賞とのマッチングより、クオリティを上げてほしい|monokaki編集部
4月に編集者座談会をお届けした「文春文庫×エブリスタ バディ小説大賞」。テーマ別に三回連続で開催され、大賞受賞者には賞金・作品の電子書籍化にくわえ「文藝春秋の編集者がメール5往復までのアドバイス」という賞典が与えられる本賞では、現在テーマが「キーアイテム」の第三回コンテストが行われている。
今回は、第一回コンテスト「お仕事」で大賞を受賞した平田駒さんと、担当編集者として今まさにメールでのアドバイスを行っている文春文庫の山下奈緒子さんにご登場いただく。受賞作である、熱血消防士×IT刑事のバディもの『BURNT OUT ROOM』はどのようにして生まれたのか? そして、同作が大賞に選ばれた理由とは?
収録にあたって、平田さんがふだんの執筆で気になっていることもすべてぶつけていただいた。新人賞の選び方から「新人はまずはこれをやっておけ!」というアドバイスまで、「気になってるけど意外に聞けない」FAQ満載でお届けしたい。
お蔵入り小説の最後の1ピース
――「バディ小説大賞」第一回大賞受賞おめでとうございます! 今回、平田さんが「バディ小説大賞」に応募しようと思ったきっかけからお聞かせください
平田:応募作「BURNT OUT ROOM」はもともとお蔵入り作品のひとつでした。書ききれない、うまくいかない、モチベーションが上がらない……という状況が重なってしまって、横に置いて寝かせていた。ちょうど文字数や内容が「バディ小説大賞」 の応募要項に近かったので、「これを機に最後まで書き上げて出してみたい!」 と思ったのがきっかけでした。
――無事完結されて、受賞に至りました。今回書ききれたのは、それまでと何が違ったのでしょう
平田:エブリスタのブログやmonokakiの記事で文春文庫編集長の花田さんのインタビューを読んで、バディの片割れである彗星1)のキャラにパンチが足りなかったんだと気付いたんです。ただ厭味ったらしくて現場を混乱させるだけのキャラクターになってしまっていて、もうひとつパンチが欲しかった。最後の1ピースがITとVR。それが走り抜けるエンジンになってくれて、完結までたどり着きました。
――山下さんが最初に「BURNT OUT ROOM」を読まれたときの印象は
山下:エブリスタさんと組む賞なので、「文春単体では見出せない才能を見出したい」という気持ちが一番強かったです。平田さんの作品にはいい意味で「文春らしさ」がなかった。軽妙かつキャラクターが立っていて、テンポのいいやり取りの中に、VRというこれまでの刑事ものにはなかった切り口もある。「こういう作品が上がってくるんだ!」という嬉しさがあって、選考会で強く推しました。
平田:文藝春秋というと格調高いレーベルなので、最初は「出していいのかな」とブレーキをかけ気味でした。結構ポップな作品だし、汚い言葉もたくさん使っているし、これでいいんだっけ?と……。応募済みのほかの作品を読んで、「これくらいのテンションでいいんだ」とわかったので「えいっ」と応募しました。
――今まさにメールで作品のブラッシュアップ中だと思いますが、具体的にどういったやりとりをされているのでしょう
山下:最初に私から、良かったポイントと、直すともっと良くなるポイントをお伝えしました。たとえば「冒頭の視点が切り替わりすぎて入っていきづらいね」とか、「糸魚川というキャラをもう少し活かし方がいいんじゃないか」とか。大きな枠組みでのアドバイスをして、平田さんから返ってきたものに対してまた打ち返して……。
平田:へこまないように非常に褒めていただいたので、ぽっきり心が折れることもなく(笑)。もっと大々的に直さないといけないかとビクビクしていたんですが、制限なくやらせていただきました。文字数に関しても、もともと60,000字ぐらいのものを、応募に際してかなり情報を落として50,000字に削ったんです。それを元の字数に戻せて、ありがたいなと思いました。
山下:ザーッと書いて、できた文字数でそのまま応募してくる方が多いと思うんですが、平田さんは「何万字で何を書くのか」という感覚がしっかりされている。自分の中で推敲して削る感覚がすでにあるので、アドバイスがしやすいし、非常に話が早くてやりとりがシンプルになります。
平田:ふんわりとした感覚なのですが、映画のノベライズ本を読むと120分の映像が300ページの小説になるとか、映像に直したときのオーダー感は自分の中で持っています。今回の「BURNT OUT ROOM」はドラマで一話ぐらいの文字数に落ちてくれたらいいなと。
「キャラクター小説」の功罪
――せっかくの機会なので、作品外のことで平田さんから山下さんにご質問があればお聞きいただきたいのですが
平田:「キャラクター小説」ってここ十年ぐらいすごく伸びているものだと思っています。これの効能って何だろうなと。本を作られる方はどういうご意見をお持ちなのかお聞きしたいです。
山下:まだ私たちも勉強中ではあるんですが、やはり若い読者が手に取りやすいパッケージであること。小説としての強みは、登場人物に感情移入しやすいように作ってあることですね。キャラクター小説を書かれる方は、皆さん読者の反応を非常に意識されている。ほかのジャンルに比べてユーザーフレンドリーというか、心配りをものすごくきちんとしている印象があります。
平田:代わりに何かウィークポイントはあるでしょうか? 書き手は何に留意して書かないといけないのか。
山下:キャラクター小説には、連綿とつながっている本の世界への入り口になってほしいです。たとえば私が担当している竹宮ゆゆこさんは津村記久子さんがすごくお好きでいらして、「竹宮さんがおもしろいって言ってたよ」と聞いた方が次は津村さんの小説を読むようになる。ただ「面白い小説を書きたい」だけじゃなく、「今まで自分が読んできたものをどう読者に伝えていくか」があると、より作品世界が広がっていくと思います。
――平田さんが今書かれているもののルーツには、どういった方がいらっしゃいますか?
平田:二つ三つあるんですが、わかりやすいところから行くとBBC版『SHERLOCK』。BBC版のワトソンは自分の能力をちゃんと持っていて、ホームズの後ろにひっついているのではなく、けっこう噛みつき気味に見ている。あと映画『ズートピア』のジュディとニック。あの二人は生まれ育ちやバックグラウンドが違いますが、二人がバディになるまでの過程がドラマになっている。
――映像作品が2つ挙がりましたが、小説だといかがでしょう
平田:高校生のときは西尾維新さんが好きで。ちょうど「戯言シリーズ」が出ている頃で、「ミステリーなのに、こんなにオタクっぽいネタが出まくっていいんだ!」と衝撃を受けました。そこからぐーっと舵を切って、時代小説の隆慶一郎さんにすごくハマった。イマージナルな世界を網野善彦さんの歴史観に則ってやっているところにおもしろみを感じました。山下さんのお話に関連して言うと、表面は西尾維新のポップさで、内面は網野善彦的なものを作りたい、というのが最近思うところです。
山下:そのアンテナの張り方はすごくおもしろい。たくさん本を出して活躍されている作家さんと話していると、皆さんインプットの量がものすごく多いんです。小説を読むのはもちろん大きな基礎なんですけど、ニュース番組もきちんと見ているし、音楽もいっぱい聴いているし、舞台も映画もたくさん観ている。誰しも体は一つで、持っている時間は一緒なので、その中でどうアンテナを張り巡らしていくか。これは新人作家にとって一番重要な部分だと思います。
意識すべきは「マッチング」よりも「クオリティ」
平田:今回こういうチャンスをいただいて、ギアを上げて走っていきたい意欲に溢れている反面、業界のそのものへの理解が未熟だなと自分で思っています。どんな作品をどの賞にエントリーしたらといいのか、ためらいや迷いがあって……。monokakiさんの「新人賞の懐」でも「ぜひ応募してほしい」と皆さんおっしゃってますが、既存の受賞作と自作を並べ、スーと下げてしまう部分もあります。「この賞に応募するんだ!」というマッチングのアドバイスをいただければ。
――これは知りたいWeb作家さん、けっこういらっしゃるかもしれませんね
山下:むしろ、主催者側としては賞のイメージをぶち壊すような作品をどんどん出してほしい。新人は「賞らしさ」を意識してそこにマッチしたものを書くのではなく、作品のクオリティを上げることに注視してほしいなと思います。たとえば松本清張賞は、これまで社会派ミステリーや時代小説が受賞していたんですが、阿部智里さんの「八咫烏」シリーズで初めて和風ファンタジーが受賞した。作品そのもの力と説得力で、松本清張賞のカラーを変えてくださったところがあるんです。
――松本清張賞の応募規定では対象は「広義のエンタテインメント小説」。ジャンルは縛られていませんもんね
山下:そこから若い読者や応募者の方も増えているので、賞に合わせて自分の作品の枠を決めちゃうよりは、「こういうものを書きたい、どうクオリティを上げていこうか」を考えて、一番作りこめたタイミングで時期に合う賞に応募するのがいいんじゃないでしょうか。
――エブリスタの松田さんは、長編から短編、ホラーからBLまで、幅広くいろんな作品の発掘を担当されていますが、いかがですか
松田:恋愛小説の賞にホラーを出しても仕方ないので、規約は規約としてしっかり読んでいただきたいです。一方でエブリスタの場合、応募された賞と方向性が違っても、すごく良い作品であれば「ほかの出版社さんにも読んでもらおう」ということもできます。そこに過剰に期待されても困るんですが、山下さんのおっしゃる「マッチングよりクオリティを上げてほしい」というのはよくわかります。
山下:作家さんって総合力がけっこう大事なんです。与えられた枚数やテーマの中でどれだけのものを打ち返してくるか、私たちは出てきた作品で判断せざるを得ない。「『バディ小説』という言葉であなたはどれだけのものを想像しますか?」というところも見ているんです。「これやあれはダメですか?」といろいろ聞いて、忖度しない方がいい。消去法ではなく、「こういうものが書きたい」と加点法で書いた方がおもしろいんじゃないかな。
――「バディ小説大賞」も、平田さんが心配していた「文春ぽくなさ」こそが、実は受賞の鍵になっていますね
松田:マッチングを意識しすぎて、「求められているもの」とか「売れている作品」を出そうとしすぎると、刊行時には半年前の流行になってしまう。求められているものを書くにしても、「こういう要素も仕込んでみよう」とか、いたずら心があった方が有利になると思いますね。
山下:「このパターンはやり尽くされているから、あえて違うことをやってみよう」とかね。「いろんな小説やエンターテイメントを見てください」というのも、パターンを知ることでフィルターの精度が上がっていくからです。それが精度の高い物語を作っていく突破口になると思う。
「これがおもしろい!」という軸を持とう
平田:自分のバランスの取り方が「ワーと右に走ったあとにワーと左に走る」ようなやり方なので、眠らせていた作品を直すときも「直して良くなった」と思う反面、「丸く収めすぎたかもしれない」と後悔もあったりして……。もう少し脚を使って、その行ったり来たりを踏み外さずできるようになりたいです。
山下:そのためには、自分の中で多視点を持つことが大事です。小説を書くことは、人に見せるまではどうしても独りよがりな作業になってしまう。複眼的に物を見ることで、「これはすごくおもしろいけど、このおもしろさを保つためには何が必要になってくるか」がわかります。「何がおもしろいですか?」って人に聞くんじゃなくて、「これがおもしろい!」という軸を自分の中で作ってほしいなと思います。
松田:「どうやったらこのおもしろさが伝わりますか?」というご質問には答えようがありますが、「何がおもしろいですか?」と聞かれて答えられるなら、その作品は編集者が書けばいいわけですからね。
山下:その二つは、同じことを聞いているようで返ってくる内容は全然違う。
編集者とのやりとりに限らず、たとえば友達と会って「なんかこの子最近様子が違うな」と思ったときに、単刀直入に「最近どう?」って聞くよりも「私はこうでこんなことがあったんだけど、あなたは最近どう?」と聞いた方が話しやすいことってありますよね。「何を言ったら自分の望むものを相手から引き出せるか」もその人のスキルだし、物語のストーリーテリングに関わってくる。
松田:そう考えると、質問力は日々の生活から鍛えていくことができますね。作家志望の方はぜひ意識してほしいです。
平田:今回編集さんとのやりとりを体験してみて、自分から「作品をこうしたいです」「長期的にはこういう展開を考えてます」と話さないといけないなと、改めて思いました。自分の中で閉じ込めておきたい部分と、ビジネスとして人と相談するべき部分とを選り分ける必要があるなと。
山下:メールでは「特にここが聞きたい」という核の部分はどんどん聞いてほしい。「こんなことを聞いていいのかな」ということでも構わないです。とりあえずの5通がありますし、それで詰めきれない部分に関してはその後のやりとりも可能ですから。
――「規定の5通を超えたら、その後は一切やりとりせん!」という話ではさすがにないですよね
山下:作品と作家さんをより良くしていくのが「バディ小説大賞」の目的なので、もちろんそこは消化不良で終わってしまわないようにしたいです。
――これから「バディ小説大賞」に応募される方に対してのメッセージがあればお願いします
平田:人によりけりかもしれないですけど、「この世で一番おもしろいものの一つは自分の頭の中だ!」という期間があると思うんです。その期間にブレーキをかけずに書いた方が通るものになるんじゃないかなって、今回書いて応募して思いました。
山下:バディ小説はこれから伸びていくジャンルだと思うので、ぜひその先達になっていただきたい。平田さんがおっしゃったように、「自分がおもしろいと思うもの」をどうやったら100パーセント伝えられるかを意識して書いていただきたいです。エブリスタでついたコメントなども活用しながら、応募作を仕上げていただければと思います。
松田:「俺の考えている最強のバディ」をみんな持っているだろうから、それを出してほしいですね。この座談会の中にもヒントがたくさんあると思うので、ぜひ参考にしてください。山下さんの言葉で勇気をもらう人もたくさんいらっしゃると思うので、恐れずに応募してほしいです。
(インタビュー・構成:monokaki編集部)
1. ↑ 穂村彗星。夕暮警察署捜査一課所属。ITを駆使した独自の捜査方法で「火事場のシャーロック」の異名をとる。
*本記事は、2018年08月28日に「monokaki」に掲載された記事の再録です。