぼし……。
見てくれる人がいる
なんとか電車に乗って、実家に戻った。寝ているカリンの横で、布団に腹這いになりながらノートパソコンを開く。開きっぱなしの「オールスター」。毎日の習慣で、手が勝手に更新をチェックしていく。
(まさむー。さん、もうイベントレポートあげてる)
終了から数時間しか経っていないのに、ユーモアを交えて詳細に書かれたレポートは、数十ページに達していた。
「桐生なぎさんにも会えました! なんと同じテーブル。ずっと読んでたので嬉しかったなあ」
その1文を繰り返し読む。今日の出来事、現実だったんだ……。カリンの寝息と、実家のおなじみの毛布。でも、私のパソコンは世界につながっている。
書こう。上手に書けなくても。見てくれる人がいる。
新しい作品ページを作り、帰りの電車であたためていたタイトルを打ち込んだ。
「ファミレスのママ友探偵観月 地域の謎は私におまかせ」
「桐生さんの真骨頂は……突拍子もない設定のなかにも、しっかり生活感があるというか」
とまさむー。さんが言ってくれた。
「あなたの中にある物語を、視点を、ありふれたものだ、小さなものだと卑下しないでほしいの」と櫻川先生が言ってくれた。
それらの言葉を噛み締めていたら、思いついたタイトルだ。
幼稚園に子供を送った後、ママ友たちとファミレスに寄る習慣がある主人公観月の安楽椅子探偵モノ(注1)。地域の警察が手をこまねいているような小事件を、ファミレスのいつもの席から見えるものだけで推理する。
ユキ・マナミ・レイナと、ときどきファミレスに行ってドリンクバーやサラダだけでおしゃべりをし、1時間弱で帰って家事をする私の毎日。その生活を面白がってもらえるんだと思ったら、キーボードを打つ手が止まらなかった。
書いてはコメントを読み、喜び、考える
翌朝、オールスターのマイページを開くと、まさむー。さんからさっそくコメントが届いていた。「ママ友、ファミレス、謎解き……良い……!」
やった! ママ友エピソード、どんどん入れていこう。
そうだ、章の変わり目に箸休めとしてファミレスメニューをつかったちょい足しレシピを書くのはどうだろう。マナミはドリンクバーを使った味変が得意で、ときどきランチする時なんかにはびっくりするようなテクニックを披露してくるんだよね。
「ステーキの後半で胃がもたれてしまったら、ジンジャエールに醤油を足したピリピリソースにディップ!口がさっぱりして意外とイケる」
そんなことを思い出しながら、私は毎日のようにどんどん小説を書き進めていった。
minamiコメント:このバイトくんと観月はこの後付き合うんですよね!?!?
その視点はなかった。でもたしかにファミレスの中に近しい協力者がいると話を進めやすいかもな。その案一部採用、エピソード追加しよう。
海遊コメント:犯人、もしかしてこの猫?
ちょ、ちょっと、そういうコメントやめてよ、バレバレすぎたかな……ここから犯人変更することできるか、読み返してみよう。
毎日、書いてはコメントを読み、喜び、考え、書き足し、そうやって日々が過ぎていった。高い山のように思えた募集要項の10万字も、いつしか越えていた。
書ききったその瞬間に
パーティーから1か月足らずのある日。
私は「ファミレスのママ友探偵観月 地域の謎は私におまかせ」の作品設定を、「完結」に変更した。
序盤で増やしすぎた登場人物は生かしきれず、最後の章で無理やり大団円に持っていったその作品は自分の目からみても荒削りで、とても賞をとれるとは思えなかった。
でも、書ききった。私一人じゃない、みんなの力だ。
画面を更新すると、通知欄が赤く光った。いつもの読者さんがスターをくれたのかも。陰蔵さんかな? 彼女にしては、時間が早いけど……。
通知欄を開いて、「えっ」と声が出た。
「櫻川ゆらさんからスターが届きました」
櫻川先生、読んでいてくれたんだ。完結してすぐに気づいてくれるなんて。
私、書きました。私のなかにある物語を、完璧ではないけれど、今できる精一杯をもって。見ててくれて、ありがとうございます……!
そして、コンテストの発表の日がやってきた。
1. ↑ ミステリーのうち、探偵役が現場に赴かず、部屋の中に留まったまま推理して事件を解決するもの。
コメント
ほとんどのWeb小説投稿サイトには読者が作品にコメントをつけられる。ひとくちにコメントと言えど、作品全体をレビューするもの、感想を項目ごとに書けるもの、キャッチコピーのようなもの、ページごとにリアクションできるものやスタンプ形式など、サイトによっても多種多様。
厳しい批判を受けて切磋琢磨したい書き手にとっても、誰かに感想を聞いてみたい書き手にとっても読者からのコメントはとても気になるものであり、コメントをもらえることはWebに小説をアップする最大の利点と言ってもいいだろう。
コメントがつかなくて悩んだり、心無いコメントに振り回されたりと悩みの種にもなりがちだが、うまく付き合うと強い味方となり、執筆のモチベーションを支えてくれるのがこういった機能だ。
次回へ続く