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空想世界で息づく者たちに名前という生命を吹き込む「名付けの技法書」|monokaki編集部

 つねづね疑問に感じていました。
 巷には、物語の創作指南をはじめ、小説・作家研究、文学理論に関する書籍が山のように出版されているにもかかわらず、物語創作の礎ともいえる「名付け」に関する本はほとんどないということに。
「ならば、私が」という思いで一念発起し、今まで培った名付け技法を一刻も早く多くの方々と共有したく、一心不乱に筆を走らせた次第です。
 私自身、創作意欲に目覚め、小説家を志して長編小説を年に3~4作書いては出版社主催の新人賞に応募していた頃は、作中のあらゆる名付けに四苦八苦したものです。当時は物語創作の右も左もわからない悩める素人でした。それでもネット検索すれば、プロットの書き方や起承転結、三幕構成のポイントなど、たいていの基本的な執筆作法は調べられました。
 しかしながら、主人公をはじめとする登場人物の名付けについてのコツやノウハウは、非常に限定的かつ信憑性の乏しいソースばかり。しかも物語を書くにあたって名付けが必要なのは、登場人物だけにとどまりません。
 たとえば、ヒーローの必殺技、悪役の武器や魔法、異世界名、主人公が通う高校や会社、外国人の名前、宇宙人や怪獣などなど――枚挙にいとまがありません。そればかりか、章タイトルや作品タイトルも付けなければならないし、作中で町名や有名人などの固有名詞を表記する際、どういう点に気をつけるべきか、といった初歩的な疑問も尽きませんでした。

 そんなわけで〝?〟が頭に浮かぶたび、個別にネット検索するのですが、莫大な時間と労力を要するうえ、実際に役立つ理路整然とした情報にめぐり合えるのは非常に稀でした。物語創作における名付けや命名表記に関する事案は、個々が大きなテーマでないため、ネットや専門書での扱いが限定的だったことも、労多くして報われない一因だったと思います。

 以来、創作活動をはじめて3年後、縁あってなんとか大手出版社からメジャーデビューでき、書き下ろしの長編小説を単行本で刊行することができたものの、まだまだ創作中級クラス以下の知見とノウハウしか私にはありませんでした。
 新しい作品に取り組むたびに、相変わらずネット検索で孤軍奮闘しながら、〝?〟の回答を求めて調べものの長旅に没入していたのです。
 それから早5年が経過。小説以外にもじつに多くの本や文章の仕事をプロとして経験するうち、なんとかひとかどの知識を体得し、現在に至ります。

 さてさて、ずいぶん前置きが長くなりました。
 本書は前述の通り、かつての自分のように強い創作願望を抱いて実際に物語を書きはじめてみたものの、今ひとつ名付けに関して疑問や不安が残る、あるいは自信が持てないという方々に向けたガイドブックであり参考書です。
 日本語による命名はもちろん、外国語での名付け方、モチーフの選定、世界観別の解説と、多角的視点で幅広い分野を網羅しているうえ、小説、ラノベ、漫画、シナリオなど、創作ジャンルの垣根を越えて活用可能な全6章構成にしてあります。この1冊さえあれば、名付けについてのあらゆる〝?〟をオールクリアできるといっても過言ではないでしょう。
 ぜひお手元に置き、執筆の手が止まったり名付けに悩みを抱えたりしたときは、本書を開いてみてください。
 あなたの物語世界がさらに完成度の高い、素敵な作品に仕上がるはずです。

 こんな文章から始まる書籍が、11月1日に日本文芸社から発売された。以前にもmonokakiで紹介した『プロの小説家が教える クリエイターのための語彙力図鑑』の著者であり、現役の小説家である秀島迅氏による『プロの小説家が教える クリエイターのための名付けの技法書』。先月発売された『中世ヨーロッパの世界観がよくわかる クリエイターのための階級と暮らし事典』と一緒に読んでみてほしい一冊となっている。
 冒頭にはプロローグとして「空想世界で息づく者たちに名前という生命を吹き込む」「名付けは閃きではなく創意工夫で生み出される」「読めば即戦力となる知見とノウハウを網羅」というページがある。「プロとしてデビューして食べるため」に必要な名付けの技法など、本書を読むと理解できるテクニックの簡単な紹介がある。

 この書籍は「1章 押さえておくべき名付けの大前提」「2章 オリジナルの新しい言葉を作る」「3章 外国語を駆使した名付けのコツ」「4章 実践編① 創作キャラの名付けの技法」「5章 実践編② 世界観の設定に必要な名付けの技法」「6章 実践編③ タイトル・作品名の名付けの技法」と全部で6パートに分かれている。また、最後には「書き込み式 クリエイターのための〝命名力〟検定」も掲載されている。

 名前をつけることは「祝い」であり「呪い」ともなり、「祝福」と「呪縛」をその名付けたものに与える行為だ。創作者が登場人物や街や技やアイテムにどんな名前をつけるか、それは世界観をどう規定するのかを決めることになる。ここを適当にしている作品が他の誰かに届くことは皆無と言えるはずだ。「名付ける」ことから世界は始まる。この一冊が新しい世界を創り出していくあなたの強力な味方になってくれるはずだ。
 日々創作に悩む作家さんたちにこそ読んでほしい! と思い、monokaki限定で、特別に一部掲載の許可をいただいた。

 今回掲載箇所として編集部が6つそれぞれのパートからオススメのものを二つずつ選出し、最後に「“命名力”検定」から三つ選んでみた。まずは記事を一読してほしい。読んでみて気になった人は本書を手に取ってもらって、ご自身の創作に活かしてもらいたい。

1章 押さえておくべき名づけの大前提

1章では、①名付けの前提条件は登場人物の差別化にあり、②書き手のパッションがない、読者に失礼な名付けはやめよう、③名付けの際はつねに読者視点を大切に、④名付ける際には時代ごとの〝流行りの名前〟も考える、⑤名付けは文字面が超重要、⑥音の響きにもこだわることで読者の好感度がアップする、⑦わかりやすすぎる安易な名前では読んでいて楽しめない、⑧まずは命名で登場人物の個性を書き分ける、⑨略語やあだ名を使ってひと味違う個性を際立たせる、⑩コンプライアンスが厳しい時代に必要なクリエイターの鉄則が取り上げられている。
ここでは、②と⑩を紹介する。

②書き手のパッションがない、読者に失礼な名づけはやめよう
主役級のキャラクターを名付ける際には、その人物の役割や性格を反映した名前を探し出す必要があります

◆1冊の作品中に最低100回以上主役級の名前が随所に出てくる

 物語世界において主人公たちは、書き手の発想で命名された名前を背負い、アイコン的役割を果たしながら行動していきます。
 当然ですが、名前がなければ読者にその存在は正確に認識されません。これは現実世界と同様です。
 つまり書き手も読者も、名前によってシーンごとの主体の心身の動きを空想しつつ、ストーリーを追っているわけです
 3人称で語られる作品の場合は徹頭徹尾、この図式が変わることなく、物語のエンディングまで継続します。
 これがどういう意味を成しているか、おわかりになりますか?
 見開きページごとに数回(あるいは十数回)、必ず登場人物たちの名前が出てきて、つねに読者はそれらを目にしている状態なのです
 長編小説であれば、1冊の作品中に最低でも100回以上、主役級の名前が随所に出てくるのが実態です。とりわけ、主人公の登場頻度は圧倒的であり、読了するまで読者はその名前と向き合わなければなりません。

●失敗しない名付けのためのチェック項目
☑エンディングまで飽きずに愛着が湧く名前
☑キャラの役割や性格にフィットした名前
☑人物像がありありと浮かんでくる名前

やってはいけない命名パターン
聞こえがいいし 好きなタレントの名前を使おう まあ、適当に

◆その人物がどのような役割や立場を担い、どういうキャラとして動くかまで計算すべき

 大原則として、人気作品とは読者が主人公に共感し、存在自体を好きになってもらわなければ成立しません。そしてもちろん、名前もまた存在に含まれます。となれば書き手は、登場人物の命名に最大限のアイデアと配慮をめぐらすべきです。特に主役級のキャラクターには、練りに練って、その人物にふさわしい個性的な名前を探し出す必要があります。
 もっともいけないのは、書き手のパッションがない安易な名付け。よくありがちなパターンは次のようなものです。
 『単に耳ざわりがいいから』『見た目がいい漢字をあててみた』『好きな俳優やタレントの姓名を拝借した』『こういう当て字っぽいファーストネームが最近流行ってるみたいだし』『まあ、なんとなく適当に』――。
 これらは読者に失礼で、書き手として正しくない流儀です。命名にあたっては、作中でその人物がどのような役割や立場を担い、どういうキャラとして動くか、性格や気質まで計算すべきです。紙上にその名前が現れただけで、人物像がありありと浮かび上がり、エンディングまで飽きさせないばかりか愛着が湧いてくる、そんな絶妙な名付けセンスが書き手には求められます。


⑩コンプライアンスが厳しい時代に必要なクリエイターの鉄則
今の時勢において倫理観に欠けると捉えられる微妙な表現は想定外の問題を呼び起こすリスクを抱えています

◆受け手によってはガラリとその意味が本来意図するものとは変わってしまう

 ダイバーシティ=多様化の時代を迎え、世の中では個を認めて、互いに尊重しようという気運が日に日に高まっています。同時に、差別とハラスメント防止に関するコンプライアンスがますます厳しくなっています。
 コンプライアンスに抵触した企業や有名人はマスメディアに叩かれ、ネット上でディスられたあげく大炎上に発展するケースも見受けられます。
 これは創作の場においても同様です。細心の注意を払って表現したつもりが、他者にあらぬ誤解を与えたり、悪い意味として解釈されたりするリスクが内在することを念頭に置かなければなりません
 また、国や言語の違いから、受け手によってガラリとその言葉の意味が、本来意図するものとは変わってしまうこともあります。ひとつ、事例を挙げましょう。乳酸菌飲料『カルピス』の名称です。じつはアメリカ市場で販売される際には『CALPICO(カルピコ)』と変わります。理由は『カルピス』という商品名に対し、英語圏の人々はその音感から「COW(カウ)」=牛と、「PISS(ピス)」=おしっこという2つの語彙の連なりを連想するからです。

●創作におけるネガティブチェックの基本姿勢
☑もし自分とは立場の違う人が読んだなら、という意識を持つ
☑怪しいと感じた表現や語彙については必ず調べる
☑日頃からネットやメディアに関心を持ち、世論の声に敏感になる

◆つねにネガティブチェックを心掛け 細心の注意を払うこと

 コンプライアンスが厳しい時代ゆえ、ネガティブチェックを心に留めて創作に取り組むべきでしょう。ここで名付けに関連した事案を2つ紹介します。
 まず、付加的呼称詞の『くん』と『さん』についてです。『くん』は男性に、『さん』は女性にという使い分けは、これまで小中学校でもなかば定着していました。しかし昨今、性別に囚われない考え方が広まり、呼称詞の使い方が見直されています。よって、物語においても登場人物の性別を明示する、あからさまな表現には神経を使う必要があります。
 また、今から30年前の話ですが、ある男性が自身の子どもに『悪魔』という名前を付け、ニュースになりました。『悪魔』という名前がいじめの対象となり、将来的に子どもが社会不適応を引き起こす可能性があるとされ、裁判沙汰に発展した大事件でした。ネット社会の現在なら、さらに諸説紛々たる様相を呈し、その是非が苛烈に問われたに違いありません。
 つまるところ今の時勢では、たとえフィクションの物語上でも、倫理観に欠けると捉えられる微妙な表現があれば、想定外の問題に発展するリスクがあります。つねにネガティブチェックを心掛け、細心の注意を払いましょう。

書き手は全員に大好評だと思っていても「けしからん」と感じる人がいるかもしれない


2章 オリジナルの新しい言葉を作る

2章では、①言葉の足し算や掛け算をするときの考え方、②究極の語を組み合わせれば造語界で無双パターンに、③色の持つイメージと言葉をつなぎ合わせる、④シンプル・ストレートに訴えるタイトルの強さ、⑤漢字表記のファーストネームをカタカナ変換して命名する、⑥歴史上の著名人や偉人の名前を引用する、⑦あえてイニシャルを使って意味深な名前にする、⑧数字を作品タイトルや名前に取り入れる、⑨ギャップのあるフレーズでインパクトを放つ、⑩漢字の持つイメージを的確に組み合わせる、⑪文字数が多い作品タイトルのメリットと特徴、⑫難解で意味不明なタイトルは超有名作家以外はNG、⑬タイトルでオール英語表記は危険 漢字・カタカナ・ひらがなが◎、⑭大ヒットミステリー小説の時代を捉えた名付け技法が取り上げられている。
ここでは、④と⑨を紹介する。

④シンプル・ストレートに訴えるタイトルの強さ
作品の真価と独自性を1語でズバリ表現する手法は読者にインパクトを与えることができます

◆作品タイトル自体が持つ 言葉のメッセージ力が決め手となる

 本書では数回にわたり作品タイトルの名付け方について解説しますが、ここではシンプルかつストレートに訴える手法を取り上げます。
 小説やラノベをはじめとする物語のタイトルは、作品の評価と売り上げに如実に反映するほど重要なものです。書店へ行っても、本のネットサイトを閲覧しても、数えきれないほど多くの書物が並んでいます。それでもふと目が留まってしまう1冊があります。もちろん、書影の写真やイラストなどデザインも影響しますが、タイトル自体が持つ言葉のメッセージ力が決め手となります。「こ、これは!」と読者に思わせる、期待感を高めるタイトルを付けられれば、それだけでより多くの方々に手に取ってもらえるというもの
 とはいえ、タイトルの文字量は多くても20字ほどです。
 ミスマッチな語彙を組み合わせる、象徴的なモチーフを用いる、長めの文章形式でまとめる、ダブルミーニングにする、有名作品にあやかるなど、方法は多数ありますが、なかでもダイレクトな訴求力を持つのは〝そのものズバリ〟方式のタイトルといえるでしょう

黒澤明監督の映画作品には
〝そのものズバリ〟方式のタイトルが多い

『野良犬』『醜聞(スキャンダル)』『羅生門』『白痴』『生きる』
『どん底』『用心棒』『赤ひげ』『影武者』『乱』『夢』

◆特性をユニークな名前で表現し 字面も音感も独自性が顕著な名付け

 例として、身近にあるヒット商品のネーミングを挙げます。
 赤城乳業の主力商品『ガリガリ君』と『ガツン、とみかん』。同社の氷菓は商品名のインパクトで次々と大ヒットしています。伊藤園の『お~いお茶』は、旧名『缶入り煎茶』から現在の名前に変えて、売り上げが6倍に伸びました。また、桃屋の『ごはんですよ!』は発売以来50年間売れ続ける長寿商品です。
 これらのネーミングに共通するのは、〝そのものズバリ〟方式で、特性をユ ニークな名前で表現したうえ、字面も音感も独自性が顕著な点です
 映画では1975年公開のスティーヴン・スピルバーグ監督作品『ジョーズ』が同様の作戦で成功しました。『jaw』は顎を意味し、複数形の『jaws』はワニや鮫など危険動物の口を指します。まさに〝そのものズバリ〟方式でした。
 俳優のブルース・ウィリスを一躍スターダムに押し上げた『ダイ・ハード』も、主役キャラそのものを表す『不死身』を意味するタイトルで大成功を収めました。北野武監督の新作も『首』と、単漢字の迫力を存分に感じさせます。
 くどくどと多くを語らず、作品の真価と独自性を1語でズバリ表現するタイ トル手法は、小説やラノベを含めた物語の名付けでも有効な場合があります。

名画の〝そのものズバリ〟タイトル作は勉強になる
『ジョーズ』『ダイ・ハード』『首』



⑨ギャップのあるフレーズでインパクトを放つ
気をてらいすぎずに品格と好感を念頭に置き、物語の芯を貫く言葉を選びましょう

◆今やタイトルはその作品の売れ行きを左右する一大要因

 名作や大ヒット作には、往々にしてその時代をリードする、斬新で刺激的、そしてショッキングなタイトルが付いているもの。夏目漱石の『吾輩は猫である』(1905年)、太宰治の『人間失格』(1948年)――ふたりの文豪によるこれら代表作は、当時としてはかなり衝撃的な表題だったに違いありません。
 今から20年前の2003年に刊行された、東京大学名誉教授・養老孟司の著書『バカの壁』も、その言葉のインパクトから大きな話題となり、400万部を超えるベストセラーを記録しました。そればかりか同年の新語・流行語大賞、毎日出版文化賞特別賞を受賞したほどです。
 ギャップのある言葉を意外な形で組み合わせると、わずか数文字のタイトルであっても大きなパワーを持ちます。しかもインパクトのみならず、〝視認しやすい〟〝記憶しやすい〟というメリットを備えます。
 今やタイトルはその作品の売れ行きを左右する一大要因といわれます。それゆえに書き手はもちろん編集者も、表題の選定に重きを置き、熟考に熟考を重ねて決定するようになりました。

●インパクトのある名タイトルを付けるためのセオリー
☑できれば10文字以内でコンパクトにまとめる
☑物語のテーマやメッセージを必ず入れ込む
☑時代性を無視したグロな言葉選びをしない

◆いわゆる〝真芯〟を貫くキーワードが 入っているかを確認すること

 ギャップのあるフレーズで一世を風靡した、近年の大ヒット作を挙げてみました。創作に興味のある方・関わる方なら、きっとご存じでしょう。

『空飛ぶタイヤ』池井戸潤著    『蹴りたい背中』綿矢りさ著
『容疑者Xの献身』東野圭吾著   『コンビニ人間』村田沙耶香著
『騎士団長殺し』村上春樹著    『君の膵臓をたべたい』住野よる著

 いずれの作品タイトルからも、短い文字数のなかに凝縮された、意外な言葉の組み合わせが持つ不思議な響きを感じ取れるはずです。
 この流れを汲むタイトルを付けるには、いくつかコツがあります。
 まず、長すぎないこと。できれば10文字以内が理想です次に、物語のテーマやメッセージといった、いわゆる〝真芯〟を貫くキーワードが入っているかを確認すること。これが外れていれば、作品としての評価が下がってしまいます。最後に、奇をてらいすぎないこと。時代性を無視したグロな言葉選びはご法度です。あくまで品格と好感を念頭に置きましょう。

一瞬で読者のハートを射抜くタイトルを付けられれば書き手として一流の証し


3章 外国語を駆使した名付けのコツ

3章では、①〝言葉の創造〟と〝言葉の発見〟を使いこなす、②カタカナ名のキャラを作るならまずは英語からチェック、③モダンでエレガントな作品ならフランス語との親和性は抜群、④ドイツ語は質実剛健な文字面でインテリジェンスな語感を生む、⑤知的かつ神秘的な趣ある音の響きならラテン語を、⑥神々と英雄の物語を感じる語感が優美なギリシャ語、⑦ファンタジー系のヒーローに合う! 耳馴染みがいいスペイン語、⑧異世界感を強調し作品をユニークにするイタリア語、⑨複雑な母音とアクセントから発音の再現が難しいロシア語、⑩日本語ならではの〝和〟の力を活用するポイント、⑪方言を味方につければ得るものは大きいが取り上げられている。
ここでは、①と⑥を紹介する。

①“言葉の創造”と“言葉の発見”を使いこなす
実在する言語からふさわしい言葉を抽出する――鉱山から金脈を掘り当てるような方法です

◆さまざまな言語から、イメージや物語に フィットする言葉を見つけ出す

 1章、2章と、登場人物やタイトルに関する名付けの大前提や基本原則、いくつかのベーシックな技法について解説しました。それらは主に、日本を舞台とした、日本人が登場する物語という設定でのルールや方法論でした。
 ここでは、2つのカテゴリーに大別される名付け技法の根本的な方法論についてお話しします
 ひとつは書き手が自分自身の発想で自在に言葉を作り込む〝言葉の創造〟です。ゼロから創出する造語はもちろん、2語以上の既存の言葉を組み合わせる場合でも、出来上がるのはオリジナルの新語となるため、こちらのカテゴリーに含まれるとお考えください。
 もうひとつは、すでに辞書やネットコンテンツなどに記されてある言葉のなかから、自分のイメージや物語にフィットするものを見つけ出す〝言葉の発見〟です。自ら言葉をクリエイトするのではなく、古今東西・世界各国に存在するさまざまな言語のなかから抽出します。いわば言葉の無尽蔵な金脈から、まさにベストチョイスのフレーズを発見する方法です

●あなたも知っているあの名前もじつは外国語由来
☑『ガスト』―― 「美味」「味わい」の意のスペイン語
☑ 『メルカリ』―― 英語の「マーケット」の語源のラテン語
☑ 『イオン』―― 「永遠」「永久」を表すラテン語

◆ファンタジーや幻想世界、仮想空間など フィクションの世界観を描いた物語の名付けに

 〝言葉の発見〟によって名付けられたものは、私たちの身の回りの商品名にたくさんあります。化粧品、シャンプー、石鹸、コーヒー、家電類、お酒、洋服、雑誌、車――〝言葉の発見〟で命名された商品やブランドや店舗は日本語以外でも数多に存在し、それら外国語の語源や正確な意味を知らなくても、日常の暮らしで何気なく口にしているのです。そのように考えると不思議な感じがしませんか?
 さて、〝言葉の発見〟による名付けが有効なのは、前述の「日本を舞台とした、日本人が登場する物語」ではありません。
 言葉を発見するのは、英語、フランス語、スペイン語、ドイツ語といった外国語に加え、ラテン語やギリシャ語といった欧米の言語のもととなる古典語が中心となるでしょう
 となれば当然、見つけ出す言葉はカタカナ表記かスペリング表記で、カタカナ読みが主体となるため、物語の舞台設定もガラリと変わります。
 これらの言葉は、主にファンタジーや幻想世界、あるいは仮想空間など、フィクションの世界観を描いた物語の名付けに適しています。

世界に存在する多種多様な言語から自分の物語にふさわしい言葉を発見しよう


⑥神々と英雄の物語を感じる語感が優美なギリシャ語
ギリシャ語は、神々と英雄たちの物語であり、芸術的霊感の源泉といわれる、ギリシャ神話を生み出した歴史ある言語です

◆その独特の字体から難解な言語という共通認識が世界的に持たれている

 ラテン語と同様に古代から連綿と引き継がれ、3000年以上もの長い歴史を誇るギリシャ語。両言語の最大の違いは、ラテン語がネイティブスピーカーの存在しない言語であることに対し、ギリシャ語は今もなお日常的に使用されている点でしょう。
 しばしば混同されがちですが、ラテン語とギリシャ語ではアルファベットが異なります。ローマ字はギリシャ語のアルファベットから進化したといわれるものの、古代ギリシャ語はその独特の字体から難解な言語であるという共通認識が世界的に持たれています。
 それゆえか、ラテン語のように欧米言語の発展に大きく寄与してはいません。それでも芸術、科学、医学の分野で現在も使用される単語には、ギリシャ語に由来するものが多く存在します。身近なところでは、『スクール』『タレント』『ラプソディ』『カリスマ』『グラフ』『リズム』『アレルギー』『プラスチック』などが挙げられます。
 では、物語創作におけるギリシャ語の活用技法について解説していきます。

●ギリシャ神話は神々だけでなくヒールの怪物たちにも注目したい
☑テュポーン:ギリシャ神話で最強と評される最大クラスの怪物
☑ギガンテス:ゼウスに戦いを挑んだ絶大な力を持つ巨人
☑ヒュドラ:禍々しい無数の首から猛毒を撒き散らす大蛇

◆神々の名はすでに使用頻度が高いため名付ける前に入念な下調べを

 ギリシャ語の最大の強みは、神々と英雄たちの物語であり、芸術的霊感の源泉といわれる、かのギリシャ神話を生み出した言語だという点に尽きるでしょう。当然ながら、ギリシャ語には神を表した単語が多数あります。
 以下では神の名を含め、ギリシャ語らしい壮大なる精神性を備えながら、語感に優美さが漂う単語をピックアップしてみました。

『Athena』(アテナ):芸術や知恵を司る戦いの女神
『Iris』(イーリス):虹の女神
『Sophia』(ソフィア):叡智を司る女神
『Khaos』(カオス):世界のはじまりから存在した原初神
『Kronos』(クロノス):全知全能の神ゼウスの父
『Anarkh』(アナンケー):宿命や運命を司る女神
『Selene』(セレネ):絶世の美女と謳われる月の女神
『Eeliaas』(イーリーアース):預言者
『Gigantes』(ギガンテス):巨人族
『Psykhē』(プシュケー):魂や心を包括する生命
『Photia』(フォティア):業火、炎
『Saurus』(サウルス):蜥蜴(とかげ)
『Exodos』(エクソドス):出発
『Hysteria』(ヒステリア):神経症を指すヒステリーの語源
『Diatiofi』(ディアトロフィ):痩身を意味し、ダイエットの語源
『Meraki』(メラキ):献身的な愛

 登場人物、象徴、事象を表現するにふさわしいワードがギリシャ語には溢れています。ただ注意すべきは、アニメや漫画、ラノベ、ゲームといったエンタメ作品で既出のものが非常に多いこと。とりわけ神々の名は使用頻度が高いため、名付ける前に入念な下調べをしましょう。


4章 実践編① 創作キャラの名付けの技法

4章では、①主人公と物語ジャンルの関係性を考える、②謎のキャラクターと一風変わった名前の効果、③主人公の名付けの技法①(男性編) 、④主人公の名付けの技法②(女性&ジェンダーレス編) 、⑤主人公の名付けの技法と考察(ヒーロー編)PART Ⅰ 、⑥主人公の名付けの技法と考察(ヒーロー編)PART Ⅱ、⑦主人公のライバル的存在 敵役や悪役の名付けの技法、⑧キャラクターの特性も表せるあだ名の活用術、⑨歴代の名作や過去作品に学ぶ名付け作法、⑩その他の登場人物の命名のポイントと技法、⑪あえて主役級の登場人物に名前を付けない技法、⑫命名に反映させるべきは登場人物の年齢設定、⑬キャラ名をひと目で把握できるリストを作成するが取り上げられている。
ここでは、②と⑦を紹介する。

②謎のキャラクターと一風変わった名前の効果
名前には作中でその人物に〝どう生きてほしいか〟という我が子への命名にも似た願望が表われます

◆小説ギミックとして一風変わった名前の 登場人物をキャスティングする

 登場人物の名付けが突出してユニークかつ考え抜かれているのは、やはり村上春樹作品をおいてほかにないでしょう。なかでも登場人物の名前が物語のテーマと強く引き合う印象的な作品といえば、2013年に刊行された長編小説『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』です。
 この物語は高校時代の友人で構成された、主人公の多崎つくるを含む5人グループを基軸として進みます。そしてタイトル通り、色彩を持たない名前の多崎つくる以外の4人は、次のように色を含む名前を持っています。
 赤松慶(あかまつ けい)こと「アカ」。青海悦夫(おうみ よしお)こと「アオ」。白根柚木(しらね ゆずき)こと「シロ」。黒埜恵理(くろの えり)こと「クロ」。さらに主要人物ではないものの、主人公の大学時代の数少ない友人もまた灰田文紹(はいだ ふみあき)と、「グレー」の名を持っています。
 ここでの詳しい内容説明は避けますが、小説ギミックとして一風変わった名前の登場人物をキャスティングし、現実と異界の狭間に隠し扉を仕掛けるのは、村上春樹ならではの特殊な手法として確立されています

●現実と異界をつなげる隠し扉の場所は村上作品によって違う
☑『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』
  → 都心の地下通路と穴
☑『ダンス・ダンス・ダンス』
  → いるかホテルのエレベーターを降りたところ
☑『ねじまき鳥クロニクル』
  → 塞がれた路地の先にある近所の空き家の空井戸

◆名付けがもたらす効果や可能性、 読者の感じ方を知ることも大切

 2017年刊行の『騎士団長殺し』では、主人公と深く関わる、免色渉(めんしき わたる)という謎の男性が登場し、重要な役割を担います。
 村上春樹という作家は、よく一風変わった名の人物を登場させ、不可思議なストーリーテリングの水先案内人として物語を想定外の方向へと動かします。『1Q84』では青豆という暗殺者が、『ねじまき鳥クロニクル』では加納マルタとクレタの姉妹が、『羊をめぐる冒険』では鼠や羊男が現れ、現実と異界をつなぎます。どの作品も変わった名前の謎キャラクターが現れた瞬間から音もなく迷路へと入り込み、深淵へ主人公と読者をいざなうのです。
 着目すべきは、不自然さやあざとさを感じる間もなくテーマとそれら謎キャラクターが親和し、最後まで読ませる力を生んでいる点。ある意味では、名付けのギミックが物語を牽引し、成立させている部分があります。
 登場人物の命名とは作者の願望の表れです。作中においてそのキャラクターに〝どう生きてほしいか〟という、我が子への命名にも似た想いで表現されるものです。こういう視点で物語創作を捉え、名付けがもたらす効果や可能性、読者の感じ方を探求しながら執筆することも大切といえます。

変わった名前の謎キャラクターを登場させても世界観がしっかり描けていなければ読者は理解できない



⑦主人公のライバル的存在 敵役や悪役の名付けの技法
主人公と敵対する人物に凄みのある名前を付ければ読者に強烈な負の印象を植えつけられます

◆ネガティブワードをアレンジして造語を生み出すのも一法

 主人公のライバル的存在、敵役や悪役の命名について解説します。
 まず、英語によるカタカナ名の付け方からです。当然ですが英語にもネガティブワードがあり、暴力、恐怖、犯罪、悪意に特化した負の単語を集めました。それらのなかでも語感と音感がクールなものを抜粋してあります。

sly(スライ)ずる賢い vile(ヴァイル)卑劣な quake(クエイク)慄く 
dread(ドレッド)恐怖 slither(スリザー)滑る vice(ヴァイス)悪行
fury(フューリー)憤怒 rage(レイジ)暴威 graze(グレイズ)擦りむく

 活用技法としては単語をそのまま流用するより、たとえばsly(スライ)→slyer(スライヤー)、vile(ヴァイル)→vide(ヴァイド)というふうに、雰囲気で造語にすればオリジナリティある独自の名前を生み出せます
 このあたりはニュアンス重視で〝不穏な響き〟〝悪そうな感じ〟のワードを優先してみましょう。「デビル」「サタン」「デーモン」といった、誰もが知る悪の象徴を表す単語を造語アレンジしてみるのも一法です。

●英語の『devil(デビル)』を別の言語に翻訳すると……
☑ラテン語:diaboli(ディアボリ)
☑ギリシャ語:δαίμονας(デーモナス)
☑スペイン語:demonio(デモニオ)

◆下の名前ではなく姓で表記するほうが冷たい印象に

鬼 怒 狐 愚 鬱 血 蛭 毒 痛 闇 魔 虞 蠅 蛾 忌 狂
死 霊 腫 孤 憤 絶 泥 詐 殺 辛 嫌 邪 九 飢 怨 竜
恨 汚 沼 葬 遺 過 苦 膿 独 凶 餓 毒 獨 挫 屍 敗
嫉 卑 屑 悲 不 負 腐 嘘 喪 失 害 切 畜 鮫 蛇 傷

 上記の漢字を見てどう感じますか? なんとなく不気味ですね。これらは想起される熟語や事象から、直感的に怖い印象を抱いてしまう漢字です。
 では、囲み左上から順に、1字を用いた苗字を作ってみるとどうでしょう。「九鬼」「怒木」「狐鼻」「愚川」「破鬱」「血矢」「我蛭」「毒島」――どれも迫力ありますが、じつはすべて実在する姓です。敵役や悪役にこのような凄みのある名前を付ければ、登場シーンで読者に強烈な負の印象を植えつけられます。
 P.96からの【主人公の名付けの技法】にて、漢字の選び方で印象がガラリと変わることを解説しました。その応用で敵役や悪役にふさわしい命名を実践してみてください。ただし、主人公と違って敵役や悪役の場合は下の名前ではなく、姓で表記するのがポイントそのほうが冷たい印象になります

漢字を見ただけで実物を連想してしまうから怖い
蛾 蛇 蛙


5章 実践編② 世界観の設定に必要な名付けの技法

5章では、①実際にある町や駅を登場させるときの注意点、②実際の民間組織名・団体名を登場させるときの注意点、③ファッションやアクセサリー―― ブランド名を使うときの注意点、④商品名やサービス名を登場させるときの注意点、⑤実際の店名を登場させるときの注意点、⑥アイドルや俳優など実際の芸能人を使用するのはNG、⑦IT関連用語を登場させるときのコツ、⑧SNSを登場させるときのコツ、⑨人間関係とキャラ像を浮き彫りにする呼び名のバリエーション、⑩ファンタジーにおける武器と防具の名前の付け方、⑪ファンタジーにおける魔法の名前の付け方、⑫バトルアクションにおける必殺技の名前の付け方が取り上げられている。
ここでは、①と④を紹介する。

①実際にある町や駅を登場させるときの注意点
具体的な場所が特定されないよう表記してあるのは書き手の配慮と良心ゆえなのです

◆実在する場所を具体的に登場させれば物語にリアリティを与えられるが……

 小説やアニメをはじめとする物語の舞台設定は、大きく2つに分かれます。ひとつは実在する具体的な地名を明らかにして展開するパターン。
 たとえば、東京都港区南青山のカフェで働く女性と客のラブストーリーであったり、神奈川県茅ヶ崎市の海辺の家に住む孤独な男性が主人公の人間ドラマであったり――ストーリー自体は想像上のフィクションでも、書き手がイメージする場所を具体的に登場させ、さもそこでキャラクターたちが息づいているように描きます。
 この手法のメリットは、物語にリアリティを与えられる点に尽きます。
 実際その地に存在する駅やカフェ、ビーチ、ビル、公園といった風景のなかで人物を動かすため、地の利のある読者に大いなる共感をもたらします。いわゆる〝聖地〟めぐりに発展するのはこのパターンならではです。
 現地に赴き、取材して詳細情報を収集すれば、より緻密な描写が可能となります。あるいはもともとその土地に詳しいのなら、労少なくして舞台の隅々まで描き切れるでしょう。ただし、いいことばかりではありません。

●舞台となる場所を具体的に書かないことのメリットは ?
☑ストーリーがどんな展開になろうと物理的な迷惑がかからない
☑ 物語に合わせた特性で自在に表現でき、極端な制約がない
☑事実関係や整合性が不要(とはいえ明らかな作者都合の描写はNG)

◆どんなストーリーになるのか よく吟味して精査する必要がある

 たとえばあなたがサイコパスによる凄惨な猟奇殺人事件を書くとします。その舞台が実在する町で、そこにある公園や河川敷で人が殺されたり死体が埋められたりすれば、近隣に住む人々はどう思うでしょう?
 それがたとえフィクションストーリーであっても、けっしていい気持ちにはなりません。そればかりか「でたらめなこと書きやがって!」「住み慣れた町を侮辱してる!」など、不快感から怒る方もいるはず。ネットで異議を唱えられて、炎上に発展するケースも絶対にないとはいい切れません。
 ましてや昨今はコンプライアンス重視の世の中……。
 実際に存在する地名を舞台とすることは、読者にリアリティを与えられるだけに、その場所で負の展開が起きれば、少なくない人に迷惑を及ぼすリスクが内在します。ミステリー小説などで「P県」「X市」というふうに、具体的な場所が特定されないよう伏せ字のアルファベットで表記してあるのは、書き手の配慮と良心ゆえなのです。
 もしどうしても舞台にしたい特定のエリアがあるのなら、どんなストーリーにするのか、よく吟味して精査する必要があります。

実在する町を舞台にして起きてはならない負の展開
大量殺戮 殺人事件 町が燃える



④商品名やサービス名を登場させるときの注意点
「魔女」「賢者」「貴族」「皇帝」「騎士」――これらの単語もじつはすべて企業の登録商標です

◆〝積極的に書かないほうがいい〟という不文律がある

 では、一流ブランド名ではなく、日頃から接する身の回りの商品名やサービス名について、作中でどう扱うべきか?
 前ページに関連する流れで話を続けましょう。
 物書きとしてのみならず、常識的に理解しておきたい記述に、一般名称と登録商標の違いがあります
 私たちの身の回りには、それらの名称の差異が明確になることなく混在、浸透しています。たとえば「サランラップ」は旭化成の、「ジップロック」は旭化成ホームプロダクツの登録商標です。一般名称は「サランラップ」→「ラップ」、「ジップロック」→「ストックバッグ」となります。
 そもそも登録商標を小説などの創作上で用いても(意図的な誹謗中傷をしない限り)、商標権侵害にはあたりません。ただ私の経験上、書いた小説原稿を校閲さんがチェックされると、登録商標の単語については赤が入ります。
 もちろん出版社や編集部の方針にもよりますが、基本的なスタンスとして〝積極的には書かないほうがいい〟という不文律があるのです。

● 一般名称かと思いきや、じつは登録商標だったBEST3(※著者判断)
① 「QRコード」→ 一般名称は「二次元コード」
② 「ウォシュレット」→ 一般名称は「温水洗浄便座」
③ 「チャッカマン」→ 一般名称は「点火ライター」

企業の登録商標になっている意外な単語はまだまだある
侍 将軍 忍者

◆クリエイターとして一般名称と 登録商標の分別はつくようにすべき

 なぜかといえば、一般名称と登録商標が混在する物語は見苦しいからでしょう。まがりなりにも文章のプロとして創作に関わっているなら、それくらいの分別がつかないのは不勉強だ、と自分でも思います。
 そう書きつつも、つい最近間違えたのが「宅急便」と「宅配便」です。
 冷静に考えれば「宅急便」はヤマトホールディングスの登録商標で、「宅配便」は荷物を各戸へ配送する輸送便を指す総称だと判別できるのですが、そのときは物語の執筆に集中するあまり、思い違いをしていました。
 言い訳になるのですが、ジブリ映画『魔女の宅急便』が頭のなかをぐるぐる回っていたこともあります。そちらが一般名称だと思い込んでいたのです。
 10年ほど前の話ですが、伊藤ハムが「女子高生」の入った言葉を登録商標していたことがネットでバズりました。〝食品メーカーがいったい何の目的で?〟と話題になったものの、この手の話は枚挙にいとまがありません。「魔女」「賢者」「貴族」「皇帝」「騎士」――これらの単語もじつはすべて企業の登録商標です(一般名称として使う分には制約はありません)。これらの記述をNGとしてしまえば、ファンタジーものが書けなくなります。難しいところです。


6章 実践編③ タイトル・作品名の名付けの技法

6章では、①〝売れる正攻法タイトル〟の大原則とは、②物語のタイトルは全体を書いてから決める、③タイトルを第3候補まで考えて第三者の印象を聞いてみる、④小説投稿サイト上でタイトルの途中変更はアリ?、⑤主人公の名前をタイトル名にするのはアリ?、⑥文芸賞受賞作の作品タイトルとその時代の傾向、⑦流行タイトルに便乗するのはアリ? ナシ?、⑧小説作品ではサブタイトルも有効活用を、⑨シリーズ化の続編タイトルには多種多様なスタイルがある、⑩小説投稿サイトでは章タイトルの名付けが重要、⑪章タイトルの基本的な作り方、⑫すごい! と言わせる章タイトルでの魅せ方、⑬出版社主催の新人賞の選考に通過しやすい作品タイトルが取り上げられている。
ここでは、①と⑬を紹介する。

①“売れる正攻法タイトル”の大原則とは
耳に残るタイトルはおのずと関心を誘い、 「どんな作品なのだろう?」と読者の興味が喚起されます

◆「耳に残るフレーズ」であること とにかく、これに尽きる

 ヒット映画やベストセラー小説の具体的事例をいくつか挙げ、パターン別成功タイトルの在り方を2章で解説しました。
 本書の最終章となる6章では、さらに一歩踏み込んだ作品や各章のタイトルに関する実践的な名付け技法に触れていきます。
 そこでまず、基本中の基本に立ち返る意味も含め、〝売れる正攻法タイトル〟の大原則にフォーカスします。
 というのも、2章で紹介した成功タイトル事例は、どれもプロ中のプロが考え抜いて創出した案だからこそ、ヒットに導けた感が否めません(場合によっては百戦錬磨の編集者やクリエイターがアイデアフラッシュの段階からサポートしています)。名付けパターンの参考にはなるものの、すぐに実践に結びつけるのは正直難易度が高すぎるかもしれません。
 では〝売れる正攻法タイトル〟とは何かといえば、「耳に残るフレーズ」であること。とにかく、これに尽きます。最初は難しい理論や理屈を抜きにし、この基本を忠実に守ってタイトル案を考え出すよう心掛けてください。

● 英語の原題と邦題がまったく違う洋画の例
『バイオハザード』→原題『Resident Evil』(内に潜む悪)
『ランボー』→原題『First Blood』(最初に流れた血)
『アナと雪の女王』→原題『Frozen』(凍てついた)

◆韻を含んだ音の響きが持つ独特の語感は 一度聞くと耳に残って離れない

 作品自体の素晴らしさはもちろん、キャッチーで秀逸なタイトルに誘発されるようにして、世界的に大ヒットしたハリウッド映画があります。
 ゴールデングローブ賞とアカデミー賞を総ナメにした『ラ・ラ・ランド』(2016年公開)です。英語原題もそのままの『La La Land』です。
 「la-la land」自体はスラングで〔アルコールやドラッグで酩酊したときの〕「至福の世界」を表し、また、ロサンゼルス(Los Angeles)、特にハリウッドを指す言葉でもあります。つまり、タイトルの『La La Land』とは「現実離れした、おとぎの国みたいな世界」という意味を込めて付けられたといわれます。
 タイトルの意味はさることながら、『ラ・ラ・ランド』という韻を含んだ音の響きが持つ独特の語感は、一度聞くと耳に残って離れません
 おのずと関心を誘いつつ、「どんな作品なんだろう?」と、タイトルから作品自体への興味が喚起されます。
 しかもご存じの通り、本作品はミュージカル映画であり、『ラ・ラ~』というタイトルの跳ねる音感に見事なまで一致する仕掛けとなっています。
 まさに〝売れる正攻法タイトル〟を地で行き、大成功を収めた事例です。

タイトルはまず正攻法で攻めてトップを目指す
「耳に残るフレーズ」
❘「やたら長いタイトル」「今風な感じを意識」
❘「そのものズバリ」「とにかくインパクト勝負」
↓「難解で意味不明」



⑬出版社主催の新人賞の選考に通過しやすい作品タイトル
タイトルは応募者の真剣度が如実に反映されるため自作に向き合って最適なものを探しましょう

◆由緒正しい新人賞となれば 応募総数は数百~数千にのぼる

 プロの作家として世にデビューしたい人にとって、まず目の前に立ちはだかる高い高い壁が公募の新人賞です。
 小説投稿サイトに作品をアップして人気と注目を集めたり、数あるネット系文芸賞にスマホから応募したりと、昨今はデビューの選択肢が多種多様、チャンスの幅は確実に広がっています。
 とはいえ、プロ作家として着実なる一歩を踏み出すには、やはり大手出版社主催の新人賞を受賞するのがベストでしょう。なぜなら大手出版社が主催する新人賞なら次の3つが確約されているからです(※賞と出版社によって異なりますので事前にご確認ください)

◆本の出版  ◆賞金  ◆担当編集者とのコネクション形成

 しかし、著名作家を輩出する由緒正しい新人賞となれば、応募総数は数百~数千にのぼり、多数のライバルたちとしのぎを削らなければなりません。
 応募作品のタイトルは、当然ながら重要な選考要素のひとつとなります。

● 新人賞へ応募する前に必ずチェックしたい三大ポイント
① 本の出版が確約されているか? (文庫本か単行本かも要チェック)
② 過去にデビューした作家と、どういうジャンルの作品がヒットしたか?
③ 応募する自作と賞が求める作品カテゴリーが完全に合致しているか?

新人賞の応募には3点セットが必要となる
「規定枚数内の本編」+「概要(あらすじ)」+「タイトル」

◆応募前に過去の受賞作を読み 賞の特性をよく調べること

 選考に際しては、規定枚数の本編以外に梗概とタイトルを添付します。
 梗概とはあらすじのことで、作品のテーマや意図を明確にするために必要です。そしてもちろん、タイトルは審査員の印象に多大な影響を及ぼします。選考に通過しやすいタイトルは以下のポイントを満たしています。

①独創性とインパクトがある ②時代に見合う ③作品性を表現している

 一方、選考に落ちやすいタイトルは次のような傾向が挙げられます。

①既出作品の模倣 ②漢字2文字など抽象的 ③意味不明で謎

 タイトルには応募者の真剣度が如実に反映されるため、自作に向き合って 最適な表題を探すことが重要です。また、どんなに素晴らしい作品を応募し ても、カテゴリーエラーであれば一次選考で落とされてしまうので注意しま しょう。


書き込み式 クリエイターのための“命名力”検定

書き込み式では、「キャラクターの〝人となり〟に見合った名前を付けましょう」「5人の登場人物のフルネームを書き分けてみましょう」「色を使った登場人物の名前を考えましょう」「歴史上の人物を参考にした新たな名前を考えましょう」「数字を取り入れた登場人物の名前を考えましょう」「ギャップとインパクトのあるタイトルを考えましょう」「本書で紹介した外国語の特徴を捉えましょう」「男性キャラクターの名前を考えてみましょう」「女性&ジェンダーレスのキャラクターの名前を考えてみましょう」「悪役のキャラクター名やキャラクターのあだ名を考えてみましょう」「リアリティを感じさせる施設名や店名を考えましょう」「ファンタジーやバトルアクションに登場するものの名称を考えましょう」「タイトルと章タイトルに関する名付けの技法検定」が取り上げられている。
ここでは、「5人の登場人物のフルネームを書き分けてみましょう」と「ギャップとインパクトのあるタイトルを考えましょう」と「本書で紹介した外国語の特徴を捉えましょう」を紹介する。


『プロの小説家が教える クリエイターのための名付けの技法書』
著:秀島迅
日本文芸社(2023/11/1)
B5判・192ページ/定価:1,980円(税込)

小説投稿サイトやSNSの普及により、簡単に自分の作品をネット上に投稿できるようになりました。 そんな中、クリエイターが抱える悩みで多いのが『名付け』に関する疑問です。
『作品タイトル』『キャラクター名』『地名・組織名』など、作品を作るうえではさまざまな名付けが必要になりますが、一度付けてしまうと取り返しのつかない要素でもあるため、実は創作活動における最重要課題とも言えます。
そんな悩みを持つクリエイターに向けて、本書ではプロの小説家が名付けのセオリーやルールを徹底解説。
「読者の好感度を高める音の響きがある」「ライバル、敵役の名付けの技法」「売れる正攻法タイトルの大原則」など、小説投稿サイトのPV数などを伸ばしたい場合にも参考になるプロが秘密にしたがる最強の技法を余すことなく解説します。
さらに巻末には『クリエイターのための“命名力”検定』も掲載。登場人物、作品タイトル、施設名、武器、防具など、お題に沿って回答を書き込むことで、自分の命名力を格段にアップさせることができます。
これ一冊で絶対に失敗できない名付けの技法がすべて身につきます!

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