専門分野の小説って、ある意味「異世界」|海猫沢めろん
みなさん俺です! めろん先生です!
生きてますかー?
先生先生っておまえは政治家ですか? そんなにエライんですか?
って言いたくなりますが、実は10年前ぼくのペンネームって最初は「海猫沢めろん先生」だったんで……つまり先生までふくめてペンネームでした。
だからみなさん遠慮なく俺のことを先生って呼んでいいですよ!(高卒ですけど)
さて、新学期のスタートダッシュも終わり、ゴールデンウィークが過ぎてちょっとダレ気味ですよね。
Web小説を書いたり読んだりしている人たちも、ちょっと一段落ってところでしょうか?
「転生とか異世界とかも飽きたなあ」
「ファンタジーっていうのも王道すぎるしなあ」
「最近なに書いたらいいのかわかんないな」
そんな君のために、また3本おもしろいの見つけてきました!
全部現実が舞台で、専門分野に特化した小説です。
相変わらずこの定点観測は王道からは外れたものを拾っていますが、今回も新鮮なのは間違いなし。
たまにはこういうのもどうでしょうか。
何かのヒントが得られるかもしれませんよ?
真実のモテに近いイクメン小説
まず最初の一本目は「イクメン」がテーマです!
出た!
いきなりティーンにはハードルが高いテーマ……いや、でもちょっと読んでください。
専門分野の小説って、知らない人にとってはある意味「異世界小説」ですから!
作品名:わたしのイクメンブログ
作者:Nirone
「私」は四歳の息子と二歳の娘を抱えて時短勤務で共働きをしているワーキングマザー。
夫は「ARIONEのイクメン日記」というブログをやっていて、ほんの少し子供の面倒を見ただけでほめられている。
そのことに漠然とした不満を感じていたある日、「私」は性別を詐称して男性になりきったブログをはじめる。
最初は誰も読んでいなかったそのブログだったが、あるきっかけで閲覧者が増え、「育児参加意識の高いイクメン」と勘違いされ、いつしかカリスマ的なイクメンブロガーに……。
いやこれ……事実なんじゃ……。
と思うくらいリアリティがある小説です。
文章も読みやすいうえに、展開もどんどん転がっていくので、この先どうなるのかドキドキしてきます。
性別を偽ってネット活動するというのはよくある話ですが、育児テーマというのはちょっと見たことがなかったですね。
男女を入れ替えただけなのに、この社会のゆがみがこれ以上ないほど際立っています。
例えば、「私」が、夫の協力をあまり得られない状態で、必死に育児をする姿をブログに投稿すると……
「奥さんドSだろこれ。ひでえ。草不可避」
「かわいそう源五郎www」
などといったコメントがポツポツとつくようになってきた。
彼らは源五郎のことを「奥さんに頭が上がらず、いいようにこき使われてる気弱なおもしろオジサン」程度に思っていて、そんな源五郎の生態を、まるで動物園の珍獣を見るかのような気持ちで定点観測しているようだ。
ま、これ私なんですけどね。つまり私は夫に頭が上がらず、いいようにこき使われてる気弱なおもしろオバサンってことか。なるほどね。よくわかったわ。
これ、普通の女性のブログだったら「がんばってますね!」「女性が育児をするのは当たり前でしょ?」「まあ男はそういうもんですよね」とスルーされるところです。
男女を入れ替えただけでまったく反応が違う!
あれ……おかしいな……という気分になってきませんか?
男女逆転の構造をつかって世の中を見てみると、あたかも真実が見える魔法の眼鏡をかけるがごとく、世界の不公平さがどんどん見えてきます。
特に日本はいまだにものすごく男尊女卑な国なので、こうした設定を使うとあっという間に現実が異世界に見えてきます。
これ男子中高生は読んでおいたほうがいいです。
こういう現実を理解していると将来必ずモテます。
マジです。
恋愛マニュアル読むより、こっちのが真実のモテに近い。
初々しくて魅力的な「地元」描写
さらに次の専門特化小説はこちら、
作品名:アパレルガールがあなたの洋服をお選びします
作者:文月向日葵
勉強が大嫌いで大学中退。お洒落は大好き。そんなハタチの朱音は、半年前から人気アパレルショップ、「ミント・シトラス・アトレックス」神戸店で働いている。
半年たったある日、新人の西野哉(にしのはじめ)の教育を任されるが、彼は天然のトラブルメーカーだった。
これまた珍しいアパレル業界もの。
「お仕事小説」というジャンルになるんでしょうか。仕事の流れとか、気をつけるべきこと、接客の基本がすごいよく分かります。
ファッション関係の小説だと、最近はファッションブロガーのMBさんが監修しているラノベ『魔王は服の着方がわからない』 なんかもありますが、服オタっぽい目線ではなく、あくまで普通の街のアパレルという雰囲気が良い。
この作品の良いところは、もうひとつあります。
それは地元である神戸の描写。
窓を開けた。
そよ風が吹き、潮の香りが心地よく私の鼻孔をくすぐる。朝の光を照らした青い海は、白く小さな波を立て、微笑んでいるように見えた。
この潮の香りが大好きだ。
私が住んでいるここ兵庫県明石市は、東経百三十五度子午線を通る街で、有名だ。
初々しくてとてもいいです。
この風景を書いておきたいという気持ちが伝わってきます。
キャラクターたちも神戸なまりで話すので、思わず懐かしくなってしまいました(すいません、ぼく実家が姫路なんで)。
アパレルの仕事の内容や人間関係などの細かい描写もいいんですが、こうした地元の描写や細部が他の人に描けない魅力になっています。
あと、キャラクターの感情がむき出しになるところ、
「どういう教育しとんねん。あんた、アホちゃうん!」
店長はきつい言葉を私に投げる。でもそれは西野君にも言っているようなもんだ。私はしょぼんと、落ち込んだ。ウキウキしていた先ほどの気持ちが一気にしぼんだ。
(中略)
「そう! その通り。お客さんが他で何買ったなんか、絶対触れたらあかんねん。何でそれが、分からへんのよ、アホ!」
店長は今度は、西野君に投げ捨てるように言った。
このへんも「あっ、神戸の人ってこういう口調になる……」と妙な生々しさを感じました。
チャット小説×マイナースポーツもの
さて、最後の三作目はマイナースポーツもの。
作品名:白銀ペンギン 百分の一秒の軌跡
作者:ヒビ・ヒビキ
URL:現在掲載無
日本初!? のスケルトン小説開幕。
時速140kmを出す”スケルトン” それは……”世界一孤独なスポーツ” 頭から白銀の塵が舞い散る氷上のコースを滑走し、最高時速140kmを出すスポーツ。
スケルトンの選手だった凩柊斗(こがらし しゅうと)はオリンピックでの事故がきっかけで選手生命を絶たれた。
それから2年。田中スキー場で働く彼の元に現れた、カメルーン人のスケルトン選手マルク・エムボマ。
凩は彼の指導をしながら、ふたたび世界の舞台を目指しはじめる。
かつて『クール・ランニング』というジャマイカチームのボブスレー映画がありましたが、この作品はスケルトン。
スケルトン……見たことはあるんですが、まったく知識がありませんでした。
ボブスレーとどう違うんだ? と思っていると作中に説明がちゃんとあります。
ボブスレーと同じコースを使用して行われるスケルトン競技はボブスレー用の2本の溝の1本に片方のランナーを入れてスタートする。スタートの際に必要なのが超短距離で最速スピードを出すことの出来る瞬発力。
またカーブ時のライン取りを失敗すると、僕のように事故を起こしたり、直線コースで壁にぶつかり失速の原因になる。そのため必要なのが繊細な体重移動。基本的に右カーブ時は右肩を押し込み、左カーブ時はその逆と、ボブスレーのようにハンドルのないスケルトンでは自分の身体がソリの行く末を決める。
この競技の特異性から陸上短距離走経験者が転向する事が多々ある。
ドット絵のキャラクターたちが作品と妙にマッチしていて、味が出てますね。
連載中なので、まだこの競技ならではの描写やおもしろさが見えていないのですが、選手たちの心情や選手まわりの関係性描写など、「作者もなにかスポーツをやっていたのかな?」と思わされる説得力があります。
この作品は「トークメーカー」というサービス上で書かれているんですが、このサイトでは顔と吹き出しのアイコンを使ってチャット風に小説を書くことができます。
他のWeb小説サイトとはちがって、会話だけでも作品が成り立つので、地の文を書くのが苦手な人はこのサービスを活用してみては?
……というわけで今回の3作でした。
やっぱりみんな自分が好きなことや、得意なこと、嫌いなこと、自分だけのなにかを書いている部分は輝いてます。
小説を書き始めると短所ばかりが気になってくるものですが……無視したほうがいい!
とにかくやりたいことをやってみる――短所について考えるのはそれをやりきってからでいいです。
逆に、専門領域や得意なものを持っていなくても、「小さな好き」を育てることで大きくなることもあるんで、そこは安心して書いていってください。
来月も、Web小説という名のガチャを回し続けます! SRを引くまで!
……というような感じで、このコーナーでは、
・書籍化されていない
・とにかくなんだか気になる
・これは来そう/絶対来ない、けどヤバい
そんなWeb小説を紹介したいと思います。
これを読んでくれ! という作品があれば、自薦他薦は問いませんのでお知らせください。ひっそり読みます!
(一回目終了後にいくつか推薦がありました!あざっす!)
「Web小説定点観測」は毎月第3火曜日に更新です。
ではまた。
そうそう、謎の読書実況ユーチューバー「文豪さん」の二回目が更新されているみたいです。
あいかわらず謎テンションですが、執筆の合間にどうぞ。
*本記事は、2018年05月22日に「monokaki」に掲載された記事の再録です。