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物語に深みを与える、魔法の過去・現在・未来|三村 美衣

 「魔法」というのは普通では考えられない何かを起こす力だが、メカニズムが見えないだけに、便利で万能なご都合主義的なツールになりやすい。他の作品で見かけたものを安易に持ち込むとリアリティのない薄っぺらいものになり、考えずに連発すれば整合性を壊すことにもなる。
 このファンタジー最大の飛び道具、そのままメインのテーマにもなりうる「魔法」にリアリティを持たせ、テンプレから脱出するためにできることを探ってみよう。

魔法について知ろう

 魔法というのはわたしたちが知る法則や技術とは異なる方法で何かを起こす、神秘的な力のことだ。「魔法」、「魔術」、「魔導」といった言葉が用いられるが、使い方に明瞭な区別はない。「呪術」は、土着的で生活に浸透しているものに対して使用されることが多い。

 魔法は小説やゲームの中だけのものと思っているかもしれないが、地域によってはスピリチュアルな習慣は未だに大切にされているし、風水や陰陽、呪術や魔術、神秘思想などの歴史書や研究書もいろいろ出版されている
 体系は異なるが、理論や実践の歴史に触れることは、魔法表現を豊かにしてくれる。入手困難な本や高価な本が多いが、人文系の研究書を収蔵する大きな図書館に足を運んでみよう。すると、「魔法」を描くときに決めなければならない裏設定が何なのか、おぼろげに見えてくると思う。


魔法の原理は?

 その魔法は、何を源とし、どのような手順で発動し、その結果どんなことが起きるのかを説明できるだろうか?

 たとえば、魔法ファンタジーの古典であるラリー・ニーヴンは《ウォーロック》シリーズでは、魔法は天然資源のひとつである「マナ」を消費して発動する。ニーヴンのこの魔法の考え方は、後にファンタジーRPGのゲームシステムに大きな影響を及ぼした。
 魔法使いは木々や大地や宇宙が蓄えている仮想エネルギーにアクセスし、それを何らかの作用に方向づけたり、変換させる。個々人の中に蓄えられたエネルギーがいわゆるMPということになる(のかな?)。エネルギー自体は仮想だが、効果には物理や科学法則が使用できる。使い勝手が良いのでテンプレに陥りやすいが、変換させる部分(呪文、魔法陣、触媒、構造式など)に独自性をもたせたり、効果に副次的な影響を加算したり、工夫の余地はいろいろある。

 神様や精霊や幽霊や妖精に対して祈ったり、お願いしたり、契約したり、歌をきかせたり、命令したり、時には脅したりして力を借りる魔法も多い。効果の多寡は神の怒りから妖精の気まぐれまで千差万別だが、頼まれた方がどういう手段を用いているのかは、よくわかっていない。人ではない存在から思った通りの効果を得るには、それなりの手順やコツが必要となる。

 世界を構成するあらゆる物質には「真の名前」があり、その名を知ることで対象を操ったり、本質を曲げることも出来るというのがル・グィン《ゲド戦記》に登場する名前の魔法だ。他にも、物質固有の構造図や配列を組み替えたり動かしたりして発動する魔法もあるし、薬草や触媒を使って小さな魔法を発動する古代の知恵袋系や、ひたすら思念でがんばる超能力系などもある。

 何を源とし、どう働いているかというのは意識してほしいが、必ずしも隅々まで整合性のとれた原理を構築しなくてもいいし、考えた原理を作中で明らかにしなくても良い。基本の概念がしっかりしていれば、その上で起きる事象の細部にリアリティが生まれるし、原理をすべて体系化して記述すると科学技術の置き換えのようになってしまい、ファンタジーならではの面白さを失う懸念もあるからだ。


魔法が使えるのはどんな人?

 魔法の原理が定まったら、次に考えるべき「魔法」の社会的な立ち位置だ。
 魔法の認知度、普及率はどのくらいだろうか。その国で魔法はどういう位置にあるのだろうか。魔法を使える人の割合と、魔法を知っている人の割合はどの程度だろう。
 また魔法を使うのには、なんらかの生来の才が必要なのだろうか。その才は特定の血筋に宿るのか、どんな家にも誕生しうるのか。魔法の才があることはどうして分かるのか。才能を伸ばすための教育や師弟制度はあるのか。魔法や魔法を使う人は、町や村でどう見られているのか。魔法は職業になるのか。魔法に関する法律や制度はあるのか、特殊な力を持たない人には、魔法が使えるような術具や呪符はあるのか。
 またその世界にはひとつの魔法体系しかないのか、それとも国や文化が異なる地域や種族は、別の魔法を使用するのか。

 今、目の前にある風景や出来事を描写するだけではなく、社会的背景や、そこに至る歴史、そしてこれから先に起こりうることを想像するのは物語の基本だが、魔法についても同じことが言える。
 魔法が体系化されているのであればそこに至る過程があるだろうし、魔法に大きな力があるのであれば、社会に及ぼした影響もいろいろあるはずだ。たとえば人口が増えたり、科学技術が発展したり、戦争が起きたり……そんな社会の変化とも、魔法は無縁ではない。

 先程例にあげた《ウォーロック》シリーズの舞台は太古の地球だ。物語の現在においてマナは枯渇しかけており、場所によっては既に魔法が使えなくなっている。マナを糧とする種族は滅びはじめ、やがて魔法そのものも忘れ去られ、世界は我々が知る現在の姿となるであろう。
 魔法で今、何が出来るかだけではなく、魔法に関する過去から未来への流れ、それに影響された社会をとりまく大きなうねりを意識すれば、物語に奥行きが生まれる。


おすすめ魔法ファンタジー3作品

 最後に、絶対にハズさない、おすすめの魔法ファンタジーをいくつか紹介して今回は終わりにしたい。上記に書かれている内容を難しく感じたり、ぴんと来なかった場合、まずはこれらの本を読んでほしい。それぞれに豊かで個性的な「魔法」の描き方に、「なるほど、そういうことか」と、きっと納得がいくはずだ。

乾石智子『夜の写本師』(創元推理文庫)
さまざまな魔法と魔法使いを描いた《オーリエラントの魔導士》シリーズの第一巻。絵を描く、紐を結ぶ、色を纏う。このシリーズを読むと、現代のわたしたちの生活にも魔法の残滓がいっぱい残っていることに気付かされる。
http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488525026

ブランドン・サンダースン『ミストボーン』(ハヤカワ文庫FT)
鉱物を燃やすことで使う魔法の法則の面白さと、それを使った迫力のあるアクション描写が読みどころ。
https://www.amazon.co.jp/dp/4150204950?tag=note0e2a-22&linkCode=ogi&th=1&psc=1

佐藤さくら『魔導の系譜』(創元推理文庫)
万物を構成する導脈を動かすという概念の使い方が巧み。魔道士への差別や、国ごとの魔法の受容の温度差など社会的な側面も描いている。
http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488537029

(タイトルカット:ゆあ


ファンタジーコンテスト「魔法」大賞受賞作『その肉は、ワイバーンでございます
著:漆宮玄行
魔法学校から魔法使いの素養ゼロと認定された少女アルト。幼い時、高位魔法を暴走させたことで天才と呼ばれた双子の弟ジューク。2人は家族会議によって別々の暮らしを余儀なくされる。
5年後、魔法学校でアルトはワイバーンを料理し食べたことで、ワイバーンの女王が魔術師によって呪殺の生け贄にされていることを知る。父親の勧めで魔法による卒業論文のため弟ジュークに助手を頼みに行く。弟の所属する巡察使事務所では、巡察使が相次いで消息不明になる事件が発生。アルトは弟の仕事を手伝うことになる。


*本記事は、2018年12月04日に「monokaki」に掲載された記事の再録です。