文章力を左右する語彙力|monokaki編集部
こんな惹句が添えられた本が、本日日本文芸社から発売された。現役の小説家である秀島迅氏によって書かれたこの本のタイトルは『プロの小説家が教える クリエイターのための語彙力図鑑』。
「文章表現は語彙力が9割」と題された冒頭では「”ヒトゴコロ”を描き切る」「”人間臭い”描写技法」「外見・動作・声質の特徴出し」「名作とは語彙力の賜物」の4つのパートでわかりやすく解説されている。そして、本編は6つのパートに分類されており、自分が知りたい語彙についてより簡単に見つけやすいものとなっている。
6つのパートはそれぞれ「【感情】物語にうねりを起こす感情表現」「【身体的特徴】登場人物を印象付ける身体の描写方法」「【声の特徴】キャラ立ちさせるには声の表現もポイント」「【感触の表現】ディテールを表現する感触の語彙」「【情景描写】情景を押し広げる表現方法」【色彩】世界観に色を加える表現方法」となっている。
小説を書いている時にこの状況をもっと的確に伝えたい、もっと読者に響く言葉はないのか、と悩んだことのある人は多いはずだ。この「語彙力図鑑」はそんな人に力強い味方となってくれるに違いない。
日々創作に悩む作家さんたちにこそ読んでほしい! と思い、monokaki限定で、特別に一部掲載の許可をいただいた。
今回掲載箇所として編集部が選んだのは、「文章表現は語彙力が9割」のパートからは「”ヒトゴコロ”を描き切る」を、そして、6つそれぞれのパートからオススメのものを一つずつ選んでみた。まずは一読してみてほしい。また、本書の最後には「クリエイター語彙力検定」というものも掲載されており、その中からひとつを一緒に掲載するので最後まで読んだ人はぜひ自分の言葉で書いてみてほしい。
「文章表現は語彙力が9割」①〝ヒトゴコロ〟を描き切る
活き活きとしたキャラクターを描くには、読者が感情移入できる 〝ヒトゴコロ〟すなわち人心を登場人物に持たせなければなりません。 物語で活躍するあらゆるキャラクターは、現実世界と同じように、その世界観のなかで息づき、生きているからです。
主役はもちろん、脇役や悪役たちも、喜怒哀楽という感情を相手や事象に抱き、泣いたり笑ったりして初めて、書き手から生を授かるといっていいでしょう。
魅力的で面白い作品――小説でも漫画でも映画でもアニメでも―― は、キャラクターの気持ちがつねに激しく動きながら、感情が行動を引っ張っていきます。
そして行動原理は感情を起点として沸き起こるため、「なぜそうするのか?」という理由を明らかにする必要があります。ここに説得力があれば、読者の感情移入につながるわけです。
となれば書き手に求められるのは、感情という〝ヒトゴコロ〟を描き切る文章力です。言い換えるなら、人物描写のテクニックです。
これが難しい。人物描写がうまくなるには、2つの要素が求められます。
観察眼と、語彙力です。
優れた書き手は、日常でつねに他人を観察し、その行動を起こすに至る感情の変化を読み解く訓練をしているといわれます。
〝ヒトゴコロ〟の機微をきちんと把握することは、それくらい物語創作において重要な役割を担うのです。
仮に、感情の変化を読み解く観察眼が鍛えられたとしても、読み手へ伝えるための描写テクニックが拙ければ意味を成しません。しかも感情の動きは、目に見えるものでもなければ、色分けで表せるわけでもなく、あくまで感覚的なニュアンスでしか具象化できません。
そこで語彙力が大きく問われます。言葉=語彙といわれるほど、その力は多大です。語彙の集大成がコミュニケーションの根幹を形成し、あらゆる表現を司るからです。
たとえば、「怒り」という感情のなかには、激昂するのか、地団駄を踏むのか、イラッとするのか、怒鳴り散らすのか、じつにさまざまなレベルの「怒り」が存在します。語彙力さえあれば、その「怒りレベル」を正しく伝えられます。
こうした差異をシーンに応じて的確に描き切ってこそ、作品に魂を吹き込め、〝ヒトゴコロ〟を持った活き活きとしたキャラクターを物語で息づかせていくことができます。
さらには、キャラクターの感情を読み手の気持ちとシンクロさせて強い共感を呼び起こし、一心同体とすることが可能になるのです。 登場人物を生かすも殺すも、書き手の語彙力にかかっています。
「【感情】物語にうねりを起こす感情表現」【NO.01 愛】
愛【あい】 [英:Love ]
【意味】
人やものをたいへん好ましく思う気持ち。特別に抱くかけがえのない感情。
【類語】
好意 情愛 慈しみ 愛着 親愛 熱愛など
行動原理の源となる「愛」は過剰にならないよう印象的に描く
登場人物の気持ちを表現するうえで「愛」ほど広域な意味を持つ感情語彙はありません。「愛」の対象は、恋人や家族、親友、クラスメートなどなど――はたまた愛車や愛犬、愛校といった人間以外にも「愛」は限りなく広がります。人々のまわりには「愛」=愛でるものが溢れている点に着目しましょう。
むろん物語を創作するうえで「愛」は欠かせません。なぜなら、「愛」は主人公をはじめ登場人物の行動原理の源となるからです。
たとえば、ピンチの恋人を救うため強敵と戦う。これは愛ゆえの勇猛な行為にほかなりません。バスケ部の存亡を懸けて優勝を目指す。 これもまた部員やマネージャーや部活への愛が駆り立てるチャレンジです。物語を書く際は、主人公たちの「愛」を印象的に表現するよう心がけましょう。でなければ読者は感情移入できず、話の展開に必然性が生まれないからです。しかし、「愛」をくどく過剰に描きすぎると読者はうんざりします。「愛」はさじ加減が大切なのです。
「【身体的特徴】登場人物を印象付ける身体の描写方法」【NO.02 顔】
顔【かお】 [英:Face ]
【意味】
頭部の前面、目・鼻・口のあるところ。表情。
【類語】
顔色 形相 顔立ち 目鼻立ち 横顔 かんばせ ルックスなど
〝顔なし〟状態になってしまうと読者は感情移入できなくなる
人の外観の印象の決め手となるのが「顔」です。これは小説でもラノベでも同じだと考えてください。
もちろん、漫画や映画と違い、ビジュアライズして読者に見せられないため、文章化によってその特徴を伝える必要があります。
「顔」を文字で描写するポイントは、そのキャラでもっとも強調したい特徴をデフォルメすることです。
残忍かつ冷酷なヒール役(悪役)男性の場合、『ナイフのように鋭く、ギラリと光る切れ長一重の三白眼』というふうに、身近なモノのたとえを組み合わせれば、文字面の印象もイメージとして加えられます。
もうひとつ大切なポイントは、キャラの最初の登場シーンで必ず外見を説明し、そのなかでも「顔」の特徴を強調すること。冒頭でキャラの外見をはっきり伝えておかないと、読者は物語に入っていけません。いわゆる〝顔なし〟状態になってしまえば感情移入できなくなるため、「顔」の説明は物語描写のルールだと捉えましょう。
「【声の特徴】キャラ立ちさせるには声の表現もポイント」【NO.03 声量】
声量【せいりょう】[英:Volume]
【意味】
発せられる声の大きさ。ボリュームのこと。
【類語】
大きな声 胴間声 叫び声 小さな声 か細い声 ささやき声など
しっくりくる得意な言い回しを身につけると執筆がはかどる
声を表現する語彙はじつにたくさんあります。状況に応じて使い分けると、場面ごとの登場人物の心情をリアルに伝え切れます。小説やラノベで会話が占める割合が大きいことは前述しました。物語を書いているとかなりの頻度で必要に迫られるため、一定数の表現バリエーションを修得しておくと便利です。
まず、左ページにあるように『大声を出す』と同様の語彙には、『張り上げる』『怒鳴る』『胴間声を上げる』と、微妙にニュアンスの異なる表現が見受けられます。さらには、大きな声で騒々しくいう『がなる』、否定的なことを繰り返し怒鳴る『喚く』、吠え猛る『咆哮する』といった表現もあります。
一方、『小さな声』と同様の語彙には、『消え入りそうな声』『か細い声』『静かな声』『力のない声』と、こちらも多数あります。
すべてを覚える必要はありませんが、自分にしっくりくる得意な言い回しを身につけておくと、俄然執筆がはかどります。
「【感触の表現】ディテールを表現する感触の語彙」【NO.05 滑らか】
滑らか【なめらか】[英:Smooth]
【意味】
つっかえることなく、滑るような状態。
【類語】
なだらか 平ら 潤滑 スムーズ 円滑 艶やかなど
事態が滞りなくスムーズに進行する「滑らか」は要注意
凸凹も抵抗もない、滑るようなつるつるの状態を表す「滑らか」は、物質的にも精神的にも順調であることをほのめかします。左ページの関連語と文章表現を読んでもおわかりいただけるでしょう。対義語が前出の「粗い」であることからも、「滑らか」はポジティブな語彙として理解して間違いありません。
例文を挙げるなら、次の通りです。
『誘拐犯との折衝は「滑らか」に進み、光が見えてきた』
『彼女の「滑らか」な口ぶりに誰もが満足げな表情だった』
事態が滞りなくスムーズに進行している場合に使います。ですが、書き手の立場で注意したいのは、読者にとって「滑らか」な状態は楽しくないということ。波乱もトラブルもなければ、手に汗握るドラマ性が期待できないからです。上記例文が物語っていますね。
よって「滑らか」に進むのは物語の一部に限定し、そこから滑り落ちるジェットコースター的展開を用意しておく必要があります。
「【情景描写】情景を押し広げる表現方法」【NO.06 雨】
雨【あめ】[英: Rainy]
【意味】
空に厚い雲がかかって雫が落ちてくること。一般的に、すっきりしない心情を表す描写にも用いられる。
【類語】
大雨 土砂降り 小雨 霧雨 雷雨 雨音 雨雲 雫 水滴など
多くの書き手が「雨」に対してブルーな印象を抱いている証拠
空がもし生きていて、感情を宿しているとしたら、「雨」は紛れもなく涙を落として泣いている状態といえます。
実際、物語に登場する「雨」のシーンは哀しい趣に傾く場合が多いです。多くの書き手が「雨」に対してブルーな印象を抱いている証拠といえるでしょう。
というわけで定石ではありますが、物語が哀しい展開に差しかかるとき、とりあえず「雨」を降らせれば雰囲気がまとまります。いい加減なことを書いているな、と批判されるかもしれませんが、執筆中の方は騙されたと思ってトライしてみてください。
ただし霧雨から豪雨まで、「雨」の降り方にもいろいろあります。表現したい雰囲気にフィットする最適な「雨」を選びましょう。じつはこの情景描写の頃合いに意外と技巧が求められます。
一方、豪雨から急転し一気に空が晴れ上がって太陽が出てくると、雨降って地固まる的な好転を迎え、劇的な結末で落ち着きます。
【色彩】世界観に色を加える表現方法」【NO.04 レッド】
レッド【れっど】[英: Red]
【意味】
三原色のひとつで、血液や炎のような色。
【類語】
赤色 紅 真紅 緋色 朱色 えんじ色 真っ赤 スカーレットなど
不屈なポジティブ思考を促し気分を高揚させる効果が
見ての如く「レッド」は、血の滾りをイメージさせることから、熱血、情熱、興奮といった心揺さぶる強さと熱さを表します。
数ある色のなかでもインパクトの強さはトップクラス。メンタル的作用で「レッド」は、不屈なポジティブ思考を促し、気分を高揚させる効果があるともいわれています。
「レッド」すなわち「赤」を物語中で文章化するに当たって代表的な組み合わせは〝火〟〝炎〟〝太陽〟〝血〟です。これらを見ただけで、「レッド」の使いどころはすぐにおわかりいただけるでしょう。
そうです。物語が盛り上がりを見せる正念場であったり、バトルシーンであったり、クライマックスであったり、とにかく激熱でヒートアップする展開には「レッド」を添えてください。主人公の心情やまわりの情景などに、〝燃え上がる〟〝血走った〟赤味を感じさせる表現を加えると、ことのほか差し迫る臨場感を醸し出せます。
クリエイター語彙力検定 感情編①
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