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「伏線」って何ですか?|王谷 晶

一年の半分が終わるぞ! うそでしょ……王谷晶である。さて私は「鼻の穴にLANケーブルを挿している」「白飯にモデムを乗せて食っている」と噂されるほどインターネットに浸って暮らしているので、昨今話題のInstagramなどでの「匂わせ」投稿が話題になると知らん芸能人のでもなんとなく見に行くというネット野次馬根性を発揮してしまう。そして当該の投稿を見るたびに思うのが「伏線がうまい……!」ということである。

というわけで今回のお題は「伏線」ですが、伏線とはつまり「匂わせ」とその結果の「バレ」であります。

「上手に騙してほしい」という欲望

「近所にできた新しいイタリアンでランチ♪」というインスタ投稿に向かいの席の人の服のソデが1センチくらい写っていた、から始まり、今日履いてた靴を撮影したと思いきや隣に誰かの影が写り込んでいる、今までぜんぜん話題に出てこなかった趣味の話を急にするなどの「引っかかるようで引っかからない、でもちょっと引っかかる」投稿を経過し、最終回でとうとう実は祖国から追放された元スパイと軍人が共同生活をしながら復讐の機会を狙っていた、という物語の全容が見えてくる。

にしても、なぜ世の中は「伏線回収が凄かった」「(長期連載作品などで)何年も前から伏線を仕込んで見事回収した」という作品が神作品として尊ばれるのか。これは、フィクションの読み手というのはやっぱりみんな「上手に騙してほしい」という欲望を持っているからだと思われる。

謎解きやミステリジャンルでなくても、「なにげなくスルーしていたあの要素が最終的にピタッとはまった」というパズルが完成したような快感は読者の脳汁をすこぶる刺激する。私もそういう話は大好きで、「伏線と回収だけでできている」叙述トリックものなんか大好物である。
 
また、年単位の遠投な伏線回収や言われるまで気づかなかった巧妙な伏線回収が喜ばれるのは、そこに作り手の物語に対する丁寧さや真摯さが感じられるからというのも理由としてありそうだ。

伏線が見事に回収されることで、自分が時間とお金をかけて読んできたものが場当たり的なやっつけ仕事ではなく職人が魂こめて作り上げたものなんだなあと実感できる人もおろう。
伏線とその回収がない物語が丁寧でないということではないが、実際、ちゃんと張ってちゃんと回収しようと思うとテキトー仕事ではうまくいかないのが伏線だ。


インスタグラマーに伏線を学べ!

では効果的な伏線とその書き方というのは、どうすればいいのか。まず先にも書いた「引っかかるようで引っかからない、でもちょっと引っかかる」ここがミソだ。

初回で「私が犯人です」とオデコに書いて出てきた人物が実際犯人という展開は、伏線回収とは言わない。逆に一ミクロンも読者に引っかからせずに実は重要な伏線でしたとやるのも、若干のアンフェア感があり(読書というゲームを支配しているのは作者である)、こんなのズルいだけじゃんと紛糾してしまう可能性がある(紛糾してもなお面白い天才本というのもある。京極夏彦『姑獲鳥の夏』とか……)。

要するに、伏線を張るときは常に心に「芸能人と付き合ってるインスタグラマー」を住まわせるのだ。バレたらやばい、でもバラしたい、けどバレないようにしなくてはいけない、あ〜んでも世界に公表しちゃいたい〜! な心情で書くのだ。
可能な限り巧妙に隠し、かつ、バレたら「言われてみればこれも、あれも!」と「発見」される要素を散りばめる。この「言われてみれば!」を確認するのもまた伏線の楽しさだ。

この楽しい伏線&回収を成功させるには、やはり書く前にキッチリ構成を詰めていくことが大事である。プロットや構成なしのフリージャズ的書き方でうまいこと伏線を張ったり回収するのはけっこう難しい。
書き終えてから後付で付け足すことも出来るが、よっぽど慎重にやらないとその要素だけ浮いてしまう。こなれた書き手ならともかく、ビギナーのうちはやっぱり設計図をちゃんと作ろう


「匂わせ」のプロを目指し物語の設計図を練り続ける 

伏線となる要素には、ざっくり分けて主人公から見て「偶然」と「人為的」の二つのタイプがある

例えば「出世がかかったプロジェクトを任された主人公の身の回りで事故や事件が頻発、ライバルの仕業かと思ったが実は冒頭で何気なく見かけた夜中にジョギングしていた人が殺人鬼で付け狙われていた」が偶然タイプの伏線で、「主人公が仕事の同僚を飲みに誘い待ち合わせするが時間を間違えてしまう。その日から同僚の周囲で不穏な事故が。実は隣人が連続殺人犯だと気付いた主人公がわざと同僚を殺人犯の目撃者にして次のターゲットにさせた」みたいなのが人為的タイプだ。
一見偶然かと思いきや登場人物の行動の結果が巡り巡って降り掛かっていたというヒネリパターンもあり。

「偶然」を使う場合は、あまりにその偶然がご都合主義にならないように気をつけたい。「たまたま」とか「ひょんなことから」が続くと読者はゲームマスターである作者に都合のいいルールを強いられている気分になってしまい、印象がよろしくない(やたら偶然に偶然が重なっても高い評価を受け続けている名作もある。松本清張『砂の器』とか……)。
アンフェア過ぎず、しかし時にいじわるに、さりげなく、そしてしたたかに、「匂わせ」のプロを目指し物語の設計図を練りまくることで読者にお見事! と言わせる伏線&回収を作っていこう。


伏線回収の鮮やかさでテレビドラマ史を変えた作品

今回のおすすめ作はテレビドラマ史を変えたと言われるほどの怒涛のピカレスク、『ブレイキング・バッド』。「地味な高校教師が麻薬王に!」という一行で説明できるキャッチーな全62話の物語は予想不能にして綿密。何気ない小道具が後半の重要アイテムになったり、ただのイメージショットだと思っていたものが実は大事件の結果であることが分かったりと、伏線とその回収の鮮やかさでも伝説的な作品
私も「この脚本は悪魔が書いたのか?!」と叫びながらマラソン鑑賞で一気観してしまったので、諸君もぜひ在宅のお供に観てほしい。五話目くらいからギアが入ってノンストップになるぞ。

(タイトルカット:16号


今月のおもしろい作品:『ブレイキング・バッド』

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平凡な化学教師ウォルター・ホワイト(ブライアン・クランストン)は、第二子を身籠っている妻と脳性麻痺の息子を養うため、放課後は洗車屋でアルバイトまでしながら、なんとか平穏な暮らしを保っていた。ところが、50歳の誕生日を目前にひかえたある日、肺癌で余命僅かと宣告を受ける。
善と悪は表裏一体。温厚で生真面目だった男は、愛するものを守り抜くために“道を踏み外していく”《=Breaking Bad》。
「ブレイキング・バッド SEASON 1 COMPLETE BOX」
Blu-ray( 9,333円+税)/DVD(7,600円+税)
発売元・販売元:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント