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デフォルメした性格と関係値でキャラクターのセリフを書き分ける方法 |逢坂千紘

 こんにちは、あいさかちひろです。

 今回は「複数の登場人物が同時に会話に参加しているシーンの情報処理」というテクニカルな質問がいくつか来ていたそうなので、取り上げてみたいと思います。

 先に断っておかなければならないこととして、会話の情報処理はスタイル次第です。それぞれのこだわりがありつつ、どれが正解ということはなく、つよく主張すればスタイルウォーズまったなしです。

 こうした処理が文体化(スタイル化)するのは、処理という行為は「解法選定」と「計算力」の両輪で成り立っていて、それらのアウトプットがひとによって特徴的に異なるからだと思います。

 たとえば、「1から100までを足した数」を計算するときに、1から足していくひともいれば、101を100回だけ足したあとに2で割るひともいれば、1から10の和が55であることを利用して切り分けるひともいれば、ターミナルをひらいてPythonでsum(range(1,101))と打ち込むひともいるでしょう。

 ここで「天才数学者ガウスは101をつくって2で割る解法だった」とか、「一番早くてミスがないのはPython」とか、そういった結果やハウツーだけ覚えたり主張したりしても仕様がありませんね。
 割り算が得意じゃないひともいれば、sumやrangeというスペルを間違いやすいひともいます。図やグラフ、あるいは楽譜に置き換えるとすぐわかるとか、攻略本風にすれば簡単にわかるとか、みかんとかりんごとかの文章問題にしてくれるといけるとか、そういうひとだって絶対にいるはずです。

 じぶんの手グセ、好きな解きかた、気に入っている解法はとても大事なものです。極めていけば作家性と呼ばれる独自性にも直結していくと思います。一方で、ほかの解法を知ることや、ほかの解法に必要な計算力(処理能力)なども知っておくと困ったときの引き出しにもなってくれます。ハウツーというのは、その技術的な窓口を高速でつくるものでもあります。今回の2件が、会話文処理の技術をひろげる参考になればさいわいです。

役割語はまだなくならない

今月の相談者:笛地静恵(ふえちしずえ)
執筆歴:65歳。執筆歴20年。投稿歴ほぼ同じぐらい。
お悩み:女性のことばの語尾の「よ」「わ」「ね」が使われなくなったというので、会話での話し手を特定する方法に、迷いがあります。特に複数で、同時に会話している場合。みなさん、どんな工夫をされているのでしょう。

 ご相談ありがとうございます。

 笛地さんは、女性ことばの変化を感じとり、そこからあらためて会話の話者特定に疑問をいだいたのですね。

 まず、女性ことばのような、特定の人物像とむすびついたことば遣いや口調のことを「役割語」と呼びます。フィクションのなかの女性とむすびつく「てよ」や「だわ」や「かしら」といった語尾も役割語のひとつですね。

 こうした役割語が「使われなくなる」というのは、いまのところ想像しがたい世界ではあります。というのも、話者を特定できる利便性がある以上に、「日本語の豊かさ」として認められているところがあるんですね。

 フィクション外の卑近な例としては、「私」「わたしく」「うち」「俺」「ぼく」「おいら」「じぶん」などの一人称の使用があげられます。仰々しい一人称使用がおもしろおかしい『吾輩は猫である』の英訳が『I am a cat』で素朴になってしまうなど、日本語の一人称には性別のほかにこまやかなニュアンスがあって、生活内でも相手や場所によって使い分けたり、創作内でもひと工夫できる役割語です

 もちろんいまの時代、男はこういうものだ、女はこういうものだ、といったステレオタイプを強化するようなことばの使用に配慮しない理由がないのは確かでしょう。とはいえ、ただ緊縮的な感じになるかどうかはわかりません。知り合いのメイドさんは、女性らしさが求められるなか、わざとらしくお嬢様ことばを用いて笑いをとったりしており、自覚の上でフィクショナルに用いる高度な生き残りかたをするかもしれません。


複数話者の特定方法

 そもそもの話に戻りますが、女性が四人で話していて、全員が「てよだわ」を用いていたとしたら、やはり話者特定にはつながりかねるでしょう。

 役割語のほかに、属性、階級、身分、立場、役目・役柄、ステータス、スタンス、イデオロギー、こだわり、口癖、趣向などの記述を、ときにはさりげなく、ときには大胆におこない、読者側に特定してもらいます

 ぜんぶを解説すると膨大な紙面になるので割愛しますが、いちおうヒント程度に触れておきます。

 属性というのは、おおきな共通の性質です。年齢、国籍、出身地(出生地)、人種、宗教、性別・性自認・性的指向、障害などのことで、ひとりだけ離れた年齢にするとか、別の国のひとにするとか、バラバラにするなどで話す内容にも特徴的な差が出てきやすいでしょう。

 階級・身分は、権力や生まれの上下の差ですね。役割語のなかにも「上司ことば(失敬・たまえ)」「武士ことば(かたじけない)」「公家ことば(まろ・おじゃる)」などいろいろあります。

 立場は幅広いので書き出すのがむずかしいです。たとえば、学校だったらどの部活とか、出身校の強弱とかなどです。ほかにもどういった集団のシチュエーションかによって、無限といえるほどあるでしょう。

 役目・役柄は、その場で担っている臨時的な役割のことです。ひとによっては「性格」「人柄」と固定的に捉えるひともいます。具体的には、リーダー(導き役・案内役)、ムードメーカー(盛り上げ役)、汚れ役・いじられ役、などなど。

 ステータスは立場と似ていますが、都会暮らし、家持ち、既婚・妻子持ち、自動車持ち、高学歴、医者、離職、借金、介護など。場所や環境によっても変わってきます。

 スタンスは、特定のなにかに対して当局者(関係者)としてみずからつくった構え(姿勢)のことです。

 イデオロギーは、ものすごく簡単に言うと、なにかしらの信条をベースにした結論がたくさん入っているパッケージ(とある立場のひとたちの考えていることがそのまま真実であると押し通すこと)です。

 こだわりは、個人の信条です。

 口癖は、ついつい言ってしまう特徴的なことばですね。フィクションっぽい語尾だと一発でだれかわかるので魅力的ではあります。

 趣向は好きなこととか嫌いなことですね。

 これらの個人的な情報は、(現実では)ひとりの人間のなかでいくつも組み合わさっています。どこをピックアップして、どこをどう表現するのかは書き手の腕の見せ所だと言えます
 冒頭で話した「解法選定」と「計算力」です。知らない属性を書くのはむずかしいでしょうし、知っていても観察不足でうまく書けないとか、表現が出てこなくて書けないとかあると思います。

 会話に参加している人物を、こうした情報処理でできるかぎり別様に描くことができます。


デフォルメした性格と関係値で書き分ける

 それでも書き分けがむずかしい場合、あるいは属性やイデオロギーなどをいちいち落とし込まないライトなキャラクターを描く場合は、「関係値」をデザインすることでも特定できます。

 たとえば、クラスのなかで「風紀委員長」と対立しそうなのは「不良」とか。「キレイ好き」と対立するのはどんなひとかとか。「しっかり者」と「甘え上手」がいたらどうなるか。「オラオラ系男子」と「マイペース系女子」でどうなるか。「天然ボケ」と「常識人ツッコミ」だったらどうなるか。こうしたデフォルメキャラと出来合いの相性を用意すれば、自然とメリハリのついた会話になります。

 『おそ松さん』をはじめとする、個性豊かなキャラがお題となるシチュエーションのなかで動き回る作品を分析してみるのがおすすめです。日本のドラマの登場人物関係図などもよくできていておもしろいです日常のなかにも、友人たちの掛け合いでも、参考になるものがたくさん転がっています。ぜひ観察してみてください。


配慮の限定を常に模索する

今月の相談者:紫津夕輝
執筆歴:26歳。執筆歴は今年で10年目。
作品:https://estar.jp/novels/25578743
お悩み:今回、URLを貼らせていただきました作品は、場面場面でキャラクターの数が多いのが常でして、扱いに困ってます。
また、私はよく、誰が喋っているかをわかるように、誰々が誰々に訊ねた、という文章を多用してます。(あと誰々が口を開いたなど)
これは鬱陶しかったりするのでしょうか。できれば「訊ねた」を多用しない方法が知りたいです。
よろしくお願いします。

 二度目のご相談ありがとうございます。

 誰々が誰々に訊ねた、誰々が口を開いたなどを多用すると鬱陶しいかどうか、これについてはひとによるとしか言えません。

 なぜひとによるのかと言えば、前半でも書いたこととリンクしますが、与えられた情報から推理できる読者もいれば、推理できない読者もいるからです。だれの発言なのかわからないひとにとっては「誰々」が明示されているほうが助かるでしょうし、すでにわかっているひとにとってはちょっとしたノイズになることもあります。

 こうした発言者の明示を減らすには、できるだけ情報や状況を限定してあげることで、読者におのずとだれなのかわかってもらう必要があります。

 ほかのことでたとえれば、「追いつ追われつの接戦をなんというか」というクイズがあったとして、その答えは「クロスゲーム」か「シーソーゲーム」のふたつになってしまいます。これでは作問不備です。

 答えはひとつにしぼるには限定を増やすのが定石です。「公園の遊具にたとえてなんというか」と限定すれば「シーソーゲーム」に答えが決まる、という感じですね。こうした配慮の限定を常に模索する、という創意工夫が今回のテーマです。

 また、「訊ねた」を多用しない方法も知りたいとのことなので、減らす方向で作品を見ていけたらと思います。

応答していることを演出する(会話にセットをつくる)

「うーん。他に何か描かれていないかな。ブリード?」
ブリードは辺りを見回していた。片膝を着き、地面を触る。ブリードが口を開く。
「戦闘があった形跡がある」
https://estar.jp/novels/25578743/viewer?page=102

 ご質問いただいた「口を開く」の部分ですね。ここは直前で「ブリード?」と質問されているので、「そうだな、戦闘があった形跡がある」のように質問に応答している会話にすれば、ブリードのターンだろうなという推理を誘うことができると思います(私自身は「そうだな」がなくてもブリードだろうなと思います)。

 これはフリがあったらオチをつくるという鉄則に近いですね。フリオチに限らず、会話にセットをつくってあげることで誰のトス、誰のボールというのが読者も見えやすくなるでしょう。

仕切ってるひとがいるとセットをつくりやすい

 もうひとつ見てみます。

小太郎の父がロゼを見る。
「こんなことを頼める立場ではないが、助けに行ってはもらえないだろうか」
「俺からも頼む。力を貸してくれないか」
小太郎が頭を下げる。ロゼは口を開いた。
「わかりました。騎士としても放ってはおけません。ただ、助けるのは伊賀の方だけでなく戦いに巻き込まれた住人、そして騎士団長の安否確認と助力を目的とします。それでいいかな?」
「ああ、問題ない」
とヴォルト。
「じゃあ、早いとこ準備しないとな」
とブリード。
「ここから街へは、山を登ってすぐの抜け道を通ると早いぜ」
と小太郎。
「わかった、準備ができたら行こう」
https://estar.jp/novels/25578743/viewer?page=113
https://estar.jp/novels/25578743/viewer?page=114

 ここは小太郎の父からロゼにバトンが移っているので、「わかりました」はロゼだろうという推測ができそうです。そのあとに名前を連続で出しているところも、

「ああ、問題ない」(この時点ではヴォルトっぽいかも、ぐらい)
「ありがとう。ブリードは?」(ここでロゼがブリードを指定することで、直前がヴォルトだろうとわかる)
「俺も問題ない。早いとこ準備しないとな」(指定されたからブリード)
「ここから街へは、山を登ってすぐの抜け道を通ると早いぜ」(小太郎は頼んでる側なので応答ではなく地理の情報提供)
「わかった、準備ができたら行こう」(仕切ってるからロゼ)
※あいさかによる部分的な改変

 このように、仕切ってくれているロゼの発言を挟むことで受け答えのセットをつくることができます。流れもわるくないですね。どっちが優れているという話ではなく、立場や状況を利用できるという例でした。

会話できる人数や状況を制限する

「なんだ、この鎧武者」
「ゴーレムの一種だと思う。気をつけて」
ロゼはブリードに話すと、火球を鎧武者に向けて放った。鎧武者は大剣を横に振るう。火球はその一薙ぎで塵と化した。
https://estar.jp/novels/25578743/viewer?page=103

 「誰々が誰々」が地の文で明示されている部分です。ここでは(物理的に離れてしまった&壁が砕けて大きな音がしているはずなので)小太郎が会話できる状況にないと思われます。会話できるとしたら必然的にロゼかブリードにしぼられるので、内容からブリードとロゼの順番だろうと推理できます。

 複数人が登場していても、会話できる状況になければ会話参加できないのが自然な流れです。物理的に離れているとか、飲み物を飲んでいるとか、罰ゲームでジェスチャーしか使えないとか、人見知りとか、話題に対して発言権がないとか、リーダーの指示やフリを待っているとか、ふてくされてるとか、秘密を言わないようにしているとか、集中していないとか、別のことをしているとか。その制限を超えて無理に参加してきたとしてもイレギュラーな方法になるはずなので、それはそれであらためて地の文に書いたほうがよいでしょう。

セリフ内で明示する必要性をできるかぎり用意する

「ロゼさん、フリージアです。心配はいりません。騎士への誤解は、私が説明しておきました。少し話がしたいのですが、よろしいでしょうか。そちらにいるお二方にも話があります」
https://estar.jp/novels/25578743/viewer?page=57

 こちらは視界がわるくて敵か味方かわからない、という状況をつくることで、みずから名告ることになっております。ここまで強力な理由をつくらなくとも、名前を間違えられるとか、セリフ内で名前を明示する必然性はつくれます。

そこまでの認識をセーブしてあげる配慮

驚く二人。会話に加わることのなかったアジュガも、目を見開いた。皆、言葉が見つからないのか、ブリードの苦笑いだけが部屋を包む。
https://estar.jp/novels/25578743/viewer?page=63

 この場面は会話や情報が飛び交っていますが、「会話に加わることのなかったアジュガ」と説明を足してあげることで、やっぱりアジュガのセリフはなかったんだなと答え合わせができるので、配慮された部分だなと思いました。話している内容から推理できるといっても、推理が合っているかどうかは別の問題ですからね。

記号で書き分ける

少女は、ふふふ、と笑みを浮かべてから、ヴォルトに言った。
『ただの気まぐれよ』
「はっ……!」
https://estar.jp/novels/25578743/viewer?page=100

 うなされているときに脳内で聞こえてきた無機質な少女の声を二重鉤括弧で表現しています。よく使われるものなので、すんなり受け入れてもらえると思います。書き分けに成功しているので、「ヴォルトに言った」はあってもなくてもいいかもしれませんね。


目的と原因を含めて再構築してようやくハウツーが生きる

 上記以外にもいろいろな観点があります。とはいえここですべてを仕入れる必要はありません。こういったハウツーや解法は、結果だけ覚えてもしかたなく、目的と原因を含めて結果をみて、じぶんの作品のなかで再構築できてはじめてようやく生きるものです。

 ここで仕入れたものを元手に、先輩がたの作品のなかに入り込んでいってどのように話者を限定しているのか、あるいはどうして地の文で明示しているのかなど、後追いするように考えてみるとたくさんの創意工夫に出会えると思います。そこで「なるほど!」とひとつでも思えるようになれば、紫津さんなら自得していくことができると思います。

 そのときハウツーだったものが、じぶんの執筆力、創作力、ひいては実力と呼べるものになっていくことでしょう。

(タイトルカット:西島大介

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