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「BL」って何ですか?|王谷 晶

「BL」ってなんですか――? このタイトルをタイプして真っ先に口をついて出たのは「……人生?」の一言でした。王谷晶である。BLによって生かされ、BLによって(財布が)死んでいる一介のボーイズラブ愛好家だ。

いきなりだが今回はだいぶ書きにくい。先に言ったとおり私にとってBLというものは「生命、宇宙、そして万物についての究極の疑問の答え」としか言い表しようがないからだ。しかし本稿は小説の書き方をレクチャーするコーナーなので、宇宙の真理は一旦置いておいて、物書きの視点からBLというジャンルを追求していきたいと思う。

「BL」はなんでもありの芸術

さてでは書き手として見るBLだが、まずジャンルの定義をするとズバリ「男と男の恋愛/性愛物語」だ。すでにBLにどっぷり浸かっている御仁ならお分かりのとおり、この「恋愛」には非常に広い幅があり、ラブラブどころか互いに殺したいほど憎み合っている関係性でもそこに「ラブロマンス」を見出す作品も数多く在る

また、過去作品を紐解いていくと、いわゆる「両性具有」のキャラクターが出てくるもの、厳密には性別のないアンドロイドや宇宙人、UMAなど「男」の解釈も幅広く、一義的ではない。BLもすでに半世紀ほどの歴史を持つ芸術である。あらゆる時代、地域、職業、年齢、体格、容姿etcを題材にした作品が混在し、どんなニッチな嗜好でも「ないものはない」と言われている。

じゃBLってつまり、なんでもありってこと?そのとおりでございます。というか小説というのはだいたいがなんでもありなのだが、「商業デビューできるBLを書きたい」や「多くの人にひろく読まれるBLが書きたい」という野望がある場合は、ある程度の定石やテクニックは身につけておいて損はなかろう。
「受け視点」で語られる物語の方が多いとか、カップルの両方、またはどちらかが美形のほうがウケがいいとか、そのへんは読者としてBLに接していれば自然と頭に入ってくるかと思う。定期的にある一定傾向のカップリング(サラリーマン、アラブ物、オメガバース等)が流行するので、筆の早い人はその波にうまく乗るのも手だ。

広義の恋愛小説については#15(「恋愛」って何ですか?)に書いたが、そこからさらにBLに特化したハウツーをあげるとすると……ないないんです実は。特には。


萌え、情熱を文章にして叩きつけろ

じゃあなんでわざわざ「BL」の回を作ったかというと、「BL書いてみたいんだけど、でも……」と二の足を踏んでいる読者がいるならビビらず思い切り踊ってほしいからだ。BLと他のジャンルの恋愛話の「書き方」には、何の違いもない。それでも諸君がもし戸惑っているのなら、まずはとにかく書いてみちゃえと背中を押したい。
正直な話、上にちょろっと書いた定石なんか全部無視したってぜんっぜんいい。むしろブチ壊してくれ。プラトニックでもドスケベでも自分の萌えを叩きつけてほしい。構成のやり方取材のやり方などの具体的なテクニックは今までの回で開陳してきた。あと必要なのは萌えである。純然たる情熱だ。それが一番BL執筆に必要なコアの部分だ。君が考えた最高のラブを、ノートやキーボードに叩きつけるんだ。

BLを書くにあたっての心構え、みたいなものも本稿で書く必要はないと思っている。みなそれぞれ胸にパッションを抱いて書こうとしているだろうし、なんにせよ書く奴は書くなっつったって好きに書いてしまうものだ。それでもあえて箴言めいたことを言うならば、「これ男同士でやる必要あるの?」とか「どうしてあなたは男同士の話が好きなの?」などという外野の(または自分の内から湧いて出てくる)「素朴な疑問」には一切答える必要も心を悩ませる必要もない、ということだ。人類の歴史開闢以来世に何億何千と溢れ出ている異性愛物語に、そのような疑問が挟まれることがあっただろうか。異性愛の物語が「当然」のものなら、同性愛の物語だって同じだけ「当然」だ。シンプルな話である。


時代と共に変わる価値観を意識しよう

まだBLという言葉が発明される前のBLの代名詞だった雑誌『JUNE』の初期キャッチコピーは「いま、危険な愛にめざめて…」というものだった。同性愛物語は「危険・アブノーマル」な「禁断の恋」とされ、そのままならなさや社会からの抑圧、隠れなければならない切なさや淫靡さにみんな萌えていた
しこうして、現在は21世紀。2019年である。同性愛を扱ったコンテンツに「禁断の……」なんてキャッチをつけたら速攻で「何が禁断やねん! 同性愛は犯罪ちゃうぞ!」と総ツッコミを入れられる時代になった。いいことだ。同性愛者を取り巻く意識や環境の変化と共に、同性愛を描いた作品の内容やその受け止められ方も変わっていく。しごく当然な話である。この変化は、男性ではないが同性愛者ではある私も肌身で感じている。

しかし「今この時代だって禁断の愛としてのBLが書きたいんだよ!」という御仁もおろう。もちろん書いていい。書いていいんだけど、現代社会を舞台にしてるのに同性愛がひたすら忌むべきもの、恥ずかしいものとされその価値観のまんま悲劇的な結末を迎えてしまう系の話だと、価値観的にも倫理観的にも一時代古い作品として認識されると思う。レトロ上等、俺の時代は昭和で止まってます夜露死苦というなら止めはしないが、ナウなヤングにもバカウケしたい場合はほんとに時代設定を昔にしてしまうか、ファンタジーやSFなどの舞台装置を工夫したほうがよかろう。どっちにしろ、「同性愛=禁断の愛」は過去の差別的な価値観だということは、頭の片隅に置いておいてほしい


この夏に読みたいオススメ「BL」本

今回のおもしろ本は『BL進化論 ボーイズラブが社会を動かす』。「BLとはなんぞや?」を本気で深掘りしたい諸君はこれを読めばバッチリ。その歴史から商業・同人問わずBLの傾向や作風、社会環境の変化などを網羅している名著である。学術的な本だが非常に読みやすく、時にエモく、特に「結論」の項の最後の一行にはシビれる。進化し続けるBLというカルチャーに対する愛と興味が深まること間違い無しの一冊だ。

そして手前味噌だが、実は私も今月BL小説を刊行したのでついでに宣伝させてほしい。「古典文学をBLとして翻訳する」というイカしたコンセプトの「左右社 BL古典セレクション」の第三弾として、ラフカディオ・ハーンの『怪談・奇談』を原作にBL小説を上梓した。恐い・切ない系の男と男の恋と肉欲の物語が9篇入っている。ちょうど怪談シーズンの発売となったので、夏休みのお供に、宿題の課題図書に、お世話になったあの人へのお中元にとじゃんじゃんお買い上げいただきたい。夜露死苦。

(タイトルカット:16号


今月のおもしろい作品:『BL古典セレクション③ 怪談 奇談』

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著:王谷晶 原作:ラフカディオ・ハーン 左右社
誰もが知っている古典作品の性別を変え、ボーイズラブ化した大好評シリーズ第三弾。
ラフカディオ・ハーンの紡いだ名作の数々が、エッジの効いた文体で最注目の小説家・王谷晶の手により、世にも美しく恐ろしいBL怪談として生まれ直す!
凍りつくほどの美男・雪、男たちに辱められる耳なし芳一をはじめ、欲望に取り憑かれた男たちの絶頂と絶叫のBL怪談9篇。


今月のおもしろい作品:『BL進化論 ボーイズラブが社会を動かす』

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著:溝口彰子 太田出版
男性同士の恋愛を軸にした一大エンタテインメント・ジャンルであるBL。
おもに異性愛女性が作り手・読み手であるにもかかわらず、近年、現実よりもホモフォビアや異性愛規範、ミソジニーから自由な作品が生まれている。
本書は、BLの歴史をたどりながらその謎に迫り、作品や作り手・受け手の意識、社会との向き合い方がどのように変化してきたかを、作品分析によって明らかにする試みである。


*本記事は、2019年07月11日に「monokaki」に掲載された記事の再録です。