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絶望感が最大の燃料になる 時を越えるファンタジー|三村 美衣

 今回のお題は「時を越えて」。
 時というのは無常であり、川のように流れ続ける。「行く川の流れは絶えずして」な平安文学の昔から、文学はこの無常観をテーマにし続けてきた

 でもですね。時を川の流れに例えるなら、必死になってボートを漕いだり、船に乗ったり、飛行機や魔法の箒を使って飛べば川を遡ることだってできるのではないか。探求心によって突き動かされ、澄んだ源流や仄暗い淀みに憧れ、そして必要にかられ、人は時の流れを越えようとする。かなわないのなら、せめてイマジネーションの中でだけでも……。というわけで時間ファンタジーです!

タイムトラベルものにおける多様なアプローチ

 時間テーマの花形はタイムトラベルものだが、これにもさまざまなアプローチ方法がある。

 オーソドックスな過去への旅だが、たとえばタイムマシンで人は送れないまでも、手紙や日記やメッセージ、何らかの情報、物体、やがてロボットや動物で実験するようになるかもしれない。
 そして人が跳ぶ場合も、身体を伴った旅行にするのか、意識だけを飛ばすのかにも分かれる。意識のみを過去に送るという選択肢もあるが、この場合は誰に投射するかが問題となる。過去の自分だけだと自ずとタイムトラベルできる時代が絞られるが、たとえば特殊な一族や転生といった要素を組み合わせることも可能だ。

 移動方法も、タイムマシン、タイムゲート、魔法、空間の歪、神様や魔法使いや妖精の力、お祈り、体質や特殊能力などさまざまな手だてがある。さらに行先を自分の意思で選択することができるのか、時間と同時に場所も移動できるのか、選べるとしたらどのくらい精度があるのか、というあたりからも物語は膨らみそうだ。
 また、一歩通行だが、コールドスリープやウラシマ効果、「いばら姫」や「リップ・ヴァン・ウィンクル」みたいな魔法の眠り、竜宮城や妖精郷など時間間隔の異なる異世界を経由すれば未来へ行くこともできる


論理から攻めるか、感情に訴えるか

 時間ものの面白さは、タイムパラドックスのような論理や、タイムマシンや魔法や特殊能力の仕様における制限などの組み合わせによるパズル性にある。たとえば時間ものの古典ともいうべきロバート・A・ハインライン『夏への扉』は、コールドスリープやタイムマシンなどを組み合わせることで、ひとつずつ問題を解決していく時間SFの教科書のような作品となっている。

 時間テーマで頻出するのがタイムパラドックス問題。これはタイムトラベルによって引き起こされる矛盾のことで、その最も有名な例が「親殺しのパラドックス」だ。タイムトラベラーが過去に行き、自分が誕生する前の親を殺せば、その地点でタイムトラベラーは誕生しないため、親は殺されない。しかしそうすればタイムトラベラーは無事に誕生するため、過去に戻って親を殺す。そうすると……と論理が堂々巡りすることを指す。
 時間は無数に分岐して並行宇宙をつくっているという観点に立てば、別の時間軸の息子が親を殺害することも可能だし、矛盾を引き起こすような行為は一介の人間には不可能であるなら、必ずなんらかの邪魔が入って親殺しを実行することはできないという説もある。

 時間には自己修復能力があるので改変はできないとする説、無限に枝分かれするだけだという説、時間という概念そのものにも驚くような論考があるので、時間改変戦争ものを書こうという人は最新のサイエンス系の解説書を読んでみよう。書いてあることの全てがわからなくも、なんとなくの理解であっても、いろんな刺激を受けるはずだ。


ドラマティックな物語を書きたいならロマンスや青春小説と組み合わせる

 時間に対する最新理論がどうであろうと、人は古来より、時は無常に流れると感じ続けてきた。時の流れによって人も物も変化し、成長を促し、出会いをもたらし、喜びを与え、そして時は人からあらゆるものを奪う。身分の違いも、種族の違いも、考え方やしきたりも、あらゆるものを乗り越えようと努力しても、時だけはどうにもならない。この絶望感こそが時間テーマの物語の最大の燃料となる。

 時に隔てられた男女がもし出会ったら、時を巻き戻して最愛の人を取り戻したい、もしもあの時別の選択をしていたらという悔恨、失なわれた時へのノスタルジックな想い。時間ものはロマンスや青春小説と相性がよく、現実社会ではなかなか描けないような感情を揺さぶるドラマチックな物語を描くこともできる。


近年人気なループ、リプレイ、シャッフルものを書いてみよう

 時間ものの中でも近年人気があるのが、同じ時間を何度も繰り返す時間の輪に閉じ込められてしまうループものだ。ループする期間の幅、ループしていることに気が付いた人物の葛藤や選択、ループを引き起こしている理由や人物の特定、解決などが展開の鍵となる。
 誰かが意図的にやり直すことで別の未来へたどり着こうとするリプレイものもこのバリエーション。桜坂洋『ALL YOU NEED IS KILL』や、河野裕『サクラダリセット』、ケン・グリムウッド『リプレイ』など様々な作品が刊行されている。

 もうひとつ変則技的な時間ものがシャッフルと分類されるもの。音楽アルバムをシャッフル再生し収録曲を順番通りではなく、ランダムに再生するように、その人物の主観では人生のさまざまなシーンがめちゃくちゃな順番で訪れるタイプの作品。行き当たりばったりに書き始めると、矛盾だらけになってしまうので、これを書く人はまず綿密な設定を作っておく必要がある。


おすすめ時を越えるファンタジー4作品

ジャック・フィニイ『ゲイルスバーグの春を愛す』(ハヤカワ文庫FT)
ノスタルジックな作風が魅力のフィニィ。中でも収録作「愛の手紙」は、異なる時代に住む男女が年代物の机の引き出しと、古い郵便局を使って手紙をやりとりをするロマンチックな名作。時間もののラブストーリーが好きな人は、この「愛の手紙」と、次に紹介するアンソロジーに収録されている「限りなき夏」、それにロバート・F・ヤング「たんぽぽ娘」などが絶対におすすめ。
https://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/70026.html

大森望編『時間SF傑作選 ここがウィネトカなら、きみはジュディ』(ハヤカワ文庫SF)
テッド・チャン「商人と錬金術師の門」、クリストファー・プリースト「限りなき夏」、ボブ・ショウ「去りにし日々の光」といったロマンス系から、スチャリトクル「しばし天の祝福から遠ざかり……」のような奇想系リプレイものまでバラエティに富んだ一冊。
https://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/11776.html

河野裕『サクラダリセット』(角川文庫)
見聞きしたことを絶対に忘れない「記憶保持」能力者の浅井は、ある日、同じ時間が繰り返されていることに気が付く……。少年少女が特殊能力を発症する咲良田市を舞台に、さまざまな能力を組み合わせることで解きほぐされるパズル的面白さも堪能できるライトノベルの傑作。
https://www.kadokawa.co.jp/product/321601000099/

ジョーン・G.ロビンソン『思い出のマーニー』(岩波書店)
ジブリでアニメ化もされた児童文学タイムファンタジーの古典。両親の死や喘息から心を閉ざした少女が、転地療養で訪れた先でマーニーという少女と出会い、友情を結び、自己を回復していく癒し系の物語。
https://www.iwanami.co.jp/book/b264502.html

(タイトルカット:今井琢)


ファンタジーコンテスト「時を越えて」大賞受賞作『サンドイッチに愛の願いを
著:羽山つぐみ
吉祥寺のサンドイッチ屋「正夢」の娘、かの子は平成元年生まれの為、二度と手の届かない昭和の世界に憧れていた。平成に未練は無い。変わらないものが好きなのに、どんどん便利になって目まぐるしく変化を遂げる世の中。あと一週間で元号が変わるという日、かの子は自ら命を絶とうと決めていた。
昭和最後の冬に死んだはずの父親、麦ノ助が現れたのは、その時だった。
昭和を知らない娘と、平成を知らない亡き父を結ぶ、ノスタルジックな奇跡の愛の物語。


*本記事は、2019年11月05日に「monokaki」に掲載された記事の再録です。

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